第38話 境界任務
森は、静かだった。
風が木々を揺らし、
鳥の声が遠くで響く。
「……本当に、ここですか?」
リーファが、少し不安そうに言う。
「ああ」
「足跡は、ここで途切れている」
依頼は単純だった。
森で迷った子供の捜索。
危険度は低。
報酬も、正直言って安い。
だが。
(……違和感は、確かにある)
森の奥へ進むにつれ、
魔物の気配が薄くなっていく。
“いない”のではない。
“近づかない”。
「……変ですね」
リーファも気づいたらしい。
「普通なら、小型魔物くらいは……」
「境界に近い」
俺は、短く答える。
しばらく進んだところで、
小さな影を見つけた。
「……あっ」
倒木の影に、
子供が座り込んでいる。
無事だ。
怪我もない。
「大丈夫か?」
声をかけると、
子供は、はっと顔を上げた。
「……お兄ちゃん」
「ここ、変なんだ」
「変?」
子供は、首を振る。
「音が、遠い」
「走っても、前に進まない」
その言葉で、確信した。
(……やっぱりだ)
俺は、周囲を見渡す。
魔力は正常。
地脈も安定。
だが、“位置”がずれている。
「……リーファ」
「ここから先、俺が先導する」
「はい」
俺は、意識を集中する。
魔力を流すことはしない。
ただ、“今いる場所”を認識する。
数歩、歩く。
景色が、わずかに揺らいだ。
「……戻った」
音が、近づく。
風が、普通に吹く。
「……え?」
子供が、目を丸くする。
「さっきと、違う……」
「もう、大丈夫だ」
俺は、子供の頭を軽く撫でた。
「家に、帰ろう」
森を出ると、
普通の夕暮れが広がっていた。
村人たちが、駆け寄ってくる。
「無事か!?」
「よかった……!」
子供は、すぐに両親に抱きしめられた。
騒ぎが落ち着いた後、
リーファが、小さく言う。
「……今の」
「戦ってませんよね」
「ああ」
「でも」
「危険、だった」
「そうだ」
あれは、魔物でも呪いでもない。
境界が、薄くなっていただけだ。
放っておけば、
誰かが消えていたかもしれない。
「……依頼書には」
リーファが言う。
「そんなこと、一言も……」
「書けない」
俺は、首を振る。
「理解できないものは」
「“なかったこと”にされる」
だからこそ。
境界は、厄介だ。
力で壊せない。
敵として倒せない。
夕暮れの空を見上げる。
(……少しずつ、近づいているな)
世界の“線”が、
静かに、ずれてきている。
追放された無能魔術師は、
この日――
誰にも気づかれないまま、
確かに“境界”を修正した。
そして。
その選択が、
後になって、影を落とすことを――
彼は、まだ知らない。
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