第26話 偽り
翌朝、王都は妙にざわついていた。
「……聞いたか、北部街道の件」
またか、と思う。だが、昨日までの噂とは、明らかに空気の色が違った。面白がる響きが消え、代わりに、後ろ暗い棘が混じっている。
「魔力汚染の原因が、辺境の冒険者だったって話だ」
やはり来たか。俺は、表情を変えずにギルドの扉を押し開けた。
中へ足を踏み入れた瞬間、いくつもの視線が突き刺さる。好奇心。疑念。そして――剥き出しの警戒。昨日までの、敬意混じりの沈黙とは、まるで別物だった。
「アレン・フェルド」
受付嬢が、硬い声で俺を呼ぶ。
「魔術局から、正式な呼び出しです。……至急、とのことで」
応接室には、昨日とは違う顔ぶれが揃っていた。魔術局の監察官。書記官。そして――カイルとセシリア。二人は、俺と目が合うなり、そそくさと視線を逸らした。
「アレン・フェルド」
監察官が、口を開く。
「北部街道異変について、新たな報告が上がった」
机に、一枚の書類が置かれる。
「“魔力干渉の痕跡が、人為的に拡大された可能性”――とある」
遠回しな言い方だ。だが、意味は一つしかない。要するに、俺が原因ではないか、という疑い。
「……説明を、求める」
俺は、静かに頷いた。
「構いません」
その落ち着きが意外だったのか、監察官の眉が、わずかに動く。
「まず、前提として。魔力汚染は、地脈の歪みが原因です」
「それは、昨日の報告でも――」
「次に」
俺は、相手の言葉に、静かに言葉を重ねた。
「俺は、その歪みを“抑えた”側です。拡大させる理由も、手段も、ありません」
監察官が、眉をひそめる。
「……だが、“辺境式の魔力操作”は、王都では未知の技術だ」
「未知だから、危険だと?」
静かな問いだった。
「……結果的に、被害は、一件も出ていません」
事実だ。書記官が、手元の記録に目を落とし、戸惑いがちに言う。
「……確かに。追加被害の報告は、上がっていません」
沈黙が落ちた。その隙間を突くように、セシリアが口を開いた。
「……ですが。その“未知”の手法が、長期的に何をもたらすかは――」
「分かりませんね」
俺は、彼女をまっすぐ見た。セシリアの睫毛が、微かに揺れる。
「だから、調査が必要だ。憶測で人を裁く前に」
その一言で、部屋の空気が、ふっと向きを変えた。
「……監察官。提案があります」
俺は、真っ直ぐに告げる。
「同条件で、再現調査を行いましょう」
「……何?」
「地脈の歪みがある別の地点で、俺が関与しない場合と、関与した場合を比較する」
監察官が、目を見開いた。
「……それは」
「白黒、はっきりします。どちらが本当に“危険”なのか」
その瞬間、カイルの顔色が、さっと変わった。
「……待て。それは――」
「何か、困ることでも?」
視線を、彼へ突き刺す。カイルは、言葉に詰まった。喉の奥で、言い返す言葉を探して、見つけられずにいる。
監察官は、しばらく考え込み――やがて、ゆっくりと頷いた。
「……合理的だ」
書記官が、慌てて記録を取り始める。
「では、再現調査を、正式に実施する」
その一言で、俺にかけられた疑いは、ほぼ晴れた。そして同時に――嘘で塗り固めた者たちは、退路を失った。再現調査の場で、偽りは自分の重みで崩れ落ちる。逃げれば、それが答えになる。
会議室を出た廊下で、カイルが俺を睨みつけてきた。
「……お前、調子に乗るなよ」
俺は、足を止めない。すれ違いざま、静かに返す。
「調子に乗っているのは、どちらですか」
それだけ言って、去った。背後で、カイルが何か言いかけ、飲み込む気配がした。
リーファが、隣で小さく息を吐く。
「……大丈夫、ですよね」
「ああ」
俺は、前を見据える。
「嘘は、必ず現実に負ける。あとは、その現実を、あいつら自身の目の前に並べてやるだけだ」
再現調査の日取りは、もう決まっている。あの場所で、地脈が本当のことを語るだろう。二人が仕込んだ偽りが、どんな顔で崩れていくのか――俺は、その日を静かに待つことにした。
白黒は、再現の場でしかつきません。地脈だけは、口裏を合わせてくれません。




