第24話 勧誘
会議室を出た直後、俺は呼び止められた。
「アレン・フェルド。少し、時間をもらえるか」
声の主は、魔術局の局長だった。白髪の奥に、鋭い目が光っている。立場と責任を、まるごと背負い込んだ人間の顔だ。
「構いません」
案内されたのは、別の応接室だった。扉が閉じられると、外の喧騒がふつりと途切れ、部屋には俺たちの息づかいだけが残る。
「率直に言おう」
局長は、前置きなしに切り出した。
「お前を、王都に引き留めたい」
リーファが、わずかに身構える。
「立場は保証する。魔術局付きの特別顧問。権限も、報酬も――望むままだ」
いかにも王都らしい、重みのある条件だった。
「お前ほどの力は、この国に必要だ」
真剣な声だった。嘘の匂いは、しない。だからこそ、余計に白けた。
「……それは」
俺は、静かに答える。
「“今さら”ですね」
局長の眉が、わずかに動いた。
「俺は、力がなかったから追放されたわけじゃない」
一語ずつ、言葉を選ぶ。
「力を、正しく測れなかった。ただ、それだけの話です」
局長は、沈黙した。
「王都は、間違いを認めるのが、遅すぎる」
事実だった。俺は、まっすぐに彼を見る。
「それでも、今こうして呼び戻す。……都合が、よすぎませんか」
局長は、深く息を吐いた。
「……否定できんな」
その一言で、十分だった。
「俺は、冒険者です」
はっきりと告げる。
「命令で動く立場には、戻りません。守るものは、自分で選びます」
リーファが、隣で小さく頷いた。局長は、しばらく黙って俺を見つめ――やがて、苦笑した。
「……そうだろうな。だからこそ、価値がある」
彼は、一枚の書類を差し出した。
「正式な所属ではない。協力要請だ」
目を落とす。表題には、“国家非常時における任意協力”とある。
「拒否権付き。強制力は、ない」
俺は、少し考え――頷いた。
「それなら」
局長は、満足そうに立ち上がる。
「よろしい。……王都は、お前を敵には回したくない」
その言い方に、ほんの少しだけ引っかかった。味方に、ではなく、敵に回したくない。距離の取り方が、あの場所らしい。
応接室を出ると、廊下の先に、カイルが立っていた。目が、合う。彼はしばらく黙っていたが、やがて、絞り出すように低い声で言った。
「……王都に、残るんだろ」
「いいえ」
即答だった。
「俺は、戻らない」
カイルが、目を見開く。
「……なぜだ。今なら、全部――」
「今だから、です」
それ以上は、言わなかった。説明する義理は、この男にはない。
俺は、リーファと並んで歩き出した。王都の廊下は、相変わらず白く、そして冷たい。同じ白さのはずなのに、もう何も跳ね返ってこなかった。
自由になった。それは確かだ。だが、局長の「敵には回したくない」という一言が、耳の奥に小さな棘のように刺さっている。王都は、御しきれない者を、いつまでも野放しにはしておかない。次に俺の名を口にする時、この場所がどんな顔をしているか――背後で閉じた扉の重い音が、それを予感させた。
負けを認められない者は、必ず何かをやります。王都の裏側で最初の火種が爆ぜるまで、あと一話。




