第22話 判断の差
任務の出発は、王都北門からだった。
「今回の調査区域は、旧採掘場跡地だ」
役人が、地図を広げる。
「魔力反応が断続的に観測されている。小規模だが、原因は不明だ」
俺は地図を一瞥し、すぐに視線を上げた。指で一点を押さえる。
「……この地点。採掘場じゃありません。地脈の分岐点です」
一瞬場が静まり返った。カイルが、鼻で笑う。
「地脈? そんな学説、聞いたことがない」
「王都の教本には、載っていないでしょうね」
事実を、事実として言っただけだ。
「辺境では、机上の理論より、実測で判断します」
セシリアが、冷ややかに割り込んだ。
「感覚論ですわ。正式な魔術理論に、何ひとつ基づいていません」
「……では」
俺は役人へ視線を移した。
「どちらを、優先しますか」
役人は、一瞬迷い――そして、俺を見た。
「……アレン・フェルドの判断を採用する」
カイルの顔が、歪む。
「……勝手にしろ。俺は、俺のやり方で行く」
彼は部下を引き連れ、荒々しく別ルートへと踏み込んでいった。その背中を、俺は止めなかった。止めても聞く男ではない。それも織り込み済みだ。
「アレン……」
リーファが、心配そうに声を落とす。
「放っておいて、いいんですか」
「大丈夫です。死なせはしません」
そう言って、俺は歩き出した。
地脈の分岐点に近づくにつれ、空気が、目に見えて重くなっていく。肌にまとわりつく魔力の密度が、じわりと増した。足の裏から、地面の底で何かが軋むような、微かな圧を感じる。
「止まってください」
俺は全員を制止した。
「ここから先は、不用意に魔力を使わない。呼吸を乱すのも避けてください」
数歩慎重に進んだ、その時。
足元の地面が、ぐにゃりと波打った。
「なっ……!?」
誰かが、悲鳴じみた声を上げる。魔力の逆流。地脈に仕掛けられた、天然の罠だ。
だが――俺は、魔力を“流さなかった”。呼吸を殺し、体内の流れを、一滴も外へ漏らさない。地脈の逆流は、干渉する相手を失って、宙ぶらりんに空回りする。
結果、地面の揺れは、俺たちの足元でぴたりと止まった。
「……回避、成功」
誰かが、詰めていた息を吐き出す。その瞬間だった。
――遠くで、地を裂くような爆音。
反対側のルートだ。カイルたちの、向かった方角。
「……まさか」
嫌な予感が、みるみる確信へ変わっていく。数分後、その予感を裏づけるように、負傷者を抱えた一団が、こちらへなだれ込んできた。
「カイル隊が……地面の魔力暴走に、巻き込まれた!」
役人が、蒼白になる。
「死者は!?」
「……いません。ですが、戦闘続行は、とても」
俺は迷わず判断を下した。
「リーファ、回復を」
「はい!」
彼女の手のひらが、淡く光る。無詠唱の治癒魔法。裂けた傷が、見る間に塞がっていく。
「……な」
「詠唱、なしで……?」
担架の上から、カイルがこちらを見ていた。屈辱と困惑が、ぐしゃりと入り混じった目だ。
俺は、淡々と告げた。
「言いましたよね。地脈だと」
返事は、なかった。
役人が、深く頭を下げる。
「……判断を、誤りました。アレン・フェルド」
「いえ。判断を、聞かなかっただけです」
静かな言葉だった。だが、その場に居合わせた全員の顔つきを、決定的に変えるには十分だった。
その後、俺の指示で調査は滞りなく完了した。原因は、地脈の歪みによる魔力の滞留。俺の読み通り、採掘場は無関係だった。
帰路、カイルは終始、口を開かなかった。セシリアも、俺と目を合わせようとしない。王都の空は、腹立たしいほど澄んでいる。
だが、その澄んだ空の下で、王都の人間関係には、たしかな“ヒビ”が一本、走った。次にこの隊が地図を広げる時、役人の視線が最初にどちらを向くのか――もう、答えははっきりしている。カイルの沈黙が、何よりそれを物語っていた。
現場に走った一本のヒビが、王都の評価そのものを揺らし始めます。
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