第2話 理不尽な追放
王都の西門をくぐった時、俺はもう“学院の人間”ではなかった。
背に負ったのは、荷袋がひとつ。着替えと乾パン、それだけだ。杖も防具もない。正しく言えば、持たせてもらえなかった。
「無能に武装は要らないだろう?」
そう言って笑ったカイルの顔が、まぶたの裏に貼りついて剥がれない。
俺は今、辺境へ向かう護送隊の最後尾を歩いていた。護送とは名ばかりで、実態は魔物の多い街道を行く商隊に、厄介者をひとつ積んだだけの道行きだ。
「おい、遅れるなよ」
前を行く衛兵が、振り返りもせずに言う。
「……はい」
短く返し、足を動かす。王都周りの舗装は森へ近づくにつれて途切れ、道は石と木の根で荒れていった。つまずくたび、後ろから舌打ちが飛んでくる。
「本当に邪魔だな」
「なんでこんなのを連れてきたんだか」
聞こえないふりをした。言い返したところで、道が平らになるわけでもない。
傾いた陽が、木立の影を長く倒す。この辺りから魔物の目撃が増える――出発前に、そう聞かされていた。
「今日はここで野営だ」
商隊の責任者が声を張ると、隊は森の手前で足を止めた。焚き火が組まれ、干し肉とパンが配られていく。湯気の匂いが、風に乗って俺のところまで届いた。
俺の分は、ない。
誰も、何も言わない。言われなくても分かる。俺は火の輪から少し離れて座り、乾パンをかじった。口の中の水気を残らず奪われて、味なんて分からなかった。
辺境に着いたら、どうなるのか。仕事はあるのか。そもそも、生きて着くのか。考えても、答えの出ない問いばかりが回る。
その時だった。
「――来るぞ」
低い声が、焚き火の談笑を断ち切った。
森の奥で、下草を掻き分ける音。ひとつではない。いくつも重なって、こちらへ近づいてくる。
「魔物だ!」
衛兵たちが武器を取る。茂みを突き破って現れたのは、灰色の毛皮に覆われた獣――グレイウルフ。一体ならまだしも、数が多い。低い唸りが、囲むように広がっていく。
「陣形を組め! 商人を守れ!」
怒号と剣戟が交わり、魔法の光が闇を裂く。俺は反射的に後ずさっていた。杖もない手で、何ができる。その問いが浮かぶより早く、荒い手が俺の肩を掴んだ。
「おい、無能!」
衛兵の一人が、血走った目で俺を前へ押しやる。「囮になれ! お前なら、死んでも惜しくない!」
一瞬、言葉の意味が頭に入ってこなかった。
「早く行け! 命令だ!」
背を強く突かれ、俺はよろめいて隊列の外へ転び出る。目の前には、牙を剥いた獣。逃げ場は、後ろの崖だけだった。
恐怖で膝が鳴る。息が浅くなり、視界が狭まっていく。
――それでも、頭の芯だけは妙に静かだった。
(まだ、終わってない)
根拠のない確信が、指先を熱くする。
次の瞬間、地が大きく揺れた。獣の一体が、見えない力に弾かれて宙を舞う。続いて爆音。誰かの悲鳴。混乱の渦の縁で、俺は片足を踏み外していた。
身体が宙へ投げ出される。空と地面が入れ替わり、星がぐるりと回った。
(……生きろ)
風の音に混じって、誰のものとも知れない声が、確かに聞こえた。
その声に応えるように、身体の奥のどこかで、何かがかすかに脈を打つ。熱い。痛みではない、もっと深いところで。
それを最後に、世界が墨を落としたように暗転した。
王都の誰も、崖の底までは見に来ません。見に来ないところで、目を覚ますものがあります。




