第15話 異変
街道北部は、異様に静かだった。
風は吹いている。木々も揺れている。それなのに、生き物の気配だけが、薄い。魔物どころか、小動物の一匹すら感じ取れなかった。何かから、逃げている。
「……嫌な感じです」
リーファが、弓を握る手に力を込める。
「ええ。普通の討伐依頼じゃありません」
街道の先。地面に、何かを引きずったような跡が残っていた。
「撤退した討伐隊の、跡でしょうか」
「違う。これは、魔物の動線だ」
しかも、整然としている。無秩序に暴れた痕ではない。目的を持って移動した跡だ。俺は膝をつき、魔力を薄く広げた。
――反応。だが、距離がある。
「気づかれてるな。こっちを、見てる」
「え?」
次の瞬間、森の奥で、何かが動きを止めた。魔物特有の荒々しさがない。むしろ、こちらをじっと観察している気配だった。
「……出てこい」
俺がそう言った途端、茂みが割れ、一体の魔物が姿を現した。獣型。だが、目が違う。濁っていない。奥に、知性の光が宿っている。
「……喋れるか?」
試しに問うと、魔物は一瞬だけ首を傾げ――そして、後退した。
「……逃げた?」
「いや。呼びに行った」
直後、地面が揺れた。四方から、気配が湧き上がってくる。だが。
「……囲まれてない。誘導されてる」
俺たちは、森のなかの開けた場所へと追い立てられていた。数秒後、そこへ魔物が現れる。一体、二体――やがて、十体を超えた。それでも、無秩序ではない。互いに距離を保ち、死角を、丁寧に潰していく。
「戦術……」
リーファが、息を呑んだ。
「そうだ。学習してる。しかも、誰かに教えられてる」
俺は、前に出た。
「リーファ。俺から離れるな」
「はい!」
次の瞬間、魔物たちが一斉に動く。だが、俺は、ただ歩いた。一歩、前へ。
魔力が、場を押し包む。空気が凍りつき、魔物たちの動きが鈍った。全力は、あえて出さない。奴らがどう反応するかを、見極める。
すると――一体が、仲間を庇うように前へ出た。
「……指揮役か」
俺は、そいつだけを消した。音もなく、痕跡も残さず。魔力干渉による、完全な遮断。
その途端、魔物たちの動きが乱れる。判断が遅れ、連携が崩れていく。統率を失えば、あとは、ただの魔物だ。数秒で、森は再び静まり返った。
リーファが、呆然と立ち尽くしている。
「……今の、何をしたんですか?」
「……魔法、かな」
正確には、魔法ですらない。だが、今は言わないでおく。俺は、森の奥へ目を凝らした。まだ、いる。今のは末端だ。本体じゃない。
“何か”が、魔物を使って俺を試している。そして、それはもう、俺の存在をはっきりと捉えていた。奥の暗がりで、値踏みするような気配が、逃げも隠れもせずに居座っている。次に動くのは、あの気配の主だ。
末端を退けても、森の奥の気配は動かない。次に現れるのは、末端ではありません。




