第118話 巨大境界
それは、予兆から違っていた。
「……でかい」
誰かが呟く。
空が、歪んでいる。
これまでの境界とは、
明らかに規模が違う。
広い。
深い。
そして——
重い。
「同時発生……じゃない」
エルドが、結晶板を見ながら言う。
「複数が、重なってる」
収束していたはずの境界。
それが、
一点に集まっている。
「……来るぞ」
アレンが言う。
次の瞬間。
空間が、裂けた。
音はない。
だが、
世界が、歪む。
地面が沈み、
空が引き伸ばされる。
「——っ!!」
全員が身構える。
中央管理区。
「対象、巨大化!」
「収束処理、開始!」
光が、全域に広がる。
過去最大の干渉。
完全収束。
一瞬で終わらせるつもりだ。
一方——
「止める!」
ミレナが叫ぶ。
「このまま収束させたら——!」
言葉が続かない。
だが、
全員が理解している。
これは、
“削りすぎる”。
この規模で最適化すれば、
何かが大きく失われる。
「干渉、遮断!」
技師が操作する。
だが——
「……無理だ!」
「規模が大きすぎる!」
中央の干渉が、強すぎる。
止められない。
光が、
境界を押し潰す。
形を固定する。
ばらつきを消す。
「……くそっ!」
若い冒険者が叫ぶ。
選べない。
強制される。
その時。
アレンが、前に出る。
「下がれ」
「でも——!」
「いい」
短く言う。
そして、
巨大境界へ歩く。
「……何する気だ」
誰かが呟く。
アレンは、振り返らない。
「選ぶだけだ」
意味が分からない。
だが——
止められない。
アレンは、
境界の中心へ手を伸ばす。
圧力。
歪み。
存在そのものが、引き裂かれそうになる。
それでも——
止まらない。
「……全部、寄せるな」
低く呟く。
光が、ぶつかる。
中央の収束。
外縁の抵抗。
そして、
アレンの干渉。
三つが交差する。
境界が、悲鳴のように揺れる。
「——っ!!」
ミレナが、思わず一歩出る。
「行くな!」
リーファが止める。
「あれは……一人でやってる」
アレンの周囲だけ、
世界が違う。
固定されない。
崩れない。
残る。
「……選ばせろ」
アレンが言う。
誰に向けた言葉かは、
分からない。
だが——
境界が、応じる。
収束しきらない。
ばらつきも消えない。
複数の状態が、
重なったまま、
存在する。
「……これ」
エルドが、息を呑む。
「分岐を……維持してる」
ありえない。
本来なら、
一つに決まるはずの状態。
それを、
決めないまま保持している。
数秒。
永遠のような時間。
やがて——
巨大境界は、
崩れず、
固定されず、
そのまま、
静かに消えた。
静寂。
誰も動けない。
「……終わった」
誰かが呟く。
だが、
空気は変わっている。
中央管理区。
「……収束、未完了?」
技師が、信じられない声を出す。
「そんなはずは——」
「データ上、複数状態が残存……」
理解できない。
だが、
事実。
外縁。
ミレナが、ゆっくり歩く。
アレンの元へ。
「……今の」
声が震える。
「何をしたんですか」
アレンは、少しだけ考える。
「決めなかった」
「……え?」
「一つにしなかった」
それだけ。
だが——
それが、
最も難しい。
「……そんなこと、できるんですか」
「できたな」
軽く言う。
だが、
誰も軽く受け取れない。
エルドが、静かに言う。
「……分岐の維持」
「収束に対する、唯一の対抗かもしれない」
その言葉で、
意味が定まる。
収束する世界。
それに対して、
分岐を残す存在。
ミレナが、アレンを見る。
「……これから、どうなりますか」
問い。
アレンは、空を見る。
さっきまで歪んでいた場所。
今は、静かだ。
「……分からない」
正直な答え。
だが——
「一つじゃなくなる」
その言葉だけは、
はっきりしていた。
世界は、
また、
揺れ始める。
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