(番外16)ルキフェル、アン・シャーリー(の中の人)に隣の天使様を紹介される
「こんにちは、お邪魔してまーす」と、ルキフェルはおれのベッドに素早く横になり、隣の天使様のパンツが見えるようで見えない位置から、だらしなく挨拶した。
ソファで寝転んでいるルキフェルがいるのに、天使様は、びくっ、としたけど、これ、おれの友だちのルキノ、留学生だよ、と教えるとすこし安心したようだった。
「わ、わ、わかりました…。き、き、き、今日はウクライナ料理を作りました…」と、天使様は説明した。
髪はピンクで、丸くて大きい目は深淵を思わせる黒、すこしちいさな口は緊張すると吃音ぎみになるので、よけい小さく見える。
ルキフェルが心配するほどの短いスカートではなくて、ラウンデル(三重丸)マークがついたエプロンとミトンで料理戦闘をやりとげた、という顔をしている。
スタイルはほっそりしていながらくねくねしていて、バレエをやっていた過去があってもおかしくない。
料理は、ザペーチェナ・リーバ(魚のオーブン焼き)、スップ・スリービ(魚のスープ)、それに数種類の火を通した野菜、と、いかにもウェブ作家がネットでAIに聞いたようなウクライナ料理だった。
「同じ大学の、海洋資源とか海産物の研究をしている学科を専攻してるんだ。魚類はともかく、調味料その他の食材は、各国からネット購入してるけどね」と、おれは説明した。
「ふーん、肉とか……イカ・タコはないの?」と、ルキフェルは聞いた。
「と、と、と、と、とっ、頭足類とイルカはメニューから外していました…」
いつもより明らかにキョドっている。
肉や昆虫など、海外からの購入は、制限があったりするので、日本近海とか日本の牧場で取れたものを使ってた、と、天使様は言った。
「うんめーなこれ! 非キリスト教徒の料理の味がする。いや……すこし冒涜的な風味が」
ルキフェルの言動に、ますますびくびくする天使様。
「あ、そうだ、大学の仲間にも頼まれちゃってさ、だいぶ古いジャムの蓋なんだけど、まかせられる?」
「まかされました…!」と、天使様はうっきうっきして、横目でルキフェルをちら、と見ると、おれたちに背を向けて、きゅきゅきゅ、と音が出るくらいの勢いで、ジャムの蓋を5つぐらい開けた。
いつもなら一緒に食事していくんだけど、今日はしなくちゃいけないことを思い出しました…、と、なんかそそくさと俺の部屋から、自分の部屋に戻っていった。
*
「なんかあやしいな」と、食べ終わった食器を、洗っているおれの背中を見ながら、ルキフェルは言った。
「何がどうあやしいんだよ。確かにすこし人みしりなところはあるけど、学生・社会人としては許容範囲だと思うけどな」
「いや、あの子、私を見てキョドりはしたけど、どっきどっきしていなかった。私のチャーム、魅力には、ヒトにはあらがえないのよね」
声の調子が変わったので、振り返るとルシフェルは男性型のルキノじゃなくて、女性型のルー子に変身して、服装まで変えている。
どっきどっきする服装に。
「やめろよ、おれで試すのは。ふたりきりのときはぜっっっったいに禁止!」
えー、いいじゃんそのくらい、と言いながら、ルー子のルシフェルは、冷蔵庫を勝手に覗いて、夜食用のチクワの袋を勝手に開けて、勝手にもぐもぐしている。細長いものをくわえるのも禁止にしたいところだ。
「あのラウンデルのエプロンがあやしいんだよね」
「ザ・フーのファンだったら問題ないだろ」
「ザ・フーのラウンデルはイギリス空軍だから、すこし違うな」
「じゃあ……ジュラル星人とか?」
「ジュラル星人の胸のマークは、フランス空軍でもイギリス空軍でもない、独自のものだし、性格には円じゃなくて下がすぼまっている扇形だよ。ところで、隣人さんのスクールネーム、なんて言うの?」
「えーと、なんか言われてみると冒涜的な…ルルイエ、じゃないな、そうそう、モリムラとかムリムラ……プリムラ?」
「疑問形の質問に疑問形で答えるなよ。それはどう考えても」と、ルキフェルは言い、おれたちは同じ答になった。
「プリシーじゃん!」
プリシーというのは、仮想世界の『赤毛のアン』ワールドで、教室の一番うしろの席、というか水槽で勉強している、非キリスト教で冒涜的だけれど、知力は高いタコというか、頭足類だ。
瓶の蓋とか開けるのも得意なわけだ。8本の触手が使えるからね。




