この拳いっぱいの愛を⑥
何かよく分からないひと悶着あったものの性格ブスと坂田さんのバトルが始まった。
結論から言うと坂田さんは負けた。しかしただ負けただけではない。
「フン、無駄に粘っちゃってみっともないわね」
悪態を吐く性格ブス。しかし、その肌には少し汗が浮かんでいる。
性格ブスのスタイルは速度に重きを置いたヒットアンドアウェイ。
性格ブスは坂田さんが受けて壊すをするよりも速く鋭く攻撃を繰り返して封殺したと思っているだろう。
だがそれは大きな勘違いだ。禿とのバトルによる消耗はあったから万全とは到底、言えない。
受けて壊すやり方をしても多分、累積デバフによる必殺には繋げられずに倒れていたはずだ。
――――だから捨てた。次に繋げるために。
少しでも長く場に居残れるやり方にシフトした。
そうすることで体力の消耗と相手のスタイルを観察する時間を作ったのだ。
当人は苛立ちゆえに気付いていないがフリューゲルや他のメンバーは気付いている。
ゆえに奴が手を打つよりも先にこちらが楔を打ち込む。
「おい性格ブス」
「誰が性格ブスよ!!」
「お前随分とお疲れみたいだな。休まなくて良いのか? 休ませてやっても良いぞ」
畳み掛けるように続ける。
「私は性格ブスで恥を恥とも思わない性格なので厚顔にも休憩を要求しますって土下座すれば認めてやるよ」
なあ? とこっちのメンバーに話を振る。
その意図を察してくれたのだろう。皆も話に乗ってくれた。
「こっちは休憩なしだったけどまあ良いわよ」
「ええ。悪党の無様な姿を見て溜飲を下げられるならまあ、悪くない提案ですね」
「むしろ僕は見てみたいな。人がプライドを捨てる瞬間なんて日常ではあまりお目にかかれないからね」
「私も見たいなあ。良い歳こいた大人がへらへら媚び諂う姿」
ナイスアシストだ。
「はいどっげーざ♪ どっげーざ♪ さっさとどーげーざぁ♪」
≪どっげーざ♪ どっげーざ♪ さっさとどーげーざぁ♪≫
俺が音頭を取って踊りながら土下座コール。
生殺与奪を握っている相手に正気かと思われるかもしれないがここは“そういう世界”なのだ。
一度バトルが始まってしまった以上、超えられない一線というものが確かに存在する。
「誰がするかバーカ死ね!!」
フリューゲルが片手で額を抑え溜息を吐く。
ここからでも口を出して休憩には持ち込める。
だがその場合、性格ブスのモチベに影響してしまう。
“どっちでも良い”のだ俺は。どちらにしても何らかの成果は得られる。
つまり坂田さんの頑張りは無駄にはならないってことだ。
「さっさと次、出て来なさいよ! 即ぶっ殺してやるわ!!」
鳴海さんに視線をやると彼女は強く頷き歩き出した。
距離を開け、睨み合う。性格ブスが挑発するように手招きすると鳴海さんが腰を落として突っ込んだ。
真正面からのタックル。性格ブスの動体視力なら合わせるのは容易。
予想と違わず顎をかち上げられたが鳴海さんは構わず手を伸ばした。
「コイツ……!!」
泥仕合に持ち込むのが得意だと言っていたがなるほど。
蛇のように食らいついて寝技に持ち込んでって感じかな?
……着ぐるみ状態では寝技は使えんだろうし立ち技、打撃オンリーだったんだよな?
本領を発揮しないまでも結構な数の中から代表として選ばれるだけの実力はあるわけだ。
良いね。ワクワクして来た。
寄せ付けまいとする性格ブスと食らいつき続ける鳴海さん。
性格ブスが一方的に攻撃しているように見えるが事はそう単純ではない。
「プレッシャーでしょうね」
透さんの言う通りだ。
対峙すればその実力は大雑把にではあるが察せられるというもの。
性格ブスは鳴海さんの実力を把握した上でその狙いも察している。
一度噛み付かれれば厄介なことになると分かっていながらの立ち回りは神経を削られよう。
心身共に負担は増える。負担が増えれば消耗も増す。
勿論、鳴海さんにもプレッシャーはあるだろうが……。
(それ以上に使命感というか義務感の方が上回ってる)
他の人たちも俺が子供だからと心配はしている。だが鳴海さんは特にだ。
せめて自分の仕事はという思いがモチベーションとなり闘志を強く滾らせている。
そういう意味で今彼女は平時よりも半ばバフがかかったような状態と言えよう。
坂田さんと性格ブスの戦いを見る限り、厳しいとは思っていたがこれは……ふふふ。
「う」
「動きが雑になってんぞ性格ブスー! 真面目にやる気あんのかー!?」
フリューゲルがアドバイスを飛ばそうとしていたので先んじて口を開く。
「っさい!!」
「キレんなよ~こういうヤジもバトルのお約束だろ~? 何だお前処女か~?」
「こ、このエロガキ!!」
いや今の処女はエロい意味でのそれじゃないから。バトル未経験的な意味だから。
会話の流れで分かんだろ。相当、頭茹だってんなアイツ。
「フリューゲル様」
「……次の準備をしておけ」
小声で何やら会話してるが表情を見るにこの勝負に見切りをつけたらしいな。
勝っても次の相手に即負ける。それぐらいのことにはなるだろうと。
そして奴の見立ては間違いではなかった。
幾度目かの突撃の後、足を縺れさせた性格ブスを鳴海さんは遂に捉えた。
「極めることよりもがかせることに重きを置いた寝技だね」
何かもうエロさすら感じる縺れ合いだが実情は地獄だ。
仕掛ける方も逃れようとする方もひたすらに消耗していくだけだからな。
心を削る戦いとは正にあれのことだ。
溺れている時のように息苦しくてしょうがないだろう。
ものを言うのは心のタフさ。どうも短気な性格ブスでは分が悪い。
(とは言え地力の差もある)
坂田さんが削った分の体力が鍵となるだろう。
息が詰まるような攻防は二十分以上続き……。
「終わりだね」
「終わりだな」
俺とフリューゲルの声が重なる。そう、終わりだ。
決着は両者共倒れ。絡み合ったまま二人を意識を失っている。
「透さん」
「彩」
両陣営の女性たちが中央で倒れ伏す二人の下に行き絡み合った手足を解き回収。
引き分け。立派な戦果だ。実力では上回る相手を見事に引きずり落してみせたのだから。
そう思っているのは俺だけではない。沢木さんもだ。
冷静沈着な印象の沢木さんだが今の彼からは闘志が目に見えるほど燃え滾っているのが察せられた。
「僕も僕の仕事を果たすとしよう」
眼鏡を外しスーツの上着を脱ぎ捨て颯爽と戦いに赴くその背はかなりカッコいい。
かくあるべしという男の姿を見せつけられているようだ。
「……御影」
「お任せあれ」
ゆったりとした服に身を包んだ神経質そうな男があちらからやって来る。
「名乗りの礼を取ろう。我が名はみか――――」
「オルァ!!!!」
≪え≫
敵のみならず俺たちまで呆気にとられた。
そりゃそうだ。沢木さんがいきなり御影とやらの横っ面を思いっきりブン殴ったのだから。
ただ殴るだけならともかくキャラに似合わない叫びと殴り方で。
紳士然とした姿はどこ行った? 纏う空気が夜の街で喧嘩してる荒くれもののそれじゃんね。
「き、きさ……!!」
「何ごたくさくっちゃべってんだ!? 分かってんのかあ゛ぁ゛!?」
胸倉引っ掴んでからの連続頭突き。
御影という男も必死に抵抗してかなり良いのが入っているが沢木さんはまるで気にしていない。
「テメェらは加害者! 俺らは被害者だ! 何お喋りしようとしてんだ身の程弁えろやァ!!」
髪を引っ掴んでひたすらボディボディ。
「あの」
「い、いえ知りません。代表選びのバトルの際はそれはもう綺麗にまとまったキックボクシングで」
「あんな歌舞伎町の臭い漂うキックボクシング見たことねえよ」
どう見てもチンピラの我流喧嘩殺法じゃんよ。
「……沢木くん、元はやんちゃしとったんやろなあ」
意識を取り戻した坂田さんが苦笑気味に言う。
「坂田さん。身体の方は?」
「平気や。にしても、あらとんでもないごんたくれやったんちゃうか?」
「更生して真面目にリーマンやってたけど理不尽に見舞われ爆発したって感じですか」
つまり虎の尾を踏んだフリューゲルたちが悪い、と。
「いやそれは違うんじゃない?」
「私もそう思います」
「え」
茉優ちゃんと透さんの言葉に目を丸くする。
「勇八くんが好き勝手やってるから箍が緩んじゃったんじゃない? あのおじ……お兄さん」
「悪党相手とは言えとんだ無礼の数々でしたからね。だったら自分もと思っても不思議ではないでしょう」
えぇ……?
「凶器仕込んでんだろ!? 見え見えなんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「ぐぅううわぁああああああ!?」
沢木さんが御影の両手首を強く握り締めると袖口から短刀やら何やらが零れ落ちた。
「く、くぅっ!?」
拘束を振り払い長い針のようなもので沢木さんの首を狙う……が、腕を掴まれ阻止される。
沢木さんはそのまま足元に転がっていた短刀を蹴り上げフリーの片手でキャッチ。
そして、
「良い声で鳴けやぁあああああああああああああああああああああ!!!!」
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああ!?!!?!」
ザクザクと情け容赦なく太ももを連刺し。
ちょっとあの、これどっちが悪党か分かったもんじゃないんだけど大丈夫?
「そーらよっと!!」
何度目かの刺突の後、無造作に短刀を振るい服を切り裂く。
「……なるほど、そういう仕込みもあると読んでたわけだ」
御影の身体にはプロテクターのようなものが装着されていた。
ゆったりとした服は得物を隠すだけじゃなかったわけだ。
ただ全身を隈なくという感じではなく露出している部分もそれなりにある。
沢木さんが最初に顔面に一発をかましそこから頭突きに繋げたのは確実に何もない部分だったから。
それで痛めつけた後は腹を殴りつつチェック。
大体の目星をつけて太もも部分のプロテクターの隙間をザクザクってところかな。
「キャハハハハハハハハハ!!!」
服を切り裂いた際にちょろまかしたスタンロッドで殴打殴打殴打。
それなりにタフではあったのだろうがここまで攻められるとな。
御影は泡吹いてぶっ倒れた。
「ふぃー……」
ぺろりと顔についた返り血を舌で拭い一息。
「おら次だ! さっさと出て来いクソったれ!!」
御影の腹を蹴って脇に追いやりファッ●サイン。
完全にこっちが悪者ですわ。いやでもまあ、これはこれでアリか。面白いしな。
「彩」
「万事滞りなく」
長い髪を結い上げた黒髪の女が前に……何だ?
「え、何でこっち見てるの?」
「……いえ、何か言われるなら今の内に聞いておこうかと」
「そうだ貴様、言いたいことがあるなら早く言え」
「えぇ?」
何この人たち。
いや何で俺が律儀に全員にコメントすると思ってんだよ。
最初の禿や今さっきやられた御影とかスルーしたじゃんね。
何ならコメントしたの性格ブスだけだからな。
「いやないよ」
「そんなことを言ってどうせバトルの最中に茶々を入れるのであろうが」
「いやだからないって。さっきの御影もそうだけどキャラが薄いもん。外見的特徴もさしてないしさ」
わざわざ言及するまでもないっていうかつまらないんだよね。
何て言うか如何にも悪者でござーい! な性格ブスが逆に癒し的な?
いや無個性が悪と言ってるわけじゃないんだ。
下っ端はむしろ個性を殺して全員同じに見えるぐらいが丁度良い。
でも幹部は違うでしょ。
「多分、この場に居る以上最高幹部ないしはそれなりに使える部下とかなんだろうけどさ」
やっぱそういうとこは……欲しいよね、一目見ただけで訴えかける何かが。
悪者なんだぞっていうのをまずは外見でアピールして欲しい。
いやまあ禿や御影も悪党ヅラではあったけどそれだけではパンチが弱いっつーか。
「禿ならトゲトゲの肩パッドとかつけて欲しいし御影は凶器使うんならもっと危ない感じが欲しかった」
例えばそう、直前まで危ない葉っぱを吸引するとかさ。
ヤクが駄目なら水煙草でも良いな。不健全で退廃的な感じが欲しい。
それとメイクで良いから濃い隈とかもあれば良かったかな。
完全にキャラの濃さで沢木さんに負けてるからね御影。
一般リーマンに負ける悪の組織の幹部。これはどうなのかと。
「で、彩さんだっけ? そっちはもっと酷い」
≪……≫
「マジでただの美人。これ以外に特にないじゃん。格好も普通だし。ボンテージファッションぐらいできないもんかね」
まあそういうわけで一々言及するほどでもないっていうか……。
≪結局言いたいことあるんじゃねえか!!≫
「えぇ?」
ない理由を説明させられただけなのに理不尽……やっぱ悪党って怖いっすね。




