81. 『ROUSED ME』
かたかたと馬車が揺れている。
石を踏んだか、馬車が少し跳ね上がった。
「ぐえっ」
その衝撃にカエルの潰れたような声を上げる者が一人。それを横目に、ラインはため息を吐いた。
「……ステラ、なんですかその嘘臭い演技は」
「この気持ちを忘れないようにしてんの! わっかんないかなぁ」
「わかりません。今本読んでるので静かにしてください」
「こ、こいつ……」
「もうすぐ着きますから、そこで大人しくしておいてくださいね」
「ちぇー、メアちゃんに言いつけてやろ」
機械人形やその技術に頼っていたエイカフと帝国。そして、国民の大半が死亡した王国は全てグレインヴァニアが吸収した。魔術を国家運用の主軸とする国であったため、国力自体に大きな影響は無かったのだ。
信仰対象の消失自体は多少の混乱を生じたが、多くの国民が神のもとに帰ったのだと解釈し、それもすぐに収まった。
「にしたって、なんで私たちがこんな馬車に揺られなきゃいけないわけさ。歩けばいいじゃんよー」
「乗ったことなかったからです。荷物として運ばれた時か、カチカチの馬の上くらいしか経験ないんですから乗ってみたいじゃないですか。途中まで護衛するなら無料でいいらしいですし」
「なーんか人間臭すぎるんだよねぇ……」
「あなたはもっとしっかりした方がいいですよ。脳が腐ってきたんじゃないですか」
「こ、こいつッ……!」
きっ、と顔をしかめるステラに一瞥もせず、ラインは本を読み続けている。その表紙には魔術に関わる表題と、ラダーの名前があった。
しばらく揺られていると、前方から声がラインとステラにかかる。
「つきましたよ、お二人とも、ここまでありがとうございました」
疲れた顔の男性が、顔を覗かせてそう言った。床に寝そべったままで、ステラは男の方を見る。
「おじさん、しばらくまだここにいるでしょ。バザーの方?」
「えぇ、そうですが……」
「ふーん。じゃあ後でそっち行くから待っててね。次の目的地までは着いてったげる。私もそっち行こうと思ってたし」
「いいのですか。こちらとしては助かりますが……」
「いいよん。そんじゃ、またあとで」
ステラが外に出ると、男とのやり取りが始まったあたりで既に外に出ていたラインが待っていた。特に何かを気にした様子はない。
「ここも久しぶりだねぇ、旧王都」
「……そうですね」
「じゃあいこっか。手つなぐ?」
「握り潰していいなら」
「やめとこーっと」
そう言いながらステラは先に進んでいく。ラインはそれに黙って後を付いて行く。
戦いが終わった後、しばらく無人の都市と化していた王都だったが、様相は変わっているものの、活気の絶えない都市として再び栄えているようだった。
しかし、その活気の声も遠ざかっていく。緑の数が増え、建物も少し古いものが目立つようになり始めた。このあたりは旧王都の建物が取り壊されず、そのまま使われ続けているらしい。
「この後、ステラはエイカフに戻るんですか?」
「ん~そうしようと思って。結構ガタきてるしさ」
「いずれそっちにも寄りますよ」
いつしか風の通り抜ける音だけがラインとステラの周囲にあった。そこから更にしばらく歩いてから、二人は立ち止まった。ステラは目の前のそれにそっと手を置く。
「……久しぶり、メアちゃん」
そこには、草の絡まった墓石があった。
「いつ来てもここは手入れがあまりされていなくて酷いですね」
「前来たのも結構前だからねぇ。バザー始まったころだよ確か」
蔦や雑草を取り除きながら、二人は墓石を掃除する。
……あれから、60年が経過していた。
「そうですね。ラダーさんもあちこち走り回っていて大変でしたから」
「てかあの化け物なんでまだ生きてるんだろうね。今だってバザーじゃなくて世界中走り回ってるでしょ。幾つだと思ってんだろう……」
「まぁ、またどこかで会うんじゃないですか?」
「げぇ~~。死ぬまで会いたくないけどなぁ」
露骨に嫌そうな顔をするステラ。
「……あなたも、そろそろですか」
ふと、ラインがそう呟いたのを、ステラは聞き逃さなかった。
「頭ん中は生身だからねぇ。メアちゃんもあのあと10年くらい生きてたけど、やっぱ拒絶反応がどうしてもね。もし死ぬんなら、私はエイカフで死にたい。アールムの近くでね」
それは、何も抱えていない、ステラのありのままの表情だった。賢神との戦いのあと、ステラやメアは消失を免れていた。それはラインがそうであったように、人としてのベースエーテルが干渉を避けたのだろう。
約束通り、当初はメアの手で終わりを迎えようとしたステラだったが、ほとんど満身創痍だったメアにそんなことができるはずもなく。メアの看病をしながらも、ネチネチ毎日のように生きよと患者のはずのメアに説かれ続けたステラは、段々としおれていった。
そうして、メアが死ぬまでの10年ほど、ステラとラインはメアと共に生活していたのだ。それからさらに50年、残った二人は特に帰る場所もなく、ふらふらと各地を旅しながら回っていたのだった。
「どうですかね、案外……」
「──あの、さ。もしかしたら最後になるかもしれないから言うんだけど」
言葉を遮って、ステラはラインの方を向いた。
「……? なんですか改まって」
「帝国の……」
あぁ、とラインは声を漏らす。
「イーシェさんの事ですか」
「……」
「敵同士でしたからね、あの時は。私たちも貴女を殺そうと戦ったわけですし」
「……そっか」
「言っておきますけど、私は戦争用の兵器ですよ。敵味方の区別なんてその時点での識別タグの色の違いでしかないんですから」
「そうだね。私も歳取ったかなぁ。やめやめ!」
「なんだかそのままいい感じに満足して死のうとしてますけど、多分無理だと……」
「えっ」
ラインはステラの胸に指を当てた。
「あなたのコア、いくつかは元々α-1型のものですよね。私の知っている限り、生き残ったα型のパイロットは全て魂がコアに転写されています。人型とはいえ、構造がα型と同じであるあなたもそうなる可能性が高いです」
「…………そうなの?」
「転写というと死ぬみたいに聞こえるかもしれませんが、まぁ……脳が拡張されて大きくなった後、元々あった脳の部分だけが無くなるみたいな」
身振り手振りで伝えるラインだが、ステラは訝しげな表情を崩さなかった。
「いや、それって、ほとんど……」
「まぁ意識は連続していると思うので大丈夫ですよ。大体、メアからコアを譲り受けてるじゃないですか。γ型のコアも持ってるんですから性能不足にはならないと思いますが」
「そう言ったってさぁ……」
不安そうにまだ見ているステラに、ラインは悪戯気に笑いながら頭を指さした。
「今後頭の中が空になったら、とても明るいライトとか入れたら……ふふ、いいんじゃないですか、暗いところで、すごく……ふふっ、目が光りますよ……」
「ぶっ飛ばすよ?」
小突き合いながらメアの墓掃除を終えた二人は、やがて元来た道を戻る。段々と新しくなっていく道を歩きながら、ステラは空を見上げている。ラインはそれを横目に、ステラへ声をかける。
「私はこのあと旧帝国領へ向かいます」
「……それは、彼の?」
ラインは曖昧に首を傾けた。
「まぁ、それも一つですが。魔物の出没が確認されているので」
「あそこに出たの? 人通り多いんだけどなぁ。やっぱ私も行く?」
「いえ、私だけで大丈夫です。状況次第では連絡しますよ」
賢神との戦いのあと、すべて消えたはずだった神話の痕跡は、まったく別の形で世界に刻まれた。
魔神であったケルが消える前に、天界が経路を閉じたことで、ケルから離れた"魔座"は天界に戻ることができずこの世界に残留してしまった。それは人々から魔術が無くならないという結果をもたらしたものの、残留した"魔座"は世界中に散らばり、その断片が創造の座と干渉し合いエーテルを求め食らう怪物となる。それが各地に出現しはじめたのだ。
人への被害も少なからず出ており、二人はずっと各地を回って魔物を狩りながら旅をしていたのだった。
世界を循環する一部となった座は既に正常な流れの一部として成立してしまっている。魔術を元に復興を進めてきた人類にとって、魔物という存在は脅威であると同時に、その力の源を享受している状態であるがために、現状の解決は魔物を倒す、という対処が限界であった。
「魔術使えないんでしょ、もう」
「……そうですね。そもそも、あれは私の力ではないですから」
「ねぇ、ライン」
不意に歩みを止めたステラは、ラインに背を向けたまま声をかけた。ラインもそれに合わせて立ち止まる。
「なんです、──っ!?」
ステラは唐突に振り返ると、いつの間にか展開していたブレードをラインに振り下ろした。
咄嗟に反応したラインもブレードを展開し、それを受け止める。金属音が跳ねる。その一撃は軽い。軽いが、踏み込みの角度だけが異様に深い。
ステラは笑いながら、受け止められた刃をあっさり手放した。
落ちるブレードの影に隠れて、二本目が展開される。ラインの視界の死角。続く二撃目に、ラインは半歩だけ足を引いた。空を裂くブレードの腹に己のブレードを滑らせ、軌道を逸らす。
ステラがブレードを起こそうとした頃には、既にラインのブレードはステラの首元に添えられていた。
「こうさーん」
二本のブレードを地面に落とし、ステラは両手を上げた。
「どういう遊びですか、急に」
「別に、一回くらい勝ちたかっただけ。……もう勝てないなぁ。魔術使ってた頃よりずっと強いんじゃない?」
「……そうですね。あの頃は基本戦闘システムと少しの経験だけでしたけど、今は」
「ラインが人間だったときの記憶、全部あるんでしょ。あの人意味わかんないくらい強いんだよねぇ。私はほら……まだベースが人間だから、一度同期したからといって全部使いこなせるわけじゃないからさ」
「だからといって、なぜ……」
「執着、かな」
そう言いながらステラは地面に落ちていたブレードを拾い上げる。それを再び振るうことなく収納し、腰へ差した。
「……」
「でも吹っ切れた!」
「そうですか……」
「それじゃ、私はさっきの人探しに行くから一旦ここでお別れかな! 次会うときは……まぁ、深く考えないことにするよ」
ステラはラインの手を取って笑う。
「……楽しかったですよ」
「あんまり思ってない顔してるね」
「そう見えますか?」
じっと見返したラインに、ステラは肩をすくめた。
「はいはい、それじゃーね」
手を振りながら、喧噪の中へ消えていくステラを見送って、ラインもまた、門へと向かう。城の無くなった王都は空が少しだけ広く見えていた。きっと城の下のあの地下空間は砂で埋め尽くされてしまっただろう。
ラインのことを知るものが段々と減っていって、いつしかラインだけが古い神話を知ることになったとしても、きっとラインは存在し続ける。
目覚めたあの日から、コアの全てが止まるまで。
「きっと、楽しいと思いますよ。これから先は」
誰かにそう話しかけるように、ラインは呟いた。
開始から6年もかかってしまいましたが、完結とさせていただきます。
個人的にあまり書きたくないので言うのを控えていましたが、ぜひ評価や感想をいただけるととても嬉しいです。
今後番外編を書いたり手直しをする可能性もありますが、本編としては一旦終了します。
これまでご覧くださって、本当にありがとうございました。
以下蛇足の補足↓
最終話のタイトルですが、これまでの章の頭文字をとったものとなっており、当初から章の構成は決まっていました。
R EBOOT
O NESELF
U TTER
S IGNAL
E NTRANCE
D AWN
M ECHANISM
E TERNAL
で「ROUSED ME」。思い出すこと、目覚めることを作品の主軸として置いていたため、このような構成になっています。また、ラインとリーネアが元の意味として同じ単語になること(直線)など、色々設定があったりしますが、一旦置いておきます。
なんにせよ、長編を初めて完結させられたことは、作者としてはとても嬉しいです。今後別の長編をかくことになったとして、このペースでやったらまた6年……?とならないでもないですが、もう少し筆が早くなれるといいなと思っています。
ありがとうございました。




