70. 『役割』
「これで最後か」
そう言ったレヴェルの足元には、大量の機械の残骸が散らばっている。
王都の中心に辿り着いたケル、レヴェル、メアの三人は、その中心である人の気配のない広場にて魔術の調整を行おうとした。しかし、ケルが魔術を使おうとしたそのとき、見慣れぬ機械に襲撃された。
それは機械人形のような人の形をした機械ではなく、獣や虫に近い形状をとった大型犬程度の大きさの機械だった。小さなブレードを爪のように備えた機械達は、統率された動きで迫るも、レヴェルが単独でこれらを全て撃破。メアも剣こそ抜いていたが、振るう機会はなかった。
「初めて見る機械……人形? だな……」
メアが剣で残骸をつつき、恐る恐る拾って観察する。
「当機の記録にもこのような形状の機械人形はない。フレームの強度はβ量産型よりも少し硬いが、影響のない範囲だった」
「ただの人間ならそれで十分だった。通常の機械人形や機械兵であっても、この機械に群れで襲われれば同じ結果になったはずだ」
中心の正確な位置を調べながら、ケルは背後のレヴェルに言葉を投げた。レヴェルもその言葉に頷く。
「細かく配置されたブレードは障害物に穴を空けながら大抵の場所に侵入することも可能だろう。設計思想が当機のような機械人形とは違う。これは初めから人間や機械人形を破壊するために作られている」
「γ型がここにいる想定じゃなかったんだ。だがあの女が増えたことで、ラダーとぶつかる人物が変わった。本来なら僕とそこの女だけがこの広場に辿りつき、あの機械で始末される予定だったんだろうな。しかし……あんな機械程度で僕を滅ぼそうなんて随分侮ってくれたものだ」
メアは自分があの機械の群れには勝てないのは分かっていた。王都を出ることになった少し前からほとんどの敵対する存在に対し、メアは無力だった。中心まで戻ってこられたのも、メアが弱いからだということは、身にしみるほど理解していた。
メアのその様子を見ていたレヴェルは、メアに声をかける。
「当機ら機械人形は、人間の越えられないものを越えるために人間が作ったものだ。馬と人が並走できないように、できること、やらなくてはならないことは機械人形と人では異なる」
「……ありがとう」
「とりあえず中心は見つけた。もう少し手こずっていたらもたなかったかもしれんな」
ケルはそう言いながら地面に図形を描いていく。それは門の前で描いていたものと同じような図形だった。正確に形状を記録していたレヴェルが反応する。
「同じ図形だな」
「あぁ。向こうとこれを繋げて流れをこっちに移す。あとはこれを目印に勝手に動き続けてくれる」
ケルはメアとレヴェルに中心から少し下がるよう手を振る。二人が一歩下がると、ケルは図形に片手を置いた。空間が押し込められているような、得体のしれない感覚がメアの周囲にまとわりつく。王都で砲撃を受けたときも近い感覚があった。メアには知る由もないが、それは魔術の対象範囲が自分を含んで起動する予兆だった。
「ステラとラインは……無事だと良いが」
心配するメアを他所に、ケルは準備を進めている。
「駄目ならそこのγ型がなんとかするだろう。さっさと始め──」
何かに気が付いたようにケルは一瞬身を硬直させ、すぐに振り返った。
「伏せろ!」
ケルの咄嗟の言葉に、メアは身を低くする。レヴェルがその前に立ち、ブレードを構えた。
「《風》」
「《落ちろ》」
衝撃が地面に叩きつけられ、広場の石畳が放射状に砕け散った。土埃が巻き上がり、砂と礫の混じった風が吹き荒れる。メアは目を手で守りながら、薄く前方を見た。
砂埃が、前方に現れた男を避けるように吹き抜けていく。
「量産型とはいえ、ある程度はかつてのα型を再現したんですがね」
男が分かりやすくため息を吐いた。ケルはその男を睨みつける。
「……何だ、お前」
「不意打ちの魔術も魔術要素無しに防ぐ。流石は魔術の管理者といったところですか」
メアはその男を何度も見たことがあった。国で兵をやっている者で、その顔を知らない者はいない。
「宰相殿…………!?」
言葉を失い、どうすればいいのか分からず、掴んでいた剣から手が離れそうになる。
「再び神の尖兵になったか。人間が……」
ケルは、男に向かって恨みを込めた声を零す。
「懐かしいのではないですか? あなたにとっては。──いえ、あなたはほとんど前線には出ていなかったのでしたか」
「《砕けろ》」
ケルは手を男に向けてそう言い放つ。男は笑みを浮かべたまま、微動だにしない。
「《結目、夜、永遠》」
不可視の何かが逸れ、男の背後の建物を破壊した。ケルは忌々しい顔で男と目線を交わす。
「《永遠》…………!? それは人が扱える魔術要素じゃない! 意味や解釈の幅が強力すぎて制御が…………」
男はそれに答えない。その代わりにと、ケルと同様に手を前にかざした。
「《釘、風、風、風》」
「《止まれ》!」
前方に空気の塊が衝突し、ケルはそれを両手で辛そうに抑え込む。魔術はすぐに終わらず、持続的にケルを後ろへゆっくり押し出していく。
「あぁ、これは押せるんですね」
「お前、それッ……」
男がさらに手を前に出したとき、ケルの横をすり抜け、レヴェルが飛び出す。姿勢は低く、ブレードを真横に溜めるように構えた。魔術師にとっては絶死の距離。しかし、レヴェルを見たケルは焦ったように声を上げる。男は静かにもう片方の手をレヴェルに向けた。
「駄目だ下がれ!」
「《復唱》」
後ろで伏せていたメアは、視界からレヴェルが一瞬のうちに消えたように感じた。次の瞬間、男の手の直線上が全て剥がされ、押し出されるように吹き飛ぶ。
「レヴェル!!」
「お前も下がれッ! あれは集団詠唱だ!」
思わず立ち上がろうとしたメアにケルは叫ぶ。男は吹き飛ばした先をつまらなさそうに見てから、その片方の手もケルに向けた。
「《風、炎、炎、炎》」
ケルは姿勢を何度も崩しそうになりながら、炎の混ざる衝撃波を受け止め続ける。足元に描いた図形はとうに砕けて吹き飛び、押し戻されたことで少しずつメアとの距離が縮んでいた。
「集団詠唱でこの出力ッ……! お前、どれだけの人間をエーテル発電機にしている……!」
「集団詠唱……?」
地面に伏せながらも、聞きなれない単語にメアは反応する。
「エーテルの出口を一人に集約して魔術を強化する技術だ! その実態は人間からエーテルを無理やり引きずり出して再利用しているだけで変換効率も最悪、こんな出力は普通出ないんだよ…………!」
男はケルの目を見て、ケルが本心では真実に行き着いていることを理解した。
「全員ですよ。そうでなければ神話の存在に戦おうなんて怖くて思えませんから。みなさんの力が、私を応援してくれているのです」
ケルはこのまま膠着状態が続けば、自分が負けることは分かっていた。防ぐことが限界で、固定化できていない王都を包む《神殿》の維持に力を割いている状態では、身動きが取れない。しかし、維持を手放せば再び王都を隔離することはできなくなる。
しかし、これでは今確実に負ける。ケルが制御を手放すしかないと思ったそのとき、後ろでメアが立ち上がった。
「お前、何して…………」
「おや、貴方は戦闘課の。そういえば何故眷属化されていないのでしょう?」
初めて気がついたように男はメアを見た。
「訳あってな」
「魔術も使えない人間の出番はなさそうですが」
「時間稼ぎにはなるさ」
そう言ってメアは駆け出した。男は両手の二つの魔術のうち、炎の魔術を止めると、メアに指先を向けた。
「《釘》」
指の直線上から逸れるように姿勢を変えた瞬間、甲高い音と共にメアの肩を何かが突き抜けた。血液が衝撃と共に散るが、メアは気に留めることなく前に踏み込んだ。男は意味がないと言わんばからりにメアを見ている。その指先はそのままに、再び不可視の衝撃が走る。
「《釘》」
再び同じ魔術。メアはそれを腹部で受け止めた。金属で補修された腹部は銃弾で撃ち抜かれたように穴が空くが、衝撃自体は貫ききれずに霧散する。メアは剣を握り締め、振り上げた。
「《復唱》」
甲高い音が幾重にも鳴り響く。先ほど肩を貫いた何かがメアの全身に突き刺さり、空中にメアの体を縫い付ける。
見えない何かによって磔になったメアの口から血が流れる。その口角は上がっていて────
「《夜》ッ……!」
男が魔術を行使しながら咄嗟に振り向くと、そこには左腕を失ったレヴェルがブレードを振り下ろす姿があった。メアは口から空気と血を吐きながら咽る。
「いけ……!」
レヴェルのブレードは、男の周りを逸れるように流れ地面を切り裂いた。先程まで焦りを見せていたはずの男は、不快そうな目でレヴェルを見下ろす。地面からブレードを引き抜き、再度振るおうとしたその時。
「『停止しろ、γ型』」
レヴェルの動きが止まった。