69. 『意味、理由、機会、機械』
ラインが固まった瞬間、C6αの持つ赤熱して開いたままのライフルの銃口が光る。
ラインはブレードの腹を向け、受け止める。鈴が幾重にも鳴っていると錯覚するが如き音と、暫くの間拮抗した後に、ブレードごと光が貫いた。その射線上のライン諸共、光は破壊する。
威力が低減されたのが幸いしてか、視界を埋め尽くすアラートは直ちに機能を停止させる程の障害を示してはいなかった。しかし、無視はできない程の損傷をラインに与えたことも、事実であった。
ラインは地面に座り込んだ。
「……ぅ」
「痛いのか? 痛みを感じるのか? その鉄の体に痛覚があるのか?」
「……どう、ですか、ね」
「体が動かなくなるのは内部が大きく損傷した際に信号が乱れるからだ。声が漏れるのは乱れた信号で発声にノイズを引き起こすからだ。……私達は人のようにはなれないんだよ」
忌々しそうにC6αはラインに言葉をぶつける。C6αを視界から逸らさないように必死に顔を上げながら、ラインは呟く。
「自我を手に入れて、何故、レトさんを……」
その言葉を聞いたC6αは、銃口を僅かに下げた。目を伏せ、自分を傷付けるように笑う。
「全部遅かったんだよ。何もかも。ライン、お前だって研究所で言っていただろう。自分が目覚める瞬間のことを。……私は、間に合わなかった、それだけだ」
そう言ってC6αは乾いた笑いをし、そして息を絞り出すように吐いた。
「…………どうだっていいんだ、もう。考えたくもないことが私の頭の中で止まらない。どうやっても、レトの事を考えてしまう。死んだ人のことを考えても……意味が無い。分かってる。分かってる。分かってるさ。ただ……こうしてた方が気が楽になるんだ。もう要らないんだよ、私には……ッ!!」
下がっていた銃口が元の位置まで上がる。しかし、C6αは撃たなかった。銃口は先程よりも熱を帯び、大気が揺らめいている。
三発は連続で撃てない。そう仮説を立てたラインは、内部を簡易的に修復すると、ブレードで地面を斬り付け、土を大きく巻き上げた。
「加速、実行」
高速で移動し、ラインはC6αの背後を取る。ラインが回り込んだことにC6αは気付いていない。土煙の中、闇雲に照準を動かしている。
狙うは背中の機械。これを破壊すればこれ以上撃つことは出来なくなる。
C6αの背後に周り、機械を見たとき、ラインはその機械にアンテナのようなものが伸びていることに気付いた。
それはまるで蠍の尾のようで────
「──『SCorpius』」
「α、4……っ!?」
C6αは振り向いていない。しかし、その銃口はラインの方向を完全に捉えている。最初からラインの位置は完全に補足されていた。
銃口が光る。
その光は当然、加速したラインよりも遥かに速い。ラインはあれがα-4型の一部であることを理解した瞬間、体が動いていた。
「《炎》ッ!!!」
魔術を纏ったブレードと極光が衝突する。光はブレードを貫くことは無かったが、無数の光の帯に分散して飛び散り、ラインの背後へ流れ、周囲を焼き焦がしていく。
しかし、弾かれた重金属の粒子、その幾つかはラインにも直撃し、機体をパンケーキにナイフを入れるかのように切り裂く。上書きされるアラートは、いくつかの重要な箇所が損傷していることを示している。
そして、永遠にも感じられる衝撃の末、魔術によって保護されたブレードは完全に光を弾き、刀身だけは守りきった。
膝をつくラインに、C6αは銃口を向けている。しかし、その銃口は僅かに歪んでいた。恐らく、三発目は冷却が必要だったのだろう。それを無理に撃ったことで銃身に負荷がかかり過ぎたのだ。
「……照準補正、再補足完了」
四発は撃てない。あれ以上は冷却を行わなければ銃身が壊れる。それを理解していても、ラインは動けない。機体を何ヶ所もスライスされ、骨格フレームごと融解させられた。修復にはかなりの時間がかかる。
そして、ラインの性能を知っているC6αは接近戦を選択肢から排除している。
均衡状態。
「来たらどうですか? ほら、今ならあなたのような量産型でも私に勝てるかもしれません」
この時、ラインの中でも接近戦で勝てるかは五分五分であった。しかし、勝率が最も高い選択肢も、接近戦であった。
「その損傷を修復するよりも、こっちの冷却の方が早いさ。そして、ここでお前は完全に停止する」
極めて冷静に、C6αはそう返す。銃口は依然ラインに向けられている。
「……それ、α-2型の兵装ですね。レトさんを殺して立派なおもちゃを貰えた訳ですか」
「お前が……憎い。救えたお前が、何もできなかった私が……分かるか? あの後、あいつは自分を完全に失う前に自分を殺せと私に言ったんだ。それだけ言ってあいつは周りと同じになった。それが、最後の言葉で、それで、気付いたら、あぁ…………あぁ………」
C6αは片手で頭を抱える。照準が乱れ、視線を四方に動かしている。修復が半分以上完了したラインは、C6αに勘づかれないようにゆっくりと姿勢を変えた。
「……」
「お前が、お前が……お前を壊せば、座が、創造の座が……あれが、レトを、生き返らせてくれるって……そう言ったんだ。だから、これで、お前を……殺す、壊すんだ……レト……」
……あれは、もう壊れている。ラインはそう思った。
C6αは、力が抜けたようにがくりと項垂れた。そして、溢れんばかりの憎しみのこもる目と、感情の消えた表情を見せながら、ゆっくりと照準をラインに戻す。銃身の冷却は既に終わっている。
銃口の奥が、僅かに光を帯び始めているのが見えた。
「ここで死ね、ライン」
「っ……」
突き刺したブレードを支えにしながらラインは手を前に伸ばす。コアが急激に出力を上げ、胸元の結晶が淡い光を放つ。ラインの電脳は、かつての会話をリピートさせる。
α-2型、テス。重金属を射出体に用いた荷電粒子砲を駆る巨大兵器が一。
随一の破壊力を誇り、そして破壊された機械人形。
全盛期はもっと凄かった、見せたかったと誇らしげに笑っていたその彼が零していた一言。
──最初は上手くいったんだけど、磁界で逸らせることがバレちゃって。
「起動。『SAgittarius』」
「電磁軌条、展開」
かつてラインを王都の空に打ち上げた発射装置。磁力で作られた軌条がラインの手によって再現され、正面に走る。ラインに牙を向いた極光は、その強力な磁界によって捻じ曲げられ、ラインの真横を抜ける。
ラインはブレードをより強く地面に突き刺し、グリップを握り締める。未だ展開されている二本の磁界の中心で、正面に開いていた手を少し閉じ、矢の如く番えた。
「再設計:code-α2──」
指先に、結晶が早回しで作られるように、銀色の矢が生成される。それは、ナノマシンによって抽出されたラインの骨格フレーム。
再現するのは、α-2型の兵装の源流に最も近いもの。
「──『SAgittarius』」
放たれた光の矢が、C6αの持つライフルごと、その左腕を吹き飛ばす。
衝撃に、C6αの体が仰け反った。
「加速、実行」
「ッ……!」
地面からブレードを引き抜き、駆け出す。
損傷を厭わずに迫るラインに対し、C6αは手にしていたライフルを盾にするように投げる。動かない銃など、もはや重荷でしかない。
ラインの振るうブレードは銃身を容易く切り裂き、C6αへの距離をさらに縮めた。それを防ごうとC6αは背中の機械すら取り外し、ラインへ投げる。
巨大な機械が迫るが、ブレードの前には障害にもならない。しかし、ラインの視界から機械を切り払ったとき、既に正面の視界からC6αは消えていた。
大部分の機能を喪失しているラインには、高いステルス性能を持つようにカスタマイズされたC6αを捉えられない。残っている熱源センサーですら、周囲に着弾した光線の熱でまともに機能していなかった。
正面の土煙が揺らめき、先にブレードの切っ先が見えた。ラインはそれを自身のブレードで受け止める。ブレード同士が衝突した際に起こる特有の轟音が散った。
そして、ラインは土煙の向こう側から現れたブレードの持ち主が、別の量産β型であることに気が付く。
「……!?」
背後から音も立てず現れるC6α。ラインはすぐに眼前の機械人形を蹴飛ばすと、崩れた姿勢のまま体の位置を低くする。
仰向けになった視界の上をブレードが通過する。
C6αがブレードを引き戻しきる前に、ラインは無理矢理に体を捻ってブレードを斬り上げる。修復途中の骨格フレームが破断する音が聞こえた。
C6αは咄嗟に不安定なままブレードを縦に構える。
耳障りな音が短く鳴り、甲高い音と共にC6αの持つブレードと、右腕が宙を舞う。そして、ラインはブレードをC6αの胴体に深く突き刺した。
背中まで突き抜けたブレードの切っ先を、体温模倣液が伝い、滴る。
C6αと──シルファと、ラインは目が合った。
ブレードを引き抜くと、溢れ出す体温模倣液と共にシルファは両膝を付き、俯いた。赤い液溜まりが、ゆっくりと広がっていく。コア接続回路ごと破壊したその一撃は、機械人形にとって致命傷だった。
ラインはブレードを杖にしながら、立ち上がる。シルファは、じっと地面を見つめている。
一歩、二歩。ラインはシルファの目の前に立つ。
シルファは動かない。
「……なぁ、レト」
ラインは両手でブレードを振り上げる。シルファは、小さく、寂しそうに笑みを浮かべた。
「こんな気持ちに、意味なんてあるのかな」
金属音が、響いた。




