68. 『こんなものなんて』
「よぉ、ライン。調子はどうだ?」
「……」
目の前の機械人形の識別番号は確かにC6αと全く同じものだった。見たことの無い兵装にラインは警戒しながらもブレードを展開する。
「……あの機械人形、ラインに用があるらしい。先に行くぞ」
ラインの背にケルは声をかけて王都の中央へと走っていく。その音を聞きながら、ラインはC6αの一挙手一投足から目を離さない。先程の光線、レヴェルが気付かなければメアは確実に死んでいた。
──つまり、眼の前のあれは敵である。
「もうちょっとで当たってたのにな。やっぱりγ型は根本から性能が違う」
この会話が感情模倣演算プログラムによるものだと分かっているラインは答えない。油断させ、隙を見せたその時、あれは動く。
「無視、か。酷いなぁライン。折角こうして自分の言葉で話してるのにさ」
「は……?」
プログラムによるものだとラインは分かっていた。しかし、それでもほんの僅かな時間、思考の時間と共に声を漏らしてしまった。
「──起動。『SAgittarius』」
ラインは咄嗟に頭を逸らす。瞬間的に上下に開いた銃口からは激しい光とともに光線が放たれ、ラインの頬を僅かに焼いて掠めた。それでも頬の装甲が僅かに削り取られ、高負荷でナノマシンが修復を始める。
「それは、α-2型のッ……!?」
一度光線を放った銃口は赤熱している。あの状態でもう一度撃てるのか、それとも冷却が必要なのか分からない以上、ラインは近付くことができない。
恐らく背中の機械があの銃の制御装置であると考えたラインは、破壊目標をそれに定め、様子を伺う。
「連射できるか伺っているな? 試してみるか?」
挑発するようにC6αは言う。
「……レトさんはどうしたんですか」
ラインの問いかけに、C6αは少し目を開き、笑った。
「あぁ、死んだよ。私が殺した。そう命令されたんでな」
あっけらかんと、何でもないようにC6αは言った。その瞬間、ラインは確信を得る。あれは感情模倣演算プログラムであると。それならば対処は一つ。
「私の命令を──」
「──"私の命令を聞くな"だったか? 答えはどっちがいい?」
ラインの動きが固まる。
「なん……」
銃口が再び開く。
「こんなもの、今更要らなかったよ、ライン」
視界の先が光る。
*
「戦闘課の元隊長さんのお出ましか。実際に戦うのは初めてだね」
ステラはケル達が先に進むのを見送ると、ラダーに話しかける。しかしラダーは何も答えない。ステラは遊ぶように剣をくるくると回し、尚も会話をしようとする。
「聞いたよ、あの子ら逃がすために残ったんだって?」
「……」
「利用されてちゃ意味ないね、馬鹿なん?」
「《剣、炎》」
回していた剣を止め、正面に構えた瞬間、ラダーは前に踏み込んだ。衝撃で地面が軽く吹き飛び、ステラとの距離が一瞬の内に無になる。
「はっや」
ステラは待ち構えるように向けていた剣を振るうが、ラダーはそれを容易くいなす。一度、二度、三度の攻防を経て、ラダーの拳がステラに突き刺さる。しかし、その拳はステラをすり抜け──
──る前に、拳の振るう方向が変わった。
「うッ……ぐ」
めきめきと内部の装甲が変形していく音をステラは聞いた。咄嗟に衝撃を逃がすように横へ倒れ込み、蹴り上げる形でラダーと距離を取ろうとする。
しかし、それを腕で受け止めたラダーは、そのままステラを地面に叩き落とした。
姿勢を崩したステラの顔めがけ、ラダーの拳が振り下ろされる。その拳の側面を、当たる直前に剣の柄で殴りつけて逸らす。行き先を変えた拳は、ステラの顔の横を破壊した。
「あぁもう、うるっさいなぁ!」
ステラはそう叫びながら体を跳ね起こして距離を取る。ラダーが人間であるが故に、ステラの中には"人類を滅ぼさなければならない"という声が絶え間なく流れている。
ラダーはステラとの間合いを詰めるように前へ踏み出す。
「──《剣、炎》」
「重ねがけっ……!?」
先ほどよりも早く、ラダーは間合いを詰める。ステラは剣の上を走らせるように拳を流す。しかしラダーは体制を崩すことなく、もう片方の拳を下から上へと振るう。
"私は人類を滅ぼさなければならない"
「うるさいって!!」
それをステラは手のひらで受け止める。半分以上の指が反対へ折れ曲がり、肘あたりの接続が切れた。
「……ODS、開始」
ステラの背中が排熱で焼け始める。受け止めたことで損傷し、押されていた手は拮抗し、徐々に押し戻される。
「うっそ」
思わず引き戻そうとした手を、ラダーは掴む。手首が砕かれ、あらぬ方向へと曲がった。そのままラダーはステラを引き寄せると、膝でステラの胸を打ち付けた。腕を掴まれたままのステラは衝撃を逃がすことができず、膝を付く。
「ごほッ……ぅ……」
衝撃で視界が乱れる。内部のセンサーの多くが異常停止した。しかし頭の中の声だけは鳴り止まない。しかし、次に聞こえたその声は、いつもの言葉をなぞるものではなかった。
"……それでは駄目だ"
「後、から……口出すの、ダサいね……」
ラダーは掴んでいる腕を上げる。膝を付いていたステラは無理矢理に立たされる。
"──手伝ってやる。体を貸せ"
「はは、なにそれ……」
ステラが脱力した瞬間、勝手に足に力が入った。剣を握ったままの無事な手が動き出し、ラダーへ振るう。しかし、ラダーはそれを払い除けた。
"お返しだ"
「なっ……!?」
ステラは腕を引くと同時に両足をラダーの腹部にぶつける。強固な体幹が逆に仇となり、引いた分の力がそのまま勢いとして加わった。重い衝撃にラダーの手が緩む。ステラは体を捩ると、そのまま懐に入り込んで剣を切り上げた。
ラダーは手を離し、後ろに下がって剣の軌跡から逃れる。しかし再度踏み込み、姿勢を低くしてステラへ突っ込んだ。
ラダーの振り上げる拳にステラは片手を乗せ、高跳びのように頭上を超えながら背後を斬り付ける。ラダーの背に血が滲んだ。
"生身での戦いは久しいが、どいつもこいつも動きが甘いな"
「馬鹿みたいに同じこと言ってた癖に、急に饒舌になるね……!」
"好きに話すのは構わないが舌を噛んでも知らんぞ"
直ぐ様に振り返って仕掛けるラダーの攻撃を全て剣の腹で受け止め、弾き返す。ラダーが数歩下がると、ステラは地面を強く踏み込んだ。巻き上がる石礫を空中で蹴り抜き、即席の弾丸としてラダーへ撃ち込む。
ラダーは石礫を手で撃ち落とすが、幾つかは身体に直撃し、小さな穴を空けた。体勢が僅かに崩れたラダーにステラは剣を振り抜く。両腕を盾にしたラダーは地面に足こそ付いていたものの、大きく吹き飛ばされる。
「明日筋肉痛とかになったりしない? 体から変な音がするんだけど」
"知らん"
「……ねぇ、名前は?」
「《剣、炎》」
更に魔術を重ねがけしたラダーが最接近する。その腕からは火花が散っており、肉体の許容範囲を超えていることが分かる。
ステラは右の拳を体を逸らし、躱す。その拳が軌道を変えようとした瞬間、剣の柄をぶつけて動きを殺す。左の拳が抜きにくい位置に滑り込み、再びラダーを蹴り飛ばした。今度は体が曲がったまま吹き飛び、民家の壁を突き抜ける。
"……リーネアだ"
「どーして人類を滅ぼしたいの?」
"分からない。しかしそれが私のやらなければならないことだ"
「手段は?」
"創造の"座"を手に入れ、人類を滅ぼす"
瓦礫を吹き飛ばしながら、ラダーが現れる。
「あたしに神様になれって?」
"そうだ"
「《剣、炎》」
ラダーが迫る。ステラは剣を地面に突き刺し、ラダーの拳を横から叩く。
許容を限界まで超えたラダーの腕が爆裂し、ひしゃげた。表情を変えずに振るうもう片方の拳に対し、ステラは同じ様に正面から拳をぶつける。
ラダーの腕が再度弾ける。両腕を破壊されたラダーは尚も姿勢を崩さず、弾けたままの拳を再び振るう。
「お断り。他をあたってくれないかな」
ラダーの顎部を掠めるようにステラの手が通り、ラダーは地面に沈んだ。