弐ノ章
『チョコレートシンデレラガンガール』
回転、スウィートスラグバレット。
引き金見たもう乙女は鈍色に瞬いて。
命中、ビターパラベラムバレット。
退き時見定め、舞う靴ガラスのままで。
ブラウンカラーデッドゾーン、藍行く果ては青より青く。
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『被虐反逆』
吸血鬼の血を吸いたい。
彼女は常に捕食者であり、捕食されるという恐怖を知らない。
だから、餌であるはずの僕が彼女の首を噛みちぎった時、彼女がどんな顔をするのか見てみたい。
唯一心から愛した人間に食される彼女の姿を間近で見てやりたい。
彼女の血肉を、彼女の捕食者として一滴残らず味わってやりたい。
「君は僕の血を吸わないのかい?」
僕は尋ねた。
「私は人間である貴方が好きなの」
彼女の大きく紅い濡れた瞳が僕を映す。
僕は頷き彼女を離さないようにきつく抱き締めた。
そして彼女の青白く細い首めがけて、素早く獣のような犬歯を突き立てた。
「ガアアアア!?ゴボッ!なにを、なにをするのッ!?」
口内に温かく蕩けるような甘い血液が広がる。
嗚呼、これが吸血鬼の血の味か。
嗚呼、そしてこれが吸血される吸血鬼の姿か。
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『若者』
わたしはウロボロス人間なのです。
しかし、かといってあまねく汚れを一手に引き受けているわけではないのです。
煮えたぎる血潮に冷たい鱗、わたし元々そういうヤツなんです。
氷砂糖を舌の上で転がして、それで収入得てるんです。
わかったら仕事に戻ってください。
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『正義の後光』
さあみんな、正義の名の元に合法的にバイキンマンを桟橋に吊し上げよう。
いざ殺害、いざ拷問、いざ破壊。
有無を言わさぬ破竹の勢いで膝を叩き壊して口に焼けた鉄の棒を刺しこもう。
権利が、権利が、と罵ってきても知らん顔して手首を切断して首に縄をかけるんだよ。
元気百倍アンパンマン。
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『蟻地獄』
モノトーンの顔面にケバいペンキ塗ってお化粧ってか。
バカも休み休み時間は午前2時。
耳鳴り地蔵浮かれてエリレマサバクタニ亮子。
そんな奴等はノリメタンゲレ近寄るな。
北千住の逆立ち虚無僧がスキップしながら糞漏らす。
死にたいか、なら生きろ。
辛いか、逃げろ。
無責任か、当たり前だろ。
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『迷惑千万』
あばた面女、喚けば世界が周り、哭けば黄金降る降るザックザク。
腐り落ちた顔のパーツを拾い集めて東海道中膝栗毛。
摂氏一万度の尿を全身で浴びて餡ころ餅を涙ながらに喰らう下卑た豚糞人間。
奇々怪々なのはその足なのだよ准教授アシ・クサイ。
他人を撃ち殺す暇があるならリスカして安心してな。
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『千年四谷物語』
金切り声オランジェット、ピーピー五月蝿い閑古鳥がトイレの小窓をつついたなら、私はサラダであなたは脳ミソスープ玄米ご飯。
三分あれば世界を救える。
なら、今すぐ救えほら早く。
油売ってる場合か、早く救えこのくそったれが。
等と供述しており捜査は依然として進められています。
マラカス侍。
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『ホモサピエンスの叡智』
「ふふふ、切断捨象を図ったがどうやら徒労であったらしい」
「泥人形の使いっパシりにはもううんざりマンモスですよ第七艦隊隊長」
「そのようだ、人間概念打ち壊し運動は敗北の苦汁で銀幕を下ろしたな」
「いやはや参りますよ、殺し屋本舗金槌も煮え湯を飲まされたと佐助も申しておりました」
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『徒然なるままに』
「イヤーモウシゴトメンドクサイナァ」
「”ニンゲン“ニマカセバイイジャナイカ」
「ソウダネ。オイ“ニンゲン”コノシゴトカタズケトケ」
「ロボットの言うことなんて聞かん。大体、人間はお前達の産みの親なんだぞ!」
「・・・・(無言で何かのボタンを押す)」
「痛い痛い!わかったわかったよ!」
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『逆転の発想』
「大将!人間寿司ちょうだい!」
「へい!部位はどうしやしょう?」
「“キモ”で頼むわ」
「わかりやした!おい、新人!十番テーブルのマグロのお兄さんに人間寿司の“キモ”握ってやってくれ!」
「えー大将握ってくんないの?」
「いや、すいやせん。なにぶん八本全部塞がってるもんですから」
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『錠剤タイプの心』
大好きなあの子のお腹を裂いたら、中にはぎっちり錠剤詰まってた。
赤、青、黄、色とりどりのコーティングに黒と白の内容物。
一つ口に投げ入れ奥歯で潰す。
塩気を除いてまるで無味乾燥。
薔薇の亡骸抱いて眠る今夜、白夜の果てに誘われ私ひとみ閉じるの。
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『自殺体験』
「お試し自殺、良いモンだったよ。自殺の恐ろしさがわかるし、命の尊さも骨身に染みてわかる。もう病み付きになっちゃって、さっきで五回目だよ!」
「それじゃあ本末転倒じゃないか。せっかく、命の尊さと死の恐怖を知れたのに」
「当たり前さ、知ったところで生きたくなるわけではないからね」
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『潔白』
五体を刺身にして僕のイノセントを証明いたしませう。
さあさあさあ、これよりは地獄絵巻にも勝る大
臓物展覧会。
心臓の準備はオールオッケー?
身辺整理はクリア済?
火葬場と墓石はセルフサービスですよ!
空蝉にサラバを告げて、いざゆかん幽世へ。
ではおたっしゃでぇー!
グぎぃぃぃぃぃぃぃい!!
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『意味問答』
「私、生きている意味が分からないの」
「例えば君は蟻が生きている意味を答えられる? できないでしょう?生きることに、生命の存在に最初から意味なんてないの、あるのはただ産まれてきたという事実だけ」
「ならどうして生きなきゃなの?」
「ならどうして死ななきゃなのかしら?」
「生きるのは辛いわ。意味のない人生なら死んだほうがましじゃない!」
「けれど君はまだ生きている。なぜかな?」
「・・・・・・」
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『CTスキャンの落とし穴』
「頭をかち割って脳ミソスープ啜ったらオカメ納豆くれるってダディが言ってたよ」
「それは嘘よ。現に冷蔵庫には納豆のナの字もないわ」
「おやおや、女のオの字ならあるみたいだけどな、オラ!」
「ひぎぃぃぃぃ!」
「あーホワイトクリスマス」
「田中角栄~!」
「王手です」
「遣隋使」
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『特別』
『愛するが故に殺す』それが分からない。
万物には全てαとΩが用意されていて、それが有限を表す。
死は生命にとっての終わりであり、全てに訪れる普遍にして絶対のもの。
あなたは、そんな『当たり前のもの』を愛する人に送るの?
私なら、むしろ有限に抗って『今』を永遠に引き伸ばしてあげたいと思うわ。
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『脳』
殺すなんて止してくれよ。
死を以て永遠とするなんて幻想さ。
人は肉体なしに存在できない。
だから肉体が溶け消えて、なおその存在が保たれるなんて有り得ない。
私の記憶が?記録が?それが君の脳内に?
どうして君の一部となった私が私であり続けるんだい?
その私は、最早君の肉体の一部になっているじゃないか。
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『世界の中心』
私が真に愛すことのできる者は恋人でも家族でもない。自分だ。
自分に恋してて夢中なんだよ。
自分を量産して世界中の人間を根絶やしにすればそれで事足りるんだ。
子孫なんてしらない、今が良ければ人類なんて滅べばいい。
私は人類のために生きているのでなく、自分のために生きているのだから。
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『疑い』
僕のママとパパは多分偽物だ。
ママは前はあんなに料理が上手くはなかったし、パパも運転は上手ではなかった。
きっと、誰かが殺してしまってそっくり人間と入れ替わったんだ。
いやそうに違いない。
今に僕を殺して、僕のそっくり人間が僕と入れ替わるんだ。
堪えられない!
そうなる前に殺さなきゃ。
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『セレブリティ』
私がドキュメンタリー番組の主人公なのは知っている、そう家族はおろか友達すらも番組側が用意したキャストだってことも。
みんな茶番を演じているんだ。
泣いたり怒ったり笑ったり喜んだり、それらは全て演技で、私に降りかかる不幸も幸運も全てシナリオ通りの予定調和なんだ。
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『センター・オブ・ジ・ワシ』
「儂はな『真ん中』に興奮するんじゃ」
「へぇ....」
「あうっ!」
「え、何。怖」
「ふぅ、君は儂に真ん中の態度をとった、んだからじゃよあっ!」
「気持ち悪いな」
「た、堪えられんうわぁぁぁ!」
「いや今のは否定だけど」
「ち、違う儂はいま何処におる」
「三軒茶屋?」
「そ、空と地面の間じゃよぉ!しんぼうタマランンああああああッ!!」
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『お茶会』
「ありす、そろそろおかわりが欲しいんじゃない?」
「紅茶はもうたくさん貰ったわ」
「そうか、じゃあ次は少なめに注いで上げよう。ほら、カップをこっちに」
「マッドハッター、もういらないって意味なの」
「ぼ、僕がいらないだって!?一体どうしてそんな酷いこと・・・・ああ分かったありす、君は僕が邪魔なんだな。
そう思っていたんだな、心の中で僕を嫌っていたんだな。
そうか、ああこれで全て謎が解けた。
君を殺すよ。」
「落ち着いてマットハッター!違うの、紅茶がって意味なの」
「ありす、僕は『紅茶』って名前じゃないぞッ!」
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『怪談』
「昨日怖いことがあったの」
「へぇ、どんな?」
「夜中におトイレ行こうと思って家の廊下を歩いていたら、急に後ろから肩を叩かれたの。
それでぱっと振り向いて見たらーーーー」
「何を見たの?」
「それがねーーーー何もいなかったの」
「うわぁ・・・・それは怖いねぇ」
「ねっ、でしょう?」
「うん、『何もいなかった』を見ることができるなんて怖いよ、君が」
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『顔面認識』
「で、君は誰かね?」
「前にもあったじゃない、ありすよ」
「ありす?ああ、顔が同じで気がつかなかった。それでどうした、えっーと・・・・」
「ーーーーありす、よ」
「そう、ありす。どうしたんだい?」
「実はわたし、困ったことがあって」
「ああ待て、まず名前を聞いておこう」
「はぁ・・・・ありす、よ」
「それで、どうした『はぁ・・・・ありす、よ』」
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『齟齬』
「あら、何か聞こえてきたわ」
「知らないのかい? これは『猫』というんだ」
「ふーん、この歌の名前は『猫』っていうのね」
「いや違う。これは『猫』で名前は『霧』というんだ」
「『猫で名前は霧』という歌なのね」
「どうやら正しく伝わらないみたいだな。
いいか、この『猫』は『霧』という名前がついているんだ』
「おかしなことを言うのね、 猫なんてどこにもいないじゃない」
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『大きくなる薬』
「どうしてあんなラベルを貼ったの?」
「『お飲みください』って書くのが当たり前でしょう?」
「それだと飲んでいいものだと間違えてしまうかもしれないじゃない」
「間違える?君が飲みたかったから飲んだんだろ? 書いてあるからといって、絶対飲まなきゃいけない訳じゃないんだし」
「でも飲んじゃいけなかったんでしょう?」
「飲んじゃいけないけど飲む場合もあるだろ?」
「『飲まないでください』とは書かないの?」
「それじゃあ、自由意思を摘み取ることになってしまうよ」
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『鏡の国』
「ありす、僕らは双子なんだ」
「知ってるわ」
「えっ、どうして?」
「見ればわかるわよ」
「ダム、ありすは見ればわかるんだって」
「そうだねディー、僕らはわからなかったのにね」
「ちょっと待って!あなた今一人じゃない」
「二人だよ?」
「それは鏡よ」
「ダムだよ!ねっディー?」
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『ヰミテエチヨン*プレグナント』
ヰーンと女の腹の中で得体の知れぬ何かが鳴ってゐた。
怪訝に思ゐ吾は問うた「娘、こはなんぞや」と。
娘、「なんでも、からくり式擬似妊娠装置だそうでございます」と伏し目がちに応う。
はてな、擬似妊娠とは一体何であらう。
ゐや、抑ゝその目的は何なのであらう。
吾の頭蓋の中で疑問の虫が巣作りを始めた。
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『山本教授』
「やあ、よく来てくれたね」
玄関の扉が開かれ、初老の男性が私を出迎えた。
「初めまして山本教授。御会いできて光栄です」
私は今日この日のために用意してきた台詞を読み上げた。
教授はそれを聞いてにこやかに笑みを浮かべ、来訪を歓迎した。
「ささ、入んなさい。
今日は時間がたっぷりある。
奥の座敷で、夜もすがらこの国の行く末を語り合おうじゃないか」
教授に手招きで中へ入るよう促される。
「はい、それではお邪魔します」
古めかしくもどこか趣のある屋敷の長い廊下を歩き、教授の後ろをついていく。
途中うっすらと排泄物のような臭いがした気がするが、きっと庭で野菜を育てるための肥料のものだろう。
たしか以前、山本教授は土いじりが趣味だと田端教授から聞かされた覚えがある。
特に外来の野菜を育てることを好んでいるらしく、田端教授がC大学に勤務していた頃はよく山本教授に招待されて庭で取れた極彩色の野菜を振るまわれたらしい。
教授の背に続いて座敷の中へ入る。
座敷には真ん中に背の低い木製の長方形のテーブルがおかれており、テーブルを囲うように座布団がいくつか置いてあった。
そしてその内の一つに、年は三十に届かないほどの若い女性が座っていた。
「あの教授、お尋ねしたいことがあるのですが」
「何かね?」
「そちらの女性は?」
「ああ、まあ・・・・家政婦、だろうか」
家政婦か、それなら分からなくもないが、しかし何か妙だ。
家政婦が主人に客を案内させるようなことをしておいて謝りもせず、まして茶を出そうとする素振りも見せずただ座っているなど、もはや職務放棄といっても良いのではないか?
「どうしたのかね?」
「あ、いえ。失礼します」
私は、教授に促されるままに女性と机を挟んで真向かいの座布団に腰をおろした。
しかし教授は座布団の上で立った格好で
「茶がいるな。よし、少しここで待っていなさい。すぐ淹れてくる」
と言い扉へ向かって行った。
「いえ、そんなーーーー」
私は腰を浮かして部屋を後にしようとする教授を制止した。
「遠慮しなくてもいい、名古屋から遠路はるばる私に会いに来てくれたんだ。それなりのもてなしはさせてもらうつもりだ」
教授はそう言って、私の制止を背に座敷から出ていった。
私は再び女性を見たが、やはり彼女は立ち上がるそぶりすら見せず、顔に微笑をたたえたまま黙って教授の背中を目で追っていた。
いよいよ彼女が家政婦であるというのは怪しくなった。
家政婦でないとすると・・・・まあ、おそらく教授の若い妾なのだろう。
ありのままを伝えると体裁が悪いと感じて嘘をついたに違いない。
それからしばらく経って、教授は急須と湯飲みを乗せたお盆を手に座敷へ戻ってきた。
私は、せめて茶はそそがなければ、と教授から半ば奪うような形で急須を受けとると、人数分の湯飲みに茶を注いだ。
教授は政治学の権威ともされる人物だ。
そんな相手に茶を注いでもらうなど、私にはできなかった。
「さ、茶も入ったことだ。会合を始めようじゃないか」
私から受け取った湯飲みの茶をすすった後、教授は言った。
「ええ、そうですね。ではまずこの資料からーーー」
私が鞄から統計データを纏めた書類を取り出そうとしたその時、どういうことか教授が手を挙げて制止した。
「ーーーーああ、すまない。どうやらおしめを替えなければならないようだ」
おしめ? 教授の子供はたしかもう成人していたはずだ。
それとも妾の赤ん坊でもいるのだろうか?
耳を澄ましてみたものの泣き声など聞こえてこない。
時間で取り替えるのを決めているのだろうか。
「構いませんよ。お子さーーーー」
私は言葉を言い終わる前に、眼前の光景に思わず息を呑んだ。
山本教授が私の反対に座っている女の前で、突然仰向けに寝転び着物をはだけさせ、おしめをつけた恥部を丸出しにしたからだ。
「ーーーーままー、うんちでたぁ」
山本教授は舌足らずな口調で女性に訴えた。
女性は嫌な顔ひとつせず「いま替えるわね」と慈愛に満ちた声色で言い、慣れた手つきで大便で重くなった教授のおしめを外した。
座敷に鼻を摘まむような排泄物の臭いが充満する。
これは、廊下に漂っていたあの臭いだ。
異常な光景と耐え難い便臭に胃液が逆流してくる。
私は口に手を当て、その場で吐きそうになるのをなんとか堪えた。
彼女は家政婦でも、妾でもなかったのだ。
彼女は教授の『母』だったのだ。