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1:目覚め

 ……あれ?


 私、どうなったんだっけ……?


 頭の中に濃い霧がかかったみたいだ。


 自分の名前すら、うまく思い出せない。


 私って……誰……?


 ……ああ、だめ。

 

 ぼんやりしてる。


 でも……少しずつ、光が差し込むみたいに記憶が戻ってくる。


 そうだ。

 

 私の名前は――『綺羅星アリサ』。


 職業、アイドル。


 そして今日は――そう、人生で初めてのドーム公演の日だった。


 事務所の車で会場に向かう途中で……

 

 そう、突然、対向車がセンターラインを越えてきて――


 強い衝撃。


 まぶしいライト。


 ガラスが割れる音。


 ……そこから先の記憶が、ない。


 え……?

 

 じゃあ私……もしかして……


 死んじゃったの……?


 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


 もう、みんなの前で歌えないの?

 

 ステージの光を浴びられないの?

 

 あの歓声も、ペンライトの海も、全部……終わり?


 悲しい……悔しいよ……。

 

 もっと、もっと沢山の人に笑顔を届けたかったのに……。


 そのときだった。


 ふわり、と目の前に、やわらかな光が現れた。


 ああ……これって、もしかして天国への道……?


 優しくて、温かくて、包み込むような光。

 

 抗う気力もなく、私はそのまま身を委ねた。


 そして――意識は静かに、溶けるように消えていった。


◇◇◇


 ……どれくらい経ったのだろう。


 身体が、ゆっくりと浮かび上がるような感覚。


 まぶたが、重い。

 

 まるで石でも乗せられているみたいだ。


 必死に力を込めて、ゆっくりと目を開ける。


 視界が揺れる。

 

 ぼやけた天井が、淡く視界に映った。


 体は鉛のように重い。


 けれど――確かに、温かい。


「……ここ、は……」


 ……あれ? 私……死んで、ない……? 生きている?


 その事実が、胸の奥をじんわりと満たしていく。


 生きてる……! 生きてるよ、私……!


 涙が出そうになった、そのとき。


 「王女が目覚めたぞ!!」

 

 「誰か早く王を呼べ!!」

 

 「ついに……王女が……!」


 ……は? 王女? え、誰が?


 私……アイドルなんですけど???


 夢?


 まだ夢の続き?


 それとも天国って、王国システム採用してるの???


 混乱する頭を抱えながら、私はゆっくりと身を起こした。


 背中に鈍い痛みが走る。

 

 肌に触れるシーツの感触も、身体にのしかかる重力も妙に鮮明だった。


 思わず息を呑む。


 いや……これ、めちゃくちゃ現実なんだけど。

 

 視界がはっきりしてきて、私は言葉を失った。


 私の目に入ってきた光景は――

 

 ふわふわのレースに包まれ、淡い桃色の布に金糸の百合刺繍で作られている天蓋付きのベッド。

 

 淡いクリーム色の石材で作られた大きな部屋。

 

 その壁に飾られている紋章入りのタペストリー。


 どう見ても――


 これ……中世ヨーロッパの王室なんですが???


 私……どこに転職したの???


 震える手で、ベッド横の白木の化粧台へ手を伸ばす。


 そこに置かれていた、磨き上げられた手鏡を、恐る恐るそっと覗き込んだ。


 そして――


 息が、止まる。


 鏡の中に映っていたのは――


 透き通るような白い肌。


 陽光を受けるたびに淡く輝く、ふんわりと波打つ長い金髪。


 一房ごとに絹糸のような艶を宿し、肩から背中へと流れ落ちている。


 大きな瞳は澄み切った蒼。


 まるで最高級のサファイアをそのまま嵌め込んだかのような美しさで、見る者の視線を自然と奪ってしまう。


 整った鼻筋。


 桜色の小さな唇。


 顔立ちは驚くほど整っていて、どの角度から見ても欠点らしい欠点が見当たらない。


 まるで神話に登場する光の姫君。


 あるいは、職人が一切の妥協を許さず作り上げた至高の芸術品。


 人形と見紛うほど美しく、それでいて確かな生命の輝きを宿した、一人の美少女だった。


 「な……な……何じゃこりゃあああああ――――ッ‼︎」


 絶叫。


 そして私は、再び華麗に意識を手放した――。


◇◇◇


 再び意識が浮かび上がる。


 ……あれ。この流れ、さっきもやった気がする。


 柔らかなベッドの感触。


 レースの天蓋。


 そして――見知らぬ部屋。


 どうやら夢ではないらしい。


 「お嬢様……! お気付きになられましたか……!」


 横を見ると、メイド服を着た綺麗な女性が涙ぐみながら私の手を握っていた。


 え、近い近い近い!?


 てか、この絶級美女メイドは誰!?


 「ご安心ください、お嬢様。すぐに王をお呼びしております――」


 いや安心できないんだけど!?


 色んな意味で心臓がバクバクする……。


 状況が理解できないまま固まっていると、部屋の外が急に騒がしくなった。


 重い扉が開く音。そして――


 「リア……!」


 低く、それでいて震える声。


 視線を向けると、豪華な衣装をまとった壮年の男性が立っていた。

 

 金の刺繍が施された深紅のマントに、威厳のある王冠。


 そして白髪混じりの髪と、強い意志を宿した瞳。


 どう見ても――王様だった。


 え、本物の王様来たんだけど!?


 男性はゆっくりとベッドに近づき、信じられないものを見るような顔で私を見つめた。


 「目を覚ましたのだな……本当に……。」


 声が少し震えている。


 次の瞬間、王様は私の手を強く握った。


 「七日間、意識が戻らなかったのだよ……。」


 七日!? 私はそんなに寝たきりだったのか…。


 「もう二度と目を覚まさぬのではないかと……私は……」


 言葉が途中で途切れる。

 

 王様の目が、少しだけ潤んでいるのが見えた。


 え、待って。


 これ……完全に「娘を心配する父親」の顔じゃん。


 もしかして本当に私……この人の娘なの!?


 「リア、身体はどうだ?」


 え、『リア』って今の名前……私?


 私は口を開こうとして――固まった。


 やばい。


 王女『リア』としての記憶が一切ない。


 あるのは前世の私……そう、アイドル『綺羅星アリサ』の記憶だけだ。


 「え、えっと……」


 声が出る。

 

 でも何を言えばいいのかわからない。


 とりあえず安全そうな言葉を選ぶ。


 「だ、大丈夫……です……?」


 何故か疑問形になってしまった。


 王様が一瞬きょとんとする。


 あ、やらかしてしまった。


 王女としての威厳ゼロな上にアホみたいな返事をしてしまった。


 数秒の沈黙。


 気まずい……。


 そして――王様は突然、大きく笑った。


 「はっはっは! 声が出るなら十分だ!無理に話さなくてよい。医師も、目覚めただけで奇跡だと言っておった」


 まぁ確かに七日間も寝たきりの人間が急に目覚めるのは奇跡みたいなものだよな、と私も思った。


 「ゆっくり休むがよい、リア。お前は我が国の宝なのだからな」


 そう言って王様は立ち上がる。

 

 去り際、もう一度だけこちらを見て、本当に安心したように微笑んだ。


 私の身体を気遣ってか、隣にいた美人メイドさん、周りにいた使用人や兵士らしき人達も王様の後に続くように部屋を出ていった。


 重たそうな扉が閉まる。


 部屋が静かになる。


 そして私は、天井を見上げながら思った。


 いや待って。


 どう考えても、私――


 王女に転生してるよね???

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