表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

第12話 再会

樹之助は、再び“宵待(よいまち)”の暖簾を潜った。


お滝が(あざけ)りの色を浮かべながら近寄ってくる。


「またあんたかい。しつこいね~。うちとこの娘と話したきゃ...」


樹之助は1両小判1枚を放り投げた。


「これで足りるんだろ。」


お滝が目を丸くする。


「おやおや、どこで用立ててきたかは知らないが、お金さえ払ってくれたらお客様だよ。おこしやす~。」


笑えるほど鮮やかな変わり身。

だが嫌味は無い。


「で、誰と話したいって?」


(わざととぼけてるのか?)


樹之助はさっき来た時千代の名を出した時のお滝の顔を忘れていない。


「千代だ。」


短くキッパリ言い切る樹之助の言葉に、お滝の手が止まる。。


「兄さん、せっかくこんな大金用立ててきたんなら、もっと器量もよくて、音曲もできて、あっちの方も上手な娘におしよ。これだけあれば2~3人座敷に呼べるよ。」


お滝は他の遊女を進めてくる。


「いや、俺は千代に用があるんだ。」


お滝は樹之助を値踏みするような目で見た。

そして小声で耳打ちする。


「…あの娘、商品じゃないんだ。勘弁してくれないかい?」


「どういうことだ。」


「大事な預かりもんなんだよ。」


お滝の表情に岡場所の女将という色が消えていた。


「預けたのは...」


樹之助もただの客という立場では、(らち)が明かない雰囲気を悟り、思い切って聞いてみた。


「樹三郎か?」


「あんた…」


お滝は目を細め警戒の色を強める。


「どうしてその名を?」


樹之助はお滝を見据えた。

父とこのお滝がどういう関係か知らない。

素性を明かしていいものか…


しばしの沈黙…


そして樹之助は意を決した。


「…親父だ」


ボソリと答える。


「あんた、樹三郎の…!?」


そう言ってしげしげと樹之助を見るお滝。

そしてフッと体の力が抜けた。


「ふふ、言われてみりゃ若いころの樹三郎そっくりじゃないか…」


お滝がまるで長く会っていなかった親類の叔母のような目で樹之助を見ている。


「親父と顔見知りなのか?」


「まぁね。古なじみだよ。」


そして樹之助の耳元に近寄り囁く。


「…あんたも伊賀者なのかい?」


ドキッとした。

こんな小料理屋の女将が何故そんなことを…


答えに窮して固まっている樹之助に、不敵な微笑みを浮かべながらお滝は言った。


「樹三郎には何度も助けられたんだよ。役人なんかに言えない裏の問題を、あの人は解決してくれた…」


お滝は遠い目で昔を思い出している。


樹之助も、父がそんなことをしているなんて初耳だった。


「あ、だからと言って体の関係はなかったからね」


お滝は聞いてもいないことを話し、一人笑い出した。


「私の方は良かったんだけど、あの人堅物だから…」


(聞いてないし...)


樹之助が冷ややかな視線で見ていることに気付いたお滝は、真顔に戻って言葉を繋いだ。


「…あの娘にはまだ客をとらせていないんだ。樹三郎には遊び()じゃなく、奥で働かせてくれって言われてるんだ。」


そう言いながらお滝は煙管を吸い込む。


「たけど、今朝あの娘が自分から『生きるためにお金を稼ぐ』って言いだしてね。そんな日にあんたが来た…」


お滝は樹之助を見つめ

「これは偶然とは思えないね...」

と言ってため息をついた。


自ら体を売りたい娘などいやしない。

だけど、どうして…

樹之助は千代の気持ちがわからなかった。


「お前さん名は?」


「樹之助」


「樹之助…」


お滝は少し考えているようだった。

ここで女が一人生きていくためには、いつか通らなければならない道。


その始め方次第で、その後の人生が変わることをお滝は何度も見てきた。


(この子が…私にとっての樹三郎みたいになれば…)


お滝は決心した。


「じゃあ樹之助が千代の最初の客だ。かわいがっておやり。」


そういうとお滝は部屋に向かって声をかける。


小夜(さよ)、お客だよ。」


千代はここでは小夜という名前で呼ばれているようだった。


小夜は、呼ばれてビクッと身を固くした。


それでも意を決して立ち上がり、樹之助の手を引いて奥へ進み、階段を上り二階の一室に入った。


「小夜でございます。今宵は存分にお過ごしください…」


小夜は緊張でまともに樹之助の顔を見ることができず、小刻みに震えている。


「そう緊張するな。俺の顔覚えないか?」


そう言われ小夜は顔を上げて樹之助を見た。


だが、あの夜の樹之助は顔を黒い布で覆っていた。


わかるはずがなかった。


小夜は小首を傾げているが、何かに気づいた。


「あ、塀の上にいた人...?」


「…塀の上?」


「うん。私が三宅に連れていかれた時…塀の上…」


まさか、もう3年近く前の、ほんの一瞬。

しかも暗闇に溶けていたはず。

あの場の誰も気づかなかったのに…


「…見えてたのか?」


「見えてたというか…誰かが見つめている気がした...」


「凄いな、お前...あんなとこでこっちの気配わかってたなんて...」


小夜は何を言っているのかという感じで樹之助を見ている。


「…お酒、召し上がりますか?」


小夜が場の空気を変えようと問いかけてきた。


「あ、あぁ、頼む...」


小夜は部屋を出て下に降りて行った。


樹之助は部屋を見渡した。

香の焚かれた空間。

赤い毛氈、赤い家具。

非日常的な艶めかしい空間。

一時の楽園を演出しているが、無機質で乾いた空間。


(こんなとこで、これからあいつは知らない男に抱かれて生きていくのか...)


そう思うとやるせない思いになる。


(俺は…あいつを助けた気になっていた。けど、本当にそうだろうか...)


「お待たせしました...」


小夜が熱燗と香の物を持って戻ってきた。

続いて膳部も運ばれてきた。


「どうぞ」


小夜が徳利を傾ける。


それを受け、樹之助は一息に飲み干した。


そして今度は樹之助が返杯する。


小夜もそれを受け、一息に飲み干す。


「お、強いな。」


樹之助が目を丸くすると、小夜は笑顔で

「私、初めて飲んだんです、お酒。なんだか、凄くここが熱い...」

と胸のあたりを押さえている。


「俺も強くない。熱いな、ここ。」


と、小夜と同じく胸を押さえて見せる。


「ふふふ…」

「ハハハ…」

二人は自然と笑いあった。


いつの間にか、ぎこちない張り詰めた空気がが消えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ