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第1話 怒り

戦国に落ちた現代人が忍びとして活躍する、風結びー戦国ノイズーとー歴史の番人たちー。

風の忍びとして活躍した彼らから約260年を経た幕末、太平の世で忍びの系統は絶え、古の忍びは講談や歌舞伎などの世界のお伽話となっています。

でも、あのゴエモンの子孫は生き残っていました。

幕末という歴史の大転換のとき、一人残った最後の風の忍び樹之助は歴史の番人としてどう生きるのか一人葛藤し、時に絶望しながら自分の道を探し成長する物語です。


風結び過去作をご覧の皆さまにはお馴染みの名前が色々出てきます。過去作読んでない方でも気軽に読める内容となっていると思いますので、お気軽にお楽しみください。


新連載を記念して、初回は一挙三話公開しますが、今後は週末、土、日更新を基本といたします。

文久元年(1861年)京 室町通り


塀の上、黒い影一つ。


音もなく、夜気に溶け込んでいる。


石川樹之助(きのすけ)、十六歳。


(…また、やってやがる)


視線の先、三宅修五郎邸。


かつては薬種卸で名を馳せた豪商神谷家の屋敷だった場所。


だが今、その面影はない。


番頭上がりの三宅が主となってからというもの、この屋敷は“別のもの”になっていた。


「払えまへんか?」


静かで冷徹な声音。


次の瞬間、鈍い音。


縁側に押さえつけられた町人が、浪人風の男に殴りつけられる。


「ま、待ってくれ…。これまで何度も払ってきたやないか…」


「足らしまへん。これは天子さまの御世を作るための大事なお金…」


三宅は言葉は丁寧だが、冷酷で有無を言わせぬ厳しい口調で責め詰る。


「払わぬなら、天子さまを否定する非国民。この国に住まう資格なしいうことですな。」


浪人たちが下卑た笑いを上げる。


(同じだ…)


樹之助の拳に、ギュッと力が入る。


(俺が九つの時と…)


あの日のことは、忘れたくても忘れられない。


突然押しかけてきた三宅。


先祖から無償で貸していた地代家賃を払えなどという、無茶苦茶な理屈を並べ立て、借金の証文を置いていった。


父は、何も言わなかった。


ただ、黙って受け入れた。


(…なんでだよ)


あの時は何もできなかった。


悔しさだけが、胸に残った。


だけど今なら。


忍びの技も、体も、あの頃とは比べものにならない。


(いつか、必ず…)


「娘がいるだろう」


三宅の声が、樹之助を現実に引き戻す。


町人がハッと顔を上げた。


「年の頃は十四かそこらかね?」


その言葉に、町人の顔が凍りついた。


奥から、足音がしてきた。


「父ちゃん!」


現れたのは、まだ少女といえる細い体つきの娘。


状況を理解できていない目で、父を見ている。


「やめてくれ!この子だけは!」


父が叫ぶ。


だが、浪人がその背を踏みつけた。


「金…払えぬのでしょう?」


三宅は笑った。


「ならば、他のもので支払うというのが商人ってもんでっしゃろう。」


浪人の一人が少女の腕を掴む。


「娘はんに感謝しなされ。」


三宅はそう言って、少女の顎に指をかけ、顔を上げさせた。


「…悪くない」


手を離す。


それだけだった。


樹之助の鼓動が、高鳴る。


(やめろ!)


足に力が入る。


飛び込めば、助けられるかもしれない。


この距離なら...


(やれ…る)


だが…


動かなかった。


いや、動けなかった。


(…今じゃねえ)


歯が軋むほど噛み締める。


(ここで動けば、全部無駄になる)


少女が引きずられていく。


その小さな手が、空を掴むように伸ばされた。


「――――」


声にならない声。


その目が、一瞬こちらを向き、目が合った気がした。


樹之助は、ただ見ていることしかできなかった。


その光景が、脳裏(のうり)に焼き付いた。


深く、消えぬほどに。


屋敷を離れた時、夜は更けていた。


屋根から屋根へと飛び移りながら、樹之助は無言だった。


(同じだ……)


三宅は変わらない。


町も変わらない。


(親父も……変わらねえ)


脳裏に浮かぶのは、あの日の父の顔。


“正心”


忍びは私情で動いてはならぬ。


(そんなもの…)


拳が震える。


(知るかよ)


夜の闇に、樹之助の影が消えた。


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