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最果ての流れ星  作者: 谷池 沼
『流れ星の誕生』編
5/39

3 出動

 翌日。昼食後のアナンタ艦橋。


 艦は午前中の訓練を終え、訓練宙域の片隅で昼休憩中である。


 艦橋は半球状、というより玉子を半分に割ったような形をしており、玉子の殻の内側にあたる部分が全て外部を映すモニターになっている。戦闘時は床面もモニターになるのだが、現在はただの灰色の床だ。

 現在、モニターには遠くに煌めく星々の他、左後ろに恒星アウディア、右前方には惑星シュライクが見えている。


 その星々の海の中、アナンタ艦長、ハーマン・カツィール少佐は、艦長席で渋い顔をしたまま新聞を広げていた。新聞と言っても、新聞の形をした情報端末であり、紙媒体の新聞と同じ感覚で最新ニュースを読めるとして人気の『電子新聞』である。ちなみに私物だ。


 渋い顔をしているのは、気に入らない記事が掲載されているからではなく、午前中の訓練結果が気に入らなかったわけでもなく、はたまた昼食のメニューが気に入らなかったわけでもなく、単に彼の地顔である。

 当初、常に不機嫌顔の艦長にビクビクしていたブリッジクルー達も、一月足らずですっかり慣れてしまった。


「艦長、コーヒーをどうぞ」

 艦内重力は1Gに保たれているため、普通にマグカップに入ったコーヒーが差し出される。

「うむ……」

 クルーの一人が差し出したマグを、軽く頷いて受けとる。

 そのクルー――通信士のマシタ軍曹――には、マグが艦長の手に収まった瞬間に、コーヒーカップサイズに縮んだように見えた。


 カツィール少佐は、身長193センチ、彫りの深い厳つい顔、白髪混じりの濃い茶色の髪を短く切り揃え、はち切れんばかりの筋肉を制服で包んだ偉丈夫である。

 その偉丈夫が、縮小した――ように見える――マグカップでコーヒーを飲む様は、ゴリラが人間から受け取った小さなコップで水を飲む姿を連想させ、案外可愛いとマシタ軍曹は思ってしまった。




 突然、静かな艦橋に通信機の呼び出し音が響いた。


 通信士席をリクライニングさせて休んでいた通信班長のグレンジャー少尉が機敏に身を起こし、受信操作をする。

 軍における通信は、双方の距離が相当に近く、音声通話の方が内容を伝達しやすい場合を除き、文章による圧縮暗号通信が基本だ。


「艦長、艦隊司令より入電。『駆逐艦アナンタは直ちに訓練を中止し、帰投せよ。帰投後、艦長は15:30までに司令棟第5会議室へ出頭せよ』以上です」


 グレンジャー少尉は淡々と通信内容を読み上げた。

 カツィールは無言でマグカップを艦長席の指揮コンソールの片隅に置くと、新聞を畳んだ。


「グリフィンは2機とも収容を完了しています。いつでも動けます」


 この艦のクルーは皆なかなかに優秀である。いつも指示を先取りして報告や伺いがあがってくる。

 ちなみに、声をかけてきたのは副長のベルタン大尉だ。彼の席は艦長席後方の中央情報センター(CIC)にある。


「すぐに移動を開始しますか?」

「うむ、そうしよう」

「了解」


 ベルタン大尉はインカムを館内放送モードにすると、テキパキと乗員に指示を出し始める。

 数分後、再び大尉からの報告。


「準備完了しました」

「行こう」

「了解。進路変更1-9-6、マイナス35……」


 副長の指示を聞きつつ、カツィールは呼び出された理由を考えていた。

 司令部のあるルーデン基地は近く、ほとんどタイムラグを気にせず音声通話が可能であるにも関わらず、用件は暗号通信で伝達された。また、出頭時間まで余裕もない。

 何かしら緊急事態が発生したのだろうが……。


 カツィールは残っていたコーヒーを飲み干すと、思索の淵に沈みそうになる意識を現実に引き戻した。

 色々想像したところで答えは出ないし、行けばわかることだ。




 3時間後。アナンタは司令部のあるルーデン基地の宇宙港にいた。


 ルーデン基地は、衛星アカシア軌道内のラグランジュ・ポイントに浮かぶ大型の円筒形コロニーであり、アウディア宇宙軍の司令部であると同時に、アナンタを含む首都直轄艦隊の母港でもある。


 ほんの5年前まで、アウディア宇宙軍の司令部は、シュライクの衛星である『アカシア』地表にあったのだが、シュライクへの移住開始に伴うコロニーの空洞化を受け、廃棄される予定のスペースコロニーを譲り受け、そこに移転したのである。 

 元が民生コロニーなので、施設としての戦闘力・防御力は無いに等しい。

 一方で、不必要なほど敷地・空間に余裕があり、軍人達の官舎も、集合住宅タイプだけでなく、希望すれば一軒家を借りることができるという、ある意味贅沢な基地である。


 一国の軍の枢要であり、同時に主力艦隊の母港でもあるのだから、要塞化すべきだという意見は、軍内部を中心に以前からくすぶっている。

 だが、金がない。

 さらに、アウディア大統領府や議会では、そもそも首都近郊に要塞を建設する必要性自体が認められていない。

 シュライクへの入植が始まって以降、国防に対する意識は高まっているとはいえ、「こんな田舎に誰が攻めてくるんだ?」という考えは、政治家や官僚の間に未だ根強く根を張っている。


 宇宙軍においても、民生コロニー改造型基地の使い勝手が意外と良かったこともあって、「平時の基地ならこれで上等」という意見が支配的となっており、不満の声は年々小さくなっている。

 結果として、シュライク近傍の宇宙軍基地は、ここ数年で軒並み民生コロニー転用型に置き換わっていた。



 その港内、アナンタの格納庫。

 ユウキ達は、待機時間を活用してグリフィンの整備と調整を行っていた。


 格納庫内には、翼と副推進機(サブスラスター)を畳んだグリフィンが2機並んで駐機されており、かなり狭苦しい。

 艦長が司令部に呼び出されたことに伴い、緊急出動の可能性ありとの通達がクルー全員になされているうえ、航空班長のガービン中尉と整備班長のスミス中尉が情報収集のため艦橋に詰めているとあって、話は自然とそちらに向く。


「出動な。何だと思う?」


 ストレートな質問はウィリアム・ハースト少尉からである。


「敵襲って割には私達以外落ち着いてますからね~」


 答えたのは整備員のシャルミナ・ヴァルマ伍長だ。

 小柄な体に褐色の肌。髪は黒に近いブラウンのロングヘアーを編んで束ねており、顔に不釣り合いなほどレンズの大きい眼鏡をかけている。

 ちなみに、現在の医療技術を用いてすれば、視力は容易に矯正できるため、眼鏡はファッションとして付けるか、装着型の情報端末(レンズ面に情報を投影する)として着けるかのいずれかである。

 本人に訪ねてみたところ、彼女の場合は後者であり、整備作業の効率を考えて着けているとのことだった。


「そうね、他所の星系に派遣されるほど訓練できてるわけでもないし……よし! 軍曹、流体装甲回収開始。チェックお願い」


 ハッチを開けたグリフィンの操縦席で作業をしながら声をあげたのはエミリア・クラム少尉である。

 ユウキやガービン中尉のような機種転換組ではなく、もともとグリフィンの兵器システムオペレーターとして訓練を受けた人物であり、グリフィンを装備する飛行隊から転属してきた。

 こちらは気の強そうな長身の女性で、セミロングの明るい金髪を後ろで束ねている。


 エミリアの操作により、二番機の機体表面がざわりと動き出した。

 アウディア宇宙軍技術部の尽力により、近年実用化された流体装甲システムで、アナンタを含む全てのアイギス級も装備している。

 この装甲は、通常時は粘性の高いゲル状の物質だが、被弾時等強い衝撃が加わると瞬時に硬化し、高い耐弾性を発揮する。

 ただ、流体装甲だけでは機体構造を維持できないため、通常の装甲板の上に増加装甲として張り付ける形で使用する。


 流体装甲の吸着性を高めるため、グリフィンの装甲表面には羽毛の様な繊維が植え付けられており、その羽毛を電磁力によって動かすことにより、流体装甲の展開・移動を補助する。

 流体装甲を移動させようと羽毛を震わせるグリフィンは、毛を逆立てた猫か、羽毛を膨らませて相手を威嚇する鳥の様でとても可愛いとユウキは思う。

 しかも、流体装甲がとれた後の装甲表面の手触りがまた最高である。


「シェリング少尉はどう思われます?」


 グリフィン二番機の胴体側面を撫でながら和んでいたユウキに、エミリアからやや険のある質問が飛んできた。


「ユウキでいいって言ったろ」

 弛んだ顔を真顔に戻し、グリフィンから手を離して、とりあえず呼び方を訂正。


「エミリア、そいつはメカに対して歪んだ愛情を持ってる。つまりメカフェチだ。話を聞いてなくても多目に見てやってくれ」


 ウィルから茶々が入る。


「フェチとか言うな。俺は機械を大事にすることを心がけてるだけだ」

「言ってることはともかく、行動はかなりフェチっぽい気配がしま……じゃない、するわね」


 エミリアはユウキとウィルから見て1年後輩にあたるため、最初はほぼ上官に対するような態度で接してきたが、二人から『同階級なんだから先輩扱いは不要』と言われ、言葉や態度を改めつつある。

 といっても、まだまだ堅さがとれないが……。


「普通に考えれば~、所属不明船の領域侵犯とかじゃないですか~」

「それならわざわざアナンタを呼び戻す必要ないだろ。基地にいる艦が出りゃいいんだし」

「最近なかったけど海賊とかは?」

「それもないだろ。海賊対策だったらまず系内警備隊(システムガーズ)が出るんだ。軍へ協力要請が来る頃にゃかなりニュースになってないとおかしいよ」

「う~む……」


 沈黙する一同。


「あえて俺達にってことなら、やっぱり捜索とか救助なんじゃないですか?」

 流体装甲回収を確認していたハンク・ロドマン軍曹が機体の下から這い出しながら会話に加わる。


「ああ、それはあり得るな」

「そういやそうだな、駆逐艦の快速で目的地に到着して母艦プラス2機で捜索か。今んところアイギス級にしかできんもんな」


 ユウキとウィルがその意見に賛同する。


「そういえば、この機体には偵察用パッケージあるんだったわね?」

「有りますよ~。レーダーに高感度の赤外線センサーと光センサーが、セットになったヤツ。でも、一セットしか積んでないんですよね~」

「ほんとに色々できるな、コイツ」


 ウィルが感心しながらグリフィンの胴を撫でる。


「そうだな、あれ全部グリフィンの追加装備だもんな」

 ウィルに同意しつつ、格納庫の天井を見上げるユウキ。


 そこには、大小様々な装備が作業の邪魔にならないように吊り下げられていた。


 一番大きいのは人員・物資輸送モジュールだ。グリフィンの武器搭載翼だけでなく、サブスラスターの一部にも被さるように装備する。両翼に取り付ければ、一機で20人の人員を運べる。座席を取り払えば物資輸送モジュールとなり、あまり大きい物は無理だが、小物であれば相当量の荷物を積載できる。

 この装備があるため、アイギス級にはランチやカッターといった、人員・物資輸送用の小型艇が一切搭載されていない。

 そのため、そうした小型艇が必要な局面があれば、ユウキ達がバスやトラックの運転手めいた仕事をしなければならないこととなる。


 昨日使った作業用のロボットアームモジュールもある。昨日のような漂流物の回収だけでなく、不審船舶の捕獲や艦体の応急修理の際にも使用できる便利なモジュールだ。


 先に話が出た偵察用モジュールは、グリフィンの胴体と武器搭載翼の装備取り付け箇所(ハードポイント)をフル活用し、高機能レーダーや赤外線・電磁波探知機、レーザーセンサー、高性能光学センサーなどを搭載するものだ。

 これらを搭載することで、グリフィンは専用の偵察機に劣らない索敵能力を持つことができる。


 もちろん、戦闘用装備もある。ミサイルや弾薬は専用の保管庫で保管されるため見える所にはないが、グリフィンの基本装備である口径30ミリのリニアキャノンや、対船艇用のプラズマビーム砲などが見える。


「あれ全部俺たちが使うんだもんな」


 ウィルがうんざりといった体でぼやく。

 まさしく『何でも屋』である。

 さらに、本番で使うためには、事前に訓練をしておかなければならず、通常の戦闘部隊のように戦闘訓練に集中することもできない。


「積み換える整備班もキツイっすよ」

 ロドマン軍曹もぼやく。


「そうですね~、私達3人だけで機体のメンテナンスに装備変更、発艦・着艦の支援ですからね~。ちょっと無理ありますよね」

 ヴァルマ伍長も同意する。


「まあ本格的な修理作業がないだけましっすけどね」


 ロドマン軍曹の言う通り、アナンタでは応急修理以上の修理を行うことができない。人員も設備も、スペースもないからである。

 修理や大がかりな定期点検の際は、都度基地の整備部隊に機体を預けることになっており、運用上のデメリットとなっている。


「なあ、なんか俺たち、戦闘機乗りの本筋からどんどん離れていくんじゃないか?」

「他では経験できない仕事が多くていいさ。修行と思えばいい」

「この修業将来役に立つのかしら」


 沈みがちな搭乗員に対して整備班は前向きだ。


「俺らはいい修業になりますよ」

「そうですね~、ここで経験しとけばグリフィン装備の飛行隊に行っても大概のことは出来そうですよね~」


 ウィルは整備班の二人を眩しそうに見ていたが、我にかえって脱線していた話をもとに戻した。


「で、索敵モジュールの話だったな。一つしかないんだって?」

「はい、今の状況じゃ他の部隊から融通してもらうわけにもいきませんからね」


 なにせ、捜索・救助任務になるだろうというのは、現時点では勝手な予想でしかないのだから。


「まあノーマル装備でもこちらの方が民間船よりよっぽど探知能力高いからな」

「とりあえず、捜索・救助の線で機材のチェックやっときますか」

「だな、どうせ直ぐに命令来るだろうし」




 若手搭乗員と整備士達が自身の予想に基づいて勝手に準備を始めていたころ、カツィール艦長は会議室にてあらかたの状況を聞き終わっていた。


 おおよその状況はこうだ。



 ことの発端は、とある大学の望遠鏡が、2ヶ月足らず前に第6惑星『レン』付近で不自然な発光や電波発信などの現象を確認したことである。

 何らかの自然現象なのか、人為的な要因なのか判別できなかったことから、大学は国立の研究機構に探査船の派遣と調査を依頼。先月、科学者6名が乗った探査船が派遣されることとなった。


 第6惑星レンは通常航行で赴くにはいささか遠い。

 大重力物体の近くでは使用できないという制限を持つワープドライブだが、アウディア星系ではガス型巨星である第4惑星『ストーク』の軌道より外側なら、恒星アウディアの重力の干渉も少なくなり、ワープインもワープアウトも可能である(もちろん、惑星の近くは不可だが)。


 そこで、国立研究機構はアウディア交通省に申請を行い、政府指定の『跳躍点』外での空間跳躍航法の使用許可を受けた上で、ストーク軌道付近からレン軌道付近へのワープを行い、惑星レンに向かうことを決定。

 空間跳躍を交えることで、約45億キロメートル先の惑星レンまで約20日で辿り着く計画だった。

 

 探査船は、出発後、予定通りの行程をたどり、まさにレン軌道付近での調査を開始しようとした矢先に、突然消息を断ってしまった。


 状況は不明ながら、原因の究明、乗員の捜索と救助のために、迅速に現場にたどり着ける機動力、対象を発見し得る捜索能力を有するアイギス級を派遣することなった。



 以上が状況のあらましである。


 なお、この場に呼ばれたのはカツィールだけではなかった。

 他にあと二人。アイギス艦長のクリスティーナ・ティン少佐と、アイギス級二番艦『アラクネ』艦長のアルバート・ライト少佐がカツィールの両側に座っている。

 向かいに座るのは首都直轄艦隊司令のスペンサー少将と、艦隊首席参謀のエノモト大佐、それに参謀要員2名だ。



「アイギス級の運用テスト。それに実績づくりというわけですか」


 口火を切ったのは右隣に座るライト艦長だ。


「確かに、そういう側面もなくはない。しかし、探査船の乗員の救助を考慮すれば、アイギス級を投入するのが最も効果的だと判断した」

「音信不通になった原因に心当たりはあるんですか?」

「全くない。探査船は常時観測データを自動で送信していたが、それが途切れた。以降、通信での呼び掛けにも応えない」


 参謀要員の答えに、エノモト大佐が横から捕捉する。


「探査機は複数の通信手段を持っている。それが一斉に壊れたと考えるより、船に何かあったと考える方が自然だな」


「乗組員生存の可能性をどう見ていますか?」

 今度は左隣からティン艦長が質問した。


「探査船には標準的な救命ポッドが2機搭載されている。当然、六名全員を収容可能だ。船の故障が原因であれば、余程のことがない限り救命ポッドに乗り移ることは可能だろう」

「事故であった場合はなんとも言えんな。微惑星の衝突でも致命的な事故は起こり得るからな」


 参謀達からの説明に、ティン艦長が静かな声で質問を重ねる。


「故障や事故ではなかった可能性は?」


 少し間を置いて、エノモト大佐が低い声で答えた。


「……十分にある」


 それはつまり、何者かの攻撃により撃沈されたという意味だ。


「前段で確認されていた発光現象が人為的なものであれば、その可能性は高くなる」

「探査船に探知されずに一撃で機能を奪えるとなると、それなりの装備を持ってるってことになるな……」


 ライト艦長が唸る。


「海賊か? 虫ども(バグズ)か?」


虫ども(バグズ)』とは、人類が銀河に乗り出して以降に出会った知的生命体の一種の通称である。

 人類社会が勝手に名付けた名称は『ミルメコレオ』。

 蟻型の昆虫が進化したような形態をした生物で、優れた技術力を持っているらしく、武装した宇宙船で星々の海を渡り、そして、人間を捕食する。

 意思の疎通はできず、対話の余地がないため、母星がどこにあるかもわかっていない。


「敵性勢力の攻撃であるか否かはまだわからん。当然、相手が何者なのかも現時点ではわからない」

 スペンサー少将がきっぱりと告げた。


「だからこそ系内警備隊(システムガード)の救難艇でなくアイギス級を派遣するのだ」


 しばしの時間を置いて、カツィールは口を開いた。


「時間的猶予は?」

「救命ポッドの性能から、一般的には2週間、長くて20日程度生存することができると見ている」


 参謀要員の説明に続いて、エノモト大佐が手元のデータを見ながら答えた。


「現在のレンの位置であれば、アイギスでも1週間から10日は程度かかる。最終の通信があったのが3日前の15:00。その直後に何かあったとすれば……」


「既にギリギリというわけですね」


 ティン艦長はそう言うと、手元のコンソールで航路計算を始めた。そういえば、彼女は航法士出身だったはずだ。


「いずれにしても、できる限り早く出航しなきゃならん」


 ライト艦長の言葉にカツィールは無言で頷く。

 駆逐艦は、探査船や民間の輸送船と比べると格段に強力な推進装置を持っているうえ、民間船舶と異なり、空間跳躍航法にかかる規制を受けない――民間船舶は、指定された『跳躍点』以外でのワープイン・ワープアウトを禁止されている――ため、その移動能力は圧倒的である。

 しかし、それを考慮しても、外惑星帯は遠い場所だった。

  

「特殊な装備を取り寄せている時間はない。補給は今ルーデン基地で手に入るものだけだな」

「補給艦が欲しい。推進剤の補給が必要になる」

「そうね。明日の10:00に出発するとして、『ストーク』軌道まで通常航行……そこからレン軌道内側まで転移、減速行程も計算に入れて……7日と19時間で『レン』付近に到着できる。でも、到着までに推進剤の6割以上を消費するわね……」


 カツィールの短い発言に、ティン艦長が、忙しくコンソールを操作しながら同意の声を上げる。


「現地での補給は必要不可欠よ」

 

「補給艦を1隻用立てよう。あとは今晩中に弾薬、推進剤、水と食料の補給」


 スペンサー少将が告げる。そのままエノモト大佐に視線を移して短く尋ねた。

「可能か?」


 エノモト大佐は参謀達とボソボソと会話を行った後、端末を操作しながら顔も上げずに答えた。


「弾薬・推進剤等の補給は既に手配済みです。補給艦もすぐ手配しますが、同時出発は無理ですね。どのみち航行速度が異なるので、後発して現地合流させるのが良いでしょう」 

「よろしい!」


 スペンサー少将は改めて3人に向き直ると、張りのある声で命じた。


「アイギス以下3隻は明朝10:00にルーデン基地を出航。探査船の捜索任務につけ。なお、本隊は臨時の小規模編成のため隊司令は置かない。先任艦長としてティン艦長が指揮を執れ。以上! 何か質問は?」

「「ありません!」」

「では、解散!」




「何、明日10時出航!?」


 ガービン中尉からの伝達を受け、格納庫に集合した航空班、整備班の面々は色めき立った。


「やっぱり捜索救助だったっすね」

「ロドマン軍曹正解でしたね~」

「間もなく補給物資の搬入が開始される。航空班は一般補給物資の搬送支援だ」

「了解」

「整備班はグリフィンの弾薬や予備部品を受領する。甲板に届くから装甲服着て搬入するぞ!」

「了解~」


 航空班の面々はぞろぞろと格納庫を出ていく。食料品などの一般補給物資は、艦側面の搬入口から人力で各倉庫まで運ばれる。

 この際、艦橋要員や機関科員も駆り出され、全員通路に並んでリレー形式で物資を運ぶのだ。


 旧世紀であれば水兵達の仕事であり、士官が駆り出されることは少なかったのだろうが、アウディア宇宙軍では、高度な知識や技能を求められる艦艇乗組員に兵はいない。全員が士官か下士官であり、自ずと雑用も士官・下士官関係なしに回ってくる。

 なお、主砲やVLSのミサイル、魚雷など、兵装関連の補給物資は、港湾施設に専用の機材があるため、希望する補給内容を指定すれば、港の作業員が補給してくれる。

 艦の乗組員が行うのは、主として艦内における物資などの搬送である。


 ……さて、こちらは予備部品やグリフィン用の弾薬の受領だ。

 シャルミナ・ヴァルマ伍長は、壁際に駐機している自分の装甲宇宙服に歩み寄ると、首もとのスイッチに触れた。

 ヘルメット部が前に倒れ、首の後ろに隙間ができるとともに、宇宙服の前面が前にせりだし、人が滑り込める隙間ができた。

 装甲宇宙服は身長2.5メートル近くもあるため、『着る』というより『乗り込む』と言う方がしっくりくる。


 ちなみに、アウディア宇宙軍が採用しているこのモデルはアルビオン星系製で、元々の呼び名は『グラディエーター型装甲機動歩兵』という。

 重量物を取り扱う機会が多く、艦外での作業を行う必要もある整備員にとって、装甲機動歩兵は非常に都合のよい装備であったため、作業用としてそのままの仕様で流用している。

 但し、整備班の装備としての正式名称は、あくまで『装甲宇宙服』である。


 シャルミナはその装甲宇宙服に乗り込むと、飛行甲板に向かった。


「マリー、搬送物品のリスト出して」


 シャルミナの声に反応して、顔に着けている眼鏡に情報が表示される。シャルミナの眼鏡は、個人用携帯情報端末(PMIT)と連動した頭部装着型ディスプレイだ。

 『マリー』というのは、シャルミナが設定した音声入力における指令(コマンド)開始のキーワードで、眼鏡に何らかの動作を行わせたい場合、『マリー』の後に命令を続けると、眼鏡が反応してくれる。

 元々は、友達に話しかけるような感覚で指令を行えるように設定したものだが、使っている内に、そのキーワードはそのまま眼鏡の名として定着してしまった。


 眼鏡のレンズに投影された物品リストをチェックする。

 グリフィンの予備部品はもともとある程度のストックがあるので、追加で入るのは僅かだ。多いのはミサイルと弾薬。あと、30ミリリニアキャノンが予備で2セット入る。


 装甲宇宙服の情報表示機能で同じリストを見ていたらしいスミス中尉が呟いた。


「捜索救助にしては武器が多いな」

「救助対象は攻撃を受けたかもしれないって言ってたっすよ」

「戦闘の可能性ありか……その割には魚雷がないな」

「あんな場所に正規軍レベルの敵は来ないと思いますよ~」


 魚雷、すなわち大型対艦ミサイルは、少なくとも軍用艦艇に対して使うものだ。民間船改造の海賊船などに使ったら、間違いなくオーバーキルである。


 輸送用の小型艇が見えてきた。

 着艦許可に関する通信の後、甲板に着艦。


「うっし! かかるぞ!」


 スミス中尉の掛け声で荷物に取りつく。

 物品の有無、搬送先などのチェックは、装甲宇宙服と個人用携帯情報端末(PMIT)が自動でやってくれるため、単純に運ぶだけである。

 頭を使う必要がないので、おのずと私語が増える。


「今日はこの搬入作業で終わりっすよね。中尉は一度自宅に帰られるんですか?」

 ロドマン軍曹がリニアキャノンの弾が入った箱を持ち上げながら言った。


「ああ、この出動はちょっと長引きそうだからな。妻と子供に顔出しておきたいな。お前も嫁さんに顔出しに行くんだろ」


 スミス中尉も含め、アナンタ乗組員の中の妻帯者は、ほとんどがルーデン基地内の官舎に家族と共に住んでいる。


「そうしたいっすけど、搬入物品の整理とかしてたら帰る間なくなりそうで……連絡だけでいいかなって思ってます」

「ばっかもん! 出撃前ぐらい嫁さんに顔見せんかい! 搬入物品の整理なんざ航行中にいくらでもできるわ! 搬入終わったらお前もすぐ帰れ。留守番はどうせシャルミナがやってくれる」

「はい~、任せてください。どうせ独身で顔出す相手もいませんから」


 男に関して焦るつもりはないし、独身であることを恥じる気持ちも一切無いが、そんな言い方をされると、ややひがみの入った返事になるのは仕方がない。


「留守番中にいい出会いはないのか? 今アナンタには独身男一杯いるだろ?」


 ロドマン軍曹の話にスミス中尉ものってくる。


「そうだな、あのパイロットの若いの二人も独身じゃないか? あいつら付き合ってる相手とかおるのか?」

「どっちもいないらしいですよ~。でも出会ってまだ1ヶ月ちょいですからね~。まだわからないです」


 ミサイルを小脇に抱えながら答えるシャルミナ。


「意外っすね。二人ともモテそうなのに」

「どっちがクラム少尉とくっつくと思う?」


 今日のスミス中尉はなんだがグイグイ押してくる。セクハラか? もしかしてセクハラなのか?


「クラム少尉もなかなか芯は堅物ですからね。シェリング少尉と相性いいんじゃないっすか?」

「え~、でもシェリング少尉は機関科のノクトン少尉とも怪しいですよ~。時々食堂でいい雰囲気で話してますよ~」


 機関科のクレア・ノクトン少尉は、黒髪でスラッとした体系の、凛々しさを感じさせる女性だ。もちろん独身。


「ライバル多いな、シャルミナ」

「まだ誰も狙ってませんから」


 すげなく答えながら、最後の弾薬の箱を運ぶ。

 小型艇を見送り、格納庫に戻ったところで航空班の面々が戻ってきた。一般資材の搬入が終わったのだろう。


「こっちは終わりました! そっち手伝うことないですか?」


 ウィリアム・ハースト少尉の元気な声。


 シャルミナはスミス中尉が「こちらも終わった」と答えるのを聞き流しながら、話題に上った独身男性二人を観察していた。


 ときめきも無ければドキドキもない。


 まあまだこんなものですよね~。長く一緒に仕事してたら何か起こるのかしら、と冷めた気持ちで考えながら、定位置で装甲宇宙服を脱ぐ。


「シャルミナ! 艦残留組で買い出し行くんだけど、なんか欲しいもんないか?」


 ロドマン少尉が声をかけてくる。


「え~、でも私整備班の留守番要員ですから」

「大丈夫、こっちは艦残留が3人いるから、買い出しはうちで行ってくるよ」


 シェリング少尉からありがたい申し出。

 まあ少なくとも悪い男達ではない、と思いつつ話の輪に加わるシャルミナであった。



 翌日、3隻のアイギス級駆逐艦は、ルーデン基地を出航。はるか遠い外惑星軌道に向け針路をとった。

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