2 平和な国の軍人たち
「アナンタへ、一番機、着艦許可願います」
『少し待て。二番機が発艦する。左舷待機スポットにて待機』
「了解」
ユウキはモニター上、正面やや右下に見える母艦に接近を開始したところで、同乗者たる上官に何も報告していないことを思い出した。単座機に乗っていた時の癖がまだ抜けない。
「左舷やや上30メートルに着けます。以後着艦許可あるまで待機予定」
規定通りの手順を後席に座る上官に報告する。
「了解だ」
渋いバリトンの落ち着いた声が返ってくる。
後席に座るのは、チェスター・ガービン中尉。アナンタ航空班長の肩書きを持つ搭乗員だ。
複座攻撃機を擁する部隊において、後席搭乗員(兵器管制オペレーター)として勤務していた人物で、豊富な経験を有するベテランである。
各航空隊が駆逐艦への人員差し出しを渋り、経験未熟な若手を派遣してお茶を濁すことが多い中で、ガービン中尉の上官は状況と求められる人材を正確に把握した上で、有能なベテラン搭乗員を差し出した。
機種転換訓練の時からなので、2ヶ月足らずの付き合いだが、ユウキは既に、このチョコレート色の皮膚を持つ思慮深く物静かな上官を、尊敬に値する人物だと考えていた。
機を艦尾左舷側30メートル、高低差10メートルの位置に着け、母艦と相対速度を合わす。ここが指定された待機スポット。
かつて、航空機が空を、艦船が海を航行していた頃は、着艦という作業は少なからぬ困難を伴うものであった。
移動する原理も空間も違うもの同士を柔らかく接触させるわけで、難しいのも当然である。
宇宙空間では、母艦も搭載機も同じ空間を同じ原理で動いているため、単に相対速度をあわせて、ゆっくり接触するだけで良い。自動着艦もできるが、機器の故障・不調の可能性を考慮し、手動着艦の技術は必ず修得しておく必要がある。
ユウキは待機スポットに機を着けると、母艦である駆逐艦アナンタを眺めた。
軍艦らしく細長くスマートな船体。全体的に直線的なシルエットでまとめられており、シャープな印象を受ける。
艦首には艦と同軸で高出力のプラズマビーム砲が内臓されているが、ここからでは砲口は見えない。
武装として目立つのは、船体中央からやや艦首寄りに装備された、単装リニアキャノン砲塔である。
船体上面に1基、左右側面に1基ずつで合計3基。
その後方の船体上面には中型・小型ミサイル用の垂直発射装置が配置されている。なおVLSは船体下面にもある。
船体の各所には近接防御火器システムとして小口径のリニアキャノンが多数登載されているが、船体中央部両舷のふくらみあたりには特に密集して配置されている。
船体後部の両側面には、大型対艦ミサイル――大昔の兵装にちなみ『魚雷』と呼称されている――が箱形のキャニスターに納められて外付け装備されるのだが、現在は外されており、接続用のアームのみが見えている。
アナンタの艦影をもっとも特徴づけているのは、船体後部上面に広がる飛行甲板と、その前方の格納庫である。
飛行甲板と行っても、航空母艦などとは比べるべくもない小ささであり、旧世紀の艦船が備えていたヘリポートに近い。
と、その飛行甲板前方にある格納庫の扉が開き、グリフィンが一機、甲板上に尾部を先にして出てきた。アナンタ登載の二番機、ウィリアム・ハーストが操縦士を務める機体である。
グリフィンは、中央の胴体の左右に武器搭載翼兼支持アームを介して副推進機を装備するため、真上から見ると三胴式の宇宙船に見えるのだが、格納庫から出てきた二番機は、サブスラスターを上方に折り畳んでいる。
『二番機は右舷側から発艦する。一番機はもう暫く待て』
「了解」
アナンタ管制官からの通信に短く答える。
そうしている内にも二番機は動き続け、甲板の右舷側最後尾辺りで停止。折り畳んでいた副推進機を展開し始めた。
同時に、飛行甲板の右舷側四分の一程度が、艦尾を軸にして、グリフィンを載せたまま右舷外側に開き始める。
「あの発艦システムはよく出来ているな」
後席からガービン中尉。
「駆逐艦からの発艦なんてせいぜいアームで放り出される程度だと思っていたが……」
「そうですね、まさかあのスペースでカタパルト発進ができるとは思いませんでした」
最後尾にグリフィンを載せた甲板の右端部は、45度ほど右に開いたところで停止した。
数瞬の後、グリフィンが射出された。
スラスターが噴き出すプラズマで甲板や船体を痛めないよう、グリフィンはカタパルト発進時にはスラスターを使わない。
二番機は、カタパルトに与えられた速度によりある程度アナンタから距離をとったところでスラスターを点火し、発着艦訓練の規定のコースに向かっていった。
甲板を見ると、二番機射出のため開いていた部分が閉じてゆき、再び一面の飛行甲板に戻る。
『一番機、着艦どうぞ』
「了解、着艦します」
ユウキは待機スポットから機を右にスライドさせ、甲板の真上で一旦静止。続いて、最小出力で姿勢制御機を使い機を真下に下降させた。
ガービン中尉が脚部を映すサブモニターを見ながら誘導してくれる。
「5メートル……3メートル……タッチダウン!」
グリフィン脚部に備えられた軟性電磁石の車輪が甲板に吸着し、機は停止した。
ユウキは短く息を吐くと甲板誘導員(整備士が兼ねている)の誘導に従い、サブスラスターを畳みつつ、格納庫内に機を移動させる。
「かなり慣れてきたな、ユウキ」
「ここ一月離発艦訓練ばかりでしたからね、多少は慣れます」
「まあアナンタの設備も思いの外出来がよかったからな。これなら二人とも次のステップに進めても問題ないだろう」
「次のステップですか?」
「来週から戦術訓練を予定しているよ」
ガービン中尉はため息をまじえつつ言った。
「戦闘機と駆逐艦の連携訓練だ。アイギスとアラクネでも検討してるんだが、まだマニュアルも出来てなくてな」
「それは……、先は長そうですね」
戦闘機登載駆逐艦の運用が確立されるのはまだまだ先になりそうであった。
格納庫にグリフィンを駐機したところで、艦内通話モードで通信が入った。整備班長のデイビット・スミス中尉の声だ。
「一番機、装備を変えるぞ! とっとと降りてくれ!」
何やらひどく慌てている。
「了解です。ハッチオープン、いいですか?」
「構わない、開けてくれ」
ガービン中尉の答えを確認した上でコクピットハッチを開ける。
装甲宇宙服姿の整備班員が壁を蹴ってコクピットまで流れてきた。たぶんスミス中尉だろう。
整備班が着用するそれは、装甲宇宙服と呼ばれてはいるが、その実はモーターにより各関節の動作を補助するパワーローダーである。
そもそもは陸上戦闘などで使用される『装甲歩兵』と呼ばれる兵器であり、近くで見るとかなり威圧感がある。
「どうした?何かあったのか?」
ガービン中尉の質問にスミス中尉は整備員用の個人用携帯情報端末をグリフィンに接続しながら答えた。
「船舶同士の事故があったらしいな。詳細は聞いてないが、こいつにロボットアームモジュールを付けるように言われた」
ユウキとガービン中尉は顔を見合わせる。
そこに、艦橋から通信が入った。通信士のグレンジャー少尉だ。
「ガービン中尉、応答願います」
「こちらガービン。現在格納庫」
「すみませんが、装備換装が終わったらすぐに出てください。近くの宙域で民間船舶同士の接触事故があったようです。コンテナが散乱して作業艇の数が足りないって応援要請を受けました」
ユウキとガービン中尉は再び顔を見合わせた。
「グリフィンで散乱したコンテナを拾い集めるということかな?」
「そうです」
「……了解だ。その種の作業はやったことがないが、やってみよう」
「詳細な座標やコンテナの個数などは現在情報収集中。追ってグリフィンの戦術情報システムに送信しておきます」
「だそうだ。装備換装、手伝おうか?」
「いや、こっちの手だけで十分だ。それより、何時間のミッションになるかわからんぞ。少しだけでも休んでおいたらどうだ?」
スミス中尉は顔も上げずに言った。
「そうか、ならお言葉に甘えよう。待機室にいるから、換装が終了したら呼んでくれ」
ガービン中尉はそう言うと、手持ちぶさたな様子で突っ立っていたユウキに手で合図を送り、格納庫出口の方へ漂って行く。
ユウキも慌てて後を追った。
戦闘機乗りがコンテナ拾い? まったくドラゴンへの道は奥が深い。
ユウキは嘆息しながら出撃準備を整えるのだった。
装備換装を終えてすぐに発艦。事故現場までは20分ほどで着いた。
ユウキ達が着いた時、現場は大混乱だった。
接触した2隻の船はすでに宙域の脇に並んで停止しており、周囲には赤色回転灯をつけた系内警備隊の船が何隻か見える。
事故船の内1隻は甲板上にコンテナを積み上げ、固定するタイプの近距離輸送船だった。そのコンテナが接触により崩れたらしく、甲板上のコンテナの数がかなり減っている。
衝突地点らしい場所を中心に、貨物搬送用のコンテナが数十個、てんでバラバラな方向を向いて散らばっていた。
さらにたちの悪いことに、コンテナ群はそれぞれ違うベクトルで流れている。つまり、散乱範囲が広がっているということだ。
コンテナの群れの中では、既に作業艇が数隻活動しているのが見えるが、いかにも数が少ない。
『そちらの戦闘機! 軍の応援だね? こちらは回収作業指揮を担当する警備艇ソルティだ。そちらのコールサインを教えてくれ』
オープンチャンネルの通信回線から聞こえてきたのは、余裕のなさそうな男性の声だ。
ガービン中尉が、対照的な落ち着いた声で応答する。
「こちらはアウディア宇宙軍、駆逐艦アナンタの搭載機だ。決まったコールサインはないから『アナンタ1』とでも呼んでくれ」
「了解、アナンタ1。すまないが、コンテナが散乱しつつある。そっちはロボットアーム搭載と聞いてるが間違いないか」
「了解、その通り」
「コンテナの回収船も用意出来てないんだが、とりあえず散らばるのを止めたい。ソルティを現在位置に固定するから、流れていくコンテナを捕まえて近くまで持ってきてくれ。ベクトルはソルティに同期させてくれりゃいい。了解か?」
「了解だ。こちらは脚が速い。遠くに行きそうな奴からかかりたいが、いいか?」
「了解アナンタ1、そうしてくれると助かる」
ガービン中尉は通信を終えた後、ため息混じりにユウキ言った。
「始めるか……」
「ユウキ、接近速度が速いぞ、減速噴射で吹き飛ばすなよ」
「了解……」
既に八つ目のコンテナである。
ユウキは自分の両脚の間から下を覗きこむようにして、コンテナを見ながら機を近づけていく。
コンテナとの距離は、モニター上に数値で表示されており、それが頼りだ。
元々真空中では目視で距離を判別し難いが、グリフィンを始めとする軍のモニターシステムでは、近づくものを大きく表示する設定になっているため、見た目の感覚で距離を図るのは不可能である。
アームが届く距離まで近づくと、「指令、ベクトル同期」とグリフィンに音声で指令する。
グリフィンが、理知的な印象を受ける男性の声で『了解』と返答すると同時に、ユウキの注視している目標を認識し、ベクトル合わせの微調整を自動で行ってくれる。
その状態でガービン中尉の作業を待つ。中尉は慎重にアームを操作し、コンテナを確保。
「よし、捕まえた! 移動してくれ」
スロットルレバーを優しく倒し、目標の警備艇ソルティを目指す。警備艇の周辺は既にコンテナで埋まっている。
コンテナ群の陰から、クレーンアームをもった大型船が寄ってきているのが見えた。
「回収船が来たようですね」
ユウキが言うと、後席からは少し感心したような声が返ってきた。
「ほう、もう来たのか。てっきり明日まであの状況で放っておくつもりだと思ったがな」
警備艇に近づく。
コンテナを離せるポイントまで来たところで、ユウキは警備艇を注視し、再び音声でグリフィンに指令を出した。
「指令、相対速度合わせ」
『了解』
グリフィンは、機体各所の姿勢制御機を吹かして警備艇に相対速度を合わせた。
ちなみに、グリフィンの音声は複数のパターンが用意されており、男性声・女性声、声の高さや喋る調子など、意外と細かく設定することができる。現在の音声は、ガービン中尉が選んだものだ。
「相対速度よし。リリース可能です」
「了解、離すぞ」
ロボットアームが捕まえていたコンテナをそっと離す。
二人揃ってため息。
「なんだか神経使いますね、この作業」
スラスターの作動にリミッターをかけているので、うっかり全開噴射などということはないが、細かな動きを続けるのは神経を使う。
「まったくだな。どれ、次は……」
噴射でコンテナを動かさないように、機をコンテナからゆっくり離し、これまたゆっくり回頭する。
モニター越しに周囲を見渡す。作業開始以降、順次応援の作業艇が来てくれたので、コンテナ回収は順調である。
「見たところ次はありませんね」
「そうだな。ちょっと聞いてみよう」
ガービン中尉はそう言うと、通信機をオープンチャンネルに切り替えた。
「アナンタ1からソルティ。次の目標を指示してくれ」
しばしの沈黙の後、返答が来た。
「アナンタ1へ、次の目標はない。おかげさまでコンテナ回収は終わりそうだ。協力感謝する。先にあがって……いやちょっと待った」
通信機は再びしばしの沈黙。
「なんでしょうね?」
「うむ、追加の任務がありそうだな」
ガービン中尉の言葉に被せるように、再び通信機から音声が流れる。
「現場の作業艇から通信が入った。衝突の衝撃で壊れてたコンテナがあって、回収時に中身がこぼれたらしい。そちらのアームは2~3メートル程度の物を掴めるか?」
このアームは、船体修理の際の精密作業にも使える代物だ。その程度何の問題もない。
「可能だ、ソルティ」
「了解、座標を送るのでそこに向かってくれ。コンテナに戻す作業は現場の作業員が支援する。漂流物を回収してくれ」
「わかった。これより向かう。参考に聞いておきたい、漂流物の種別は?」
「牛だ」
「……牛?」
牛が宇宙を漂っていた。
黒毛のりっぱな肉牛である。
もったいない……。いや、常温で戻して血抜きしたらまだ食べれないかな?
「来てくれたか、アナンタ1」
通信を受け、我に帰るユウキ。
「コンテナのロック機構が壊れていたらしい。見ての通りもう暴れることはないから、ちょっと捕まえてコンテナに戻してくれないか」
「アナンタ1了解」
「手数をかける。これでも一頭数百キロはあるからな。船に衝突したら洒落にならん」
ユウキはとりあえず、手近な一頭に接近し、相対速度を合わせた。
ガービン中尉がアームを操作し、右側のアームで牛の胴体を狙う。
「中尉、アームのパワーを調整しないと潰れます」
「潰れても支障ないだろう?」
「もったいな……いえ、アームの整備で整備班からクレームが来そうで……」
「それもそうだな」
などと話している間に、右アームが見事牛の胴体を挟み込んだ。
「お見事です。もう一頭掴みますか?」
「そうだな、その方が効率的だろう」
ユウキは、別の一頭に機を寄せた。
今度のは手強そうだ、相当の回転率で、前転するようにくるくる回っている。
「これは難儀だな」
ガービン中尉は呟きながらレバーを操作し、とりあえず左アームを接触させて回転を止めようとした。
中尉の意図は一応達成された。ただ、顎の下付近でアームにぶつかった牛は、既に真空中でフリーズドライ状態になっていたのだろう。
首がもげた。
ガービン中尉は無言のまま、首がない状態で回転を止めた牛を左アームで掴む。
なんだか妙に後味が悪い。
「あの首、どうします?」
「後で余裕があれば拾ってやろう」
牛2頭(内一頭は首なし)を掴んでコンテナの所に戻る。
「コンテナの口のところで離してくれりゃいい。あとは人力でやる」
作業員からの通信。仕上げは宇宙服と個人用ロケットパックで行うつもりらしい。一頭ずつ作業員に引き渡す。
「ありがとよ。残りは三頭だ。この調子で頼む」
「了解……」
三頭の牛は、比較的近いところを漂っていたので、すぐに次の牛に近づくことができた。
「これも難儀な……」
ガービン中尉が呻く。
今度の牛はほぼ背骨を軸にして回転運動している。先程の要領で回転を止めようとすれば、脚が折れて散乱するのは目に見えていた。
ガービン中尉は、牛の回転サイクルを見極め、牛の背中側がアームの方を向いた瞬間に確保しようとした。
タイミングは少しずれ、牛の脚が2本折れたが、折れた脚ごとアームに挟み込むことができた。
「次に行こう」
ガービン中尉の声には明らかな疲れが見える。
次の牛は腰の辺りを軸にして踊るように横回転しており、最後の一頭は胴体で半ば折れてちぎれかかっていた。
全てを回収し終えた時、よほど疲れたのかガービン中尉は無言だった。
ユウキ達が『牛拾い』を終え、アナンタに帰った時には既に夕方になっていた。
いつもの手順で着艦許可を求めると、いつもと違う回答が返ってきた。
「一番機は甲板中央に着艦。そのまま翼を畳まずに格納庫中央に入られたし」
あれ、二番機はいないのか? と思いつつも指示通り甲板中央に着艦する。
格納庫内はガランとしており、二番機の姿はなかった。
格納庫中央に入り。駐機操作を行う。
ガービン中尉は、近づいてきた整備班の装甲宇宙服に「頼む」とだけ声をかけると、格納庫出口に漂って行った。
「どうしたんです? 中尉」
整備員のロドマン軍曹がガービン中尉の様子を見て訝しむ。
「慣れない仕事をして疲れたんだよ。ところで二番機は?」
「二番機は物資搬送モジュールを付けて隣のコロニーまで予備部品を貰いに行ってますよ」
あちらも馬車馬扱いのようである。
「では、今の内にアームモジュールを外して整備して片付けます」
ユウキは思わず声をかけた。
「アームの先端、よく洗浄したほうがいいよ」
「了解ですが、何かあったんですか?」
「いや、ちょっと牛をね……」
「牛……?」




