1 ドラゴン(らしきもの)への道
「ユウキ! そいつだ! 仕留めろ!」
雑音混じりの男の声が聞こえる。
そいつと言われても……?
ヘッドセットから聞こえる声に、ユウキ・シェリング少尉は戸惑いつつも素早くモニターに視線を走らせた。
前方に白く尾を曳く航跡が四本。それぞれ、よく目を凝らせばまばゆく輝く光の先に濃紺色のスマートな船体が見える。
4つの航跡の先端に表示された敵味方識別枠は、2つが青、2つが赤。それぞれ複雑に絡み合いつつ激しく機動している。
その内、赤色で囲まれた一機が大きく尻を振って旋回し、こちらに主推進機を見せた。
あれか!!
左手で握るスロットルレバーを一杯に押し込む。彼の乗機――アウディア宇宙軍主力戦闘機『セイバーMk.3』――は弾かれたように加速した。
声をかけられてから2秒余り。本来なら致命的なタイムロスだが、彼がターゲットと定めた敵機は、他の味方機に食いつこうとしてこちらに尻を向けたままだ。
まだチャンスはある。
敵機を示す枠の脇に表示された目標との距離を確認しつつ、使用兵装を選択する。ミサイルは撃ち尽くしたので、機体下部にマウントした30ミリリニアキャノンをセット。
耐レーザーコーティング技術が発達して以降、攻撃兵器としてのレーザーは存在価値を失った。現在の航宙戦闘機の主兵装は、ミサイル・砲などの実体弾兵器と、超高温のプラズマを収束して発射するプラズマビームである。
モニターの正面には、相手の未来予想位置を示す枠と照準レティクルが表示されている。
リニアキャノンは可動式なので、火器管制装置が自動で機動によるブレを補正しつつ敵機の未来予想位置を狙うが、敵が激しく機動しているため、照準が定まらない。
さらに、戦闘用の宇宙船は総じて高度なステルス性を持ち、電波やレーザー光線による測距もままならぬとあって、そもそも敵機の未来予想位置があてにならない。
例えリニアキャノンの弾速が旧世紀の火薬式火砲の数倍であっても、遠距離から直撃させるのは至難の技であった。
不意に、モニター正面に捉えたターゲットが左に90度急回転した。
『振り返り』と呼ばれる機動。自機のメインスラスターから噴出するプラズマで後方が見えない航宙戦闘機が後方を確認するための機動である。
気付かれた!?
後方に近づくユウキ機に気付き急旋回を始めた敵機に、とりあえず甘い照準のまま一連射を送り込みつつ、スロットルレバーを起こして機体を上にスライドさせる。
ユウキの攻撃は大きく的を外したが、直後に敵の放ったリニアキャノンの弾も機体下部を掠めて虚空に飛び去った。
ここからはドッグファイトだ。
といっても、旧世紀の航空機のように、相手の尻尾を追いかけ合うのではない。
互いに角を突き合わせるように、最も装甲が厚い機体正面を相手に向け、時にすれ違いながら砲火を交わすのだ。
ユウキは、右手の操縦桿をひねり、回転運動も加えた複雑な機動をとりつつ、射撃のチャンスを窺う。
それぞれ一射ずつしたところで軌道が交差。ユウキが相手機に向けて旋回しようとしたところで、機体の左側面を太い光の帯が掠めた。
左後方からの射撃。もう一機の敵も自分を狙っているのだろう。
一時的ではあるかもしれないが2対1。こうなると逃げの一手だ。中途半端に反撃を試みると、かえって敵に攻撃のチャンスを与えてしまう。
獲物を仕留めきれなかった悔しさなど覚える余裕もない。撃墜されないこと、まず生き残ることこそがパイロットにとっては最重要事項なのだ。
モニター上で2機の敵機の方位を確認する。
コクピットはほぼ球状で、その内面全てがモニターとなっているため、文字通り周囲を見渡す動作となる。
正面に先程来追っていた敵機。左後方やや上に新たな敵機。共にこちらに機首を向けているのが見えた。
ユウキは機体を急旋回させ、左後方から接近していた敵機に機首を向けると、浅い角度で交錯する進路をとった。判断は一瞬のことで、深く考える余裕などない。一言で言えば勘。なんとなくそうすることが一番良いと感じたたけだ。
正面の敵から再度の攻撃。太い光の柱が2本、ユウキから見て右上に逸れた。
対船艇用の大型プラズマビーム。直撃すればひとたまりもないが、威力がある分連射がきかない。
抜けれる!
ユウキはFCSの照準任せでリニアキャノンの弾をばら蒔きつつ、さらに加速。敵機の左下を抜け、逃げの態勢に入った。
恐らく、後ろからは2機の敵機が追跡してきているはずだが、自機の主推進機から噴出する超高温、超高速のプラズマに遮られ、様子を窺うことはできない。
「引き付けます! あとお願いします!」
スロットルレバーに備え付けられた通信スイッチに触れ、短くそれだけを告げる。
先程見回した時点では、味方機を示す青い四角のマーカーは2つとも健在だった。ともにユウキより経験豊富な先輩パイロット達だ。2機の頭をしばらくこちらに向けさせることができれば、先輩達がうまく敵を『処理』するだろう。
後は自分が敵の弾に当たらなければ良い。
訓練生時代の教官の教えを思い出しつつ、機を操る。
『避けようと思うな、弾に当たりにくい飛びかたをするだけでいい』、『推進機を吹かせ! 姿勢制御機も最大限使って機体を振り回せ! 機動が読まれにくくなる』、『距離をとれ! 近けりゃどうしたって当たる』。
不規則な機動を行うユウキ機の周囲に立て続けに火線がはしる。本来リニアキャノンの弾道は人間の目では見えないが、機体に搭載された高速度・高感度カメラが確実に弾道を捉え、モニターに表示してくれる。
乗機セイバーが搭載しているリニアキャノンの射角は広く、後方に向けて射撃することも可能だが、ユウキは全力加速を続けながら回避機動に専念する。
時間などわからない。が、しばらくして自機の周りの火線が無くなったことに気付き、ユウキは右のフットペダルを思い切り蹴飛ばした。同時に、Gに耐えつつ顔を右に向ける。
モニター上に表示された星々が線となって左へ流れる。間髪入れず今度は左のフットペダルを蹴飛ばす。星々の流れが一瞬止まり、今度は逆に流れ出す。
後方を確認するための振り返り。機首を一瞬右に向け、後ろを見た後すぐに進行方向に機首を戻す機動である。
後方を見るのは一瞬。見た内容を理解し整理するのは進路を戻してからだ。ユウキの手足は既に回避機動操作を再開している。
後方に見えたのは、青く美しい惑星『シュライク』と青枠の機体が2機。灰色枠が付いた機体が2機。赤枠は消えていた。
「ユウキ! どこまで逃げる気だ。そろそろ戻って来い!」
「……了解」
ユウキは加速を止めると、機を180度回転させた。
味方機2機、撃墜判定を受けた『敵機』2機とはすでにかなり距離が離れている。味方が敵機を仕留めた後も、そうと知らずに相当の距離を逃げ続けていたらしい。
仕留めたならもう少し早く教えてくれてもいいのに……。内心不満を覚えつつ、合流を図るべく加速を再開する。
「状況終了、状況終了」
中隊長の声と共に、灰色枠の2機が青枠に変わった。
訓練終了。やられこそしなかったが、今日の訓練もいいとこなしだ。
行われていたのは、3対2での実戦形式の訓練だ。見えていた火線やミサイルは、全て機の訓練シミュレーター機能により表示されていただけで、実際に射撃を行っていたわけではない。
「チキショー、もうちょっとで一矢報いれたんだがな~」
劣勢の敵機役を勤めたベルツ少尉の声だ。
「全くだ、ユウキのヤツ、逃げ足は1級だよ」
同じく、撃墜判定された同僚からも声が上がる。
「逃げるのはいいが射撃の腕はまだ全然だな。それに、状況判断も遅い」
中隊長の評価は厳しい。自覚があるだけに耳が痛い。
「帰還後15:30から、デブリーフィングを開始する。各機は順次個別に帰投。遅れるなよ」
「「了解!」」
今日のデブリーフィングも厳しそうだ……。ユウキは短く溜め息をつくと、機首を基地に向けた。
マーカス基地。
その基地は、アウディア太陽系第3惑星『シュライク』近傍にある基地の中でも最も惑星から離れた位置にあり、シュライクの衛星『アカシア』の外側にあるラグランジュ・ポイントに位置している。
星系国家アウディアの主星であり、首都でもある惑星シュライク防衛の一端を担う宇宙要塞として、航宙戦闘機隊2個飛行隊と、攻撃機隊3個飛行隊を中核とする戦力が駐留している。
母艦機能を有する船を十分に持たないアウディアにとって、基地から発進する小型機は防衛戦力の重要な一角を占めており、搭乗員達は高い士気を持ち、日々厳しい訓練に励んでいる……ことになっている。
いや、説明は必ずしも間違っていない。マーカス基地は確かに首都防衛の一端を担う基地であり、現に五個飛行隊がここをホームベースとてしているのは事実だから。
但し、各飛行隊は定数に達する機体を保有したことがなく、ほぼ通常の3分の2程度の戦力しか持たないことと、基地施設は民生の居住用コロニーをそのまま流用しているため、要塞としての攻撃力・防御力をほとんど持たないという問題があるだけである。
理由は単純。金が無いから。
辺境の新興国家に潤沢な予算など望むべくもない。
そのマーカス基地の一角。航空隊ブリーフィングルームの一つで、第108戦闘飛行隊の訓練デブリーフィングが行われていた。
満足に活躍できたという自覚のないユウキにとっては、辛いながらも貴重な能力向上の場である。幾度目かのダメ出しにダメージを負いつつも、次回修正すべきポイントを携帯端末に入力していく。
と、ブリーフィングルーム入口脇に設置された内線電話が呼び出し音を鳴らした。一番近くに居た隊員が受話器をとり一言二言……。全員がその様子を注目している。
短く応答する隊員の視線が何故か明らかにこちらを向いている。
そこはかとなく嫌な予感……。
「大隊長からです。中隊長、シェリング少尉を連れて大隊長室へ来るようにとのことです」
簡潔な報告。隣に座っていた隊員が首をふりながらユウキの肩をポンと叩く。
「ユウキ……お前いったい何をやった?」
「お約束の質問ですね。何もしてませんよ」
「酒か? 女か? バクチか? 俺も部下の身上把握が十分じゃなかったってことか……」
「いや小隊長、本当に何も心当たり無いですから」
「そういえば俺見たんだ、こないだユウキが……」
「いやいや! 何を見たんですか!?」
悪のり大好きな連中だ。放っておくと、その内大隊長の娘に手を出したとかいう話を広められかねない。
ちなみに、大隊長の娘は本当に基地内に居て、御歳6歳である。
「何をやったかはともかくとしてだ」
中隊長の冷静な声に、とりあえず静けさが戻る。
「ボスからの名指しのお呼びに遅れたとあっては申し開きができんな」
中隊長は携帯端末をしまいながら立ち上がった。
「一同解散! すぐに行くぞ。付いてこいシェリング!」
「「了解!」」
同僚達の葬送行進曲のハミングを背に、中隊長に続いて部屋を出た。
……さて、何か叱られるようなことがあっただろうか? 本当に心当たりがないのだが……。
ユウキ達にとっての大隊長とは、すなわちアウディア宇宙軍第108戦闘飛行隊『ブルーナイツ』の飛行隊長である。
航宙戦闘機の部隊編成は国や組織によって異なるが、アウディア宇宙軍の場合は4機で一個小隊、小隊2つで一個中隊(但し、中隊長機とその僚機が加わるので、10機編成となる)、中隊が2つで一個大隊、すなわち一個飛行隊となる。
機数で言えば、2個中隊20機に大隊長機とその僚機を加えて、22機が飛行隊の定数だ。
ついでに言えば、パイロットの定数は機体より多い35名となっている。複座機を装備する攻撃飛行隊の場合は、隊員数70名以上の大所帯である。
但し、以上はあくまで定数の話であって、『ブルーナイツ』の歴史上、保有機体は18機を越えたことはなく、パイロット数も25名を越えたことがない。
何故かって?
答えは単純。金がなく、人もないから。さらに、必要もないからだ。
さて、大隊長室である。
中隊長がドアをノックすると、中から短く「入れ」という返答。明らかに不機嫌さを含んだ声に、ユウキは警戒レベルを一段階上げた。
第108飛行隊の大隊長であるグラント少佐は、生粋のパイロットであり、公平かつ部下思いな上官と評されているが、同時に、やや短気であることも知られている。
「入ります!」
と歯切れ良く告げると、先に入室し事務机前に立った中隊長の左に並ぶ。
大隊長は何かのファイルを手に、椅子ごと横を向いたまま、顔も上げない。その体からは、視認できる程の不機嫌オーラが立ち登っている。
何の用件かはわからないが、上官がすこぶる不機嫌であることは一目でわかった。
ダメだ、これはマズいヤツだ。この業界にいれば時々遭遇する状況。何を言っても、何をやっても怒声・罵声のみが返ってくるパターン。
ユウキは警戒レベルをマックスまで引き上げた。この状態の上官に対して必要な回答は「イエス、サー」か「ノー、サー」だけである。例え正当な説明を行おうとしても、『言い訳』としか認められず、更なる罵声を浴びるだけだ。
頭の中でモード切り替え完了。あとはいかにして被害を少なく撤退できるかである。
「来たか、シェリング少尉」
「イエス! サー!」
ユウキの返答に大隊長がジロリと視線を向けてくる。
ちょっと返事の声が大きすぎたか?
「ユウキ・シェリング少尉。貴様は転属だ。機種転換を伴うため、2月4日正午にマルフォイ訓練基地に着任すること」
大隊長は軍人らしく、用件を簡潔に告げた。
「イエス!…………サー?」
怒れる上官対応モードのまま返答しかけたが、内容が洒落にならない重大さである。
どうするか?
対応その一、セオリー通り、復唱し命令に従う旨を回答する。
『以上だ、下がってよし』
『失礼します』~退出
………被害は少なそうだが、何もわからない。
対応その二、理由や状況を尋ねる
『バカモン!! 貴様は上官の命令にいちいち理由をきくのか!!』
『いや、しかし……』
『黙って動けー!!』
『了解!』~退出
………怒鳴り倒される上に何もわからない。
怒れる上官を前にした軍人に選択の余地はない、やむ無く対応その一で切り抜けようと口を開きかけたとき、右隣に立っていた中隊長が口を開いた。
「ずいぶん急な話ですね。部隊の新設か何かですか?」
持つべきものは頼れる上官である。あの怒りオーラを前にしても動じない心の強さは驚嘆に値する。
「新設な……、まあそんなところだ」
大隊長はやや相好を崩すと、椅子ごとユウキ達に向き直り、落ち着きを取り戻した声で訊ねた。
「アイギス級を知っているな?」
もちろん知っている。これまで艦船や兵器を他国からの中古品輸入で賄っていたアウディアが、戦力の刷新・近代化を目指して開発・新造した駆逐艦である。
国産の戦闘艦としては、先に開発されたハウンド級フリゲートが第1号だが、星間航行能力を持ち、他星系への進出が可能な本格的な戦闘艦としては、本級が最初の国産艦であった。
ユウキも士官学校時代の研修で、最終艤装中の一番艦『アイギス』を見学したことがある。中古品ではないピカピカの新造艦は、その存在だけで士官候補生達の士気を大いに高めたものである。
性能的には、駆逐艦としては優れた防御力を持つほか、アウディア宇宙軍の事情――少ない艦船で星系の防衛体制を構築しなければならない――を踏まえ、駆逐艦でありながら、同じく国産の小型戦闘機『グリフィン』を2機搭載し、運用することができると聞いている。
「そうか、間もなく就役の艦がありましたね」
どうやら中隊長の方が理解が早い。
「そうだ、アイギス級の三番艦が現在最終艤装中だ。実戦配備に向けて、搭載機2機分の搭乗員を確保する必要が生じた」
「なるほど」
「うちの基地から1人出すことに決定らしいが……」
大隊長は憤懣やる方ないといった体で持っていたファイルをデスクに叩きつけると、文字どおり吼えた。
「あの狸親父共め! 勝手に差し出し人員を決めやがった! 俺に何の断りもなくだ!!」
大隊長の言う狸親父共というのは、1人はここマーカス基地の司令官であるラーム大佐、もう一名は航空隊司令のニコルソン中佐のこと。実質的な基地のNo.1とNo.2である。
どちらもパイロット出ではなく、現場寄りの視点というより悪い意味での政治的観点に基づいて行動するため、叩き上げのグラント少佐との折り合いは非常に悪い。
グラント少佐にしてみれば、部下を勝手に引き抜かれたわけで、機嫌が良かろうはずはない。
さしあたって、不機嫌の原因は自分ではないらしいことがわかり、ユウキはわずかながら内心胸をなでおろした。
「何故ウチからなんですか? グリフィン装備の飛行隊から選べば早いでしょうに」
「グリフィンはまだ飛行隊に行き渡ってないからな。パイロットも足りてないさ」
そう、新鋭機グリフィンは一昨年に配備が始まったばかりであり、機体もパイロットも足りていないのである。
ともかく、うちの部隊からパイロットを出すのはわかった。しかし、先程来の話を聞く限り、ユウキを指名したのは基地司令か航空隊司令ということになる。それがわからない。
「しかし、なぜシェリング少尉なのです?」
中隊長が訊ねてくれた。
一パイロットであるユウキには、上層部に面識もなければコネもない。自慢ではないが、目立たない人間だという自覚もある。
「こいつが新米パイロットの中で最も平均的な成績だったからだ」
……まあそんなことだろうと思いましたよ。
「アイギス級搭載機の乗員は、偵察だけでなく輸送から戦闘まで幅広く高度な技術が求められます。新米には荷が重いでしょう。中堅レベルのパイロットを派遣すべきです」
中隊長が意見具申する。
「新たな任務にはトラブルも多い。私が行きたいぐらいですよ」
「私に事前相談がなされていたらそう言ったさ。まあお前さんを出すつもりはなかったがな」
大隊長は苦笑しつつ答えた。
「だが上層部は違う結論を出した」
卓上のファイルからアイギス級の資料を取り出す。
「そもそも駆逐艦に戦闘機を載せるなんざ銀河全体でみてもほとんど例がない。まともに運用できるかどうかすらわかっちゃいないんだ。航空上層部では、そんな怪しい部署にエース級はくれてやれんと考えているのさ」
「それで若手を?」
「ああ。但し、ブービーパイロットなんか差し出したら幹部の品性が疑われるからな。ほどほどの能力を持つシェリング少尉が選ばれたというわけだ」
大隊長は椅子に腰かけると、正面からユウキを見た。
「状況はわかったな、シェリング少尉。君はグリフィンへの機種転換訓練の後、アイギス級三番艦『アナンタ』に配属となる」
「了解しました!」
「先程言ったが、この部署は難しい。地道で目立たない任務も多いだろうが……」
大隊長はその厳つい顔にニヤリと笑みを浮かべて続けた。
「他では身につけられない技能を身につけるチャンスでもある。修行と思って行ってこい!」
「はい! ありがとうございます!」
「手続きの詳細は追って個人用携帯情報端末に送信されるからそれを見ろ。以上だ!」
「はっ!」
「ちょっと待て!」
踵を返し、退出しようとしたユウキを大隊長が呼び止めた。
「シェリング少尉、君の赴任先となる艦『アナンタ』は大昔に地球で信仰されていたドラゴンの名前から名付けられたらしい」
「はい」
「昔話でな、ドラゴンに至る道だかドラゴンが登る門だかを通り抜けた者は成功を手にするという伝説がある」
「はあ……」
「験担ぎは俺のガラじゃないが……。この配置替えがお前さんにとってのドラゴンロードたかドラコンゲートだかであることを祈ってるよ」
「ありがとうございます!」
こうして、ユウキは駆逐艦搭載戦闘機搭乗員という新たな任務に臨むこととなった。
選ばれしスタッフであるとは言い難いものの、大隊長の言う通り、有意義な任務になることは間違いなさそうだ……。
『間もなく、マルフォイ基地埠頭に到着します。船が完全に停止するまでお立ちにならないよう……』
船内アナウンスの声に、ユウキ・シェリング少尉は重い瞼を無理矢理開けた。
時計を見ると、アウディア暦83年2月4日、午前10時3分。
ここは、アウディア宇宙軍マルフォイ訓練基地に向かう系内連絡船の客室である。軍用機のため、周囲の座席は制服姿の軍人達でほぼ埋まっている。
正午には新任地に着任する予定だが、まだ頭が十分働いておらず、とても眠い。頭も痛い。
ユウキは、二日酔いの頭痛を振り払うべく軽く頭を降ると、クルーに頼んで出してもらっていた水を口に含んだ。
昨日は、転出するユウキの送別会ということで、日が変わるまで中隊の皆と飲んでいたのだ。
控えめに言っても非常に楽しい飲み会であったので、つい時間と酒量を過ごしてしまった。
マーカス基地には、士官学校戦闘機操縦課程を修了してすぐ着任し、二年足らずしか在籍しなかったが、在籍中の話で大いに盛り上がった。
新任地でもそうありたいものだ。
ふとユウキは新任地たる駆逐艦の名前についての昨晩の話を思い出す。
『アナンタ』というのは、地球時代にとある地方で信仰されていたドラゴンらしいとは聞いていたが、このドラゴンの上では、いつも神様が眠っているらしいというのだ。
『ベッドになるぐらいのドラゴンだから、滅多に動かんのじゃないか?』
『いつもドックにいるんで、そのうち『修理ドックの女王』とか呼ばれるようになったりしてな』
『ハハッ、違いない!』
などと言う同僚達に、『バチがあたっても知りませんよ』と返しつつ、ユウキ自身もなんだかしまらない話だと思ってしまう。
ドラゴンというと、力強く美しい姿を想像するもので、その姿なら大隊長の激励も雰囲気が出るというものだが、ベッドになるドラゴンとは……。いや、ドラゴンは普通でその上で寝ておられる神様が少し変わってるとか?……それこそバチがあたりそうだ。
とりとめ無く考えを巡らせている内に、連絡船が埠頭に到着した。ユウキも自身の荷物を持ち、下船する。
転勤が多い宇宙軍の兵士の荷物は少ない。袋一つを持ち到着ゲートをくぐると、基地指令部行きの自動運航バス乗り場へ向かう。
「ヘイッ、ユウキ! ユウキ・シェリング!」
不意に後ろからかけられた声に振り向くと、茶色みがかった金髪を短く揃え、引き締まった長身をアウディア宇宙軍の第一種制服(礼服)に包んだ男性が駆け寄ってくる。
よく知った顔だ。ウィリアム・ハースト。士官学校の同期生、戦闘機操縦課程も一緒だった腐れ縁である。
「ウィル! 久し振りだな! こんなところでどうした?」
「こっちの台詞だぜ、まったく」
言いつつ、ユウキの頭から足先までをまじまじと眺める。
「なんだよ?」
「いや、相変わらず礼服が似合わん男だと思ってな」
「ほっとけ!!」
ユウキも新任地への着任とあって、ウィルと同じ礼服スタイルの制服を着用している。日本人の血が濃いのだろう、黒髪・黒目で顔の凹凸が比較的少ないユウキが濃紺色の制服を着ると、いかにも地味であった。
「このイレギュラーなタイミングで礼服ってことは……。まさかお前もアナンタか?」
「何!? お前もか!」
これは良い知らせだ。ウィルはやや性格が軽いところはあるものの、明るく気の良い男である。同期とあって互いに性格もよくわかっているし、全員初対面の職場で働くよりよほどやり易くなったと言うべきだろう。
「前の部隊でも喋りすぎたんだろう? うるさいって厄介払いされたんじゃないのか?」
言いつつ、右手を差し出す
「敵を狙って味方に当てる腕前のお前さんのことだ、体よく左遷されたんだろう?」
ウィルも右手を出し、二人は軽く握手を交わした。
「……まあ楽な仕事では無さそうだな」
やはりウィルも状況の厳しさを理解している。甘い考えでは来ていないようだ。
「そうだな、しかし、最新鋭の艦に乗れるんだ、役得だと思うべきだろうな」
ユウキは努めて明るい口調で言った。
「ドラゴンの名を持つ艦らしいしね」
ウィルは怪訝そうな顔をする。
「ドラゴンだと? 蛇だと聞いたぞ」
「いや、神様のベッドになるドラゴンって話だ」
「俺が聞いたところでは、『アナンタ』ってのは大きな蛇で、その上で神様が寝てるってことだったぞ」
「そうなのか……?」
ユウキのドラゴンへの道は、始まる前から暗雲が立ち込め始めていた。力強く美しいドラゴンと思ったらドラゴンベッドになり、挙げ句、正体は蛇ときた。
待てよ、蛇への道? 蛇の道? 昔習った日本の言葉でなにかあったな。
あまり良い意味ではなかった気がするが……。