1 休暇の後
「ようユウキ! 久しぶりだな! 元気だったか?」
クルーの集合場所であるブリーフィングルームに入ってくるなりテンションの高い挨拶をしてきたのは、やたら日に焼けたウィリアム・ハースト少尉だった。
「ええと・・・。どちらさまで?」
「ヘイヘイ! 休暇明けしょっぱなからショボいジョーク言ってんじゃないぜ! ちゃんとバカンスを楽しんで来たのかよ?」
「まあそれなりにな。お前は満喫してきた感じだな。うん、見ればわかる」
「シュライクに降りてきたの?」
隣から興味深げに声をかけてきたのは彼らの同僚エミリア・クラム少尉だ。
「おうよ! 弟達と一緒にサンマリン・リゾートへ行ってきた」
サンマリン・リゾートとは、シュライク赤道近くにある島、ベルスター・アイランドに造られた常夏のリゾート地だ。シュライクに3基ある軌道エレベーターの内、赤道に最も近い『ココナッツ・エレベーター』にも近い。エレベーターから毎日定期便が出ているので交通の便も良く、宇宙からの観光客の間で目下人気急上昇中のリゾートである。
「青い海、白い砂浜、色とりどりの水着を着た女性達! どれも最高だったぜ!」
「青い海と白い砂浜はともかく、最後のはどうなんですかね~」
整備班のシャルミナ・ヴァルナ伍長が白い目を向ける。
「男なんてそんなもんよ。それで? ひと夏の出会いはどうだったの」
「エミリア、夏の砂浜に行けば必ず素敵な出会いがあるというのは只の都市伝説だ・・・」
「つまり成果はなかったわけだ」
ウィルは気にしていないという体で胸を張った。
「いいんだよ! 家族連れでバカンスに行ったんだから。いい女見つけてホテルにしけこむ訳にもいかんだろ」
「なんでしょう~。先程から我々女性陣への配慮のない発言が目立ちますね~」
視線がさらに冷たくなるシャルミナに対して、エミリアは冷めたものだ。
「男なんてこんなものだっていったでしょ」
「いやいや、これとひと括りで評価せんでくれ」
ウィルと違って理性と節度を持っていると自負するユウキは、世のまっとうな男達のために声をあげた。
「そういやユウキは休み中なにしてたんだ?」
女性陣の冷たい視線などどこ吹く風。今日のウィルのトークは止まらない。
「実家に帰ってゆっくりしてたよ」
「なんっってつまらない休みを過ごしてんだよお前は! 年寄りか!?」
「年寄りですみませんね。私もそうよ」
エミリアから漂う冷気に、さすがのウィルも気づいたようだ。
「うん、家族孝行は大事だもんな」
さすがの変わり身の早さを見せる。
「そういえば、休暇中に兄貴に聞いたんだけど、陸戦隊って知ってるか」
ユウキも冷えた場を暖めるべく、やや無理矢理話題を変えた。
「陸戦隊? うちの宇宙軍の?」
ウィルは知らないようだったが、エミリアは違った。
「この前臨時異動で内示出てたでしょ。シュライクのクレスト大陸に駐留するって話だったわ」
「何すんの? その部隊」
ウィルの質問はもっともだ。星系国家アウディアにとって、外敵は常に宇宙からやってくる。陸戦を行う要素はどこにもない。
「マリー、アウディア宇宙軍陸戦隊の情報出して」
突然シャルミナが天井に向けて話しかけた。情報表示端末である自身のメガネに対して指示を出したのだが、はたから見れば奇妙な行動も、この場にいる全員見慣れたものである。
「宇宙軍陸戦隊。クレスト大陸のグラスヒルタウン近くに駐屯地を置いていますね~。隊員数は32名。任務はテロ・ゲリラ対策、基地内戦闘などとなっています~」
シャルミナがメガネに表示された情報を読み上げる。
その情報に、それまで黙って話を聞いていた整備班のハンク・ロドマン軍曹が声を上げた。
「ちょっと待ってください。クレスト大陸のグラスヒルタウンって言えば、門の近くっすよ」
そう、平行世界への入り口である門だ。
門の向こう側の世界の情報はまだ開示されていないが、すでに平行世界人と交流が始まっているというのが専らの噂である。
「そうか、門に対するけん制が目的か・・・。テロ・ゲリラ対策とかは建前だな」
ウィルの分析にエミリアも頷く。
「そうね、軌道エレベーターからも遠いそんな所に駐屯する理由はそれしかないわね」
「それで~、シェリング少尉~。陸戦隊がどうかしたんですか~」
シャルミナがそもそもの部分に話を戻した。
「いや、俺の兄貴はメレディス・ワークス社に勤めてるんだけどね、今度技術士官待遇でその陸戦隊に出向することになったんだってさ」
「メレディス・ワークスって、パワーローダーとか作ってる会社っすね」
「そうですね~。私達の装甲宇宙服もメレディスがライセンス生産したものですよ~」
整備班の面々はさすがに詳しい。
「兄貴が言ってたけど、なんか新型機動歩兵の開発やってるんだってさ。陸戦隊でテスト運用するらしいよ」
「国産の、新型ですか~。興味ありますね~。どんな仕様になるんでしょうかね~」
「うちへも来るっすかね」
「整備班に回ってくるとしてもまだまだ先だろ」
「そもそも整備班の装甲宇宙服って新型にする意味ないんじゃないの? そこそこパワーがあって、信頼性が高ければ十分なんでしょ?」
「そうなんスけど、やっぱり新型ってワクワクするじゃないですか」
自分が振った話の途中であったが、ユウキは探していた人物が部屋に入ってきたのを見て、いつもの面々の元を離れて声を上げた。
「アカシ軍曹!」
主計員のフランク・アカシ軍曹。艦の厨房を職場とし、乗組員の食事の準備を一手に引き受ける、ある意味艦内の最重要人物。その働きぶりから、すでに艦内では『アカシ料理長』と呼ばれ慕われている。
「おはようございます、シェリング少尉。もしかしてお願いしていたものですか?」
「ああ、持ってきたよ。ぜひ使ってくれ」
実家から持ってきた紙袋を渡す。ずしりと重いそれを、アカシ料理長は満面の笑みを浮かべて受け取った。
「一応注文通り、『合わせ』と『白』を買ってきた。はい、これ伝票」
「ありがとうございます。代金は艦に戻ったら改めてお渡しします」
「別に大した金額じゃないからいいけどね」
「いえいえ、ちゃんと食材調達費用として支出できるんでお気になさらず。早速色々使わせていただきます」
アカシ料理長は一礼すると、紙袋を大事そうに抱えて離れて行った。ユウキも仲間達の元へ戻る。
「えらく喜んでいたけど、何を渡したの?」
エミリアが不思議そうに尋ねた。
「味噌だよ。お味噌。アカシ軍曹なかなか手に入らなかったらしくてね。うちの実家でずっと取り引きしてる味噌屋さんがあるって言ったら、ぜひ買ってきてくれって頼まれたんだ」
「味噌ってあれか? 大豆を腐らせたやつか?」
ウィルは胡散臭そうに顔をしかめている。
「大豆の発酵食品よ。スープに使ったり料理の味付けに使ったりもできるわね。けっこう美味しいわよ」
以外な人物から解説が出た。
「詳しいなエミリア。知ってるのか?」
「おばあちゃんが日本人だったから知識だけは一応ね。それに、ミソ・スープは前にもアカシ料理長が作ったじゃない」
「アカシ料理長、最近和食の研究をしてるらしくてね。どうしても味噌が欲しかったみたいだ」
「また変わったメニューが出てくるのかね・・・。まあ美味ければなんでもいいけど」
突然、ユウキの背後から渋いバリトンの声がかかった。
「おはよう、諸君。久しぶりだが相変わらず元気そうだね」
「あ、ガービン中尉。おはようございます」
「おはようございます」
ガービン中尉の背後には整備班長のスミス中尉の姿も見える。
「班長、おはようございます」
「おはようございます~」
「おう! お早う」
ガービン中尉は航空班の面々を見回した。一瞬ウィルの顔に目を止め、苦笑したがひとつ頷くと言った。
「皆それぞれリフレッシュできたようだな。今日からまた色々忙しくなるだろうが、よろしく頼むよ」
先般の『レン事変』における損傷を修理するため、アナンタは一週間のドック入りを余儀なくされた。その間、長期出動に対する慰労も兼ねてクルー全員に休暇が与えられ、今日は休暇明けの久々の勤務日なのである。
ここは修理ドックに併設された施設のブリーフィングルーム。ここで間もなく、ドック作業員からクルーに対して作業内容の報告と艦についての引継ぎが行われる。
「なんか~、久しぶりに我が家に帰る感じですよ~」
「まあお前らにとってはそういう感覚か。俺ら妻帯組にとったら久しぶりの出勤ていうだけだがな」
感慨深げに言うシャルミナに、スミス中尉が手近な席に座りながら言った。
シャルミナ達独身者は、多くの場合基地に官舎を借りず、艦の自室を寝床にして生活している。官舎を借りようと思えば借りれるのだが、いちいち通勤するのが面倒であるし、何より金がかかる。
また、先日のような緊急出動があっても、艦の自室に生活・任務に必要な衣類・装備を全部置いてあるので余裕を持って対応できる。
対して、妻帯者達は基地内の官舎に家族とともに同居しており、艦の自室は仮の住処でしかない。出動など特異なことがない限り、勤務日は普通に自宅である官舎から艦に出勤し、勤務時間終了とともに自宅に帰って行くわけだ。
「まあ久しぶりの自分の職場ってだけでもホッとするっすけどね」
官舎に妻と二人で住んでいるロドマン軍曹だ。
「艦長入室!」
当番士官の声で、全員が一瞬で私語をやめ、姿勢を正す。
アナンタ艦長ハーマン・カツィール少佐が副長を伴ってブリーフィングルームに入ってきた。
相変わらずの厳つい顔、筋肉の塊を制服で無理やり包んだ感じも変わらない。後ろに続く副長のベルタン大尉が細身で涼やかな顔をしているため、艦長の大きさ、厳つさが際立つ。
「艦長から訓示がある」
ベルタン大尉の声を受け、艦長がブリーフィングルームの前に出る。
クルーの方に向き直って一言。
「諸君、今日からまたよろしく頼む」
それだけ言って席に戻った。
「それでは今日の予定を説明する・・・」
艦長の口数の少なさに慣れている副長は、何事もなかったように説明を始めた。
さあ、一週間ぶりのお仕事開始である。




