表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最果ての流れ星  作者: 谷池 沼
『泥だらけの流れ星』編
13/39

プロローグ ある技術者の憂鬱

 アウディア宇宙軍クルスト基地。

 アウディアの首星シュライクに程近いこの基地は、民生コロニー転用型基地ながら、艦船建造ドックや新兵器の研究開発施設が集中するアウディア軍随一の工厰基地である。


 そのクルスト基地の一角、大型の倉庫を改修した研究施設の一角で、女性の怒声が響き渡った。


「なんですって! そんな話承諾できるはずないわ!」


 声をあげたのは、白衣を羽織った一人の女性だ。セミロングの赤毛はあまりブラッシングもしていないらしく、ところどころで跳ねており、着ている白衣にも汚れが見える。


「君が承諾するとかしないとかそんな問題ではない」


 対するのは軍服を几帳面に着こなした髪の毛の薄い男性。声と顔、それに態度にまで苛立ちが滲み出ている。


「このプロジェクトは打ち切ることが決定されたと言っているんだ! 君は一週間以内に研究所を畳んで軍に引き渡したまえ! これは命令だ!」

「なんで!? 研究は順調じゃない。もう思考制御自体には成功してるのに!」

「安定性が無さすぎる! その程度では実用機に搭載できん!」

「それだけじゃないわ! 人口知能(AI)も成長してる! ここまで柔軟性とか冗長性を発揮できるAIなんて他にないはずよ!」

「軍用機のAIに過剰な冗長性や柔軟性はいらん!」


 軍服の男は怒鳴り付けるのを辛うじてこらえているようであった。


「ここまで育ったシャルロットを引き渡せって言うの!?」

「君が機械やAIに対して異常な愛情を注いでいることはわかったが、そのシャルロットと呼ばれたグリフィンは航空部が貸与したものだ! 当然返してもらう!」

「AIは私が育てたものよ!」

「ベースの機器は軍のものだ! それにどう育ったというのだ!」


 赤毛の技術者は、突然振り向くと、格納庫内に駐機された航宙戦闘機グリフィンに呼び掛けた。


「シャルロット! この状況をどう思う? あなたはどう対応すべきだと思う?」


 コクピットハッチを開いたままのグリフィンは、正確にはグリフィンに搭載されたAIは、落ち着いた女性の声で答えた。


「その男性はマスターに対して理不尽な要求をしています。対象をマスターの敵性存在と判断。排除するため武装の使用許可を求めます」


 研究者は勝ち誇ったように男を見やる。


「見なさい! この的確な状況判断を。シャルロットはもう只のAIではないのよ!」


 男は堪えきれずに怒鳴った。


「そんなだから研究打ち切りになるんだ!」


 階級上位者からの命令を『理不尽』と判断するのも、味方の軍人を『敵性存在』と認識するのもAIの明らかな異常である。

 そのようなでたらめなAIの存在を許すわけにはいかない。

 なのに、この女は何を勝ち誇っているのか。


「なんでわからないのよ! このハゲ!」

「なっ!? ハゲだと……」

「マスター、武装の使用許可を」

「ええい! こんなプロジェクトは今すぐ中止だ! わかったな!」


 男は踵を返し、出口に向かいながら怒鳴り散らした。


「忘れるな! グリフィンは5日以内にAIをフォーマットして引き渡せ! 研究室の引き渡しは一週間後だ! いいな!」




 急に静かになった研究所で、女性技術者は大きなため息をついた。


 彼女が任されたのは、新型マン・マシンインターフェイスの研究開発。より具体的に言うと、脳波・思考による機体や搭載機器の制御システムの開発である。

 操縦桿やスロットルレバーといった操縦装置に頼らず、パイロットが思うだけで、思う通りに動く戦闘機を開発する……。それが最終目的だった。


 宇宙軍開発部の技術者(エンジニア)である彼女に開発プロジェクト責任者の任が回ってきたのは、彼女が超心理学研究所に太いパイプを持っていたからだ。

 本プロジェクトの根幹を為すと言っても過言ではない脳波・思考検知装置は、超心理学研究所が開発したものであり、機器や技術的支援を受ける上で、研究所にコネがあり、必要十分な知識を持つ技術者(エンジニア)が求められたのだ。


 彼女は、期待に応えて見せた。

 プロジェクト開始早々に超心理学研究所の全面的な支援の約束を取り付けると、脳波・思考検知装置を組み込んだパイロット用ヘルメットの開発、機器のダウンサイジング、検知機能の最適化などの作業をハイペースで進めるとともに、航空部に働きかけて、新鋭国産戦闘機の提供を受けることに成功する。

 『貸与』という形で提供されたのは、複座型のグリフィンが1機。製造工場を出た直後、部隊に配備される前のピカピカの新品だ。


 彼女は、グリフィンの後席を潰して脳波・思考検知装置や観測機器を搭載すると、機体制御AIの改良に着手する。

 電子機器と比べてはるかに『雑音』が大きく、時に不安定にもなる人間の意識・思考を、ダイレクトにコンピューターに接続することは不可能であり、安定した機体制御と誤作動の防止のためには、人口知能(AI)による『思考の翻訳』が必要不可欠だ。

 それを、グリフィンの機体制御AIにさせることにしたのである。


 もともと、グリフィンが搭載するAIは、機体制御や火器管制、航路計算等において、()()()()()()()()()()ために存在している。

 つまり、人間の思考を理解するために、元々ある程度のリソースを割いているということだ。

 その機能を拡張するとともに、AI全体の柔軟性・冗長性を拡大し、さらに、人間の思考をより理解できるよう、簡易的な感情シミュレーターまで組み込んで、一応『思考制御システム』の形は完成した。


 成果は確かにあった。

 あくまでシミュレーター上でのこととはいえ、基地を発進し、周辺宙域を一回りして帰還するまで、一切操縦装置に触れずに機体を操作することができたのである。


 ただ、現時点では問題も多くあった。

 まず、パイロットの適合性により反応レベルに大きな差がでること。

 適合性の低いパイロットでは、機体の操作どころか、多機能ディスプレイ(MFD)の表示の切り替えすらできなかった。

 また、適合性が高いと思われたパイロットであっても、その日の体調や精神状態によって反応レベルが変動。機器の誤作動も頻発し、システムの安定性という面では課題だらけだ。


 最大の問題は、戦闘状態など、搭乗員が冷静に思考できない環境下では、反応精度が大幅に低下することだった。

 緊張や恐怖、焦りといった感情がノイズとなり、思考制御システムの作動を阻害することが原因だと認められたが、元々そうした極限の精神状況下での使用を前提としたシステムなのだから、これも乗り越えなければならない課題であった。


 これらの問題は、AIに経験を積ませ、成長させることで解決できるはずだった。

 今後、多数のパイロットを被験者として実験に参加させ、AIの成長と熟成を図る予定だったのだ。


 それをあのハゲは……。


 いや、冷静に考えれば、あのハゲのせいではないことくらいわかる。

 アウディア宇宙軍開発部はカネが無い。そうそう幾つも開発プロジェクトを抱えていられないのだ。

 必然的に、開発計画はスクラップ&ビルドが基本。新しく何かを始めようと思えば、既存の何かを潰さなければならない。

 恐らく、開発部が新規開発計画を立ち上げるに際して、成果が乏しい、又は近々成果を得られる見通しのないプロジェクトが廃止されることになったのだろう。そして、――甚だ不本意ではあるが――彼女のプロジェクトがそのような判定を受け、スクラップされることに決まったというわけだ。


 彼女は、シャルロットと名付けたグリフィンの機首を撫でる。実験機なので流体装甲は装備しておらず、柔らかな毛皮のような手触りだ。


「ごめんね、シャルロット。せっかくここまで育ったのにね」


 彼女も軍属の技術者だ。プロジェクト中止命令に抗うことができないことぐらいはわかっている。

 期日までに、脳波・思考検知装置を取り外し、AIを初期化しなければならない。

 AIのデータはコピーできるが、軍が研究成果をコピーさせてくれるとは思えない。

 彼女のシャルロットは消えてしまうのだ。


 彼女は、グリフィンの機首に頬擦りしながら語りかけた。


「ねえシャルロット。あなたは多分細かな仕様変更を受けた後、何処かの戦闘機隊に配属になるわ。多分大勢のパイロットやシステムオペレーターがあなたに乗るでしょう。あなたを大切に使ってくれる人が乗ってくれればいいわね」


 AIは答えない。

 赤毛の技術者は、コクピットを覗きこみながら冗談めかして言った。


「大事にしてくれない奴とか嫌いな奴が乗った時は命令なんて聞かなくていいわよ」

「了解しました」


 律儀に返事をするシャルロット。


「といっても、AIもメモリもフォーマットするから、あなたが次の部署に行った時には今の話ももう覚えてないんだけどね」


 寂しそうに言うと、彼女はグリフィンを離れ、研究室の片隅に設置されたモニター装置の方に移動した。

 元々零細プロジェクトだ。研究所を畳むのにそれほど手間はかからない。テスト要員などは都度近隣の航空隊に依頼して人員を派遣してもらっていたので、プロジェクト打ち切りについては連絡一本で済む。

 超心理学研究所にだけは早めに連絡して、機器の回収に来てもらわなければならない。


 自分の椅子に座ってやるべきことをリストアップした赤毛の技術者は、しばらくの間ぼんやりモニター眺めた後、ぼそりと言った。


「あしたからにしよう」


 そして、機器の電源を落とすと、研究所の真ん中に鎮座するグリフィンに対して「おやすみ、シャルロット」と声をかけ、研究室を出て行った。

 



 それから5日後。AIとメモリをフォーマットされ、搭載されていた追加機器をすべて外したグリフィンが研究所から搬出されていった。

 搬送のために研究所を訪れた軍人達は、泣きながらグリフィンにすがる研究者を引きはがすのに苦心したという。


 こうして、脳波・思考による機体コントロールの実現を目指した研究所はひっそりと消えた。

 目に見える成果が挙がらなかったこともあり、本プロジェクトの記憶は関係者の頭からは急速に薄れていった。



 時に、アウディア暦82年9月……。

 このプロジェクトが、責任者ですら全く予期していなかった結果を残したことを知る者は、まだ誰もいない。

 それが判明するのは、まだまだ先の話であった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ