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最果ての流れ星  作者: 谷池 沼
『流れ星の誕生』編
12/39

9 流れ星の誕生

 またやられた……。

 今回はかなりうまくやったと思ったんだが、どこがいけなかった? 何がまずかった?

 灰色の壁になってしまったコクピットのモニター画面を眺めながら、ユウキはぼんやりと考えていた。


「っつ~……」


 後席から聞こえてきたうめき声にユウキはは我に返る。

 そうだ、一人の世界に入っている場合ではない。


「エミリア! 大丈夫か!」

「……大丈夫……だと思う。うん、どこもなんともない、大丈夫」


 念のため、座席ベルトを外してシートの上に立ち、後席を覗いてみる。


「ほんとに大丈夫だってば。……現状は?」

「コクピットブロックだけで漂流中。救難信号はもう出したよ」

「そう……」


 いつも勝ち気なエミリアらしからぬ気弱そうな声だ。だが人のことは笑えない。つい先日撃墜されて漂流した際、自分はどうであったか……。思い出すと赤面を禁じ得ない。


「何がおかしいのよ」


 後席からの声で、ユウキは自分がかすかに笑っていることに気付いた。


「いや、前回撃墜された時のことを思い出してたんだよ。あの時の俺はひどかった。取り乱して、大騒ぎしてさ」

「あなたのそんな姿は想像つかないわね」

「そうか? でも騒いでたら、ガービン中尉に『落ち着きたまえ』とか言われてね」


 後席からクスリと笑う声が聞こえた。


「さっきみたいに後席を覗きこんで確かめたら、中尉は脚を組んでゆったり座ってたよ」

「中尉らしいわね。あの人が慌てたり、取り乱したりしてるとこなんて見たことないもの……。でも、そんな状況でも落ち着いていられるなんてさすがだわ」

「そうだな、正直敵わないと思うよ」

「ユウキも怖いと思うの? もしかしたら誰も拾ってくれないかもしれないとか……」

「前回は本当に怖かったよ。ガービン中尉がいなかったら、一思いに外に飛び出してヘルメットを脱いでたかもしれない」


 本当に一人であったなら、正気を保っていられた自信はない。


「今回は怖くないの?」

「今回はそりゃ……すぐ近くに味方がいるし、戦闘も終わってるはずだからね。すぐ拾って貰えるだろうさ。帰った後のウィルの怒りの方が怖いね」

「……これが経験の差ってやつかしら……」


 正直言ってこんな経験は何度もしたくない。というか、被撃墜2回の経験なんて、アウディア宇宙軍史上自分が初ではなかろうか……いや、初に決まっている!


「おーい! ガンマ2! ユウキ、エミリア、生きてるか!?」


 オープンチャンネルの通信機から、ウィルの声が聞こえてきた。

 通信機を送信モードにして返事を返す。


「こちらガンマ2。ベイルアウトしたが二人とも無事だ。救助を待つ」

「了解だ! もうすぐアナンタが来るからそれまで待ってくれ」

「了解したよ。今回は待ち時間が短そうで助かる」


 今度は通信機からガービン中尉の声が聞こえる。


「二度目の生還おめでとう、ユウキ。エミリアもよく生き残ってくれた」

「二度目の被撃墜は喜べませんけどね」

「すみません、あれだけ消耗した敵に勝てませんでした」

「よしてくれ、それを言われると我々の立つ瀬が無い。ともかく、全員生還したことを喜ぼうじゃないか」

「アナンタからガンマ1、ガンマ2。間もなくそちらにランデブーする。しばらく待て」


 タイミング良くアナンタからの通信が入る。

 救助が早いのは本当にありがたい。前回のような不安に満ちた漂流は一度経験すれば十分であった。




 アウディア宇宙軍の初陣となった今回の戦闘では、建設中の小型宇宙要塞を一つ破壊した他、駆逐艦2隻撃沈。戦闘機3機撃墜の戦果が記録された。


 偵察時に確認されていた大型輸送艦は要塞付近にはいなかった。

 戦闘終了後、惑星レンからさらに星系外側の宙域で、大型輸送艦のものらしい推進炎を発見。数時間後には、空間転移の反応を確認した。

 恐らく、要塞建設要員など、非戦闘員を脱出させたのだろう。


 アウディア側は、アイギス以下3隻の駆逐艦が小破した。また、搭載戦闘機は作戦参加7機中5機を喪失、2機が大破し、稼働機がゼロ。戦闘機戦は間違いなく惨敗であった。

 戦死者は4名。いずれもアイギス搭載機の乗員である。




「ホントに俺達なんでも屋ですね。馬車馬の方がなんぼかましだと思いますよ」


 操縦桿とスロットルレバーを注意深く操作しながら、ウィリアム・ハースト少尉がぼやく。


「仕方あるまい、我々は今回ろくな活躍ができなかったんだからこれくらいはやらんとな」

「う……それを言われると辛いですね。中尉はまだ活躍してましたけど、俺なんかやられっぱなしでしたからね」

「ハースト少尉! ここの補修は完了です。次は艦尾左舷のCIWSの修理行きますよ~」


 装甲宇宙服がアナンタの表面を離れ、左側のロボットアームに掴まる。

 ウィルはそれを確認すると「動くぞ」と通信で声をかけ、慎重にスロットルレバーを操作した。

 グリフィンはアナンタの上面至近距離をゆっくりと滑るように動き、艦尾に近づく。


「もうちょい、もうちょい前です~、はいオーケーです。止まってください~」


 ウィルは音声指令でグリフィンにアナンタと相対速度を合わせるよう指示。モニターの中で、シャルミナの装甲宇宙服がグリフィンの左アームを離れ、アナンタの艦体表面に取り付くのを確認して、短く息を吐いた。


 ウィルとガービン中尉が乗るグリフィン一番機は、現在、シャルミナと組んで、先の戦闘で損傷したアナンタ外装の応急修理にあたっていた。

 なお、主機関を破壊された一番機は、『大破』という扱いにはなっているものの、完全に航行不能となったわけではない。

 グリフィンは、胴体後部のメインスラスターの作動と機体への電力供給を主機関(核融合炉)で行っているが、両翼のサブスラスターと機体各所の姿勢制御機(アポジモーター)は、キャパシタに蓄電した電気を使って作動している。

 つまり、高効率の熱・電気変換器を介して、推進剤を加熱、プラズマ化し、それを電磁的に整流して噴射しているわけだ。

 一番機は、キャパシタやサブスラスター、姿勢制御機(アポジモーター)には損傷がないため、アナンタの電力を用いてキャパシタを充電してやれば、低加速・短時間という制約はあるものの、一応航行することが可能であった。


「ガービン中尉! ロボットアームで私の体を保持してもらえませんか~? CIWSの基部が曲がっちゃってます」

「了解だが、どうするんだ」

「叩いて直します~」


 言いながら、シャルミナは装甲宇宙服の背中に背負ったツールボックスから大きなハンマーを取り出しつつある。

 ガービン中尉が右側のロボットアームを操作し、シャルミナの装甲宇宙服をそっと掴む。


「このぐらいでいいかな?」

「ばっちりです! そのままCIWSに近づけてください~」

「ゆっくりいくぞ。ちょうどいいところで合図をくれ」

「もう少し、あと1メートル、オーケーです!」


 ガービン中尉は合図に従いアームをピタリと止めた。

 シャルミナが大きなハンマーを振るい始めた。装甲宇宙服のパワーアシストを受けての打撃である。ガンガンという衝撃がアームを伝ってグリフィンにも伝わってくる。


「中尉、ロボットアームの操作がえらくスムーズですね。前の部隊でも使ってたんですか?」


 ウィルの感心したような声に、ガービン中尉は苦笑しながら答えた。


「まさか! 攻撃飛行隊にこんな装備はないさ。アナンタへ来てから覚えたんだよ」

「ああ、この前のコンテナ拾ったヤツですか?」

「まあそうだ。こんなものくるくる回っている牛を捕まえるのに比べたら楽なものだ」

「牛ですか?」


 さらに質問を重ねようとしたウィルは、ピピッという通信呼び出し音を聞いて口を閉じた。艦橋からだ。


「一番機、ちょっと艦を離れて動けるか?」

「こちら一番機。キャパシタの容量にはまだ余裕があります。今やってる作業が終わってからで良ければいけます」

「それでは頼む。敵艦内調査中のスミス中尉から連絡だ。敵兵士の遺体らしいものが艦の残骸から流れ出てしまったらしい。回収してくれ」


 ウィルは思わずアナンタと並んで浮遊している敵艦の残骸を見やった。

 現在、艦内の生存者の確認や情報収集のため、スミス中尉以下整備班・航空班合同の4名の調査隊が敵艦の内部を探索中だ。

 おそらく、敵兵士の遺体は、気密ブロックを開けた時に飛び出してしまったのだろう。


「アナンタへ、おおむねの位置と方向を教えてくれ」


 後席からガービン中尉が尋ねた。


「敵艦の船体中央艦首寄りから右舷向けに流れている。スピードは大したことないから、まだ遠くまでは行っていないはずだ」

「了解」


 モニター上で大体の方向を確認しつつ、ウィルはまだガツンガツンとハンマーを振るっているシャルミナに通信を送る。


「シャルミナ、どうだ?」

「う~ん、これは現場レベルの応急処置では無理な感じですね~。加速で脱落するおそれもなさそうなんで、帰るまでこのままでいきます」 

「了解だ。こちらは別件で任務が入った。ちょっと離れるが大丈夫か?」

「別件ですか~。了解です~。こちらは自力で格納庫まで帰れますんで、行ってください」

「了解だ、それでは今から離すぞ」


 ガービン中尉が答え、右アームに掴んでいたシャルミナの装甲宇宙服を離した。

 シャルミナが装甲宇宙服の機動ユニットを使って格納庫に向かうのを横目で見ながら、ウィルはゆっくり機体を操り、敵艦の残骸を下に見ながら右舷側に出た。


「発見した、1時の方向やや下。マーカーを付ける」


 さすがにベテラン、目が早い。赤色のマーカーで示された目標に更に接近する。

 灰色の宇宙服を着た人物であった。四肢からは完全に力が抜けており、動いている様子はない。よく見れば、宇宙服の左の脇腹あたりが大きく裂けていた。


 ウィルは、敵兵の遺体など見るのはもちろん初めてだ。宇宙服ごしで顔が見えているわけではないが、自分達との闘いの結果死んだという事実に、わずかながら恐怖を覚えた。

 ……まったく、らしくない。やらなければやられる闘いであったのだ。何を恥じることがあろう。

 ウィルは自分に言い聞かせつつ、遺体に機を寄せる。

 ガービン中尉が落ち着いてアームを操作し、左アーム一本で優しく遺体を捕まえた。


「ひとつ間違えばこれが我々の姿というわけだ」

「今一つ実感わかなかったですけど、戦争だったんですね」


 ウィルは、この遺体がなんという人で、どこから来て、どのような人生を歩んできたかを知らない。知りたくもない。ただ戦場の一角で出会っただけの兵士だ。

 これが戦争か……。ウィルは名も知らぬ兵士の遺体に対し、コクピット内で黙祷を捧げた。




 アイギス級3隻に補給艦ソレイユも加わって実施した調査の結果、基地にも艦船にも生存者はいなかった。

 特に基地内の遺体は少なく、既に大半の要員が撤収した後であると認められた。

 また、基地や艦船などの国籍マークは注意深く消されており、明確に国籍を判定できる資料は見つからなかった。

 しかし、クルーの私物や食糧のパッケージから、スーディ共和国の隣国、ハイファ星系国の関与が疑われている。


「どっちにしても、この先は軍人の仕事じゃない。後は政治家さんがなんとかするだろうよ」


 ライト艦長が言うとおり、応援の艦船には政治家・官僚らも乗船しており、彼らは、レン軌道上に到着すると同時に、本格的な調査を開始していた。

 なお、当初の捜索目標であった探査機は、惑星レンの地表に墜落している状態で発見された。明らかに攻撃を受けた形跡があり、残骸から乗組員の全員が遺体で発見された。

 アイギス以下3隻が、後続艦艇への引き継ぎを終え、惑星レンの軌道を離れて帰途についたのは、戦闘集結12日後のことであった。




 基地帰還から10日後。


「今回の件の顛末聞いたか?」


 ルーデン基地司令部棟内の会議室において、ライト艦長がカツィールに尋ねた。

 今日は、今回の件――正式に『レン事変』と呼ばれることになった――参加将兵の帰還式典、兼、戦没者追悼式である。

 会場解放までの間は会議室が待機場所となっており、カツィールらは、佐官級の待機室で式の開始時間を待っている。


「ハイファの仕業という程度までしか聞いてないな」

「なんだ、情報が遅いな」


 と言いながら、ライトが説明したのは次のような内容だった。


 ハイファ星系国は現在、隣接するオシアナ星系と、新たに発見した恒星系の開発権をかけて対立している。

 両国の緊張は非常に高まっており、問題の星系内で両軍艦艇の小競り合いも発生していた。

 オシアナ星系は、アウディアと同じくニキアス同盟の加盟国であり、ハイファが本格的な軍事行動を起こせば、同盟に則って、ニキアス同盟軍が参戦することが確実視されていた。


 それを避けたいハイファは、ニキアス同盟の一角、辺境の弱小国アウディアに目を付けた。

 アウディア星系の外縁部で、謎の勢力による武力侵攻騒ぎを起こし、ニキアス同盟諸国の艦艇を派遣させ、その隙に乗じて目的の星系を実効支配しようとしたのである。


 星系外縁部は、惑星直近でない限りほとんどの宙域で空間転移が可能だ。

 ハイファは、首都星シュライクから見て惑星レンの陰にあたる宙域を転移ポイントと定めると、密かに資材を運び込み、レンの周回軌道上に宇宙要塞を建造し始めた。

 貧弱な戦力しか持たない弱小国家アウディアであれば、超長射程粒子ビームを備えた宇宙要塞を自力で攻略することはできず、必ずニキアス同盟に助けを求める。

 そして、加盟国に対する武力侵攻とあれば、同盟諸国は必ず応援を派遣する。

 そうなれば、ニキアス同盟諸国には、開発権を争う無人の星系などを気に掛ける余裕はない。オシアナが少々騒いだところで、余裕を持って目標の星系を占領できるというわけだ。


 そうした計画の下、密かに要塞建造を進めていたハイファの特務部隊であったが、たまたまその宙域を観測していた学者により、要塞建設中の光や電波、輸送船推進時のプラズマ等を観測されてしまう。


 それ以降の状況は知っての通りだ。

 事件後、アウディアは外交ルートを使ってハイファに抗議するも、知らぬ存ぜぬの一点張り。むしろ不当な抗議を受けたとして逆切れする始末。

 ニキアス同盟諸国には事件は深刻に受け止められ、今後の対策について検討が始まっているという。



「わが国は同盟のアキレス腱になり得るか。政治家も難儀だろうけど、我々軍人も笑ってはいられないわね」


 横で話を聞いていたティン艦長が口をはさんだ。

 星系外縁部などに転移、侵入してくる外敵への対応は、各国共通の懸案事項だ。

 特に、アウディアは星系外縁の監視体制が貧弱であり、現状は、はっきり言って隙だらけである。


「対策に何年かかるのやら……」

「それだけじゃない。航空部なんて大騒ぎだ」


 今回の作戦は、国産新鋭戦闘機グリフィンの初陣でもあったのだ。

 それが3機の敵に7機もやられる(2機は大破だが)という惨憺たる結果に終わり、航空部では、原因の究明と改善策の検討が必死で行われている。


「うちの搭乗員らに言わせたら、機体のせいじゃないってことだがな」


 パイロットの技量の問題ということだ。

 喪失した5機に限って見ても、内4機は、経験年数3年未満の未熟なパイロットが操縦桿を握っていた。


「軍備増強の流れになるのは間違いないな」

「最近少しましになってるとはいえ、万年金欠の我が軍だ、そう簡単にいかんのじゃないか?」

「そうね、人手不足はこの先さらに深刻化しそうだものね」


 シュライクへの入植が本格化し、就労できる人の多くが惑星へ移住してしまっている。就職先としての宇宙軍の人気は下がる一方だ。


「あと、アイギス級は有効な戦力になるって判断らしいな」

「確かに使い勝手は悪くない」

「そうね、戦闘機も十分使える。……ベテランパイロットであれば、だけど」


 今日の追悼式の対象は全員がアイギスの乗組員である。

 部下を失ったティン艦長の顔に明るさはない。ベテランパイロットであれば死なさずに済んだという気持ちも無くはないのだろう。

 カツィールもライトもかける言葉が思い浮かばない。沈痛な雰囲気を救ったのは式典準備が整ったことを知らせる館内放送だった。




 式典はつつがなく終わった。戦死者に対する黙祷、献花、偉いさん達による弔辞。続く帰還式ではまたまた偉いさん達の訓示、功労者――ティン艦長――に対する勲章の授与、等々。

 ユウキ達は別段喋ることもなく、立って、敬礼して、座る、時々拍手、を繰り返していただけである。

 ユウキ達にとって、ここまではただのセレモニーであって、本番はこれからだ。


 アウディア宇宙軍の伝統で、派遣任務や長期訓練の後の式典には慰労と懇親を兼ねた晩餐が付いているのである。

 無論、無礼講で騒ぐような会ではないが、共に苦労した仲間同士、酒を酌み交わしながらアドバイスを受けたり、上司の悪口を叩いたり、愚痴をこぼしたりできる有意義な場である。


 式典の終了にあわせ、出席者一同は別室へと移動した。

 端にバーカウンターがある広間で、所々に置かれたテーブルには、既に美味そうな料理が並べられている。

 立食形式のパーティーだ。ユウキは他のアナンタクルーとともにテーブルの端に陣取った。


 今日はできれば、先の作戦で見事敵機撃墜を記録したアラクネのパイロット――顔は知らないが、ベルクマン中尉という名は聞いている――から話を聞いてみたい。

 壇上で名も知らない高官が挨拶やら訓示を行うのを聞き流しながら、アラクネ搭乗員の集まりを探すが、今日は出席者全員が礼服なので、見分けがつかない。

 仕方がない、後で誰かに聞こうとあきらめ、壇上に意識を戻す。


 なんとか言う高官の話が終わり、次に壇上に上がったらのは航空部作戦部長、つまり戦闘機・攻撃機等を擁する航空部のトップである。

 乾杯の合図をするはずだったその部長は、簡単な訓示の最後に、突然とんでもないことを言い出した。


「………さて、本日、航空部では新しい勲章を考案し、授与することとした。といっても、規則に則った正式なものではない。あくまで航空部内でのみ通用するメダルだ」


 部長はそこで一拍間を置き、会場を見渡して続ける。


「名は『流れ星(シューティングスター)勲章(メダル)』。これを身につけられるのは『撃墜され、生還した回数が最も多い生者』だ」


 なに? なんと言った?

 ユウキは冷たい汗が背中を流れ落ちるのを感じた。


「戦場においては、いくら腕が良くとも撃墜されることはある。しかし、その状況で生き残るには心身にわたるタフさと、運が必要だ。また、古来、敗者は勝者より多くのことを学ぶ。……つまり、このメダルの持ち主は、タフで、運が良く、そして、更なる成長の可能性を秘めた者ということだ」


 同時に、軍内で一番多く撃墜されたヘタクソでもある。


「このメダルを授与されるのは……」


 アウディア宇宙軍は今作戦が初の本格的な実戦だった。初の被撃墜者とした名を残したのは自分とガービン中尉だ。そして、二度撃墜されたのは……


「ユウキ・シェリング少尉! 壇上へ!」


 やっぱり!

 会場内から一斉に拍手が起こる。同時に笑い声や冷やかすような声も聞こえる。

 同僚達の方を見ると、ウィルは親指を立ててこちらを見て笑っている。ガービン中尉とエミリアは、気まずそうに視線をそらしている。

 同僚達を恨んでも仕方がない。ユウキは拍手に押されるように壇上に登った。


 通常の受章要領に則り、航空作戦部長に対して敬礼して近づく。

 航空作戦部長は答礼した後、箱に入ったメダルを手渡した。

 そして、親しげにユウキの肩を抱くと、ユウキの横に並んで観衆に向き直る。


「旧世紀の多くのエースパイロットも、幾度か撃墜されながらそのスコアを積み重ねたのだ。この者が今後も強運を保ち、エースとして歴史に名を残すことを祈って! また、この作戦に参加した全将兵の武運長久を祈って! 最後に、パイロット諸君がなるべくこのメダルを引き継ぐことがないことを祈って! ……乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 会場内に一斉にざわめきが戻る。

 ユウキは航空作戦部長と握手した後、仲間達の元へ戻った。


「なんて顔をしてんだよ、未来のエース!」


 ウィルは満面の笑顔で迎えてくれた。


「遅ればせながら乾杯しましょう、タフパイロットさん」


 エミリアがグラスに入ったビールを手渡してくれる。


「よし、それでは改めて、全員の生還とユウキのメダル受章を祝って! 乾杯!」

「乾杯~!」


 ガービン中尉の音頭で皆がグラスを掲げた。


「メダル見せてくれよ! ユウキ」


 ウィルだけでなく、近くにいたアナンタクルーも物珍しげに寄ってきた。

 ユウキも気になって、受け取ったメダルの箱を開けてみる。

 五芒星が尾をひく意匠。本体が銀色で、カラフルな飾り帯が付いている。


「すげぇ、カッコいいじゃないかユウキ! うらやましいぜ!」

「そうか、うらやましいか。じゃあお前に譲るよ」

「いやいや、俺にはそのメダルをつける資格がないよ。なにせまだ一度も撃墜されてないからな」


 ウィルがニヤリと笑って言った。

 一度も撃墜されてない? ウィル機は主機関を破壊されて戦場を離脱したはず。……そういえば、ガービン中尉は受章資格ないのか?

 ユウキの視線を受けたガービン中尉は、笑いながら申し訳なさそうに首を振った。


「アウディア軍の規定によると、私の二度目のは撃墜にならないそうだ」


 かつて戦闘機が空を飛んでいた時代、撃墜の定義は比較的簡単だった。攻撃を受けて陸か海に墜落・不時着すること、だ。しかし、宇宙においては、攻撃を受け、大破しても機体はどこにも落ちずにそこにあり続ける。

 故に、アウディア宇宙軍は被撃墜の定義を明確に定めている。

 それは

   1 敵勢力の攻撃により

   2 機体に重大な損傷を受け

   3 機体を捨てて脱出する、または自力で基地

     若しくは母艦に帰還できなくなること

である。


 ユウキの場合は、二度とも議論の余地なく撃墜に該当するが、ウィル・ガービン中尉組の場合は、サブスラスターが稼働状態にあり、それを使って自力で帰還したため、撃墜とは見なされなかったのだ。

 つまり、二度撃墜された記録を持つのはアウディア宇宙軍でユウキだけなのである。


「まあいいじゃないか。航空作戦部長も言っていた通り、良い意味もたくさんあるんだし」


 ガービン中尉が慰めようとするが……。


「そういえば、なんで『流れ星』なのかしら?」


 エミリアの余計な一言。

 ウィルがしたり顔で解説役を買ってでる。


「エミリア、流れ星ってやつは綺麗に光って流れた後、どうなる?」

「燃え尽きる?」

「墜ちるんじゃないですか?」

「そう、シャルミナが正解だ。やられて墜ちるからだよ」


 ユウキはもう反論する気力もない。流れ星メダルの意匠がかっこよく見えるのが何だか腹立たしい。

 そこへ、アナンタの他のクルーや他艦のクルー達も乱入してきた。


「よう! 流れ星! ぜひ一緒に飲もうぜ!」

「その強運にあやかりたいね!」

「カッコいいぜ、流れ星。やられてもやられても復活して最後には勝つ……てな感じか!」


 もうわやくちゃになった。



 二時間の慰労会が終わった。

 色々ありすぎてあまり酔えなかったユウキが会場出口を出て歩いていると、突然バンッと背中を叩かれた。


「痛って……」


 振り向くと、酒が入って少し上気した顔のエミリアだ。


「な~にしけた顔で帰ろうとしてんのよ! 流れ星!」

「こんなの貰って機嫌良く帰れるほど人間できてないよ」

「ええ~! アウディア宇宙軍内でただ一人が名乗れる称号よ。燃えるじゃない!」


 酒が入ってテンションが高いエミリアの言葉は無視して、ユウキは少し真面目な質問をしてみた。


「君は流れ星の後席搭乗員(バックシーター)でいいのか?」

「何を今さら。2回目の被撃墜は私にも責任があるんだから」

「宇宙軍一のヘタクソって言われるかもしれんぞ。二度あることは三度あるとか既に言われたしな」

「な~に自信なくしてるのよ。私は今まで何人かのパイロットと一緒に乗ったけど、あなたの腕は全然悪くないわよ。そんなこと言う奴は見返してやりましょうよ!」


 ユウキはまじまじとエミリアの顔を見た。


「何よ? 何なのよ?」

「いや、つくづく後席搭乗員(バックシーター)に恵まれたなと思ってさ」

「誉めても何も出ませんよ」


 舌を出して見せるエミリア。


「忘れてた! ガービン中尉からお誘いよ。あまり酔えなかっただろうから、場所かえて飲みに行こうって。もちろんいくわよね?」

「喜んで行くさ。実は本当に酔えなかったんだ」

「そんなことだろうと思ったわ。着替えて20時に基地正門に集合。間に合う?」

「もちろん!」

「じゃ、後ほど」


 手を振って離れていくエミリアを見ながらユウキは思った。

 あの相棒となら流れ星と呼ばれるのも悪くない。敗者は常に勝者より多くのことを学ぶのだ。次はもっとうまくやってみせるさ。

 ユウキは足早に待機室に向かった。


 でも頑張るのは明日からにしよう。

 今日は親しい人々との楽しい酒が待っているのだから……。

 第一部『流れ星の誕生』編はこれで終了となります。

 私にとって初の小説執筆で、読みにくいところ、面白くないところも多々あったかと思いますが、読んでくださって本当にありがとうございます。

 現在、第二部『泥だらけの流れ星』編を執筆中です。より読みやすくするため、部分構成などにも見直しを加えています。少し日を置いての連載開始となる見込みですが、興味を持って頂いた方は是非またお読みください。

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