東の湿原の調査③
ヘンリクとエリックはそう言うと、東の湿原の浄化を行う為の魔法の準備に取りかかった。
ヘンリクは、東の湿原の広範囲に渡る呪いの成分を魔石のキューブの力も利用して範囲拡大を行い魔法を行使する。
ヘンリクの魔法が行使された事を確認すると、続いてエリックが水の精霊王を呼び出した。
その姿は精霊王の解放の時に見た姿そのままだ。流麗な水の流れを身に纏う姿は女性的でもあり、猛々しく流れる水流の時には男性的にも見える。
水の精霊王にお願いするのは解呪の魔法の東の湿原への撹拌だ。これで湿原の呪いは解かれるだろう。
続いてエリックは魔石のキューブを使って風の精霊王を呼び出した。こちらもあの時見た姿が顕現した。
緩やかな風を纏う姿は女性的で、荒々しい風を纏う姿は男性的だ。どちらの精霊王もその存在感に圧倒されてしまう。
風の精霊王には呪いが含まれる空気を拡散して貰うお願いをしていた。どちらの願いも聞き届けられ、その力が行使されていった。
これで一連の騒動は終わりを告げるだろう。都の王城に避難している竜族の子供達も近いうちに竜の住む山脈の各村に帰る事が出来るようになる。
彼ら二人の魔法の行使によって、呪いの効果が軽減されていく事を最も実感していたのは、ティニエ本人だった。
「凄い!瞬く間に呪いの濃度が下がっていくのを肌で感じます!」
俺はヘンリクとエリックの二人を見て、
「お疲れ!良い仕事をしてくれた。ティニエ殿も驚くほどの効果を感じているようだぞ?」
そう言って二人を労った。
「いや~・・・精霊王を1日で2柱も召還するのは今回だけにしたいですね・・・精神が持って行かれそうでした~・・・。」
エリックは、もう懲り懲り・・・と言わんばかりに肩を窄めて見せた。
「私もここまで広範囲の魔法を行使したのは初めてでしたが、これほど精神に負担が掛かるとは・・・。」
そう言って魔石のキューブを俺に見せた。その魔石のキューブは既にガラス化しておりほとんど魔力が残っていない状態だった。
そんな二人は魔力の行使で疲れ切ってしまったのか、地面にへたり込んでしまっていた。
「何にせよ、これで都の王城に居る子供達も帰る事が出来るようになる。二人がいなかったら、竜の住む山脈に子供が居なくなってしまう所だったんだから、素晴らしい功績だと言えるだろう!」
「「そんなにヨイショしても何も出ませんよ?」」
二人が見事にハモって俺に言ってきた。失礼な!俺は純粋に褒めただけなのに・・・。
「さて、ティニエ殿、洞窟の方には入ってみるのか?」
俺はティニエに水を向ける。
「そうですね。折角ここまで来たのですから、彼女がどんな環境で研究をしてきたのか知っておきたいです。」
そう言って、洞窟の方へ向かい始めてた。俺達も洞窟へ向かって歩き始める。中に入ると中は昨日のまま変わっている所は特になかった。
「何か持ち帰る物があれば言ってくれ。こちらでまとめて魔法鞄に仕舞っておくがどうする?」
「・・・でしたら、机や椅子も含めて、サディナが使っていた物、全て持ち帰らせて貰えないでしょうか?」
何か思う所があるのだろう。それはその指示に従うことにする。
「解った。では、ここにある物全て預かる事にしよう。」
そう言うと、洞窟内にあった荷物の全てを魔法鞄に収めたのだった。
俺達は洞窟を後にし、竜王の村に戻ってきた。ヘンリクはその足で診療所へ向かった。サディナの様子を見に行く為だろう。
俺達はティニエの自宅へ向かわせて貰う事にした。
そう言えばムースはサディナの事を慕っていたと言っていたはずなのに、昨日は部屋から出て来る事は無かったと、今更ながらに気が付いた。
ヒョッとしてサディナが診療所に担ぎ込まれた事を知らないのでは無いだろうか?
俺は気になって、ティニエに聞いてみた。
「ティニエ殿、ムース殿はサディナの事を慕っていたと言っていたが、昨日は何の反応もしていなかったように感じたのだが、本人は知らされていないのか?」
「いえ・・・昨日あれほどの騒ぎになったのだから、聞こえていないはずがありません。」
「では何故見舞いに行こうともせんのだ?」
「きっと今でもサディナに裏切られたと思っているのでしょう・・・。」
「どういう事だ?」
「昨日もお話しした通り、ムースはサディナの事を姉のように慕っていました。サディナの研究の手伝いなどもして、助手のような関係でもあり、ムースからすればそのサディナがムースに何も話さずに、この村から出て行ってしまった事は深い悲しみとともに、裏切られた気持ちでいっぱいになってしまったのでしょう。」
なんだそれは!?俺は呆れてしまっていた。
「チョット待ってくれ。それは要するに、不貞腐れて引きこもったと言う事か?」
俺のストレートな直訳に、ティニエ本人も苦笑いするしか無かったようだ。
「ええ・・・まあ、そう言う事になるでしょうか・・・。」
俺は彼女のノートを読んでいる。ムースに対する思いも解っているつもりだ。危険な研究に彼を巻き込みたくない。
そんな思いがあのノートには綴ってあったのだった。
「ティニエ殿、スマンがムース殿に会わせて貰えんかの?」
「何をするつもりですか?」
ティニエも何やら不穏な空気を感じ取り不安げにこちらの様子を伺ってくる。
「なに、チョット活を入れてやるだけだ・・・。」
俺の怒気にブリットも呆れ顔になって一言注意してきた。
「ヨーン・・・活を入れるのは良いけど程ほどにね・・・。」
そして、俺はムースの部屋の前までやって来て、ドアをノックした。
「ムース殿、今話は出来るかの?」
すると一呼吸置いてムースからの返事があった。
「何のようですか?」
しかしドアは開かれない。
「昨夜、サディナ殿がこの村の治療院に担ぎ込まれた。保護したのはワシ等だ。知っておったか?」
「知っていますよ。昨日もその話をしていたのは聞こえていましたから。」
「ワシは、ムース殿がサディナ殿を姉のように慕っていたと聞いたから、てっきり治療院に見舞いに行ったと思っておったのだが、まだ部屋からも出ていないとは何故かのう?」
「何故僕が彼女の見舞いに行く必要があるんですか?あの人は僕に黙って村から出て行ったんですよ?研究も手伝って、助手のように利用して、用が無くなれば黙って出て行く・・・。そんな人がどんな形であれ、この村に戻ってきたとして、僕とは何の関わり合いもありませんよ。」
ここまで一気に自分の言い分だけをまくし立てた所で俺はキレた!
「そんな肝っ玉の小さなガキにはサディナ殿は勿体ないなっ!」
『バガンッッッ!!!』
俺はそう言うと、ムースの部屋の扉を拳一発でたたき壊した!
部屋の扉を破壊されたムースは驚きのあまり硬直していた。
「なっ!何てことをするんだっ!扉を弁償しろ!!」
「ヤワなドアじゃな・・・弁償ならいくらでも弁償してやるわい!だが、人と話をする時に部屋から出て来ようともしない、躾のなっとらんヤツに言われる筋合いは無いわ!!」
そう言って俺は部屋の中に入りムースの胸ぐらを掴んだ。そして、サディナが書き残したノートを見せる。
「サディナ殿がどんな思いでこの村を出て行き、ムースにどんな思いを持っていたのかが、このノートには書いてある!お前さんが不貞腐れて自分の部屋に引きこもっている間も、彼女は自分に出来る事を精一杯やって来た!」
俺はそう言って、彼を部屋から引きずり出した。
そして、そのノートの山を彼に見せつけた。そのノートは軽く100冊は超えていた。そこには様々な研究結果や黙って出て行ってしまった事への後ろめたさなどが綴られていた・・・。
そのノートの山をムースはただ眺めるばかりだ・・・その目には何の感情もこもっていない。
俺は自分の事しか考えていないムースに心底腹が立った。そして俺は彼を引っ叩たこうとして構えると、
『パァァンッッ!!』
と、小気味よい音が響き渡った。俺は振り上げた腕を振るってはいなかった。
そこには涙を浮かべたブリットが振り抜いた手を引っ込める姿があった。
「アンタ!何でサディナさんがアンタを連れて行かなかったか、本当に理解していないみたいね!危険な研究にアンタを巻き込みたく無かったからでしょう!?ノートにアンタの名前が何度も出てきたわ!会いたいのを必死に我慢して、子供達の鱗硬化症の治療薬を作って、何度も失敗して、心が折れそうになって・・・」
そしてムースを鋭く睨み付けて言い放った。
「何でアンタはサディナさんを探してあげようとしなかったの?何で彼女を見つけ出して、心の支えになってあげようとしなかったの!?アンタはサディナさんのことが好きだったんでしょ!」
ブリットはそこまで言うと「なんで・・・」と言いながら、俯いてボロボロと泣き出してしまった・・・。
俺が言いたかった事は、ブリットが代わりに言ってくれた。俺の振り上げた手はそのまま軌道修正し、ブリットの背中をポンポンと、軽く叩く役割に変わっていた。
ムースは呆然としながらも、おもむろにサディナが書き留めていた研究ノートを手に取り読み出した。
一冊目を読み終わると二冊目、そして三冊目・・・何冊も読み進めて行く内に、彼の目には涙が浮かんでいた・・・。
「・・・サディナがこれだけの研究をしている間、俺は何て無駄な時間を過ごしてきてしまったんだ・・・」
そこまで言い切ると、ムースはノートを掴んだまま膝から崩れ落ち、自分の今まで何もしてこなかった事への深い後悔を噛み締めていた・・・。
ティニエも泣きながら、ブリットを正面から抱きしめていた。
「サディナの為に泣いてくれてありがとう・・・」
「ホレ、サディナ殿の思いが理解出来たのなら、今から治療院に行ってこい。」
俺はムースに治療院へ行くよう促した。
「しかし、今更僕が行っても・・・」
「まだそんな事を言ってるの?サディナの思いはそのノートに書かれているでしょう?」
ティニエも流石に呆れたと言わんばかりに、諭したのだった。
「サディナ殿はまだ意識が戻っておらん。何が切っ掛けで意識が戻るかもな。」
俺はそう言ってムースの背中を押した。するとムースは一度部屋に戻り、そして俺達と治療院へ向かう事にしたのだった。




