東の湿原の調査①
翌朝、俺達は族長に一人のリザードマンを紹介された。
「この者は、部族の戦いにおいて一番の強さを誇るリザードマンのジンと言いますじゃ。この者を使者様の共に付けますのじゃ。」
族長に紹介されたリザードマンの筋骨隆々な上半身の鱗は古傷だらけで、その手には使い込まれた槍を握っている。その姿は確かに歴戦の戦士を伺わせる貫禄を醸し出していた。
そして、俺の前に立つそのジンと言うリザードマンと俺とでは、その身長差は頭1つ以上あった。
お互いに自己紹介をしあった後、俺達とジンは、集落の北にあるという、死の湿原に向かっていた。
死の湿原へ向かう為の道という道は無く、当然そこまで行く為には馬車を使う事が出来なかった為、全員徒歩で移動する事になった。
リザードマンのように手足に水かきの無い俺たちは、湿原に入ってしまうと泥濘に足を取られてしまう為、少し回り道をしての移動だ。
それでも湿原とそうで無い所の境界が曖昧な為、時には足下を取られることもあった。
特に俺は、プレートメールを装備している為、自重がある。一度泥濘にはまると抜け出すのに苦労させられる・・・。
そんな苦労をしながら道中を進めている時ふと、尾瀬沼の木道を思い出してしまう・・・。
あれは自然環境を壊さないことを目的としていたはずだが、今日ほど、木道が設備されていれば良かったのにと、思ったことは無い。
そんなぼやきにも似た感傷に浸りながら、3時間ほど移動した頃だろうか、案内をしてくれていたリザードマンのジンが、説明をしてくれた。
「この先が死の湿原と言われる場所だ。魚も草も生きられない死んだ場所だ・・・我らも滅多には近付かない・・・。」
リザードマンの表情は解りにくいが、それでも彼がしかめっ面になっていることは間違いなかった。
「無理を言ってスマンかったな。」
俺はそう言ってリザードマンのジンを労った。湿原をよく見てみると、確かに草が生えていない。一見するとチョットした沼地のようだ。
「ワシ等はこの先を調査してみようと思う。場合によっては命に関わることもある。おぬしは無理に付いてくる必要は無いぞ?」
俺がそう言ってリザードマンのジンの様子を伺った。
「我は部族一のリザードマンだ。竜の使者殿と同行する。」
リザードマンのジンはそう言って、同行を求めてきた。
「解った。好きにするが良い。」
俺達は更に東の湿原を北に進めていった。もうここまで来ると湿原とは言えない風景だった。
水面は綺麗なように見えるのだが、先ほどまであった湿地特有の植物は全て消え去っており、生き物の存在を確認することは出来なかった。
湖面に目をやると、太陽の光に当たり水底にキラキラ光る物体が見えた。目を凝らして良く見てみると、魚の形をしている。ヒョッとして呪いの効果の影響だろうか?
思わずリザードマンに目を向けてみるが、今のところ何の影響も受けていないようだ。
「呪いの濃度が凄く濃くなってるよ・・・。」
ニーニャがそっと俺の耳元で囁いてきた。
「この呪いはワシ等にも影響が有るものかの?」
俺は心配になりニーニャに尋ねてみる。
「この呪いは鱗を持つ種族が対象みたい・・・これ以上濃くなれば、あのリザードマンは影響が出てもおかしくないかも・・・」
ニーニャの忠告に、マズいな・・・。と、俺は思った。これ以上はリザードマンのジンを同行させるわけには行かない・・・。
「ジン殿、この先は呪いの瘴気が強くなっているようじゃ・・・。おぬしも影響が出る前に引き返した方が良い。」
俺がそう言うと、
「俺は呪いに屈するような軟弱ものでは無い!見くびって貰っては困る!!」
聞き分けの無いリザードマンだった。こうなったら仕方があるまい・・・。
「竜の使者としての頼みでも、聞けぬと言うという事かの?」
俺は頼みの綱の一言を繰り出した・・・。
「クッ・・・!竜の使者様の命令とあらば従うまでです・・・。」
部族一と言われた自分が、これ以上先に進むのは危ないからと言って引き下がることは納得出来ていないようだったが、渋々承諾を取り付けた。
「出来れば集落まで戻っていて欲しい。ワシ等は調査が終わりしだい魔法で集落へ戻る。」
そこまで俺が言うとリザードマンのジンは、不承不承集落へ引き返していたのだった。
「ふう・・・このまま一緒に進んでいたら彼まで湖底に沈んだ魚のようになってしまっていたかも知れん・・・。」
「そうね・・・あの魚はどう見ても竜族の子供達がかかっていた呪いと一緒だもの。ニーニャの言う通り、鱗を持つもの全般が対象みたいだね・・・。」
ブリットがそう言ってしかめっ面になった。
「どこからこの呪いの元が出ているかが問題なんだが・・・。」
俺は湿原の先を眺めていた。
「ん~・・・あっちの方から嫌な空気が漂ってくるよ~・・・。」
そう言ってアプリコットが北東の方角を指さした。アプリコットは風の属性を司っている。俺達は彼女の言葉を信じて、そちらに足を進めていく事にした。
暫くアプリコットが言っていた方角を歩いて行く。そして、ここは湿原の北の果てだろうか?そこからは東に向かって湿原が広がっていた。
ちょうどその角に当たる場所が少し盛り上がった丘のようになっていて、その中腹には洞窟らしき穴が見えた。
その洞窟らしき穴を見上げていると、ニーニャは、
「あの洞窟から呪いの空気が漏れ出しているよ・・・。」
と言ってきた。見るからに妖しい雰囲気の場所だった。俺達は迷う事無くその洞窟に足を進めた。
奇襲もあるかも知れない。念の為に隊列は組んでおく事にする。
最前衛は俺、ブリット、エイナル、
2列目、エクレア、モンブラン、チョコロール、
中衛をエリック、エステル、アプリコット、
後衛をヘンリク、ガトーショコラ、パンナコッタだ。
エイナルを最前衛に組み込んだのは罠関知の為だ。隊列を組み終わり、魔法のランタンを用意して、いざ洞窟の中に侵入しようとする俺達を、いきなりエイナルが制止した。そして、屈んで地面を観察している・・・。
「かなり古い物だが、複数の足跡がある・・・。それにこれは・・・、何か引きずった跡か?」
エイナルが指を指す場所を良く見てみると、確かに複数の足跡と奥の方から何かを引きずった跡らしき痕跡が見て取れる。
俺達は何があっても対応出来るように、慎重に洞窟を進んでいった。しかし洞窟は一本道で、突き当たりに1つの扉が付いた部屋に突き当たっただけだった。
エイナルはその扉に罠が無いか調べたが、特に罠は無いという結果だった。また、中には誰かがいる気配も無いと言うのだ。
罠も無く、敵からの奇襲も無かった。これだけの呪いをばらまいた敵だったのだ。拍子抜けにも程がある。
それとも既に目的は達していて、ここは既に退去した後と言う事だろうか?
俺達は慎重に扉を開け、中を確認する。すると中は広い空洞になっていて、人が20人入っても余裕のある広さがあった。
そこには鍋や試験管、ビーカーなどの研究機材らしき物と、奥の方に机と椅子があった。
そしてその椅子には鱗の塊に覆われた物体が机に突っ伏す形で固まっていた。鱗の形状や姿からして、竜族と思われる。俺達は慌てて駆け寄る。
「ヘンリク!」
「はっ・・・はいっ!!」
ヘンリクは慌てて駆け寄り、その竜族の生死を確認する。
「・・・わずかに呼吸があるようです。何というか・・・仮死状態と言った方が良いかもしれません。」
「その状態で呪いを解いたらどうなる?」
「回復魔法を掛ければあるいは・・・あとはこの人の生命力しだいですね・・・。」
「竜族の生命力を信じよう・・・。解呪と回復魔法を掛けてやってくれ。」
「解りました・・・。」
一か八かか・・・。しかし、ここで何があったか聞き出さない事には竜の住む山脈の子供達に安心が訪れない・・・。
そんな事を考えていると、机の上にはメモやノートが置いてある事に気が付いた。棚には同じようなノートが何十冊も残されている。
人の書いたノートを読むのはマナー違反だと思ったが、何かヒントがあるかも知れない。申し訳ないとは思いつつも一読させて貰う事にした。
『私は竜族の子供達に希に発症する先天性鱗硬化症の治療薬を開発する為に、村を離れここに居を構える事にした。ムースに黙って来てしまった事は悪い事をしたと思う・・・しかし、彼に危険な研究の手伝いをさせる訳には行かない・・・』
『研究は思うように進まない・・・』
『飲み薬の視点から、塗り薬の視点にアプローチを変えてみてはどうだろうか・・・』
『塗り薬に一定の効果がある事が認められる。アプローチの変更は成功だったかも知れない・・・』
そこまでは研究も順調だったのだろう。記録もしっかりしていたのだが、ノートに記された記録が最後の方になると、
『失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。しっぱいした。しっぱいした。しっぱいした。しっぱいした。しっぱい・・・・・・』
『私はとんでもない物を作ってしまった!!!私の体にも鱗硬化症の症状が出てきている。私諸共この研究は封印する。ムース・・・すまない・・・。』
書き殴るように失敗という文字と、かすれるような文字で封印すると締め括られていた。
俺はそのノートやメモを魔法鞄に仕舞い、辺りを見渡した。
しかし、この部屋には封印したという実験結果であろう現物らしき物が見当たらない・・・。
「エイナル、このノートに何かを封印したと載っているが、それらしき物はあるか?」
「いや・・・だが、そこの中央の釜から何かを引きずった跡が出口に向かって続いている。さっきの出入り口と同じ足跡の数と引きずった跡だ。」
ただの盗掘か?それとも第三者の関与か?それは解らなかった。
「ヨーン!こっちの解呪と回復魔法は完了しました!しかし衰弱が激しい・・・。」
「解った!」
そう言うと、俺はそちらに目をやる。そこに横たわっていたのは、まだ若い竜族の娘だった。
俺は魔法の絨毯を魔法鞄から取り出した。これは重量制限無しの代物だ。それに竜族の娘を乗せ洞窟の外へ移動する。
「取りあえず、東の湿原の浄化は後回しだ!リザードマンの集落で馬車を回収して竜王の村へ向かおう。」
そう言うと、阿吽の呼吸で、エステルがゲートの魔法を開いてくれた。そして、ゲートを潜り、リザードマンの集落に入った。族長が慌てて出迎えたが、こちらも急患を抱えている。
「族長!世話になった!これは世話になった礼だ。」
そう言って、俺が首に下げていた竜の鱗のペンダントを、族長に手渡した。
「おお!有難き幸せでございますじゃ!」
族長はペンダントを受け取ると、平伏した姿勢のまま固まってしまっていた。
俺達は馬車へ乗り込むと、竜王の村へ向けてゲートを開き、戻っていったのだった。




