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2話:アシストオフ、誤差三ミリ

「断る」


一蹴だった。


目の前で銀色に輝く最新型VRギアを差し出し、優雅に微笑んでいた葵の表情が、わずかに固まる。


「……即答ね。理由は聞いていいかしら?」

「俺には関係ない」


ダヴィは足元に転がる『大狂犬(ジャンキードッグ)』の死体から淡々と矢を引き抜き、血を拭いながら冷淡に言い放った。


「ゲームだか暗号資産だか知らないが、そんな電子の虚構(ままごと)に付き合っている暇はない。俺が欲しいのは、今日の飯と、弟たちを明日まで生き延びさせるためのリアルな食料と金だ。画面の中のデータじゃ腹は満たされない」


ダヴィにとって、先進国の富裕層が興じているVRゲームなど、自分たちの生きる世界とは切り離された「別世界のオモチャ」でしかなかった。

だが、葵は腹を立てるどころか、むしろ待ち望んでいた反応だとばかりに、可憐な唇を吊り上げた。


「そう答えると思っていたわ。……じゃあ、交渉(ディール)をしましょう」


葵は胸元から手帳サイズの高精度ホログラム端末を取り出し、ダヴィの目の前にかざした。そこに表示されたのは、暗号通貨取引所のリアルタイムチャートと、提示された契約書だった。


「あなたがそのギアを頭に装着し、私の指示通りにゲーム内で弓をひと振るいするだけで――今夜のあなたの家族の食費どころか、この街の汚染された井戸をすべて最新の浄水プラントに置き換えるだけの現金を、即座にあなたの口座へ前払い(インセンティブ)として振り込むわ」


「……なんだと?」


「これは支援でもボランティアでもないわ、ダヴィ。あなたのその才能に対する、正当な買収資金よ。ゲーム内のアイテムは今、現実の億単位の現金と直結している。あなたが撃ち落とす一発の矢は、この途上国の山のようなゴミをそのまま金塊に変える力があるの」


ダヴィは葵の目をじっと見つめた。嘘や欺瞞の光はない。そこにあるのは、圧倒的な野心と、自分を本物の「狩人」として評価している冷徹な計算高さだけだ。


(……この街の井戸と、弟たちの食費……)


生身で害獣を狩り続けても、得られるのは数ドルと僅かな肉だ。だが、この女の提示した条件なら――


「……いいだろう。だが、一度でも約束が破られたら、俺はすぐにその機械を叩き割って消える」


「ふふ、契約成立ね。後悔させないわ」






こうして葵から渡された銀色のVRギアは、ダヴィの部屋へと持ち込まれることになった。


――不釣り合いなほど美しく輝くその装置を頭に装着し、指示通りに思考を『AETHERIA』へと向ける。


瞬間、脳裏を駆け抜ける心地よい浮遊感。


視界を埋め尽くしていた錆びたトタン屋根と泥水が消え去り、代わりに現れたのは、視界を焼き尽くすほどの圧倒的な青空と、白亜の石造りの街並みだった。


――VRMMO『AETHERIA』。


「……においまで感じるのか」


ダヴィは足元の石畳を踏みしめ、自分の掌を握り直した。

風の温度、草木の匂い、足裏に伝わる硬質さ。すべてが本物のように再現されている。だが、ダヴィの感覚(センサー)は、先進国の富裕層が感嘆するような感動ではなく、違和感を捉えていた。


(空気が……軽すぎる。風の抵抗も、どこか『作られた均一さ』があるな)


「素晴らしい出来でしょう? これが最新のニューロ・リンク技術よ」


隣に現れたのは、ゲーム内のアバター姿となった葵だった。現実の優雅さを残しつつ、洗練された高級シルク風のドレスを纏っている。


「さて、まずはチュートリアルね。メニューを開いて初期ステータスと装備を確認して」


ダヴィは思考でシステムウィンドウを呼び出した。


プレイヤー名:ダヴィ

レベル:1

職業:ノービス(弓装備)


【ステータス】


STR(筋力):1


VIT(体力):1


AGI(敏捷):1


DEX(器用):10(全初期ポイント投入)


INT(知性):1


MND(精神):1


【所持装備】


初心者用の木弓(攻撃力+2)


粗悪な鉄の矢×50


HPはわずか「10」。雑魚モンスターのかすり傷一発で即死する、いわゆる極端な紙装甲(ガラス玉)ビルドだ。


「……DEX(器用)極振り? 普通はVIT(体力)に少し振って事故死を防ぐんだけど……」


「現実では、事故死は死だ」


葵が苦笑する。続いて、ダヴィは装備した木弓を構えてみた。


その瞬間――視界にチラつく鮮やかな赤と青の光線(ノイズ)。

弾道を予測する赤いラインと、ターゲットを自動追従しようとする円形の照準サイトが、ダヴィの視界を勝手に塞いだ。


「なんだ、この鬱陶(うっとう)しい光は」


「それは『エイムアシスト』よ。弓や魔法の攻撃を誰でも簡単に当てられるように、システムが弾道を補正してくれるの。プロゲーマーでもこれに頼るのが常識――」


「消し方は?」


「……え?」


「邪魔だ。視界が塞がれて、風の動きも獲物の予兆も見えん」


葵は驚きに目を丸くしたが、すぐに意地悪く口角を上げた。


「設定画面の最奥にあるわ。『フルマニュアル操作(アシスト100% OFF)』。……ただし、警告しておくわね。それを切ると、システム補正が完全に消えて、物理演算がそのまま適用されるの。プロでも的に当てることすら不可能と言われる『死に設定』よ?」


ダヴィは迷わず設定を開き、アシスト設定を全て「OFF」へと切り替えた。


ピコン。


視界から赤いラインと照準サイトが消え、静寂が戻る。

弓を構え、弦を引き絞る。

――しっくりきた。


システムが介在しない、純粋な木とワイヤーの重み。空気の抵抗。

これでいい。自分の感覚を見知らぬ機械(プログラム)に歪められる筋合いはなかった。


「それで、どこへ行けばいい? 」


「『腐敗の森』へ行きましょ。フルマニュアル操作のあなたの腕前を測れる良いイベントが丁度あるの。そこで、あなたの腕前を見せてもらうわ。」




【腐敗の森】

「押せ! 重騎士(タンク)隊、ヘイトを絶やすな! 課金回復薬(ポーション)を惜しむなよ!」


「後衛、魔法攻撃とアシスト射撃集中! 体力を削り切れ!」


森の広場は、狂乱と咆哮に包まれていた。


中央に鎮座するのは、体長6メートルを超える汚泥と大木のかたまり――超レアエネミー『ガルガンチュア』。振り回される巨大な木槌が一振されるたびに、地響きが起き、プレイヤーたちの悲鳴が上がる。戦闘に参加しているのは、金色に輝く課金鎧を身に纏った先進国のメガギルド「ゴールデン・ドーン」の数百名。戦闘開始から、はや5日。彼らは数百万相当のリアル通貨(AET)を消費しながら、物量の暴力でガルガンチュアのHPを徐々に削っていた。


そんな戦場に着くやいなや、葵は妖艶な笑みを浮かべながら言う。


「彼らが今、莫大な資金と大人数を投入して攻略しようとしている超レアエネミー……泥濘の処刑者『ガルガンチュア』。それを、横からかっさらうわよ」




「おい見ろよ、あんなところにレベル1の初心者(ノービス)がいるぞ?」


「ハッ、見学か? 巻き込まれて踏み潰されたら即死だぞ」


戦場の端で観戦するダヴィと葵に、ギルドの控えメンバーたちが嘲笑を浴びせる。

だが、ダヴィの耳には彼らの雑音など一切届いていなかった。


ダヴィの視線は、荒れ狂う巨獣『ガルガンチュア』の「ある一点」にのみ注がれていた。


「……ダヴィ、見えた?」


葵が耳元で囁く。


「胸部の装甲……倒木と腐土が重なり合う右胸のパーツね。あそこだけ、動きに合わせて『隙間』ができるわ。解析データによると、核(コア)に通じるわずか三ミリの構造的欠陥」


「ああ」


だが、と葵は続ける。


「アシスト機能をONにしていると、システムの自動補正が判定のデカい表面の装甲に矢を吸い寄せてしまう。だから、どれだけ高火力な課金弓を使っても、あの三ミリを射抜くことは不可能なの。だから運営も修正をしないし、そもそも誰も欠陥だとも思っていない……アシストを切った、あなた以外はね」


ダヴィは静かに木弓を構えた。


矢を番える。


森を吹き抜ける、湿気を含んだ南東からの風――秒速2.4メートル。

ガルガンチュアが巨大な木槌を振り上げる予兆――右足を踏み込む際の、激しい地鳴りのリズム。


世界のノイズが消えていく。


(ターゲット、距離四十五メートル)


ガルガンチュアが木槌を最高点まで掲げ、胸部の装甲が僅かに引き伸ばされる――コンマ1秒の瞬間。


右胸の奥、薄暗い泥の隙間に覗く、脈動する赤き核心。


幅、わずか三ミリ。


(風良し。角度良し。――放つ)


パァンッ!!


初心者用の粗末な木弓から放たれたとは信じがたい、鋭く澄んだ破裂音が森に響き渡った。


「なっ……何だ今の音!?」


メガギルドのプレイヤーたちが振り返る。

だが、放たれた一射の軌道を目で追えた者は、誰一人としていなかった。


放物線を描いた一本の鉄の矢は、荒れ狂うボスの巨体の「表面」をかすめることなく、吸い込まれるように――胸部の装甲の、目視すら困難な三ミリの隙間へと滑り込んだ。


ズドオンッ!!!!


「……ギ……!?」


ガルガンチュアの動きが、ピタリと止まった。


振り上げられた巨大な木槌が、宙で静止する。

ボスの頭上に表示されていた長大なHPゲージ――メガギルドが何時間もかけて半分まで削ったゲージが、一瞬でゼロ(0)に吹き飛んだ。


『――CRITICAL FATAL HIT(核穿孔即死判定)――』


「……は?」


重騎士のプレイヤーがアホのように口を開く。


ドゴォオンッ!!


次の瞬間、6メートルを超える巨体が内側から崩壊するように爆発し、光の粒子となって霧散した。


静寂。

数百人のメガギルド隊員たちが、何が起きたのか理解できず、呆然と立ち尽くしている。


その静寂を破ったのは、戦場に響き渡る高らかなファンファーレと直後のアナウンスだった。


『――通知――』

『レアエネミー【ガルガンチュア】が討伐されました!』

『討伐者:ダヴィ(単独・ノーダメージ達成)』

『条件達成により、神話級NFT【ガルガンチュアの心核(1/100)】が発行・付与されます!』


「な……ッ!? ノーダメージ!? 単独討伐!?」


「神話級NFTだと!? 100,000 AETを超える激レアアイテムだぞ!?」


「誰だ!? ギルドにそんなやつ居たか?ダヴィって誰だ!!? 」


一帯が阿鼻叫喚に包まれる。

怒号と困惑が渦巻く中、ダヴィは静かに弓を収め、ドロップアイテムとして手に転がり込んできた眩い光を放つ結晶――『ガルガンチュアの心核』を見つめた。


「手応えがないな。生の『スラム・バイパー』の方がよほど命懸けだ」


「ふふ……あはははっ!」


隣で葵が、お腹を抱えて爆笑していた。


「最高よ、ダヴィ! 初ログインで数千万円相当の横取り(スチール)なんて! これで『AETHERIA』の暗号市場は大荒れ間違いなしだわ!」


葵は即座に端末を操作し、今獲得したばかりのNFTをグローバルオークションへと出品する。


「さあ、第一歩よ。先進国の高慢なプレイヤーたちに教えてあげましょう。――これからは、私たちがこの世界のルールを変えるんだってことをね」


少年スナイパーと、貧困ビジネスの破壊を目論む令嬢。

二人の「世界を相手取った掠奪劇」が、いま幕を開けたのだった。

NFT(非代替性トークン):複製できないトークン。BCG(ブロックチェーンゲーム)内では、レアアイテムのレア度を爆上げするために、NFTとして発行することが基本となっています。何万人もプレイヤーがいる中で、存在数が100個などと限られているなので…欲しくなっちゃいますよね。某漫画の〇〇ー〇アイランドの指定ポケットカードのイメージを持つと良いかも。


暗号資産マーケットで売買もできるので、NFTはBCG(ブロックチェーンゲーム)でお金を稼ぐためにかなり大事な要素です。

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