1p-6 : すくーる おぶ でぃすとぴあ!
「ちょっと、家庭の都合で転校することになった」
先週とは打って変わって、ずいぶんと静かになった教室で、担任は安心したような声色でそう告げた。
はぁ、と息をつく。
隣を見てみれば、相変わらず不気味な笑みでこちらを見つめてくる愛夢がいた。
心臓に悪いからやめて欲しいんだけど……。
とは言え、これで起こるべき事象の一つは回避できたわけで。
だけどまだまだ緊張感をもって事に当たらないといけないわけで。
つまるところ坂東君の願い(勝手に呼称している)は叶っていないという訳だ。
彼のご自慢のお腹を撫でながらそう考える。
俺はこの先この体で生きていくにあたって容姿の改善が必須だと考えた。
いつまでもこんな巨体で居てはいけない。それに顔もだ。
洗顔料とか化粧水とか、生前俺が持っていた所持品を一通りそろえたいと思うのだ。
彼の所持金はそう多くなかったから、計画的に使っていく必要がありそうだ。
バイトもこの年齢だとできないし。
当分は足止めだな。
もう一回、深くため息をつく。
「どうしたの?」
心配の瞳で銀髪の短身の少女が訊いた。
「あ、いや。なんでもない。深呼吸しただけ」
俺はこの少女に対して恐怖心を抱いていた。
あの無慈悲な音、料理で肉を切る時でも出てこないぞ。
所詮はMCP。かわいらしい容姿とは裏腹のとんでもない身体能力の持ち主だ。
……だが、やっぱり会話は長続きしない。単語にちょっとした修飾詞が付いているだけ。
こんなの会話じゃない。
やっぱり、何かの呪いでもあるのだろうか?
「あー、ではホームルームを終わります。今日は会議の兼ね合いで全学年自習で」
問題児の筆頭が居なくなっても所詮は問題クラス。まだ先生たちは恐れているようだ。
自習と聞いてざわめきだすクラスを耳で左から右へ受け流しながら俺は弁当を取り出す。
会議は大体全員出席だ。ゆえに大人は来ない。
それより、朝飯を抜いた胃袋が悲鳴を上げている。
「あっ、いけないんだー。お弁当食べるの」
「なんだよ……お前も食べたいのか」
あれっ。
こいつのことは怖いはずなのになんで自然に誘ってしまったんだ。
「えー? どうしよっかなー?」
そう言いながらうきうきした動きでウサギがプリントされた巾着袋を取り出す。
うれしいけどなんか変だ。俺よりイケメンなやつはこのクラスにごまんといる。
それなのになぜ俺だけに仲良くしてくれるんだ?
やっぱり、気付いているんじゃぁ……。
「おーい、佐々木さーん。椅子借りていいー?」
「いいよー」
いとも簡単に許可を得て愛夢は俺の前の席を陣取り、後ろ向きに座った。
弁当を俺の席に置き、「いただきます」と丁寧に言う。
「……ん?」
「ほーら、康太もっ。いただきます、言って?」
お前もやれ、みたいな瞳をしてきたので、口に詰め込んでいた米をごっくんと胃に押し込み、
「いっ……いただきます」
「よし」、と自慢げに言って蓋を開けた。
中には、いかにもこれが女子だ!とでも言いたげな野菜たっぷりの肉少なめプチトマト2個のかわいらしい中身だった。
ついでに、特に意識していなかった俺の弁当の内容を見てみる。
肉たっぷりの野菜が少々トマトなんて存在しない、見事な茶色の世界だった。
「うげぇ……」
その落差に思わず嗚咽に近い声を出す。
その声に「どうしたの?」とレタスをはむはむと食べながら訊いてきた。
レタスうまそう。
「いや、色の落差がひどいなって……」
喉仏が上下に動き、中身が無くなった口から出てきたのは、
「確かに、でもおいしそう」
愛夢が舌なめずりする。
遺憾にもその姿にちょっと興奮してしまった。
いけない、いけない。
なんとか感情を押し付け、肉を一切れお箸で取って、
「はい、これあげる」
「いいの?!」
周りの目が気になるから、冗談気分で言ったはずなのだが……。
そうこうしているうちに、
「いっただきま~す」
「あっ」
お箸ごと強奪されて愛夢の口に入っていた。
「ん~、おいし」
手でほっぺを抑えながら感想を言ってきた。
実にかわいらしい。
しかし、なぜこうもアニメとかラノベにありそうな展開が続いているのだ。
普通なら、常人ならこんな人間には深くは関わろうとしないはずだろ?
俺は考え事をしているのがバレないように返されたお箸を気にせず自分の弁当を食べる。
しかも外身は犯罪者で、中身は別人だ。
消されるべき人間で、抹殺されるべき人間だ。
そこまで思考して、俺は一つの近似解を閃いた。
俺はまだ気づかれていない、のではないだろうか。
俺は昨日の朝に射殺シーンに偶然立ち会ってしまった人間である。
その場にいた自称お母さんを含む彼女たちは俺を転移していない人間だと認識しているから、当然射殺なんかはできない。
ゆえに機密を言わないかどうか監視をしているのではないだろうか。
なるほど、それならこんなに寄り添ってくるのも説明が付く。
と、いうことは俺は今、愛夢よりも優位な立場にいるな。
多少変なことを起こしても、心境の変化とかで言い訳できるんじゃ……。
「……ねぇ、どうしたの? お箸が止まってるよ?」
思わぬ発見に喜びを声に出そうとしたところに愛夢の声が響く。
「あ、いや、ちょっと、食欲制限でもしようかなって考えてた」
あっさりと嘘をついてみる。
「そう、じゃあこれあげる」
そう言って差し出してきたのは彩りの主役のプチトマトだった。
こいつ、掴みにくいから渡してきやがったな。
「これ、掴みにくくない?」
「だいじょーぶ、いけるいける」
俺が悪戦苦闘しながら指先に神経を巡らせてようやくお箸の上に乗せることに成功する。
そして、俺が口に運ぼうと箸を動かすと――
「坂東康太! 今すぐ相談室まで来なさい――!」
バンッと扉を開けて昨日の先生が入ってきた。
もうやだ、この学校。
2
「付いてきなさい。今度は校長先生もご臨席しているから、正直に言うんだぞ」
「……はい」
まるでSPのように俺の身の回りに先生が張り付きながら話した。
到着するまですこしばかり時間がある。今のうちに状況を整理したほうがいいかもしれない。
このイベントの成功の有無でやることリストの達成可能性が薄れるかもしれないから準備するに越したことはないだろう………。




