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遥かな場所で  作者: 生野紫須多
第一章 旅立ち編
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007話 契約


「…………」


深い眠りから覚めて、俺は目を見開く。


「………………あり?」


目の前に見えたのは岩だった。 

俺は頭の中を反芻する……までもない。


「おお、生きてる……!!」


どうやら俺は九死に一生を得たらしい。良かった、さすがにこんなに若いまま死にたくはない。

安堵感に浸りつつも辺りを見渡す。周りは岩壁、壁を辿ると大きく開いたその向こうに木が覆い茂っている。


洞窟だった。洞窟の入口付近。外は森の中。

なんで俺はこんなトコにいるんだろう? 川に流されたよな?

川の中で意識を失ってしまったのを覚えている。なのに何故洞窟で目を覚ます?


「…………ダメだ、わからん」


少し考えてみたがわかるはずもなく、俺は溜息を吐いた。


いや、しかし、あれだけの傷でよく助かったなぁ……って、えっ? あれ? あれれ? あれれれ?

脇腹を触る、右腕を触る。そこにあるはずの大きな傷はなかった。傷跡さえも跡形も無く消えている。

き、傷がない!? そんな、バカな。え、なに……やっぱり全部夢だったのかっ!!??


あわわわわっと、なんというかパニックに陥る。客観的に見てもかなり混乱してるね、今の俺は。


「……なにをしておるのじゃ、ぬし


はっと我に返る。降って沸いた異物。俺以外の声。


「えっ……猫?」


気付けば俺の傍に猫がいた。

いや、今喋ったのはこいつか? 本当にこいつは猫なのか?

パッと見は普通の白猫…………今の所はネコだ…………どう見てもねこである。


「?????」

「……まずは落ち着くことじゃ、深呼吸するがよい」


その猫が何かの音を発した。でもたぶん俺の聞き間違いだろう。

それが人語みたいな音の連なりだったために、偶然俺の脳が間違えて解釈してしまっただけに過ぎない。


「……………………」

「……聞こえておるか? 深呼吸じゃ」


……違うんだ、きっとこれはまだ夢の中なんだ。だから早く目を覚まさないと……。


「……大丈夫か? もしや、まだ傷が痛むのか?」

「……………………」

「何か言ったらどうじゃ?」

「……すまない。もう少し時間をくれないか?」

「……うむ」



――で、数分後。


「悪かった。見苦しい所を見せてしまったな」

「まったくじゃ、何を驚くことがある」


内心はまだ落ち着きを取り戻してはいなかったが、なんとか冷静を装えるようにはなった。

もう俺の知っている常識は此処にはないんだな? だったら在りのままを受け入れようではないか。


「知っているか? 猫って喋るんだぜ?」

「まだ混乱しておるのか、情けないのぅ。主はそれでも勇者か?」

「それ違うから」


目の前には一匹の白猫がいる。

矢鱈と偉そうに喋っていらっしゃるが、この世界ではこれがデフォルトって事にする。

色々とショックな事が多すぎて、目が覚めた時の安堵感は既にどこかへ消え去ってしまっていた。


「まあなんだ、おまえは一体何者なんだ?」


気を改めて、思った事を直球で聞いてみた。


「儂はアルメキス聖殿の守り神じゃよ。今はもう、遺跡となり忘れ去られてしまっておるがな」

「……………………」


OKOK、言ってる意味が全然理解できない。だが今の俺は正常である。おかしいのはこいつの方だ。


「な、なんじゃその眼は。信じておらぬなっ? 言っておくが主を助けたのもこの儂なんじゃぞっ!」

「え……マジ?」

「傷が治っておるじゃろ? 中の方はまだ完全に治ってはないが、あと数日もあれば完治するはずじゃ」

「そ、そうだったのか……ありがとう。おかげで助かったよ」

「わ、わかってくれたなら良い」


どうやら傷はこの猫様が治してくれたようだ。いや、こいつの言葉を信じるなら神様か?

よくよく見れば服とか破けてるしな、夢ではなかったんだ。俺も混乱してたから分からなかったぜ。


「でも、あれだけの傷がよく治ったな。それって魔法だろ?」


医者要らずじゃねえか、魔法凄すぎ。


「うむ。……実は、そのことで話があっての」

「ん、なんだ?」


なんかちょっと言い辛そうにしてるんですけど……俺、なんかやっちゃったのか?


「その、なんじゃ。ちょっと儂と契約してもらいたいのじゃが……」

「契約? おいおい、金なんてもってないぞ?」

「ち、違うわ!! 儂と契約をな、む、結んで欲しいのじゃ!」

「???」


意味がわからん。契約とはなんだ、そして何故こいつはこんなにも緊張している。


「意味がわからん」


俺は正直者だ。


「詳細な説明をおまえに要求する」


そして俺は神さえも恐れない……!


「う、うむ……」


話を聞くに、俺を死の淵から助けるために多大な魔力を使ってしまった。(あれ? 強気で出ても怒らないぞ?)

そのせいで力が無くなり、今の姿で顕現しているのも無理をしてるらしい。(本体は精霊の類なんだと、少し神様っぽい)

自分の存在する力も弱まっているので、このままでは消えてしまうのも時間の問題。(魔力を回復できないってことかな?)

そこで俺と契約を結ぶことによって、俺の生命力(魔力?)を貰い一命を取り留めたいということだ。ふんふん、なるほど。


「契約ってのは安全なのか?」


さらに契約のことについて触れる。


「うむ。試したことはないが、心配することはない」

「……試したことが、ないだと?」


心配することは山のようにあった。


「だ、大丈夫じゃ! 命の心配はいらん!」

「ほ、本当だろうな……」


不安だ。果てしなく。未知のもの程怖いものはないのだが……だが然し、だが然し、だ。

俺はこの猫神様に命を救ってもらっている。それなのにこいつを見殺しにすることなど出来るのか?

それにここで断ったりしたら、後々後悔することになりはしないだろうか? だとすれば俺はどうしたいのか?


…………おし、決めた! というより、たぶん答えは一つしかないだろう。


「それじゃあ、その契約とやらを結ぼう」

「ほ、本当かっ!? 良いのじゃなっ!?」

「ああ」


ん? 意外と喜んでるな……って、自分の生命がかかってるんだから当然か。


「んで、契約ってのはどうすればいい?」

「主が儂を受け入れてくれれば良い」

「はあ? だから、それはどうするんだって訊いてんの」


そんな取り留めのないことを言われてもわからない。

おまえの命がかかってるんだろっ!? そんな適当でいいのかっ!?


「目を瞑ってみるがよい」

「目を瞑るのか? それで、次はどっ!? ぇ――――」



「ん?」


気付けば立ち上がっていた。というか、さっきと風景が変わっている。この景色は……どこかの屋上?

周りはなんだかボヤっとしていて奇妙な感じだ。俺以外の時間が止まっているような浮遊感、まるで夢の中にいるみたいだ。


「ここはいったい……?」

「それは主が一番知っておろう。ここは主の精神の大源、要は心の中にいるのじゃからな」


背後の声は猫神のものだった。だからてっきり、其処には白猫が居るのだと思っていたのだが――。


――俺は振り返って絶句する。


其処には銀色の髪を振り撒く美少女が佇んでいた。


「…………ふっ、俺はもう大抵の事には驚かん」


一瞬思考は停止したが、先程の戒めもあってなんとかスルーする。

それに、俺にはなんとなくこの美少女の正体が猫神なんだと理解できた。

まあ改めて考えてみても、このタイミングでの登場は猫神しかいないだろう。猫神の声だったしね。


「むぅ、なんじゃつまらんのぉ。この姿を見れば、主ならもっと取り乱すかと思うたのじゃがな」


残念そうに眉を捻る美少女。

それがあの白猫だとわかっていても、俺の受ける印象は想像以上である。


真っ先に目を引くのは、彼女の白銀に光るその真っ直ぐな長髪。

肌は白磁のように繊細で、触るだけでも勇気がいりそうなほどだ。

巫女服のような神聖な衣は彼女の豊満な曲線美を見事に飾り、煽情的な雰囲気を醸しながらも近寄りがたい神々しさを纏わせている。

それだけでも十分魅力的だが、顔の造形も人には有り得ないほど整っていて、“美しい”という言葉はまさに彼女にこそ相応しかった。


つまり俺が何が言いたいのかと云うと、彼女はとんでもない美少女であるということ。

因みに今の俺の網膜は普段より150%増しの解像度で働いていると思われる。(当然、ガン見だ)


「それが、本当の姿なのか?」

「うむ。元は猫じゃがの。長い間人間に祭られておった故、霊体が人型に近づいたのじゃな。……くふふ、どうじゃ、主の好みか?」


なんて言えばいいだろう……存在感というか、威圧感が半端ない。

話しているだけで、何かがズンズン飛んできて気圧されるんだが……。これは慣れるしかないのか?


「あ、ああ。確かに好み(ど真ん中)だ。……けどひとつ疑問がある、実際は何歳なんだ?」

「っ!? …………よ、四百じゃ」


小鳥の啼くような声だったが、かろうじて聞き取れた。四百て……すごいな、おい。

って、俺としたことが女性に年齢を尋ねてしまうとはっ!? ビビって紳士にあるまじき失態を……!!


「ん、何か言ったか? ああ、でもなんでそんなに綺麗なんだ? 今まで俺が見てきた中では一番美人だぞ」


とりあえず年齢は聴かなかった事にして誤魔化した。

ついでに俺の言った事はこいつが精霊なのに、ということ。どうもここは俺の心の中らしい。

だからその姿は、もしかして俺の理想でも盗み取って投影しているのではないかと勘繰ったのだが……。


「い、一番かっ!? まま、まぁ主の方も、なな中々に見所があるのではないか? ///」


……やっこさん、素で照れていらっしゃる。しかもそれを隠そうとしてそっぽを向いて……くぅ、やばい。

確かに俺も気後れして赤裸々に語りすぎたかもしれないが、美少女にそんな反応をされると、俺の理性が崩壊してしまいそうだぜ。


「そういえば、此処が俺の心の中って云わなかったか?」


ちょっと魅力が有りすぎて困るので、話の矛先を変える。


「そうじゃ。この場所が主の心の拠り所となっておる。此処を見て主も思う処があるじゃろうて」

「う~ん。この屋上がねぇ。………………あーー……」

「じゃろう? それが主の在り方に強い影響を与えておるのじゃ」


強い影響……ね。…………そう云われるとそうかもしれない。否、でもあれはなぁ…………。


「う~~~む~~~」

「……まぁ良いわ。それより契約じゃ。此処で主が儂の力に触れれば、後はこちらで出来るのじゃが……とにかくやってみるかの」

「ああ、頼む」


そう云うと、猫神が発光し始めた。

うわっ、眩しすぎて直視できない。ちょっ、そんな点滅するなよ……目に悪いっ!


「……ふぅ。主よこれに触れるのじゃ」


目を開くとそこに光の玉が浮かんでいた。


……これに触れるのか。火傷とかしないよな? なんて考えつつ恐る恐る右手を伸ばす。


「……っと、おおぉ~温かい……! これでどうするんだ? 猫神様よ」

「ん? ……ああ、まだ名乗っておらなんだか。否、人と話すのは久しぶりじゃからの、忘れておったわ」


フッと彼女が微笑む。く、元は猫なのに可愛いじゃねえか。


「名乗る? 猫神が名前じゃないのか?」

「儂がいつそんなことを云うた?」


正直言って、何か言っていないと吸い込まれてしまいそうな程だ。


「いつって……あれ? 云ってない?」 

「まったく……覚えておくが良い」


ああ、絶対覚えておく――。心の中でそう誓った。


「――我が名、ディズ・リング・ベルターシュ。主と契約を交わし、主と契約を共有する者じゃ」


その直後、俺の中の何かが膨張していくのを感じた。

それに伴って光の玉の輝きが増してゆく。ほとばしる力の奔流。

俺でさえも感じ取ることのできる魔力の集中に、しかし恐怖感などない。

寧ろ温かさで満たされていくのが心地良かった。心と身体でそのことを体感する。


そうして俺と彼女は繋がった。



☆★☆★



「おっ!? ……戻ってきたか。っはは、此処では猫のままなのか」


覚醒すると辺りは洞窟に変わっていた。視界には一匹(一人?)の白猫がいる。


「契約は終わったのか?」

「うむ。これで儂も消え去る心配は無くなった」


消え去る心配、か。

俺を助けなければそんな心配はいらなかったんだよな。と、今さらながらにそう思う。


「なぁディズ、なんで俺を助けたんだ?」


そのときの俺は軽い気持ちでそれを訊いた。


「……何故か、何故じゃろうな。借りがあったから、かの」


答えたのは思い出を懐かしむような優しい声だった。


俺はその・・理由の方が気になった。


「借り?」

「うむ。……一寸ちょっとした借りがな」


――それは、自分の命を危険に晒してまでの?


それっきり、ディズは黙ってしまった。


だから俺もこれ以上訊くことはしなかった。



「なぁ、ちなみに俺の名前は知ってるか?」

「主の名はミナセ・アキヒトじゃろう?」

「俺、名前云ったっけ?」

「うむ。間違いなく云っておったぞ」



ここでの神って云うのは精霊の上位格ってことで。


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