008話 今は目先の問題
ぐうううううううぅぅぅ…………。
現在南東に進路を取りつつ行進する男一名、猫一匹。
真上に昇った太陽の下、延々と一本道を歩き続けている。
ぎゅううううぅぅぅぅぅ…………。
「……まだか、まだなのか」
嘆いた。どこか足元もフラフラしている。
真っ直ぐ歩こうと足を踏みしめるが、力は入らなかった。
と云うのも実は俺、あの洞窟で丸一日ほど寝込んでいたらしい。
考えてみると俺はこの世界に来てから何も食っていないわけで。
計算して丸二日間、ろくに食事も摂っていなかった。力など入るはずもない。
契約した際は空腹に気付かなかったが、今では腹の虫が絶えず鳴りまくっている。正直、そろそろ限界なんだけど……。
「まぁ、もう少しじゃのぅ。耐えよ」
ディズは前を向いたまま尻尾を振ってそう応えた。
俺はガックリとうな垂れながら、身体に鞭打ってひた歩いていく。
話しによると、この一本道を往けば何やら町があるらしい。
らしいと云うのは、ディズは四百年間も守り神をやっていたせいで世情に疎くなっていたのだった。
ただ、人の気配の流れ? みたいなものを感じるらしく、近辺に人が沢山いそうな場所は大まかにわかるという。
……まぁ神様のお告げだ、間違いはないだろう。
あと、気になってた雅樹やおっさんのことをディズに聞くと。
「たぶん、無事じゃと思うぞ?」
なんて言葉が返ってきた。
なんだか俺の知らない一部始終をディズは見ていたようで、詳しく説明してくれた。
まずはおっさん。俺達と別れた後、青髪と戦っているとそこに姫様が駆け付けてきたらしい。
その一瞬の隙をつかれておっさんはやられたようで、それまでは寧ろおっさんが有利だったんだと。(結構強かったんだな)
んで青髪は俺達を追って森に、姫様はおっさんの治療に当たる。(あれだけの治癒魔法を使える者はそうはおらんぞ、とのこと)
雅樹は俺が流された直後にあの氷に貫かれて……あれ、痛かったよなぁ。
あと例の女はさらに青髪にも攻撃したようだ。(仲間だと思ってたんだが違うのかな?)
そして女が去ったすぐ後に姫様到着、たぶんおっさんが意識を取り戻して姫様に俺達のことを伝えてくれたんだろう。
ディズが見たのはそこまでだが、おそらく雅樹も姫様の治癒魔法のおかげで助かっているはずだ。
あれ? ……俺、飛び込まなくても助かってた?
まぁ言いたいこともあるけれども、二人が無事だったことにホッと一安心。
「あっ、でもあっちは俺が死んだと思ってるんじゃないか?」
「そうじゃろうな。会いに行くのか?」
どうする? とディズが問いかける。
「……ひとつ聞くけど、奴らの狙いって俺達……勇者だよな?」
「うむ、そのようじゃったな。何故かはわからんが、主等がいては都合がわるいのじゃろう。また新しい魔王でも生まれたのかもしれん」
「はぁ、いきなり命を狙われるとは……。でも情報早すぎじゃないか? 召喚されてすぐだぞ?」
「確かに少し引っかかるがの。しかし奴も、まさか主等が生きているとは思うておるまいて」
それはそうだ。俺だって死んだと思ってたからな。ディズが助けてくれなければ死んでいた自信がある。
「そこだよなぁ……また生きてる事が分かれば襲ってくるだろうし。雅樹達には悪いけど、目立つ行動は取れないよな」
「ふむ、主の黒髪は目立つと思うぞ?」
「え、ああ、黒髪っていないんだっけ? んじゃ染めるかぁ……おっ! あれ町じゃないか!?」
「そのようじゃな」
なんだかんだで、話してると町に行き着いたようだ。
とりあえず、町を散策。探すのはもちろん飲食店である。
まずは腹ごしらえをしなければ……って、そうだった! 金持ってねぇよっ!!
「ディズ、一応聞くけどお金は?」
一応だ。だってこいつ裸だもん。
人は万に一つの可能性に縋らなくてはならない時もある。
「そんなもの持ってはおらんぞ」
……だろうな。聞いた俺が馬鹿だった。
然しどうする? このまま行き倒れていろと?
否、そんなことになるくらいなら俺は無一文でも飯屋に突撃してしまうかもしれない。
「飯はっ!? おまえだって腹くらい減るだろ!?」
まさか精霊は腹が減らないとでもいうのかっ!?
「金がなければ飯は食えない。飯が食えねば俺は生きてはいけない。俺が生きていけねばおまえも生きてゆけない……」
恨みったらしく口上を述べる。今にも倒れそうな俺に出来る唯一の攻撃だった。
「まぁ、そう急くな。……ほれ、着いたぞ」
「? なんだここ? 飲食店か?」
「ギルドじゃ」
えっ? と思いながらその建物に入る。
バカでかい入口を通ると、中にはテーブルと椅子が沢山並んでいた。
ちらほらと剣や槍など、物騒な得物を装備している人達が座っている。
パッと見酒場みたいな所だが、奥の方に受付があった。お嬢ちゃんがカウンターに佇んでいる。おお、可愛いぞ。
というか、もしかしたらとは思っていたが、本当にあったとは……ギルド万歳!
「でも金がないぞ? 飯も食えないし、依頼とかも受けられないんじゃないか? 何しに来たんだ?」
「渡しておいたモノがあったじゃろ? あれを売るのじゃ」
「え? あれ売れんの……?」
ここに来るまでに、ディズから預かっていたものがあった。
何かの尻尾のような……何これ、売れるの? と、半信半疑で受け付けのお嬢ちゃんに渡す。
「はい、納品ですね。ジャンゴの尻尾3つで銀貨6枚になります。よろしいですか?」
「は、はい」
銀貨6枚を受け取る。ジャンゴ(?)の尻尾だったのか……契約の記念か何かだと思っていたのがちょっと恥ずかしい。
しかしジャンゴやら銀貨やら訳が分からないので、テーブルに着いて質問タイムだ。勿論、空腹なので出来るだけ簡潔に。
「ジャンゴとはこれ如何に?」
「野犬のような魔物じゃ。主が寝ておる時に現れての」
へぇ~、そんなことがあったのか。そういえばまだ魔物って見てないな。
「銀貨とはこれ如何に?」
「通貨じゃ。儂の記憶じゃと銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚じゃな。まぁ質は多少違っておろうが……」
「と、いうことはメシは食える?」
「うむ。だいたい一食が銅貨10枚じゃから、余裕じゃのぅ」
銅貨10枚で一食ね……一食1000円くらいとして、銅貨1枚が100円か。銀貨6枚だから……えっ、6万? マジっ!?
「メシを食おう!」
とにかくお腹が限界だったので、食べ物を頼む。
少し意外だったがギルドは色々とサービスも充実していた。
店内での飲食は勿論、併設して宿屋や武器屋などもあるみたい。(他にも多数)
『旅の方にはより取り見取り、ぜひギルドをお贔屓に~♪』と爽やかな笑顔のウェイトレスさんが仰っていた。
因みにメニューはあったが俺はまだこの世界の文字(ベルバ語だっけ?)を読めないので『オススメで』と答えた。
ディズは何を頼んだのかというと、“ギョゲル”という未知の魚(名前はあれだが、美味しいらしい)を俺に頼ませた。
「お待たせしました~。『アリアドマの唐揚げ』と『ギョゲルの塩焼き』になりま~す♪」
「きたきたきた~!」
「では、ごゆっくり~♪」
カツカツと颯爽に立ち去っていくウェイトレスさん。(言っておくがミニスカートだ!)
彼女のその素晴らしい後ろ姿を拝んでも良かったが、今の俺は切羽詰まっているので料理を拝見。(その後見た)
さて、いよいよお待ちかねの飯の時間だ。
この世界の食べ物は、はたして俺の舌を満足させることができるであろうか。
「見た目は……ふむ、鳥の唐揚げに見えなくもないな」
まず、食は見た目から入る俺である。
このアリアドマという謎の料理、オススメというからには人気のメニューなのだろう。
唐揚げ、という所が味噌だが、やはり鳥系(そこからしてわからない)なのだろうか?
「それでは一口」
パクッと食べた。
「なかなかやりおるっ!」
普通に美味かった。味は鳥の唐揚げと似たようなものだ。
「こちらも美味じゃぞ」
これはディズの言葉。見ると既に魚の頭が無くなっていた。
白猫が美味そうに魚をパクパクと食している。あれ? そういえば猫に塩ってダメじゃなかったっけ?
「塩味が良く利いておる、味わい深いのぉ」
白猫が美味そうに魚をパクパクと食している。…………いっか、精霊だもんな。
俺は気にせず、自分の料理を平らげてることにした。
☆★☆★
「さて、これからどうする?」
俺はベッドに腰掛け、天井を仰ぐ。ディズは枕の上に陣取っていた。
昼食も終わって宿を取った俺達は、何をするも無くただ安穏と寛いでいた。
「主の友人に会いに行くのではないか?」
「ん~、まぁ出来ればもう少し落ち着いてからかな。この世界の文字も覚えておきたいし、魔法にも興味がある。帰る方法を探すにしても、他にやることは沢山あるから」
お金は手に入ったけど、それも心許ない。それにいつまた命を狙われるか分からないしな。
せめて自分のことは自分で守りたいのだ。せっかくギルドがあるんだし、これを活用しない手はないだろう。
「……では先ずは文字の習得じゃな。まぁ主は言葉は喋れるのじゃから、そう難しくはないであろう」
町でいろいろと文字を見たが、アルファベットに似た感じのものだった。
ハッキリ言って勉強などほとんどしたこともないが、頑張ればなんとか覚えられそうではある。
「そうだな。あとは臨機応変に……ああ、ディズは魔法できるよな?」
「多少はの、それも後で教えてやろう」
魔法。それは俺の世界では空想上の奇蹟だった。
だけどこの世界ではありふれたものらしい、それはなんて魅力的なんだろう。
「あざっす!! お願いします師匠!」
「うむうむ。苦しゅうないぞ、面を上げい」
なんだか少し楽しくなってきたな、と思う。
最初この世界に来た時は不安でいっぱいだったのだが、今は不思議とそうでもなかった。
異世界にファンタジーなんて、誰でも一度は夢見たことがあるだろう。そして、そんな世界に今俺はいる。
元の世界に帰りたい気持ちはやはりあった。向こうにも面白いことはあるし、恋人はいないけど大事な人だっている。
だからいつかは帰りたいと思ってる。そのためには帰る方法を探さないといけない。そう、これはその方法を探す旅。
だけど、少なくともその方法が見つかるまでは、この世界を堪能してみるのもいいかもしれない――。
単純にそう思う俺がいた。
きっとたった一人でこの世界に来ていたら、もっと絶望していたはずだ。
でも独りじゃなかった。最初は雅樹が、今はディズがいてくれる。今は雅樹にも姫様がついているだろう。
そう考えると俺達は案外恵まれているのではないか。そう思えるのが何よりの証拠なのだと、そう感じていた。
不思議な気持ちが沸き上がってきている。あまり感じたことのない穏やかな気持ち。
楽観的な部分もあるんだろうけれど、なんとかなりそうな気がした。
たぶんこのままいけば、俺は地球に帰れるのではないだろうか。
根拠はない。確証もない。それでも――。
――――そんな気がしていた。




