006話 夜の終わり ~秋人編~
あの後、男が意識を取り戻すと厄介なことになるので、雅樹と試行錯誤して縛り上げた。
作業中は必要なこと以外は喋らずに黙々と作業していたが、別に話すことがなかったわけじゃない。
男を縛り上げるなんて、そんな経験はしたくなかった。だからちょっとブルーな気分だったんだ。わかるだろ?
雅樹が俺と同じ気持ちでいたであろう事を切に願う。
途中何度か訊いてみようかとも思ったが、藪蛇だったらと思うと恐ろしくて訊けなかった。
そして雅樹と今後の予定を話す。
俺は雅樹がソワソワしているのを見て、見張り役を提案してみた。
ついでにもしこいつが目を覚ましたら、さっきのストレスを解消できるからな……いや、正当防衛の範囲だ。
そうしていると、突然端から声が降ってきた。
少し既視感を感じながら、視線を向けるとローブ被った怪しい人物が。
そいつを雅樹が問い詰める。
「死にゆく者に、答えはいらない」
女がそう言った瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。
普段は機能することのない野生の勘が、狩る側と狩られる側を即座に嗅ぎわけた。
肌を伝う殺気が俺を丸呑みにする。まるで本当に身体を掴まれているような感覚に、絶対的な恐怖が俺を襲った。
「――死神」
脳裏を掠めたイメージに、思わず声が漏れる。
「嘶け、氷の尖槍」
女が魔法を唱える。やばい、たぶん食らったら死んでしまう!
あっという間に女の傍に二つの氷の槍が出来上がった。急がないと間に合わない! 動け俺っ!!
俺は氷が飛んでくる前に、必死になって逃げた。
「――あ」
逃げた先に雅樹がいた。だが気付くのが遅すぎた。
俺は雅樹に体当たりしてしまう。ごめん雅樹!! そう思った直後、俺は激痛に見舞われた。
「――っ!!!」
いっっっってぇぇえええええええええ!!!!!!!
あまりのショックに声は出ていない。身体のどこかが爆発したみたいだった。
痛すぎて何が起きたのか理解するのに手間取る。まあ、脇腹と右腕に氷の槍が突き刺さっていたわけだけど。
やられたんだ、と思うと急に吐き気が込み上げてきた。反射的に全身に力を込めてそれを我慢する。
その時、倒れていた雅樹と目が合った。大丈夫かと言おうとしたが……くぅぅぅ、今取り込み中だ! 何も言えねぇ!
「――――氷の花」
すると、耳に届く女の声。
魔法を唱えた死神の言葉に、俺は死を強く実感する。
しかしそれが逆に作用し、俺は冷静さを取り戻すことになった。
体に刺さっている氷が微かに振動していた。それは氷が破裂する前触れだ。
――何故か、そんなことが解った。
腹が爆発したかような衝撃に、足元がぐらつく。しかし今の俺にはどうする事もできない。
――このままでは二人とも殺されてしまう。
腕が俺の意思とは関係なしに飛び跳ねた。
――俺にできることはないのか考える……何もなかった。
バランスを保てずに体が倒れそうになった。ここで倒れたら、きっと止めを差される。
――それなら。
力の限り体を捻った。地面に倒れそうだった俺の体は、横に流れる川に向かって軌道を変える。
もう後先なんて考えなかった。俺はただ生き残る可能性が高い選択を選ぶ。それが正解かはわからないが。
――あっ! そういや雅樹が残ったままだった!!
最後に忘れていた友を思い出し、舌打ちする。
――わりぃ、雅樹。
死ぬのは俺の方が先かもな、なんて思いながら俺は川の流れに飲み込まれていった。
◇◆◇◆◇◆
どれだけ流されただろう。最初のうちは溺れないように必死だったが、それも慣れてきた。
しかし今度はだんだん意識がぼやけてくる。仰向けで流されながら、それでも俺は残る頭の片隅で思考を続けていた。
「ぁぁ、寒い」
夜の川に晒されて体温が奪われていた。たぶんにケガのせいもあるだろう。
……どうにもうまく思考が働かない。視界も霞んできた感じがする…………眠い……。
ここで眠れば間違いなく死んでしまう。そんなことはわかっている。それでも猛烈に眠かった。
こういう時はどうすればいい? 必死になって考えるが、どうしても眠気が阻んでくる。
ダメだ、目を瞑るな。眠ったら死んでしまう、あぁでもマジで眠い。眠い、眠るな、眠い……。
と、俺が意識を手放そうとしたその時――。
――トンッと何かが胸の上に降り立った。
「…………?」
少し疑問に思ったが、その間にも体は重くなっていく。
「まったく、無茶をしよる」
薄れていく意識の中で、誰かの声を聴いたような気がした。