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遥かな場所で  作者: 生野紫須多
第三章 闇の胎動編
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057話 再会のあとで


あれから、漸く落ち着きだした主と一緒にシアを丁重に弔った。

主の世界では火葬が一般的だと聞いたが、この世界では土葬の風習が強い。

それ所か埋葬されない遺体も少なくはないので、シアは看取る者がいただけ救われたと思う。

死んだ時に、悲しんでくれる者がいる。泣いてくれる者がいる――――。

それは、本当に尊ぶべきことだ。

忘れられないのだから。

死んだ後も、ずっと覚えているのだから。

その存在は、恐らく一生かかっても消えることはないのだから。


――そう思うのは、儂がそれを望んでいるからだろうか。


…………。


その後一旦、シアの宿へと帰った。

シアから主へ渡すよう、別れ際に託された物があったからだ。

何故シアがその本を持っていたのか……驚いたが、考えてみれば何もおかしな事はなかった。

それが、主との繋がりだったのだ。


夜が明けるまで、主は黙ってそれを読み続けていた。

きっとそこには、シアが主に伝えたかったことが書かれてあったのだろう。

本に書かれた内容を儂は見るつもりはなかった。それは、主だけに宛てられた物のように思えた。

一晩経ったことで、主は平気な顔を見せるようにはなったが、依然無理をしていることは明白だ。


……シアにとって主はどれほどの存在だったのか。

勝手な憶測でその想いを語ることは出来るが、それは愚かとしか言えないだろう。

真実は失われてしまった。どれだけ想いを語っても、どれだけ言葉を尽くしても、もう誰にも届かない。

儂の語る言葉には、シアの想いは重ならないのだから。


ただ主が心配だ。

身体も、そして心も。まだこんなにも傷ついているのに。

成り行きは既に、危惧していた方向へと、向かい始めている。

止められるものなら、止めたい。主には危険に身を投じるような真似を、してほしくない。

しかし儂に主を止めることはできないだろう。それを、今回の一件でまざまざと思い知らされた。

無力だった自分が、例えようもなく悔しい。

主を傷つけるつもりなどなかったのに、そんなことさえ叶わない。

果たして主を止めるのが本当に正しいことなのか……今の儂にはもう、わからなくなってしまった。


このままでは主がボロボロになってしまうのではないかと不安になる。

自身が傷つくことも省みず、まるで使命であるかのように目的に向かっていく主を見ると、そう感じざるを得ない。

主が無事であってくれるなら喜んで付き合うが、現実はそうであってくれないだろう。

仮に主を止めることができたとしても、それで主が傷つかない保障など何処にもない。

……何れ来るだろう未来を思うと、時々無性にたまらなくなる。


――それでも。


やれることは決まっているのだ。

主が傷つき、それでも前へ進むもうと言うのなら、儂が護ろう。

主が悲しみ、独りで挫けそうになっているのなら、儂が支えになろう。

主が迷い、どうすることも出来ないと言うのなら、儂が主の背を押そう。

それくらいは出来るはずだ。

……してもいい、はずだ――――。





一夜明けて。


例の連中はもうこの街にはいないだろうという結論に達した。

夜中あれだけ動きまわったにも関らず奴等に感知されなかったのは、運が良かっただけとは思えない。

街の警戒網も随分と厳しくなっていたようだし、この状況で俺達を狙うのは得策ではないだろうとはディズの意見。

よって体調もある程度(と言ってもまだ歩ける程度だが)回復した所で、俺達はキャルル邸へと向かうことにした。


本当はもっと早くに向かうべきだったのかもしれない。

闘技場の件も気になってはいたのだが、事実ほったらかしにしていたわけで。

俺も姿を眩ましたことで色々と面倒なことになっているかもしれない……と、やや義務感に押されて急いだ。

それに雅樹達とも出来るだけ早く合流しておきたかったこともある。


なので。


俺はそこまで気が回っていなかった。

まさか俺が事件の重要参考人として身柄を捜索されていたなんて……。

厳重な警備のキャルル邸に到着したと同時、有無を言わさぬ大歓迎を受けるとは思いもしなかった。(確保だってさ)


「本当に、心配しましたわよ。一体何が――」

「ほらほら、そんなことはいいから早く案内しようよ。二人とも疲れてるでしょ? 取り敢えず休めるようにはしてるから」


で、あれよあれよと言う間に俺達は屋敷のベッドに放り込まれて軟禁状態だ。

怪我の治療もあるので、どうやら表向きは養生ということになっているらしいが……。

いや、別に不満はないのだ。キャルルやミズリーの様子を一目見ただけでも俺達を心配してくれていたのだとわかったし、用意された部屋もファーストクラスでとても快適だ。

だから、皆が心配してくれていたのは素直に嬉しく思う。


「うん、それはいいんだが……」

「? 何だ、腹でも減ったか?」

「いや、今はいい」


……嬉しく思うのだが、なにも、寄ってたかって俺を囲い込むことはないじゃないか。(全然落ち着けない)


「あとでニコラス様とも面会してもらう。何があったかはそこで詳しく話してもらうことになるが、いいな?」

「拒否権とか」

「ないぞ。いちおう体調は問題ないかと聞いているだけだ」

「ああ……うん、大丈夫」


ならばそう報告してくると、リーファさんが部屋を出て行く。

あとはこの部屋に溜まっている警備隊の人とか、傍に控えているメイドさんとかも出て行ってくれると嬉しいんだが。

つか、雅樹達に伝言をと思ったのだが、肝心のキャルル達が居ない。


……いや、別に誰に頼んでも一緒か。


俺がそう思った時、突然部屋の扉が大きな音を立てて開いた。

何事が起きたのかと、その場の視線が一点に集中する。

果たしてそいつは俺を見るなりこう言ったのだ。


「コノヤロウ秋人! 手間かけさせやがって……ずっと捜してたんだからな!」



俺が連絡する前に向こうから会いに来てくれるとは、気が利いている。

というわけではなく、キャルル達が呼びに行ってくれたおかげだった。

何故かすでに雅樹達と面識があり、俺からある程度事情も聞いていたことで、俺達の関係には気がついていたらしい。

雅樹の黒い髪を見て、もしかしたらと思っていたのだと仰った。やはりキャルルの気が利いている。


「ったく、ようやく会えたかと思えばヒヤヒヤさせやがって。寿命が縮まっちまったじゃねーか」

「一応、生死の境は彷徨ったらしいぜ。俺の寿命は確実に縮まったはずだが……」

「まあ、無事で何よりってことだな」


と、俺の神妙なトークにも雅樹は終始ご機嫌なご様子だった。

「こいつこんなキャラだったっけ?」と思うも、よくよく考えてみればこうして俺達が話す機会はそれほどあったわけじゃない。寧ろ出会った日程だけを数えれば一日にも満たない長さである。

それなのに何故こんなにも馴れ馴れ……ああ、もうスルーでいいや。親友親友。


「本当にご無事で何よりです。私達の配慮が足らずご迷惑を掛けてしまい、申し訳ありません」

「いやいや、あれは仕方なかったことですし。俺はこうして宜しくやってるんだから結果オーライってことで」


続いて今度は姫様が話かけてくる。(ほぼ初対面と変わらん)

俺が川に流されてしまったことを言っているのだと思うが、別に姫様に非があったわけじゃない。

どちらかと言うと、俺の方がここまで捜しに来てくれたことに対してお礼を言わなければならんのではないか……と思わなくもない。


「俺の方こそお礼を言います。まさかここまで来てくれるとは思いませんでしたよ」

「いいえ、アキヒトさんが気にすることでは……それに、お礼ならマサキ様に言って下さい。私はマサキ様に付いてきただけですから」


案外、本音なんじゃないかと思う。雅樹は様付けで、俺はさん付けだし。


「あとそんなに畏まらなくてもいいですよ。私は私で、別に王女としてここにいるわけではありませんので」

「そっか。じゃあ普通にしていいかな?」

「はい。私のこれは元々ですので気になさらないでくださいね」


良かった。ちょっと面倒だったんだよな。


「エルシアはこう見えて傭兵もやってるんだ。今回の闘技場の魔物だって、エルシアが殆ど一人で片付けてくれたんだぞ」

「そうだったのか。結構な数だったはずだが……」

「わ、私たちも――」

「まあまあ、ここは抑えてルルちゃん」


近くにいたキャルルとミズリーが何やら小声でボソボソと会話する。

聞いた所によると、オスカーとモンさんは闘技場の一件で怪我を負い、今は病院にいるらしい。(マジか)

二人とも命に関わるような怪我ではないにしろ、それなりに肉体を酷使しすぎたようで。先程キースが俺の無事を彼らに伝えに行ってくれた所だ。

後で二人の見舞いに行きたい所だが、今はこっちの用件を済ますのが先か。


「そうだ秋人! お前に聞きたいことが――――」

「あまり無理をさせるでないぞ。まだ主の体調は万全ではないのじゃからな」

「……あ、ああ、悪い」


さすがだ。いまだ興奮が冷めやらない雅樹を黙らせるディズの的確なフォローに、思わず頭を撫でてやりたくなる。

だが残念かな、ディズは俺の手の届くか届かないかの微妙な位置にいるので、撫でるにはあともう一押し足らない。

ああ、それと奴は猫の姿に戻っている。やはりずっと人の姿でいるのはしんどいらしい。(無理してたんだな)


「マサキ様、気をつけてくださいねっ」

「わ、わかってる」


雅樹達は大人バージョンのディズを先に見ているので、猫バージョンのディズに戸惑っているようだ。

精霊であることも話したので、もしかしたらそっち方面で気を使っているのかもしれないが。


…………、……。


しかし改めて考えると、俺はこの件ではディズに迷惑しか掛けてないな。

俺が一番感謝しなきゃならないのは、やはりこの白猫なのかもしれない。


(よし、やっぱり撫でてやろう)


「まあ、そこまで悪くはないけどな」

「ん……」


近づいて頭を撫でてやると、ディズは少し複雑そうな表情を浮かべた。

というか、あの一件以来ディズの様子が明らかに大人しくなっている。

……まあ、理由はたぶん、俺にあるんだろうな……。


「――所で、そちらさんは?」


思考を切り替えるように、他に気になっていたことを尋ねてみた。

目を向けたのは、姫様の隣でソワソワと耳を動かしながら、ずっと俺を盗み見ている褐色の少女である。

今の今まで、誰もそこに触れようとしないのだから困り者だ。一体いつまで彼女を放置し続けるのかと、やや心配になってきた次第である。


「そういや秋人は初めてだったな。――彼女はクゥだ。えと、俺もよく知らないけど“人狼”っていう種族なんだってさ」

「アタシはクゥレン・ベルーガーって言うんだ! ヨロシク!」

「皆世秋人だ。宜しく」


やっと紹介されて嬉しかったのか、元気良く握手を求めてきた。

小麦色の健康そうな肌に大きな瞳、快活な声から、彼女は見た目通りの陽気な性格だと窺える。

人狼か……とりあえず獣耳がある以外は普通の女の子っぽい。コスプレと言われると信じてしまえるようなレベルだ。


「本当にマサキと同じ黒い髪なんだなー。触っても良いか?」

「その耳を触らせてくれるなら」

「いいぞ!」


試しに言ってみると快い返事が貰えたので、俺は頭髪を差し出すかわりに獣耳の征服に乗り出した。


モミモミモミ。……彼女の耳はとてもふさふさしている。


「きゃははははっ! く、くすぐったいぞっ!」

「え……俺の髪、毟り取るように掴んでない?」

「クゥ!」「主!」


別にふざけていたわけじゃないが両方とも怒られた。(俺の髪は助かったが)


「話には聞いてたが、人狼か……やっぱり満月の夜には変身したりするのか?」

「変身? 爪は出したり戻したりできるぞっ」

「おお凄い、爪切らないでいいのか……尻尾はどの辺りについてんだ?」

「秋人!!」「主!!」


え、単なる知的好奇心だったんだが……。


…………。


無事自己紹介が済んだ(強制終了した)所で、話は大会の話題になった。

頃合いを見計らっていたのかキャルルとミズリーも輪に加わってくる。これで俺は完全に包囲された計算。

……だがこうして眺めると壮観である。美少女達(雅樹は全力で除く)が四人、俺を囲んで歓談に花を咲かせている。……やばい、これがモテ期か。


「正式な発表はまだですけれど、優勝はアキヒトで決まりですわよ。賞金はギルド金庫に預けられるみたい。まあ、それも今回の騒動が落ち着くまで引き延ばされるかもしれませんが……」

「そういや優勝したんだっけ、俺」

「ふふん、当然のことじゃな」


俺はすっかり忘れていたが、世間では今や時の人らしい。

まさか本当に優勝してしまうとは思わなかったが……ディズの言葉が現実のものとなるなんて。

しかも賞金は金貨百枚(一億円)だ。もう一生この世界で慎ましく(遊ぶのは無理そうだが)暮らしていけるのではないだろうか……。おいおい、なんだこの充足感は。まるで一戸建ての新築マイホームを手に入れたパパさんの心境じゃないか。


「それだよ! なんで秋人が大会に出てるんだ!? しかも優勝だと!? 詳しく説明してもらおうか!」

「私も驚きました。まさか隊長に勝つどころか、あのウラトさんを抑えての優勝とは」

「ああ! ウラトさん!」


彼女の安否を確認すると、どうやら最悪は免れたようだった。

魔物の犇めく闘技場で一人爆睡していたからな……良かった。


「おいどうなんだ秋人! 俺も出たかったんだぞ!」

「アキヒト強いんだなー!」

「フフ、私に勝ったのですから当然ですわよ」

「当然じゃ! 主が負けるはずがあろうか!」


どうして雅樹を注意してくれないのかと思ったら、ディズも会話に便乗している。

く、なんとかして雅樹の注意を逸らせないものか。


「優勝は運が良かっただけだよ。ウラトさん手加減してたし。あれ、素手じゃなかったらたぶん五回は死んでるぞ」


まあ、だから素手だったのだろうが。

手を抜いていたとは言わないが、あの人は全力で戦いたいがために態と戦闘レベルを落としている。

多分、おっさんも手札を全て見せてはいないだろう。たかが親善試合で余所の国に奥の手を見せびらかすわけにはいかない。


「じゃが主も力を抑えて戦っておったからな。実戦ならば主が圧倒していたであろう」

「そんなフォローはいらん!」





少し経つと書斎に呼ばれた。

今、俺が向かっているのはキャルル邸の主……ニコラス氏の根城である。

これから真剣な取り調べが待っているのだと思うと、テンションは駄々下がる一方だ。とりあえず今日はもう寝たい。


「まあ、掛けたまえ」


扉を開けるとニコラス氏がそう言ったので、その場にあった机に着席。

部屋にはニコラス氏の他に警備隊の人が二人、調書を取る人が一人、それに雅樹と姫様がいる。

雅樹達については今回の話に関係あるという事で、それとなく了承をとっておいた。ついでに向こうも何か知っているらしい。

ディズも当然俺に付いてくるつもりのようだったが、さすがに疲れているだろうと思い、苦言を呈して部屋に置いてきている。


「さて、では早速本題から入るが――――」

「その前に、一つ聞いてもいいですか?」

「……なんだね?」


雰囲気に呑まれ敬語を使ってしまうが、目上の人には当然の配慮である。(なんかもうどうでもいいや)


「今回の事件の――――被害はどれだけ出たんですか?」

「ひとまず安心したまえ。幸いなことに死者は出なかったよ」


昨日、俺の腕の中で一人の少女が死んだ。


その事実は誰も知らない。……たぶん、誰にも言わないだろう。

例え説明のために触れることはあっても、俺は彼女自身について一切語ることはない。

第一、向こうもそんな情報は求めていないはずだ。


「さすがに怪我人の方までゼロとはいかなかったがね。それでも対応が早かったことが事を奏したようだ。重傷者3名、軽傷者20名だ。その内半分は魔物の迎撃に当たった傭兵や警備隊の者で、奇蹟的に民間人に重傷者は出ていない。加えて、負傷者の方々もあと数日で全員完治するとの見通しだよ。……本当に、これだけで済んで良かったものだ」


奇蹟的……確かにそれもあるだろう。

だが治癒魔法があるのとないのとでは、恐らく結果はまるで違ったはずだ。

俺は改めて魔法の便利さを再認識すると共に、しかし魔法も万能ではないのだと強く心に留めておく。


魔法が人を救うのではない。人が人を救うのだ。


俺は理解していたつもりでいて、結局何もわかってはいなかった。

この能力ちからは、もっと便利なものだと思い込んでいた。

だが……肝心な時に何の役にも立ちはしない。


魔法も。


俺も。


ちっぽけな存在だ。


――忘れるな。


もう二度とあんなことを繰り返さないために。


――自覚しろ、決して見失うな。


救おうとして、救えなかった者がいることを。


――絶対に忘れるな。




皆世秋人オレ”。




一話では少し長かったので、二話に分けました。

なので今回は少し短め。そのかわり次回の更新は早めに出来そうです。

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