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遥かな場所で  作者: 生野紫須多
第三章 闇の胎動編
55/59

055話 決意のシア

これはある少女の物語。

運命に翻弄され続けた少女の、だいじなだいじな物語。

遠い昔にどこかに取り溢してしまった、少女の思い出を思い出に残すのためのお話。





――――少女はひとりでした。


<Sia>





少女はひとりでした。

けれども、初めからひとりだったわけではありません。

かつては少女の周りにも、ぬくもりを与えてくれる人たちがいました。

母がいました。

父がいました。

他にも沢山、沢山優しい人たちがいました。

それは少女にとっても、とても大切な人たちでした。

……でも、きっと少女はそのことを覚えていないでしょう。

とても辛くて悲しいことがありました。

何度も、何度もありました。

それでも――――。

それでもどうか、これだけは知っておいてください。

少女は決して、ひとりぼっちではなかったのだということを…………。





とある僻地にある小さな田舎村。

それが少女の生まれた場所であり、育った場所でした。

長閑(のどか)で、素朴で、穏やかで……どこにでもあるような牧歌的な村。逆に、何もないことが特徴と言えたのかもしれません。

村の中にはそれを不満に思う者もいましたが、少女はそれを嫌だとは思いませんでした。

少女は祝福されて生まれてきたからです。

村の者たちはみな優しい人達ばかりだったからです。

暮らしは質素でも、他に何もなくとも、そこに住む人達の心はとても温かく澄んでいる――。

少女はそんな村が大好きでした。


ある日、少女は村の外れで人が倒れているを見つけました。

最初は見た事もない美しい女性に驚きます。

怪我をしていることに気付くと、少女は名も知らぬその女性を助けることにしました。

――困っている人がいれば助けてあげる。

少女にとってそれは当り前の行動でした。


倒れていた彼女の名前は■■■■と言うそうです。

少女の家で目覚めた彼女が、お礼を言いつつ少女に教えてくれました。

しかし少女は大人しい性格だったため、彼女とはあまり言葉を交わせませんでした。

少女は少し落ち込みました。

もっと彼女とお話がしたかったからです。

でも、少しだけ怖いと思っていたのもまた事実でした。

少女はまだ幼かったので、それは仕方のなかったことかもしれません。

少女の悩みは、時間が解決してくれるものでした。

彼女の傷が癒えるまで、少女は少女なりに努力して、彼女と話そうとしました。

彼女の方も、少女には色々と気を使ってくれていたのでしょう。

少女と彼女との間あった壁が取り払われたのは、それからすぐのことでした。


丁度その頃、村の中では怪しい噂が広まっていました。

隣の村が山賊の襲撃に遭い、相当な被害を受けたというものでした。

魔物の仕業だったという話もありました。

めったに起きない大事件に村の者達は震えあがりました。

次はこの村かもしれないと、皆は口を揃えて不安を言い合っていました。

少女も同じ事を思いました。

大好きな村がなくなってしまうかもしれない。

少女は彼女にそう漏らしました。

それはただの噂かもしれないと。

けれども、そんなことがたまらなく怖いのだ……と。

彼女は黙って少女の言葉を聞いていました。

そして、その後彼女はこの村から居なくなってしまいました。


だから、少女はとても心細かったのです。

彼女が突然居なくなってしまったことが、とてもショックだったのです。

少女は誰も居ない村の外れの林の中で、ずっと一人で膝を抱えて静かに泣いていました。

悲しいことがあった時には、少女はいつもその場所で泣いていました。

泣いている所を見られると、みんなが心配するからです。

少女はみんなに、あまり心配をかけたくなかったのです。

その場所は、少女だけが知っている秘密の場所でした。


村の辺りが騒がしいことに気付いたのは、一度少女が泣き疲れて眠ってしまった後でした。

少女はみんなが自分を探しているのだと思い、急いで村へと帰りました。

しかし、そこで少女は恐ろしい光景を見てしまいました。


村は炎に包まれていました。

人がたくさん血まみれで倒れていました。

少女の大好きだった人達が、みんなそこに倒れていました。


少女は何を見ているのがわかりませんでした。

どうしてみんな燃えているのか、少女には理解できませんでした。

ただただ茫然と、大好きだった村が炎に染まっていくのを眺めていることしかできませんでした。

そのまま放っておけば、少女はいつまでもその見つめていたでしょう。

ですが、そうはなりませんでした。

突然頭を殴られたような気がして、少女の意識はそこで途絶えたのです。





誰かが少女に謝っていました。

心の底から謝っているのだと分かる、とても真摯な響きでした。

少女の目は開いていませんでしたが、感情のこもったその声は、確かに少女への耳へと届いていました。


どうか思い出してあげて下さい。


――――その時の苦しみも、悲しみも。


大好きだった人達がいたことを。


――――彼女に罪はなかったのだということも。


そして、決してひとりではなかったのだということを。


――――すべてを忘れてしまうには、大事なものが多すぎる。





そして次に目覚めた時、少女は何も覚えてはいませんでした。

自分が誰かも分かりませんでしたが、少女の名前を教えてくれた人がいました。

でも少女には、どうして彼女が自分の名前を知っていたのか、思い出すことができませんでした。


初めて人を殺しました。

少女はそれが嫌で嫌でたまりませんでした。

しかし悲鳴と恐怖と、見えない炎が少女の目の前を覆い尽くしてきます。

少女が嫌だと思う度、その都度炎は強く燃え上がりました。

まるで自分が燃えているのかと錯覚するほど、それは恐ろしいものでした。

だから――でしょうか。

少女の魔法はその炎を消し去ってしまうような、とても冷たい氷を纏っていました。


気がつけば、少女はひとりでした。

少女を知る者は少なく、少女が知る者はいませんでした。

初めのうちはひどく寂しい思いもしましたが、やがて少女は馴れました。

馴れるしか、なかったのです。

誰にも心を開かずに。

誰にも心を開けずに。

そんな生活の中で、少女は徐々に感情を失くしていきました。


いつしか、少女はすべてを止めたいと思うようになりました。

何もかもがわずらわしく思えたからです。

それが少女に残された最後の感情でもありました。

それでも世界は止まりません。

止める術を少女は知りません。

だから少女は、自分を止めることにしました。

少女は機械のように、余計なことを考えずにいたかったのです。

本当に、少女がただの歯車の一つであったなら……それはどれだけ楽だったことでしょう。


そんなある日、指令を受けた少女はある街に行きました。

とても大きな街で、少女の知らない物が沢山ありました。

けれども、少女にはあまり興味のないものばかりでした。

一人でも楽しめるものでなければ、少女にとって意味はなかったからです。

それでも少女には、一つだけ趣味と言えるものがありました。

読書です。

最初は退屈を紛らわせるために本を読み始めただけでしたが、それは少女が想像した以上のものでした。

本を読んでいる時だけは、少女は少女でありながら、少女とは違うものになれたからです。

少女にはなかった可能性が、本の中にはありふれていたからです。

そこには、少女が憧れたものがありました。


やがて暇さえあれば、少女は本を読むようになりました。

それは少女にとって、ようやく見つけた小さな幸せでもありました。

そしてさらに、その小さな幸せは、少女に新たな出会いをもたらしてくれました。


ある変わった青年との出会いです。

青年は、少女に会うたび何度も話かけてきました。

少女が無視をしても、拒絶しても、そんなことはお構いなしでした。

その青年は決して諦めようとせず、何かと理由をつけては少女に関わってこようとします。


少女はその青年に少しだけ興味を持ちました。

それは少女にとって、とても信じられないことでした。

そんな感情は、とうの昔に失くしてしまったと思っていたからです。

記憶を失くした少女にとって、また闇に囚われた少女にとって、他人を気にすることなど初めての経験だったのです。





もし運命という言葉があるならば、その出会いは運命だったことでしょう。

青年と少女には、確かに因果めいた繋がりがありました。

そう、彼でしかなりえなかったのです。


――――気付いていたでしょうか。


その想いは、少女が初めて抱いた感情だということを。


――――知っていたでしょうか。


青年が少女にもたらしてくれる、その奇蹟を。


――――今度こそ、どうか忘れないでいてください。


少女にとって、それほど幸せで、それほど素晴らしいものは、他にないと思うのです。





☆



『――――では、それが主の……?』

『ああ。それが俺の“帰りたい理由”だな』


夢を見ていた。

夢の中で、これは夢だと気付く夢。

前にも同じことがあった。俺がディズに昔話を語った夜だ。

それをまるでフィルムを回しているかのように、傍で見ている俺がいる。

だからこれは夢のはずで、俺は起きないといけない。

――――何故起きないといけないのか。

そんなことは、忘れてしまったのだけれど。


「――――……ん?」


パッと目を開ける。が、目を開けたのにまだ暗い。

真横にある窓から漏れる微かな光に目を凝らすと、ここは俺の知らない部屋だとわかった。

そして、傍に誰か居た。誰だろうかと目をやって――固まる。


「目覚めたのじゃな、主」

「え? …………ちょ、おまっ、ディズかっ!!?」

「そうじゃ。今はまだ寝ておれ。傷は塞がっても魔力は回復しとらんし、体もだるいじゃろう」


なんて。起き上がろうとしたら、指で額を押されて枕に押し付けられた。

それに素直に従ってしまったのは、俺がそれどころじゃないほどに驚いていたからだ。

……いや俺、少し落ち着こう。夢じゃないよな……よし。まずは冷静になって聞いてみようじゃないか。うん、そうしよう。


「……なんでお前、その姿なんだ?」

「ん? ……ああ、主を運ぶのにあの小ささでは不便じゃろう? それに、この姿の方が魔力の出力も高いしの」


目の前の美女が、俺に向かってそう言いながら微笑んだ。

それを追いかけるように銀色の艶やかな長髪がさらりと揺れる。

馴染みのない神々しさが全身から溢れ、存在感も三割増しと言ったところ。

もはや飛び込んでくる情報量が多すぎて、言われた内容をうまく吟味できないレベルだ。(そろそろ落ち着こう俺)


「――――え、不便って……それだけで?」

「む……」


俺を運ぶのに不便だったからだと? え、なにその理由……歩いて行けるコンビニでも車を使う手軽さ?(何が)


「一応言っておくが、主は一刻を争う状態だったのじゃぞ」

「え?」

「大体、あんな体で無茶をしすぎなのじゃ。治癒が間に合ったから良かったものの、もし遅れたらどうするつもりだったのじゃ。いつも思うのじゃが、そもそも主は自分の体を――――」


急にムッとした表情になり説教を始めるディズ。

余程不満が溜まっていたのだろうか……確かに言う事はごもっともだが。

というか、俺も漸く状況が把握できてきた。

説教聞いてる場合じゃないぞ。


「ディズ、ここは何処だ? どうして俺はここにいるんだ――――あいつ等は? シアは?」

「む、そうじゃな。そのことで主に聞きたいこともある――――」

「?」


ディズは顔をずらして視線を後ろの暗闇へ向けた。

それを目で追うと――――そろりと、真っ暗な中で何かが動いた。


「あ……」


シアが、そこに立っていた。

その乱雑な白い髪がディズと同じように薄暗闇でもよく目立っている。

……全然わからなかった。いや、今までずっと気配を消していたのか……?


「お前が連れてきたのか?」

「違う、私が勝手に着いてきただけ」


いや、まあ……うん。色々と混乱してわからない。


「とりあえず、あれから何があったのか教えてくれないか?」

「うむ。主が倒れた後じゃな――――」


・

・

・


時間は遡る。

俺が失血と魔力切れを起こして倒れた後、戦局は大きく傾いた。

というのもディズが防御結界を解き、すぐさま俺の治癒に取りかかったらしい。

優先順位が変わるほど危険な状態だったのだろう。

だが、それを見逃す相手ではなかった。

仕方なくディズは能力を解放する。つまり、真の姿になった。(何だとっ)


「つか、最初からそうすれば良かったんじゃ……?」

「否。確かに出来ることは増えるがの、それでも時間稼ぎにしかならなんだわ」


敵の攻撃を凌ぎつつ、俺の治癒を行う。

確かにあの状況でそれをやるとなると、神業としか思えない。(神だからあってるが)

実際、徐々に追い詰められていたらしい。

そんな時に、乱入者が現れた。


「――――雅樹が!?」

「それに主が姫と言っておった魔術師が一人と、あとは人狼の小娘が一人じゃな」


……来てたのか、雅樹よ。一体いつの間に……うむむ、状況からするに来たばかりだったのかもしれないな。……なんて幸運、俺。(そして雅樹グッジョブ)

まあ姫様はいいとして、人狼(?)の小娘ってのも初耳だな。満月の夜に変身するのか? 狼女?

――話が逸れた。


とにかく、雅樹達が乱入したことで均衡は崩れた。

しかも、何やら上手い具合に場が混乱したらしい。

倒れた俺を見た雅樹が激昂して、三人組につっこんでいったという……。(想像しやすいな)

奴等の気が逸れたその隙に、ディズは俺を抱えてその場を脱出した、と。


「……で、ここは何処だ?」

「ここは、私の宿」

「シアの?」


コクっと頷く。


「……大丈夫なのか?」

「平気。この場所は私しか知らない」


俺が倒れた時、すでにシアの拘束は解けていた。闇の呪縛からも解き放たれていたはずだ。

信じられない気持ちもあった。だが自由になった実感もあった。

しかし状況は、予断を許さなかった。

――――迷っていたらしい。

要するに、シアは自分のことで精一杯でそれ所ではなかったと。


「まあ、突然だったろうからな。当り前か」

「でも、アキヒトが死にそうだった、から」


だからシアは、俺を助けることにした。

自分のせいだという罪悪感もあったのだろう。

それでディズが逃げる際、後を追って来たらしい。


「主はシアを匿うつもりだったのじゃろう? それに、安全な場所が必要だったからの」

「良く分かったな。俺がシアを匿うつもりだったなんて」

「ふん。儂は反対じゃがな」

「そうなのか?」


意外……ではないか。確かに、シアを匿うにはリスクばかりが付きまとう。


「じゃがあの時はとにかく、主は一刻も早い処置が必要じゃった。それに奴等が追い掛けてくる可能性もあった故、人目に付く場所は避けたかったのじゃ。……キャルルの家はちと遠すぎたしの」

「だから、私がここに案内した」

「……成程」


大体の事情は掴めてきた。

雅樹達が敵を足止めしてくれて、それで助かったらしい。

ニアミスしたのは状況が悪かった。今すぐにでも連絡を取りたい所だが、奴等とはどうなったのだろう。


「――――それで主よ、此奴をどうするつもりなのじゃ?」


そうして俺がベッドの上で思案に耽っていると、ディズが本題とばかりにシアを見て問題を提示してきた。


「まさか、このままにしておくわけではないのじゃろ?」

「…………」


……もちっと待ってくれてもええやん?


「……まあ、警備隊に突き出す気はないが……色々と話は聞くつもりだった」

「答える」

「いや、別に今すぐでなくとも」

「早うに越しておくに損はあるまい」

「それは、そうだが……」


なんだろう? 二人の間に何か不穏なものがあるような……俺が寝てる間に何かあったのか?

いや、彼女達がその気になっているなら、とやかく言うことでもないんだが。


「――――そうだな。じゃあシア、話してくれるか」

「わかった」



†



ある程度話を終えた秋人は、また眠りについた。

さすがにまだ疲れていたのだろう。泥のように眠り込んでいる。

更け始めた夜に、部屋の中は驚くほど静かになっていた。窓から入る燐光さえ、ほとんど役割を果たさない。

そんな静謐な暗闇が二人の間を支配していた。

ディズとシアは互いに一言も話さないまま、ただその沈黙を保ち続けていた。


彼女等が眠らない理由の一つに、敵への警戒がある。

実はこの部屋、戦いの現場となっていた場所からあまり離れていない。

この場所を誰も知らないのだとしても、敵が近くにいた以上、やはり見張りは必要だった。

また戦闘になれば、秋人がダウンしている今、戦えるのは彼女達しかいない。

ディズがまだ真の姿になったままなのも、そういった理由からである。


もう一つの理由もあった。

ディズが、シアを、いまだに計りかねていたことだ。


即ち――――『敵』か『味方』か。


これは無論、直接的な意味での『敵』ではない。

シアは秋人を攻撃した(ディズはそれを許してはいない)が、助けた。

本当に秋人の敵であったのならその行動はありえない。あの状況で態々敵を助けるメリットなど、シアにはないのである。

一人後を追ってきたシアが秋人を襲ってこなかったことに――――ディズは心底ほっとしていた。


しかし、直接的な意味での『味方』でもない。

シアが秋人を襲った理由を聞いた。それは確かに納得の出来るものではあった。だから、シアが秋人と敵対することはもうないだろうとは思う。

問題はそこにない。

ディズが懸念しているのは、シア本人ではなく――――その『背景』。秋人を狙った、その『理由』である。


それを聞いてディズは避けるべきだと判断した。

秋人に、シアを関らせるべきではないと思った。

だからディズにとって、シアは秋人の間接的な『敵』なのかもしれなかった。


「…………」


ディズは秋人の寝顔に手を置いた。

その手には優しさがある。温もりがある。慈愛がある。

ディズにとって秋人は、護るべき者であり、寄り添う者であり、信じる者であり、そして愛すべき者だった。


――――そのことを秋人はまだ知らない。


その理由を、知られてはならない。

その意味を、知られたくはない。

少なくとも、今の秋人には。


「――――何処に行くつもりじゃ」


秋人を起こさないよう、ディズは抑揚を抑えて問いかけた。

暗闇の中、そっと立ち上がったシアに向けての言葉だった。


「このまま此処に居ても、状況は変わらない」

「それで?」

「私達には共通の拠点がある。今なら、そこにあの三人が居るかもしれない」

「……それで?」

「行ってみようと、思う」

「それはならん」


ディズは本心とは違う言葉を口にした。

その可能性がないと知りながら、それでも問いかけずにはいられなかった。


「主を裏切るつもりか?」

「違う。でも、説得してみる」

「無理じゃ」

「でも私は、救われた」

「無駄じゃ」


――――シアは本気だった。

自分は秋人に救われた。絶対に無理だと諦めていた闇の呪縛から、救ってもらったのだから。

自分と同じように、その闇に囚われ苦しんでいる者もいるかもしれない。

彼らを、助けてやれるかもしれない。

ただ――――。


「それも、わかってる」

「?」


自分は信じようとしなかった。

最後に救われるまで、秋人のことを信じられなかった。

ただ秋人のことを敵として認識し、そして殺そうとしてしまった。

いくら自分が闇の束縛を受けていたと言っても、それは言い訳にはならない。

……だから、最初から説得だけで済むとは思わない。


「それでも、確かめたい」

「……如何いうつもりじゃ?」

「アキヒトを、護りたい」

「っ!?」


少女は本気でそう思っていた。

そして少女は自分の立場をわかっていた。

自分が秋人にとって重荷にしかならないことを、少女は正しく理解していた。


「アキヒトは今後狙われ続ける。私も、狙われ続ける。でも、狙われるのは私達だけじゃない」


だから少女は決断した。


「きっと、周りに居る人達も狙われる。ずっと、狙われる。……でも、ずっとは護れない」


それは少女の初めての決断だった。


「それでなくとも、私は罪を犯した。もう、アキヒトの傍には居られない」


その心に、一片の偽りもなかった。


「護るなら、“今”しかない」


それが出来ることを、少女は感謝していた。


「…………“死ぬ”ぞ?」

「今、護りたい」


ディズの忠告にも、シアは態度を崩さなかった。

そのまま静かに窓際まで歩き、ゆっくりと秋人に手を伸ばす。

まるで、自分は触れることを許されてはいないと言うように、控えめに指を掴んだだけだった。

そして小さく、誰にも聞こえないように唇だけを動かして、秋人へと呟いた。


『護らせて』


ディズにはそう聴こえた。

奇しくもそれは、ディズと同じ想いで。

思わずシアに目を合わせると、その目は優しい光を放っていた。


「ディズ。もし、私が帰ってこなかったら――――」


シアの言葉を聞きつつも、ディズは頭の中でどうするべきかを考えていた。

秋人ならシアを引き留めるだろう。それは想像に難くない。

ディズの本心は、行かせてやれと言っていた。

そして何より、シアは本気だった。


――――如何するべきがこの場合のベストなのか。


「……、わかった」


ディズは、シアの意思を汲み取った。

それは打算かもしれなかった。

それも本心かもしれなかった。

清濁全てを飲み込んで、ディズはそう決断した。


「ありがとう」


そう言い残して、シアは静かに窓から飛び去る。

ディズは後を追う気にはなれず、シアの消えて行った夜の街を見つめた。

より深く、よりいっそう寂しくなった気がするその暗景を前に、ディズはポツリと溢した。


「――――『ありがとう』、か……」


自分は感謝されるようなことをしたのだろうか?

自問する。

否、ディズはそう思わない。

シアの瞳は、覚悟を決めた者の瞳だった。

恐らく自分が引き留めたとしても、彼女を止めることはできなかっただろう。

だったら自分に礼を言うのは筋違いだ。

シアは、最初から止まる気など毛頭なかったのだから……。


ならばこれは予定調和だ。

こうなるべくして、こうなったのだ。

だから多分、シアが望んだとおりになるのが一番良い。


そう思って。


そう言い聞かせて。


故に、ディズは自覚していた。

この先に待つ結末を。自分の為した選択を。

そしてそれでも――――ディズは秋人が隣に居れば、それで良かったのであった。


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