038話 Aランクへの道Ⅳ
なんでこんな長くなったんだ?
荒れ狂う炎の舞台。
マグマは溢れ、火山岩が崩れ落ちる。
暴れ回るイフリートを尻目にカインたちは一旦体勢を立て直していた。
「おい、あいつら、下に落ちてったぞ」
乱れた息を整えながら、自分が見たことを伝えるカイン。
「主らなら恐らく大丈夫じゃろう。それよりも吾奴をどう止める。このままでは手がつけられんぞ」
「見境なく暴れ回ってんな。精霊ってのはあんなに凶暴なのかよ」
「見た所瘴気に侵されていた。さすがに普段がアレということはないだろう」
この時、初めてウラトが口を開いた。
「……あんた、空気じゃなかったのか?」
「さすがにこれ以上は見ている事はできない。思ったよりも事態が進行していたようだ」
実はウラトは先日下調べにこの場所を訪れていた。
その時点では、彼女もこんなに早く精霊が瘴気にやられるとは思わなかったのだ。
「私の予想では、精霊が瘴気に侵される前に試験が終わるはずだった」
「既に手遅れじゃねーか」
「少し不審な点もある。もしかしたら人為的なものかもしれない」
しかし、今の問題はそこではない。
「少々難易度が上がった。これより噴火を阻止するために地下に潜ることにする」
「あそこで暴れてる奴は放っておいていいのか?」
「下手に手を出しては噴火を早めることになる。今はその時間を出来るだけ延ばすことに専念しよう」
まずは大まかなマグマの流れを止める。
流れを鎮静化すれば、精霊も全力で戦えなくなる。
並行して瘴気を排除していけば、さらにある程度の効果が挙げられる。
「うむ。それで良いじゃろう」
「マグマを止めるか。アレを相手にするよか幾分マシだな」
「では行くぞ」
†
真っ暗闇を一筋の光で突き進む。
足音は2つ。俺とキャルルのものだ。
「また行き止まりね」
「マグマ溜まりだな。一応片しとくか?」
「ええ、そうしましょう」
マグマを氷で固めた後、来た道を逆戻る。
迷路のような火山道をひたすら探検していた。
落ちた先がマグマでなかったのが幸いだと言えるだろう。
小さな明かりを灯したキャルルの後に着いていく。
先程の地割れのせいだろうか……地形は崩れた場所が多く、進む道は瓦礫が多く転がっていた。
火山の地下に落ちたせいか、魔法の効果があっても少し暑い。魔法がなければヤバい気がする。
「……ふぅ」
キャルルが一息ついた。
少し時間も経ってるし、さすがに疲れたのかもしれない。
「少し休むか?」
「そうですわね」
ちょうど腰かけるのに都合がいい岩があったので休憩をとる。
乾いた喉を潤すには温い水でも充分だった。
「…………」
「…………」
そのまま無言で時を過ごす。
別に思う事がないわけじゃない。
ディズ達は無事なのか……いや、俺達の方が心配されている方だな。
ここには俺とキャルルの二人、残りの三人は今どこで何をしているのか……。
……思えばこういう状況は珍しいかもしれない。
大抵俺の傍にはディズがいるし、俺が一人になる時には知り合いにほとんど会わないからな。
「…………」
なんとなしにキャルルを見るとじっと一点を睨んでいた。
両手で水筒を持ち、ただ黙々と足元を見つめ続けている……。
「大丈夫か?」
「あ、ええ」
俺の視線に気付いたのか、キャルルは表情を崩した。
「昔、同じようなことがあったのを思い出していましたの」
「……同じようなこと?」
「ええ、とは言っても場所は森の中だったんですけど……」
……昔話か?
「ジュノンの少し南に大きな森があるのは知っていて?」
「ああ、何度か通ったからな」
「小さい頃、一度そこで迷子になったことがありますの」
今は俺達も迷子だった。
「理由は……もう覚えていませんが、ミズリーと一緒に森で遊んでいたんです。子供でしたから、遊んでいる内に森の奥へと入り込んでしまって……」
「危ないな」
「ええ、途中何度も魔物に出会って、その度にミズリーと一緒に走って逃げました。……その、魔法はまだうまく使えない頃でしたから」
「それって、かなりやばくね?」
「魔除けのお守りを常に持たされていましたの。今も持っておりますわ」
言って、どこから取り出したのかお守りを見せてくれる。
「これよ」
神社にありそうな六角形のお守りだった。
少し布が傷んでいるのは年月を重ねているせいか。
「確かに。薄いけど魔力が宿ってる」
「ふふ、効果があるのは弱い魔物だけですけど」
それを大事そうに懐にしまう。
「それで今回と同じように、暗闇の中を彷徨っていましたの」
その頃、唯一使えた魔法が明かりを照らす魔法だったらしい。
「夜になって、お腹が減って、寒くて、寂しくて、怖くて……ミズリーと一緒に泣きながら歩き続けていましたわ」
当てのない暗闇の中、たった一つの小さな明かりだけが頼りの綱。
それも子供二人だけで魔物の住まう夜の森を歩き続ける……どこぞのホラー映画よりは数段怖いはずだ。
「もし一人だけだったなら歩くのを諦めていたと思います。それでも歩き続けることができたのは……ミズリーが居てくれたから」
それをキャルルは懐かしそうに話している。
「私より年上だから……という思いもあったのでしょうね。何度も何度も私を勇気づけてくれたわ。『大丈夫、もうすぐ着くから』『家に着いたら何を食べよう』『一緒に叱られるのもきっと楽しいよ』……ずっと私のことを気にかけてくれていました」
その印象は俺の知ってるミズリーさんと変わらない。
いつでも前向きで、そして誰よりもキャルルのことを考えている。
「自分も不安で堪らなかったはずなのに、瞳には涙を浮かべていたはずなのに、ね」
「そういうのはミズリーらしいな」
「そう、そうね……本当、あの子らしい」
どこか物憂気な目をするキャルル。
「その頃から、あの子はとても強かった。……私なんかよりも、ずっと」
「…………」
――――だからか。
キャルルがここへ来た理由が、なんとなくわかった気がする。
納得したいんじゃないだろうか、キャルルは。
自分に対しても、そして、誰かに対しても――――。
「そうか?」
「え?」
だから俺は、思ったことを口にした。
「本当に強かったのか?」
二人は近すぎて気付いていない。
たぶん怖かったのはお互い様だ。
ミズリーもキャルルと同じように震えていたはずなんだ。
「同じだろ?」
それでも挫けなかったのは何故だ?
怖くても諦めなかったのは何故だ?
それは、キャルルも言ってたじゃないか――――。
「――――1人じゃなかったから、じゃないのか?」
「!?」
キャルルがミズリーに勇気づけられていたというなら。
ミズリーもキャルルに勇気づけられていたはずなんだ。
「キャルルだって、ミズリーが居たから弱音は吐かなかったんだろう? 明かりを灯して、森の中を歩き続けたんだろう?」
「…………」
「そんなキャルルが傍に居たから、ミズリーも頑張れたんじゃないのか?」
初めから強かったわけじゃない。
お互いがお互いを支え合うことで強く在れたんだと、そう思う。
「…………」
じっとこちらを見つめるキャルル。
あれ? 俺今すごい良いこと言ったよな?
黙ったままでいられると不安になってくるじゃないか。
「……あー……」
「あっ、えと、その……っ」
今のはスルーだ、スルーしてくれ。頼む。
「そ、それで続きはどうなったんだ?」
「ああ、ええっと、一晩かかってなんとか森を抜けることができました」
「映画が一本作れそうな話だ」
「まぁ、その後はたっぷり怒られましたけどね」
ニコラス氏は怒ったら結構怖そうだよな……。
いや、なんにせよ助かったのは二人の力というわけだ。
そして迷ったのも二人……ホント、子供の頃から無茶ばっかりしてるよ。
「成程、それで今ではこうなった、と」
その時の経験があればこそ、か。納得。
「……ちょっと、それはどうゆうこと?」
「あぁ、特に深い意味はない。キャルルが泣いたりしなくて良かったってことだ」
「なっ!? あ、当り前ですわ、もう子供ではありませんのよ!? それに今はアキヒトが……」
「…………」
ちょおおお!! もの凄く気になる所で切られたんだが!!
「俺が?」
「な、なんでもありませんっ! ほら、そろそろ行きますわよ!」
言う間にすでに歩き出しているキャルル。
「おい、あんまり急ぐと危な「きゃっ!?」」
……こけたな。
「ぅぅぅ」
「だ、大丈夫か?」
俺は慎重に歩いていってから、キャルルを助け起こすことにした。
★
「よし、ここはもういいか。念のため埋めておいてくれ」
「ほいきた、土流葬!」
地下に辿り着いた私たちは、予定通り活発化しているマグマの流れを食い止めることにした。
途中強い魔物にも出会ったが、私の出番はほとんどなかったと言える。
カインもさることながら、気になるのはもう一人の方。
明らかにディズの力はただの使い魔のそれを遥かに凌駕していたのだ。
「ディズ、君は本当に使い魔なのか?」
「そうじゃ、それがどうかしたかの?」
使い魔か、そうでないかの違いを見た目だけで見分けることは難しい。
少なくともAランク以上の実力を誇る魔獣、それ以上に彼女を使役する主人の実力は如何ほどのものなのだろう。
「君の主人は本当にアキヒトなのか?」
「ふん、主以外に儂が主と認める者はおらんぞ」
……言葉から嘘は読み取れない。見上げた忠誠心だ。
「おいおい、なんだよこりゃあ。もう氷漬けされてるぞ」
カインの声に視線を向けると、マグマ溜まりが氷結されていた。
「……まだ比較的新しいな」
「この魔力……ルルじゃな」
「あいつ等、無事だったか」
成程、やるべきこともわかっているようだ。
「追いつけるんじゃないか?」
「いや、この辺りは地形が複雑だ。私達は私達のやるべきことをしよう」
それに地割れのせいで余計に入り組んだ構造になっているはずだ。
今はマグマの活動を鎮圧させることに重点を置いた方がいいだろう。
「行くぞ」
▼
「そういえば」
暗闇を進む中、私は突然を装って振り返る。
「なんだ、どうした?」
機会は今しかないと思い、聞いてみることにした。
「ディズの首にかかってた指輪のことだけど」
「……それがなにか?」
「貴方が買ったのよね?」
今朝アキヒト達と合流した時から、実はずっと気になっていたことだ。
ディズの首にかかった、高そうな指輪……それは以前まではなかったもの。
「まぁな」
「あと、ミズリーにも指輪をプレゼントしていたわね」
「ま、まぁな」
アキヒトは答え難そうにしている。
別に疚しいことがないのなら、堂々としていればいいのに。
「少し、気になっていただけですの。それにミズリーから話は聞きましたから、事情はわかっていますわ」
「そ、そうか」
最初はびっくりしたけれど、話を聞けば納得のいくものだった。
ミズリーは私達のためを思って行動してくれたのだから、それは正当な報酬と言える。
「ディズはアレね……いつものヤキモチかしら?」
「ヤキモチかどうかは知らんが、たぶんキャルルの思ってるとおりだ」
きっとミズリーの指輪を見て、自分も欲しいと言いだしたのだろう。想像に難くない。
「それにしてもアキヒトも隅に置けないわね。誰にでも気軽にそういった物を渡すの?」
「いや、さすがに誰でもって訳じゃない。一応ディズには色々と世話になってるし……」
「世話も焼いてる?」
「ははは、そうそう」
二人会話しながら道を往く。
場所は場所だけど、気にならないほどに楽しい。
出来る限り今の時間が長く続いてくれれば、とさえ思っていた。
「ねぇ、私には何かくれないのかしら?」
だから思わず、というべきか……気付けばそんなことを口にしていた。
「……指輪か?」
「あ、いえ、別に催促するわけではありませんのっ」
自分でも何故そんなことを言ったのかよくわからない。
……いえ、違う。確かに何か貰いたかったのは事実だ。
だってミズリーとディズは指輪を貰えたのに、私だけ何も貰っていない……それは、良い気分ではなかった。
「そう、なんとなく、なんとなくですわっ」
でも、自分から言うつもりはなかったのだ。
たとえ半分は冗談のつもりで、もう半分は本気だったとしても。
「よく考えてみれば、別に欲しいものがあれば買えばいいのですわ。だから今言った事は忘れてくださいなっ」
取り繕うように言い訳染みたことを言ってしまう。
違う、本当はこんなことを言いたいわけじゃないのに……。
「いや、そこまで言われるとなんだけど。でも今は上げられる物もないしなぁ」
「ですから、催促はしないと……」
アキヒトの反応に、心のどこかで期待している自分がいるのがわかった。
たったそれだけのことなのに、その事実が酷く自分を責め立てる。
こんな強請るような形でアキヒトから何かを貰うのは、私の本意ではないからだ。
「そっか? キャルルには後で屋敷に世話になるし、俺に出来ることならするつもりだけど?」
「っ!?」
あぁ、心が揺らぐ。
ダメだ。アキヒトの好意に甘えてはいけない!
でも、アキヒトから何かを貰えるチャンスだ!
………………。
「ちょっと考えさせて!」
「あ、ああ……」
アキヒトが何かしたいというのなら、それは尊重するべきではないだろうか。
「…………」
で、あるならば。
私としては何かプレゼントをしてもらいたい。
指輪は……3番目になるので遠慮しておこう。
そう、どうせなら誰も持っていないものがいい。
「…………」
何がいいかしら……あまり高価な物はアキヒトにも悪いし、かといって何処にでもあるようなものは……。
「…………」
服はどうだろう……そう、一緒にお店で繕って貰って、その時にアキヒトとお揃いの……いや、でも、そんなっ。
「キャルル、止まれ」
そ、その時にはアキヒトの好みの服を聞いて……下着も――って、ちょっとやだっ、私は何を考えてるのっ……///
「キャルル!」
「え?」
強い力で腕を掴まれ、後方に引っ張られる。
――ズオオオオオオオオオオオ。
瞬間、5メートルはあろうかという火柱が目の前に上がった。
熱風と火の粉が顔を掠め、なびいた髪の毛先をほんの少し焼いていく。
あと一歩踏み込んで……いや、アキヒトが引っ張ってくれなければ、私はきっとあの火柱の中にいた……。
「……ご、ごめんなさい」
……バカだ、私は。
アキヒトとの会話に気を取られて、勝手に浮足立っていた。
ここが危険な場所だと知っていたのに、注意を怠っていた。
なんて見っとも無い失敗なんだ。
本当に、私は何をやってるんだろう……。
「大丈夫か?」
「……はい」
アキヒトの気遣いが骨身に沁みる。
私は一体何をしにここまで来たんだ。
強くなって、ミズリーやみんなを助ける強さを得るためにここに来たんじゃないのか?
それなのに私は助けられてばかりいる……こんな調子で、私は誰かの力になれるのか?
「気をつけろよ」
「ごめんなさい」
謝る。
謝ってもどうにもならないが、それで気持ちを入れ替える。
中途半端な気持ちは、今の私にとって重りになると思った。
こんな私ではアキヒトに何かを貰う資格もない。そう戒めて。
「急ぎましょう、アキヒト」
そう言って、私は前を向いて精霊のいる場所を目指した。
¶
「貴様等が邪魔をしていたのか」
そして戻ってきた懐かしいマグマ池。
返ってきた第一声は、やはり友好的なものではなかった。
「邪魔はおまえだ。態々地下に落としやがって、けっこー暑かったんだぞ!」
「去れ」
有無を言わさぬ勢いで、マグマの塊が俺達へと襲い来る。
俺は用意しておいた極式で、その塊を花火のように粉砕した。
「アキヒト」
そこで背後からキャルルの言葉。
「ここは私にやらせて」
何かを決心したような強い声だった。
「一人でか……?」
「お願い」
キレイな眼をしていた。
瞳に映っているのは燃え滾った熱い炎。
そこには、少なくとも俺に反論させないほどには、強い意志が込められていた。
「わかった、任せよう」
「ありがとう」
たぶん、キャルルには必要な戦いなんだ。
理屈は抜きで、自然とそんな考えが頭に浮かぶ。
ならば俺は、出来る限りサポートに徹しようと思った。
目前の敵を見やる。
巨大化した精霊……しかし、以前と比べると少し小さい。
マグマの流れを止められた影響で、力を発揮できなくなっているのだ。
「来るぞ」
「ええ」
キャルルが前に出る。
「周りのマグマは気にするな。あいつにだけ集中してろ」
「ええ、勿論そのつもりよ」
彼女は負けない。
俺の勘がそう言っていた。
「覚悟なさい、イフリート!」
そう啖呵を切って、キャルルと精霊の戦いが始まった――――。
・
・
・
・
――――敢えて言うなら、嬉しい誤算というところだろうか。
確かに、負けるとは思ってなかった。
いい勝負になるだろうと予想してた。
「……甘かったのは俺の方だな」
考えを改めざるを得まい。
戦い始めて数分、決して短い時間ではない。
そんな激しい戦いの中、俺の予想とは裏腹に彼女は敵を圧倒していた。
「憤怒の焔」
目前に逆巻く炎玉。
その大きさはイフリートの繰り出すマグマにも引けは取らない。
いや、寧ろ込められている魔力量はキャルルの方が幾分か多い。
「邪魔はさせねーよ」
俺は背後や上空から迫りくる灼熱の炎流を、極式を使い悉く払いのける。
正面からは巨人の拳が飛んでくるが、それはキャルルが炎玉で相殺した。
「試される氷の掟、氷獄の極寒陣」
キャルルを中心に金色のテリトリーが広がる。
吹雪く雪花、吹き荒れる暴風、築かれる零度の砦。
今まさに、火山の中心に冬の季節が訪れようとしていた。
「うぉ、さみぃぃぃ!」
一帯の熱を奪い去ってしまおうと、冷たい風が駆け抜ける。
突き刺さる風氷は、当然のように傍にいた俺にも牙を向く。
絶えず魔法解除を行っていないと、氷漬けにされかねない勢いだ。
「憤怒の氷」
しかし腐っても相手は精霊。
周りのマグマを凍らされても、奴の身体は燃え続けている。
キャルルは攻撃の手を緩めることなく、大きな氷玉をその手に治めた。
「邪魔を……するな!」
叫ぶ精霊。
「終わりよ!」
声と同時に、伸びる炎拳と氷玉が衝突した。
ジュッという音で、熱によって一部が溶かされた氷から白い水蒸気が舞い上がる。
が、被害を受けたのは氷だけではない。イフリートの腕にも霜が張りついている。
「ぬ……!」
「そこっ!」
相手が怯んだ隙を見逃さず、周囲に吹雪いていた全ての雪がイフリートに向かう。
「ォォォオオオオオオ!!!」
全方位から圧倒的な力で熱を奪う雪化粧。
「ォオオオオオオオオ……ォォォ――――――――」
それはまさに極寒地獄を思わせる、容赦無い白雪の牢獄だ。
後に残ったのは、苦悶に浮かぶイフリートを象った氷の彫刻だった。
「……ふぅ」
最後に気持ちのいい風が吹き抜けた。
キャルルが戦闘態勢を解いたので俺も駆け寄る。
「すごいじゃないか!」
「……ええ、私も少し驚いていますわ」
さすがに顔には疲労が滲んでいたが、それでもまだ余力を残しているようだ。
「いつもより魔力が簡単に制御できて……それに、魔力量も――」
「――おーい!」
ん? と振り向くと、カインが走ってきていた。
その後方からディズとウラトさんが歩いてくる。
「なんだよコレ、もう終わってんじゃねーか!」
合流早々文句とは……ああ、でも試験だからな。
「ちくしょう、俺の実力が正当に評価されるか心配だぜ」
文句は垂れるが、声の調子からは嬉しそうな印象を受ける。
「これは主がやったのか?」
「俺は何もしてないよ。キャルルが一人でやったのさ」
「何を言っていますの。アキヒトもちゃんとサポートしてくれていたわ」
3人とも合流して笑みが零れる。
まぁ、得てしてこういう時が一番危なかったりするのだが……。
なんて思った俺の勘は、どうやら当たりだったらしい。
――ゴゴゴゴゴゴゴ。
「ォォォォオオオオオオ!!!」
余震と咆哮が入り乱れる。
直後に足元で地割れが起きて、さらに何本かの火柱が上がる。
咄嗟に反応できた俺は、極式をとぐろに巻いて皆を炎から守った。
「ア、アキヒト」
「……た、助かったぜ」
さすがにディズとウラトさんは結界を展開していたようで、俺が守る必要はなかったようだ。
「キャルル」
やはり、最後はキャルルの手で、戦いを終わらせてやるべきだろう。
そう思った俺の粋な計らいは、彼女が微笑みながら肯定してくれた。
「アキヒト、かっこつけ過ぎよ」
「紳士だからな」
「……初めて聞いたけど」
言って、彼女が一歩前に出る。
「待て待て、テメーらだけに任せられるかよ」
その声と共に、地割れによって崩れかけだった足場が瞬く間に修復されていく。
「お前も紳士だったか」
「今回だけだぜ?」
紳士同士のシンパシーを感じた俺とカイン。
固く握手を交わすが、ディズとウラトさんの視線が痛かった。
「きっと今なら――――」
何か言って、キャルルがゆっくりと右手を翳す。
「覚悟の洗礼――――紅蓮の劫火」
その指先から炎が上がった。
徐々に大きくなる光は丸ごと右手を包み込む。
輝く色は、太陽よりも血よりも赤い――――紅蓮の炎。
「ォオォオオオオ!!!」
もはや正気を失ったイフリートが、俺達に向けて巨大な拳を振り抜く。
「っ!?」
それを、キャルルは右手一つで受け止めた。
いや、正確には受け止めたのではなく、受ける前に炎が相殺されたのだ。
「ほう、浄化の炎か……」
ディズが呟く。
浄化の炎……成程、イフリートを侵す瘴気を焼いたのか。
しかし、それを操るには炎に耐え得るだけの抵抗力も必要なはず。
いつの間にキャルルはそこまでの技量を身に付けたんだろう……。
「……死に際から生還したことが影響しているのやもしれんな」
俺の考えを読みとったのか、ディズがそれらしい事を言う。
「そんなことってあるのか……?」
「不思議なことではない。一度魔力が空になったことで、器が拡がったのじゃろう」
……それってアレ? 瀕死状態から復活すると強くなるってやつ?
「マジかよ……」
「人の……否、生物の生存本能を嘗めてはいかんぞ」
この世界は、俺が思うよりもずっとファンタジーなのかもしれない。
「……キャルル」
「っ!? なんですのっ」
駆けだそうとしていたキャルルを呼び止めた。
「さっさと試験を終わらせて、帰ろうぜ!」
「もうっ、最初からそのつもりですわよ!」
少し怒ったキャルルが走る。
結果は見なくともいいだろう。
精霊をぶん殴って説教をかませば、それで試験終了だ。
†
「おめでとうございます! お嬢様!」
祝う事と言えば、もちろんAランクになったこと。
試験の合否は既に発表されていて、今は屋敷に戻ってきている。
当然の如くに試験に合格した俺達は、帰って早々物凄い量のご馳走を振る舞われていた。
「なんだこの量は……もしダメだったらどうするつもりだったんだ?」
「ふん、お嬢様が合格しないはずがないだろう」
何気に答えになっていないリーファさんの答え。
まさか裏で手回しでもしていたのだろうか……彼女ならやりそうな気もする。
「そんなことより貴様もお嬢様を祝え。何を暢気に構えているんだ」
えぇぇぇ……俺も合格したんですけど。
「貴様、お嬢様を祝えないとでも言うのか?」
「…………」
なんだかこの人、俺の扱いが酷くないか? 会話もあまりしたことないのに……。
・
・
・
夜も更けて、遅めの入浴から部屋へと戻る。
その途中の廊下に、キャルルの姿があった。
「よう」
ゆったりしたネグリジェ姿の格好で、髪も艶やかで色っぽい。
夜風にでも当たっていたのかと思ったが、窓は閉まっていた。
「何やってんだ?」
「少し話がしたくて……」
内心では天使と悪魔の戦争が始まろうとしていたが、俺は平静を装う。
「今日の試験、合格できたのはアキヒトのおかげだと思うの」
「いや、それはないだろ」
「でも私の中ではそうなのよ。だからお礼を言っておきたくて」
わざわざこんな場所で……俺の理性を弄ぶつもりか?
「……ありがとう、アキヒト」
微妙に恥ずかしがった可憐な笑顔だった。
問題ないんじゃないか? 弄ばれてもっ!?
「まぁ、礼は有り難く受け取っておくが、合格したのは完全に実力だと思うぞ?」
何を隠そう今日一番の活躍者だ。
逆に、大したこともしてない俺が合格できたのは何故かと問いたい。
「そうではなくて……全部引っくるめて、ですわ」
「……引っくるめて?」
何を?
そう聞こうとも思ったが、雰囲気がさせなかった。
「……火山での話を覚えていますか?」
「え?」
火山での話と言うと……キャルルの昔話?
「自分に何か出来ることならしたい、と」
そっちもありました。
「それはまだ有効だと思っていいのかしら?」
「ああ、Aランクにもなれたことだしな。記念として何か要求があれば聞こう……無論、俺の出来る範囲でだが」
実際、祝う気持ちはかなりある。
試験に合格したことも、自分のことよりキャルルが受かったことの方が嬉しかったしな。
「そう、良かった。実はあれからずっと考えていて……決めましたの」
だから俺は大抵のことなら実行するつもりだった。
「私から何か差し上げることにしましたわ」
「……は?」
でも返ってきたのは、俺の予想の斜め上をいく答えで。
「だって、アキヒトも合格したでしょう?」
「……欲しい物があったんじゃないのか?」
「それよりも、私が何かあげたい気分なの」
……と、言われても。
こちらとしては祝う気満々だったわけだから……なァ?
「俺のことは気にしなくともいいんだぞ?」
「自分に出来ることならするのでしょう? でしたら黙って受け取りなさい」
「……わかったよ。キャルルがそこまで言うなら」
しかし肩すかしと言うか、ホントにそれでいいのか?
「あぁ、でも俺の欲しい物って言ってもな……」
「あげる物はもう決めてあるの」
そこは微妙に押し売りなのか……。
「……これよ」
そう言って差しだされたキャルルの両手には……。
「…………」
えっと、何もないんだけど……?
「……あー」
「ほら、よく見て」
近づいてくる小さな手のひら。
そのままひんやりとした指先が俺の頬を捕えて…………え?
「!?」
押し付けるように唇が触れた。
瞬間、ふわっとした女性の香りが鼻腔をくすぐる。
(え…………あ……えっ!?)
熱があった。
唇に伝わる柔らかな感触。
目の前にはキャルルの閉じた瞳。
…………………………………ながっ!?
「……ぷはぁ」
甘い吐息がかかって、ゆっくりとキャルルの顔が離れる。
「…………」
「…………」
一秒か数十秒かは定かではない。
突然すぎてうまく事情が飲み込めなかった。
ぼんやりとした思考の中で、俺達は互いに見つめ合う。
「……えっと」
……キス、だよな。どう考えても……。
「俺にあげたい物って……?」
「…………」
コクッと頷く。
照れたい気持ちはとても良く分かる。
俺なんて今すぐにでも叫び出したい。
「俺でよかったのか?」
なのに、ここに至って冷静な自分がいた。
まるでもう一人の自分がいるような感じ。
まだ理解が追いついていないのか、混乱していて実感が薄いせいかもしれない。
「そ、それはっ」
「つーか無理やりだったな」
「……ぅ」
少し意地が悪かったか、キャルルが悲しそうに瞳を伏せる。
自分から唇を奪っておいて、このしおらしさは如何なものかと思う……いや、らしいと言えばらしいのか。
「はは、嘘嘘。嬉しかったよ」
「ア、アキヒトぉっ!」
コロコロと表情が変わる。可愛いは正義だ。
「んもうっ、からかわないでっ!」
「まぁまぁ、そんな怒らなくても」
「怒ってなどいませんわ!」
心なしか、しっぽりムードも和らいだ気がする……。
「どうしてアキヒトはそういつも通りでいられるの? これでは私だけ……」
「え、なに? 聞こえない」
「なんでもありませんっ!」
う、キャルルは相当怒っているぞ。
俺のバカ! どうしてあの場面であんなことを! 何故紳士として振る舞えなかった!
「す、すまん。からかったりして悪かった」
「わ、わかってくれればいいのですわ」
「悪い、まさかそこまで怒るとは思わなかったんだ」
「……いつ私が怒っていると言ったのかしら?」
あれ? 笑いながら怒ってる……なんで!?
「あははは……」
「…………」
目が笑っていない! 誰か、助けて!
「……はぁぁ」
と、思ったら今度は盛大な溜息を吐いた。
「ま、仕方ありませんわね、アキヒトですもの」
ダメだ、さっぱりわからん。
「……なにが?」
「わからなくて結構」
さすがの俺も、お手上げだ。
「では……そろそろ戻りましょうか。目的も果たせたことですし」
「……だな」
夜ももう遅い。
いつまでもここに居ては風邪を引くかもしれない。
……別に、これ以上キャルルを怒らせてはいけないとか、そうゆうわけじゃない。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
言って、あっさりと別れる。
これでいいのか? と自分に問うもすでに遅く。
………………。
なんというか、悶々とした気持ち。
どうやら今夜は眠れない夜になりそうだ。
時間が経つと麺は伸びるということか!




