023話 事件の真相
天気は晴れ、時間は昼前、そして大会が終わって三日が経っていた。
「ちょっと、冗談ではありませんわ!!」
街の中を声を荒げながら、小走りに走っているのはルル。
「待って!!! 待ちなさ~い!!!」
ミズリーもそれに並走して困った顔で叫んでいた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
彼女等の走る先ではある男が必死な形相で通りを駆け抜けていた。
――――話は少し前に遡る。
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「ミズリー、貴女まだ食べるつもりなの?」
「むふぅ、これ美味しいよ~♪ ルルちゃんも食べる~?」
「う、私はもういりませんっ!」
ルルとミズリーの二人は街の屋台を見回っていた。
大会も終わり、秋人達と同じく手持無沙汰になっていた二人。
最近は大会などで色々と忙しかったため、息抜きに街へ出て遊ぶことにしたのだ。
しかし、二人で遊んでいるのは理由はそれだけではなかった。
「そろそろジュノンに帰るんでしょ? この街ともお別れじゃない、もっと楽しもうよ~」
やや不機嫌気味(食べ過ぎ)なルルにミズリーが気楽な声でそう言う。
ミズリーの言うとおり、彼女等はそろそろこの街を発たなければならない。
最後の記念……というわけではないが、この街で彼女らが遊べる時間は今しかなかった。
「言いたい事は分かりますが、貴女はここに別荘を持っているでしょう? 年に何回かこの街へ来てるじゃない」
「細かいことはいいんだよ。ほらほら、あ~んしてっ、あ~~~ん♪」
「や、やめなさい、こんな街中ではしたないっ!」
「ブ~ブ~」
口を尖らせて子供のようにはしゃぐミズリー。
ルルもこの時間を楽しんでいないわけでもなかった。
二人してじゃれ合いながら、賑わう街を楽しんでいく。
「あ! そういえば、アキヒトくんもジュノンに来るんだよね」
その途中、ミズリーが何やら思いついたようにそんな事を宣った。
「彼も予選で優勝しましたからね。それがどうしたのです?」
「私達御忍びで来たでしょ? これからジュノンに戻る時に何かあるかもしれないじゃない?」
「……だから?」
嫌な予感がする……眉を顰めたルルはそう感じながらも、続きを促してしまう。
「アキヒトくんを護衛に雇えないかなって」
「なっ!?」
ヒクッと口元を引き攣らせながら、ルルがその発言に咬みついた。
「貴女は……本気で言っているのですか?」
「えっ、本気だけど? どうしたの?」
「いえ、そもそも護衛など不要でしょうっ!? 私が居ればそれで十分なはずよっ!」
ルルがミズリーの意見に逆巻いたのも無理はない。
実際、彼女らがリドリアに赴いた際にはルルが道中の魔物などを撃退していたのだ。
Bランクの傭兵でもあるルルがいれば護衛の必要はない、それは決して間違ってはいない。
「でも、アキヒトくんが居ればもっと安全にいけるでしょ? ルルちゃんは強いからいいけど、私は魔法使えないんだよ? 何が起こるか分からないじゃない。どうせアキヒトくんもジュノンに行くんだし――」
と、ルルに応じて今度はミズリーが正論を並び立てていく。
リドリアから、ジュノンまでの道はそこそこ長い。行きは無事だったが帰りは何があるともわからない。
傭兵ランクはCだが、予選を優勝した秋人がいれば確かに道中の危険はさらに減るだろう、という彼女の意見もやはり正しかった。
「で、でも何故彼なのです? 優勝者は他にもいるはずでしょう!?」
ルルも負けじとそれに応戦した。
道中の安全だけを考えるのなら、護衛は彼でなくとも良い。
秋人はルルにとって因縁のある相手。何の理由も無く、彼の護衛に甘んじることはできなかった。
「だって私、いっぱい御菓子買っちゃったからもうそんなにお小遣い残って無いもん。だからCランクの彼を雇うだけで限界なの」
「お金なら家に帰ればもっとあるでしょう! それで違う人を雇えばいいじゃないっ!」
いつの間にか護衛を雇うことになっているのだが、ルルはそのことに気が付かない。
「そんな無駄遣いしちゃダメだよ。それに人数が増えたら御忍びがばれちゃうかもしれない。でもアキヒトくんは試合でもルルちゃんの正体に気付かなかったでしょ?」
ついでに言うなら、秋人は予選大会に優勝したことで知名度が上がっていた。
Cランクでありながら予選を優勝するという偉業を成し遂げたので、ある程度箔がついたのである。
さらに秋人の容姿にも理由があった。
優勝したのが青年というだけでも話題性があったが、秋人は顔もある程度整っていたのだ。
故に現在、若い女性達の間で人気沸騰中である。無論本人はそのことを知らないが、着実に彼の名は広まっていた。
因みに、モンモレットは男性陣の約7割の人気を占めている。
「あ、ついでにサインもらっちゃおうかな。ふふ~、みんなに自慢してやろう!」
そしてミズリーはすでに秋人のファンになっていた。
「っ~~~~~……!」
もうルルに反撃の手札は残されていない。
二人の応酬はミズリーの勝ちに終わったようである。
「ぅぅ~~~」
然しルルは納得していなかった。
自分を負かした相手に自分達の(主にミズリーの)護衛をさせることに、彼女のプライドが反対していたのだ。
先程から涼しい顔をしているミズリーの隣を歩きながらも、彼女はまだ反撃の手を探していた。しかし――。
――ドン。
(ビリッ)
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
前方不注意だったルルは通行人とブツかってしまった。
「あ、ゴメンさない」
「いんや、こっちこそ悪か……のぉおい!!!」
行き成り奇声を上げる通行人……もとい、緑髪の青年。
「こ、これは麗しい御嬢さま方! 大変失礼致しました。私、名をキース・ア・クラディスと云う者でして、これでもしがない貴族をやっております。知ってますか、この近辺は我がクラディス伯爵家の治める……」
「あ、クラディス家かぁ。知ってる知ってる。貴方は知らないけど」
「へ?」
青年にとってミズリーの返しは意外なものだった。
クラディス家といえば、ここリドリアを領内に持つ貴族の家だ。
地位は伯爵。上から公爵、侯爵と続いて3番目の地位である。(その下に子爵、男爵と続く)
その名を聞けば大抵の人間(キースのことを知らない人間)は畏まってひれ伏すはずである……と青年は考えていた。
それなのに何故、目の前の少女が貴族の自分に全く臆せずに普通に話してくるのか、彼にはわからなかったのだ。
「ミズリー、何をしてるの? さっさと行きますわよ?」
「あ、待ってよぅ~。置いてかないでぇ~」
「え? いや、……あれ? ちょ、無視!? 俺の事は無視ですか!?」
後ろで青年が何か叫んでいるが、ルルはそれを無視して歩いていく。
この時、既に二つの意味で彼女は危機に瀕していた。
「ルルちゃ~ん、待ってよ~。何で置いてくの~?」
情けない声を上げながら、後ろからミズリーが追いついてくる。
「当り前です。彼はクラディス家の者よ? もし私達のことがばれたらどうするのですか!?」
「え~大丈夫だって。あの人気付いてなかったし、ちゃんと変装してるからばれないよ」
と言っても、ルルは小さな帽子(試合の時とは違う)に黒のサングラス、ミズリーは髪を両側で縛っただけである。
知る人が見ればそれは変装でも何でもなかったが、それであまりに堂々としているために今の所は気付かれていなかった。
「確かに変装は完璧ですが、念には念をいれて……」
「ぬおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
その時、ミズリーを窘めるルルの言葉をキースの慟哭が塞いだ。
「「――っ!?」」
まさか、気付かれたか? っと、ルルとミズリーが後ろを振り返る。
「なんという幸運。神よ、貴方は私を見捨てなかった……!!!」
彼女等の後ろではキースが両手を天に翳して感涙の涙を流していた。
しかし彼がその手に掴んでいるものを見て、ルルが硬直する。
「え? あれって……?」
バッと彼女は自らの股間の上に手を置いた。
「えっ? 嘘っ!? な、無いっ!!??」
彼女の履いていたショーツが消え去っていた。
そして、目の前では男がそれを天に翳して泣いている。
「…………ぇえぇええええええぇええええええええええええ!!!!!??????」
そして今度はルルの悲鳴がその場に響き渡った。
「な、何!? どうしたのルルちゃんっ!?」
その悲鳴に驚いたミズリーが彼女を見やったが、ルルは気が動転していて気付かない。
「なななな何で、わ、私の? どどど、どうして?」
実は男とぶつかった際に服を引っ掛けて、さらにその下の下着まで破けてしまっていたのだ。
そうとは気付かずに歩いたせいでショーツがズレ落ち、それをキースが発見したのである。
彼女が白いロングスカートを身に着けていたために起こってしまった悲惨な事故であった。
「オウ、マイゴッド。俺は貴方に敬意を表す。奇蹟に巡り合えたこの幸運に、俺が生まれたこの幸運に、感謝しまっす!!!」
「ねぇ!? ルルちゃん、しっかりしてっ!!」
「――はっ!? そうですわ!」
ミズリーの呼びかけで漸く我に返ったルルは、涙を流す男に向かっていく。
「そこの貴方!!! 何故それを持っているのっ!!!!」
「ん? なんだ、さっきの御嬢さん達……はっ!? 神よ、これも貴方の思し召しなのか……!?」
ルルもキースも、真相には気付いていなかった。
「ちょっと、聞いてるのっ! 早くそれを返しなさい!!!」
「――のわっ!? 風が!!??」
キッとルルが男を睨みつけた。
そして、そこに舞い起きる一陣の送風。
余りにも異常な事態に、ルルは思わず魔法の風を発生させてしまったのだ。
「あっ! ああっ!! 俺のパンツがっ!!!」
「貴方の物ではありません!!!」
「えっ、あれってルルちゃんの!?」
三者三様に言葉を放つが、状況はより酷くなっていた。
突然の突風(ルルの魔法)によりキースの持っていたパンツはヒラヒラと風に飛ばされてゆく。
「待ってくれ! 俺のパンツ~~~~~~!!!」
最初に男がそれを追った。
「まずいですわっ! 行きますわよ、ミズリー!!!」
それを見たルルも血相を抱えて追いかける。
「う、うん!」
ルルに促されたミズリーもその場を駆けだして男の後を追った。
◇◆
「どこだぁ!! どこに飛んで行ったぁああああ!!!」
目の前から発狂した青年が走って来ていた。大声で何か叫びながら。
「……どう思う?」
俺はディズに意見を求める。まぁ、同じ感想だと思うが……。
「何やら必死じゃのぅ。ふむ……大事な物を探しておるようじゃな」
ディズは少しだけ相手の感情が読める――。
先程パンツを拾ったものの、いきなり街往く人に『パンツ落としませんでした?』なんて、聞けるわけがなかった。
そんな勇気ある行動を取れるなら探し人の発見も楽かもしれないが、そんな事をすれば確実に俺の中の何かが終わる。
対策として、まずはディズに怪しそうな人物の様子を確認してもらおうということになった。
で、一応怪しそうな男とエンカウントしたので聞いてみたわけだが。
「しかし、あいつは男……俺達の目標ではない」
「じゃな」
こいつは白だ。スルーする。
もしかしたら関係しているのかもしれないが、間違っていれば俺は変態扱いされるかもしれない。
いくら相手が怪しかろうと、事は慎重に運ばなければいけないのだ。
「ふむ、どうしたものか……」
「!? 主、離れよ!」
ディズが急に叫んだ。と、同時に俺の目の前を魔力の渦が通り過ぎていく!
――風!?
「な、なんじゃこりゃ!?」
幸いその軌道上に俺はいなかったが、俺の前を通り過ぎようとしていた発狂青年にそれが直撃する。
「ぐはぁ!!??」
そして青年は倒れたまま動かなくなった。
「な、何だ?」
「あっちじゃ」
ディズが尻尾で魔法が飛んできた方向をさす。
目を向けると、二人の女性が走って来ていた。
「さっきの魔法はあの人らが放ったものだったのか?」
「おそらくな」
ディズは少し警戒している。
まぁ確かに、いきなり街中で民間人(怪しい奴だったが)に魔法を食らわすなんて普通はしないだろう。
っていうか周りの人も皆見てるし、この辺は危険な所でもないと思ったが……これは新手のテロだろうか?
「はぁ、はぁ……ふぅ、始末したわね」
「はあ~はあ~。……う~ん、ちょっとやり過ぎじゃない? いくら止めるためだからって魔法は使わなくても……」
街中テロを披露した二人組は、その姿を隠そうともせずに倒れた男を見おろしている。
『誰か、早く警備隊を呼んで来いっ!』なんて声も辺りから聞こえる。これは凄い現場を目撃してしまった……!
しかしなんて白昼堂々としたテロリストだ。
こんなことをしでかした後でも周りの人を一切無視している。
なんか危険かも。俺も巻き込まれない内に逃げた方が良いか……。
「ん?」
「どうした主? 奴等と戦うのか?」
疑問符を呈した俺に、ディズが訊いた。
「いや、あれってルルさんじゃないかなぁ、と」
「なぬっ!? 主! 一体いつの間にあの女子を手籠にしたのじゃっ!?」
「待て、そして落ち着け。大会で俺と戦った女の子がいたろ? 黒い帽子を被った……それがルルさんだ」
俺は淡々とディズを往なしながら、改めてルルさんらしき人を見定める。
…………うん、あの金髪の二本ドリル(縦ロール)は忘れようも無い。
間違いなくあれはルルさんだと思われる。隣の子は知らないが、友達か何かだろう。
と、ジロジロと見つめていたのがいけなかった。俺の視線に二人組が気付く。
「え? アキヒトくんっ!?」
「なっ!? 何故彼が此処に!?」
二人は俺の登場に驚いている。(今さらだ)
まずいな、かなり嫌な予感がする。俺の本能が警鐘を鳴らしていた。
何これ、何のフラグだ? パンツかっ!? あれを拾ったのが悪かったのかっ!?
「……見なかったことにできないかな……?」
「もう遅いと思うぞ?」
落ち着け、俺は何も悪いことはしていない。よって俺が被害を被ることは無いはず……。
だが待てよ? 今、俺のポケットにはパンツがある……ちょ、この存在がばれたらやばいのではっ!?
「アキヒトく~ん! ちょうど良かった、後で探そうと思ってたんだよぉ~♪」
俺が頭をフル回転させている間に、ルルさんではなく見知らぬ方(桃色髪の無邪気そうな女性)が俺に話かけてきた。
「俺を探してた……? えと……俺のこと知ってるんですか?」
「あ、私ミズリーっていいます。ルルちゃんの友達で~す♪」
ぽわぽわした笑みを浮かべるミズリーさんとやら……笑顔が可愛い。小動物系だな。
「ふむ……やはりあちらはルルさんなので?」
「そうだよぉ~♪ あっ、いけないばらしちゃった。変装してるのに……」
どうやらテロは計画的犯行らしい。
否、でもこれは変装といえるのか? まさか突発的犯行……?
「ミナセ・アキヒト。どうして貴方がこんな所にいるのです?」
と、そこに敵意を剥きだしにして話かけてくるルルさん。
試合の後の事をまだ怒っているのか……まぁ色々やっちゃったし、仕方のないのことかもな。
「どうしてと言われても、観光?」
「頭に猫を乗せて?」
「……頭に猫を乗せて」
「…………そうですか」
そして沈黙。
ちくしょう、みなまで言わせるなよ。見てわかるだろ?(涙)
「アキヒトくん、アキヒトくん! ちょっと君に頼みたい事があるんだけど~♪」
「!? 待ちなさいミズリー!! 今はそれどころではないはずよ!!!」
「え~だって……」
「だってじゃありません!! こうしている間に誰かに拾われでもしたらどうするのですかっ!!!」
どうやら二人は取り込み中のようだ。
俺に頼みたい事は気になるが、聞かない方がいいような気もする。
それじゃあ、俺はこの辺でこの危険地帯からおさらばしようかな?
「あの~何かお取り込み中のようなので、俺はそろそろ失礼……」
「待て、主よ」
あれぇ~? 止めちゃう!?
「此奴らには聞かんのか?」
ディズが何やらご所望の様子。
「おいおい、何をだよ? 藪を突いて蛇でも出したいのか、おまえは?」
「儂らはその蛇を探しているのではないか?」
「………………ああ」
そうだった。あまりの展開にすっかり忘れてた。
そういえば拾ったパンツの持ち主を探していたんだったっけ。
ああでも、彼女らも何か探しているようだったし協力は……ん?
「じゃあ、アキヒトくんにも協力してもらおうよ!」
「それだけはやめてっ!!! 貴女は私に恥を掻かせるつもりなのですかっ!?」
「でも、もうどこにいったのかわからないよ? だったら人数が多い方が見つかるでしょ?」
「ちょっと待ちなさい! そんなことをすれば、私がどんな思いをするのかわかって言ってるのっ!?」
…………もう、今の会話で聞かずとも分かってしまった。
たぶん、そうなのだろう。この場合、俺の運がいいのだろうか、悪いのだろうか?
これは……うん、俺にとっての鬼門だ。どう応えても俺にはなんらかの被害が出そうである。
「主、言わぬのか? なんなら儂が代わりに言ってやろうか?」
「否、俺が言う。おまえは絶対に何も言うなよ?」
間髪いれずに俺は答えた。
ディズに言わせればきっと最悪の結果が待っている。
理屈では無い。俺はそのことを教えられずに理解していた。
ふぅと一息吐いて、頭を切り替える。
……さて、それじゃあ何て言おうか?
――俺はこれから、試練に挑む。
うぅぅぅ、ここまで長くするつもりはなかったんだけれど……。