022話 事件勃発
――大会が終わって。
俺とモンさんは二人揃って見事優勝を果たした。
俺はドン・ガジェロに、モンさんはベック・ノーマンを撃破したわけだが。
大会を振り返ってみるとまぁ、色々と大変な目に遭ったことを思い出す……。
その中で一番大変だったのが、俺の試合の後処理だったというのは不幸としか言えない。
試合の後処理……そう、鐘が鳴ってドンが病院送りになった後のことだ。
当然、闘技場内は滅茶苦茶で。これって俺のせい? とか思ってしまった。(これがいけなかった!)
俺の責任にされるのか心配だったので、俺が頑張って闘技場を元通りに戻したのである。
なけなしの魔力を振り絞った俺は、そのせいで気力、体力ともに疲労困憊になってしまって……。
よって、不本意ながらその後の事はよく覚えていなかったりする。
気になっていたモンさんの試合も、残念なことに朧気にしか覚えていない。(ぼ~っとしていたのだ)
非常に残念極まりないのだが、まあ、ここからは少しダイジェストにお送りしよう。
――まずモンさんの試合。
確かなかなかしぶとかったベックに、モンさんがブチ切れたのを覚えている。(最初の方の記憶がない)
「何度も何度も、同じ事を言わすな!」(剣で斬りまくってる)
「ならば、マルキューイを渡すんだ。金なら払う!!」(盾で防ぎまくってる)
「き、貴様~~~!!!」(モンさんが一旦距離を取った)
ここでモンさんの魔法が炸裂。
「炎を司る番犬達!」
そして四匹の炎の犬が出現。(生き物っぽかった)
「かかれ!」(モンさんが犬に合図)
「ガァアアアアアア!!!」(ベックに襲いかかる炎の犬達)
「き、効かぬわっ! 犬どもめ!」(炎に包まれながらも強がるベック?)
「何!?」(モンさんがそれに驚く)
ここで、怖ろしいことに、炎を纏いつつベックが攻撃を仕掛ける。
「喰らえ!」(ベックがハンマーみたいな武器で攻撃)
「くっ」(モンさん、攻撃に掠りながらもなんとか回避)
「ち、すばしっこい奴め」(ベック、ハンマーの風圧で体の炎が拡散)
で、モンさんがまた距離を取る。
「やるな、本戦まで隠しておくつもりだったが、貴様に私の本気を見せてやろう」(自信有り気なモンさん)
「ならばそれを耐えきった時が、お前の負ける時だ」(攻撃を避ける気のないベック)
最後に、止めとなったモンさんの魔法。
「降臨せよ、雷を司る番犬達!!」
今度は4本の雷が落ちて来て、4匹の雷の犬が登場。
あ、そうそう。この魔法って実は珍しい。(らしい)
なんか雷系の魔法はイメージし難いようで、なかなかお目に掛ることはできないみたい。(資料より抜粋)
確かにこの世界では電気とかはあまり使われていないから、言われてみれば当然である。
俺なんかは普通に電気とかイメージできるんだけど……自然系の魔法はほぼ使えないからなぁ。いや、残念だ。
それで続き――。
「いけ、雷犬!」(高速でベックに飛びかかる雷犬)
「ウガビリウゴブレ!!!!????」(ベック感電→意識不明の重体)
みたいなやりとりで勝負がついた。ベックから雷が迸っていたのが目に焼き付いている……。
兎に角、モンさんが試合に勝ち、相手も漸くココちゃんのことを諦めてくれたようで。めでたしめでたしだ。
あと、最後に表彰式みたいなこともやった。(優勝者の残り二名は省略)
一人一人呼ばれて御祝いの言葉とかなんとか言われたが、正直なところ早く帰りたかった。
んで、その後に打ち上げとかいうことで、盛大な後夜祭みたいなものが予定されていることを知った俺は、即行会場を抜け出して宿屋に戻り安息に着いたのである。
因みに、予選を勝ち抜いたということはジュノン本戦に参加決定ということ。(強制だ)
だがしかし、俺にはもう戦う意思はなかった。大事な事なのでもう一度言う、俺は戦うのは好きじゃない。
ルルさんとの約束は、とりあえず予選を優勝したのでクリアしたとみなす。
命あって何ぼである。これ以上生死を賭けた争いは割に合わないし、ナンセンスだろう。
だが、モンさんに出場を辞退できるかどうかそれとなく訊いてみた所、やっぱりそれなりのお金が必要らしい。
辞退できないなら本戦に出るしか道はない。すっぽかしたりして、傭兵登録の取り消しにはなるのは厳し過ぎる。
そういう訳でどうしようかと迷っていたのだが、どうやらジュノン本戦までまだ時間があるとのことだ。
2月以上も先のことを迷っていても仕方ない。よって一旦棚上げにしておく。たぶん成るように成るだろう。
というわけで、俺は今リドリアの街中を歩いている。
大会も終わって暇を持て余し始めていたので、ディズと一緒にリドリアの露店巡りを行っているのだが……。
「主、あの甘味屋はどうじゃ? 銭はまだあるのじゃろう?」
「……駄菓子屋か? まぁ、な。それはいい、それはいいんだが……」
先に言う、ディズの提案自体は全然悪くは無い。寧ろ歓迎である。
ちょうど朝から歩きっぱなしで小腹は空いているし、お金も予選で優勝した分の稼ぎ(金貨1枚!)がある。
それでなくともまだ懐には十分な資金が残っているので、お金のことなんか全然心配する必要はない。
しかし、俺は返答に渋った。
それは何故か! 何故ならば――。
「何故だ? 何故お前は俺の頭から離れない?」
頭の上に、ディズがいた。
しかも朝部屋を出てからずっとである。
俺は何故かディズを肩車したままで街中を歩き回っているのだ。
ずっとずっと、ずーっと、俺の頭にしがみ付いて(凭れて?)離れない。
「いい加減に離れてくれ。首が凝って仕方がない」
このセリフを言うのも、もう5回目であった。
「まだ言うとるか! 主は今日一日、儂と過ごすと言ったではないかっ!」
「は? だからそれは、一緒に観光に付き合ってやるという意味で……」
「戯けたことを。何にしても、今日一日は儂に従ってもらうぞ」
「………せめて、自分で歩いてくれないか?」
「主、あの蜂蜜のかかった甘味はどうじゃ?」
「…………」
もはや取り付く島もない。
こいつはわかっていない。朝から今まで、俺が一体どんな視線を浴びせられてきたのか。
確かに猫は好きなんだけど! 街の人達が俺を見る視線は不審者に対するそれだったぞっ! お前はそれに気付かなかったか!?
普段の俺ならこんな巫山戯たことを許すはずも無いのだが、今の俺には強く出れない。
何故なら俺が大会で負った傷……その傷を治してくれたのは、他でもないディズだったからだ。
試合が終わった後……痛がる俺を見兼ねてディズは俺に治癒魔法をかけてくれた。
治癒魔法は普通ならかなりの魔力を消費する大技なのだが、俺に関しては例外である。
俺には拒絶反応もなく治癒が行えるので、俺の傷は他の人よりも傷が回復し易いのだ。
それでも一応、治癒は膨大な魔力を消費してしまうらしい。ディズも結構つかれていたようだった。
まあそのこともあり、今日はそのお礼として俺の方からディズを観光に誘ったのだ。
だから、たとえ相手がいくら調子に乗っているとしても、今だけは耐えなければいけない。(そう言い聞かせる)
「礼節を重んじろ、秋人。お前は紳士である……」
「ん? 何か言ったか、主?」
「……なんでもない。それより、菓子は見つかったのか?」
「うむ。あれとあれと、ついでにそれも買ってくれ」
言われたとおりに御菓子を集める俺。
う~ん。ディズのこの行動。もしかしたらココちゃんとの絡みが影響しているのかもしれない。
なんだかあれを境に、ディズが俺に纏わりついてくるようになったような気もするんだよなぁ。
集めたお菓子のお金を支払いながら、俺はそんなことを考えていた。
ここのところ試合とかでディズに構ってなかったからな。
何だかんだ言っても、こいつ一人で寂しかったのかもしれん。
そういうことなら、俺も悪い気はしない。存分に構ってやろうではないか。
(今だけは、今だけはディズの忠実なる執事となるのだ……!)
そう俺は自分に暗示をかけて、この状況を甘んじて享受することにした。
・
・
――ポロッ。
「むおう、これもなかなかじゃのぉ」
「美味いか、それは何よりだ」
俺達は未だ街中を彷徨いている。
俺の頭の上では、ディズが先程買った御菓子の品評を行っていた。
「主もどうじゃ? これは甘味が程々で、食べやすいぞ」
そう言って、前足を器用に使い俺の口の前に御菓子を届けるディズ。
「パク、バリバリバリ……ふむ、確かに美味いな」
「じゃろうじゃろう♪」
――ポロッ、ポロッ。
まぁ、味は良い。俺も基本、甘い物は好きな方だ。
こうやって、街を色々見ながら食べ歩くのも悪くは無い。
(俺の頭上が悲惨なことにさえなっていなければ、な)
俺は心の中でそうごちる。
――ポロポロポロッ。
店を出た頃から、俺が歩いているとその振動で御菓子の食べ滓が落ちてくるのだ。
今、俺の頭上はディズの食べ滓で見るも無残な光景になっているに違いない。大惨事である。
「もう何も言わん……無心になれ、秋人」
「あまっ! これはちょっと甘過ぎるのぉ~♪」
上機嫌なディズを余所に、俺は無我の悟りへと近づこうとしていた。と、その時――。
――――ん?
ヒラッと俺の視界の端をピンク色の物体が掠めた。
――――なんだ? 何か落ちてきた。
それは、断じて御菓子の食べ滓などではない。
少し気になった俺はそれを確かめるために、路地裏の方へと足を向ける。
「ん? ふひ、ほひらひわはふぃほはいほ? ふぃひふぁふほは」
ディズ、とりあえず口の中の物が無くなってから喋ろうな?
何を言っているのかわからないので、取り敢えず無視しながら目標物へと近づいてく。
「主、そちらには何もないぞ? 引き返すのじゃ」
「ちょっと待て、もうすぐ……」
たぶんこっちの方へ飛んできたはず……。
俺は自分の予測に従って、道をわけ行って歩を進める。
そして、それを発見した。
「……な、何故だ? 何故ここに、こ、こんなものが……!!!???」
おかしい。これは、ここにあってはいけないものだ。
「何じゃ? 何があった?」
俺の様子がおかしいことに気付いたディズが、ヒョコッと顔を覗かせる。
「ん? …………主、まさか、こんなものを探しにここにきたのか……!?」
ディズがそれを見て落胆の色を見せるが、そんなことはどうでも良い。
問題は何故こんなものがここにあるのか。俺の関心はその一点に尽きた。
それを手に取ってみる。
「なっ!? 馬鹿な……あ、温かい……だと!?」
その発言を受けても、ディズの表情は変わらない。
「それがどうしたのじゃ、さっさと戻るのじゃ主!!」
まだ温もりが残っている……ということは、これは寸前まで本来の役割を果たしていた、ということである。
それが、一体全体、どうしてこんな所に飛ばされてきたのか。まったく見当もつかない。すべては謎の中だ。
まぁ、兎に角コレの所有者が困っているはずなのは間違いない。それだけは間違いないと思う……。
「これは、紳士として放っておくわけにはいかない……」
「むぅ、そんな面倒を背負いこむのか!? 儂との約束はどうなる!? 今日一日、儂と一緒に遊ぶのじゃろうっ!」
「んなもんいつでも出来るだろ! 事件は現場で起きてんだっ!!!」
バシィィッと有無を言わさずディズに物申す。今の状況を表すにピッタリの名ゼリフであった。
「むむぅ……なら、明日も儂に付き合ってもらうぞ?」
「かまわん、大事の前の小事だ」
……いや、本音を言えば勘弁してもらいたい。
「ふふん、ならば良いじゃろう。では儂も協力してやろうぞ!」
ダ、ダメだ、先手を打たれた! もう取り消せない。
「…………ま、いっか」
御座なりにそう嘆いて、俺は路地裏にひっそりと落ちていたブツをポケットに仕舞い込む。
「犯人探しだ。火急的速やかに、他人に悟られる事無く、そして迅速に事をなさなければならない」
「主、今同じ事を二度言ったぞ」
……………………、…………。
「ふっ、まさかお前につっこまれるとはな。嫌な予感がヒシヒシと伝わってくるぜ……」
「む! 主、それはどういうことじゃ!!」
「おい、あまり燥ぐな。遊びではないのだ! 誰が何処にいるかわからないんだぞっ!」
「ぬぅぅ、せっかく指摘してやったというのに……」
では、改めて――。
「犯人を挙げる。準備はいいか?」(できるだけ、格好良く)
「う、うむ。良いぞ!」
「……あ、主よ。ホシとはなんじゃ? お星様のことか?」
「………………」
こいつと居るとどうにも締まらないな。なんでだ?
と、そんなことを疑問に思いながら、俺は来た道を引き返していく。
遊んでいる暇はなかった。早くコレを持ち主に返してやらないといけない。
きっと困っているはずだから、と俺はポケットの中で物を握りしめる。
まだ、ほんのりと温かかった。
……これは事件である!
よって、今の俺の行動は何の罪にもならないはず。
そう、俺はただ大事な証拠を落とさないように握っているだけだ。
それだけだ。誓って言える! 決して疾しい気持ちなどないぞ!
決意を新たに、俺は人々が行き交う大通りへと歩を進めていく。
¶
因みに――。
今、俺のポケットの中にあるもの――。
なんとそれは、可愛らしいパンティーなのであった。