020話 束の間の休息
***急用 回想編***
澱みが綺麗さっぱり無くなったのを確認して、俺はディズの背中から手を離した。
――よし。
これでディズとの契約の経路は元通りになったはずだ。
もしかしたら、前よりも魔力の通りが良くなっているかもしれない。
「主、何をどうやったのじゃっ!? 経路が治っておるぞ!!!」
ディズが驚きながら振り返って訊いてきた。
……やっぱりわかってなかったわけね。まぁ、そうだろうとは思ったけれども。
さて、どうやって説明しようか。
俺も実際やるまでは半信半疑だったんだが……。
「ディズは俺が自分の魔力が視えないのは、俺の魔力には色がない……つまり透明だからではないかと、そう言ったね?」
取り敢えず、簡単な質疑応答で状況を確認していく。
「う、うむ。言ったぞ……」
返事がかたい……ディズ、おまえは何をそんなに緊張しているの?
「……まぁ、それが正解だとして。じゃあ、俺には大気中にあるマナも視えないんだが、それは何故だと思う?」
「それは……主にはマナの色も透明に視えるからではないのか?」
「うん、そうなるね。ということは、俺の魔力と大気中のマナだけが透明に視えているわけだ。俺にはね」
「……そ、それで?」
俺がディズに物を教えている。これは中々新鮮な感覚だな。
「それでは、俺のオドとマナが同じように透明色に視えているのはどうしてでしょう~?」
ちょっと学校の先生になった気分。
ディズの瞳は俺がまだ小学校低学年だった頃の、純粋な輝きを放っていた。
なんだか俺の教えを全て鵜呑みにしてしまいそうで……小学校の先生はこんな気持ちでいるのだろうか?
「わかったぞ! どちらも透明だからじゃ!」
…………ちょ~っと言い方が悪かったかな~?
「俺のオドと大気中のマナは同じ透明色なのですが、どうして二つとも同じ色に視えるのでしょうか?」
「何故……何故じゃ…………むっ! わかったぞ! 二つとも同じものだからじゃ!」
「正解、30点!」
「やったぞ、正解じゃあ!!」
本当に子供のように、ピョンピョンと飛び跳ねて喜んでいる。
なんか見てると癒されるな……ふむ、子供にはこうあって欲しいものだ。
「そうです。二つの魔力としての質が似たようなものなので、俺の目には二つが同じ色として判別されているのだと思われます」
「うむうむ。そのとおりじゃ」
偉そうに頷いているが、本当にわかってるんだろうな?
「では確認ですが、マナには弱い意思しかありません。あっちらこっちらへと迷子の子供のように大気中を漂っているのわけですね。しかし、オドはしっかりとした大人なので迷うことはありません。強い意思をもって行動しているからです。それがオドとマナの違いなのですが……」
「が?」
一旦、溜めを作る。頭の中を整理していく。
「俺のオドがマナのような性質をもっているのか。それともその逆にマナが俺のオドのような性質をもっているのか。どちらだと思いますか? ディズさん」
「う、うむ。主のオドが大気中のマナのような性質を持っているのではないか?」
「そうですね。逆も考えられますが、他の人の魔力には色が付いて視えるので、その考えは無しとします」
「どういうことじゃ? 主のオドには弱い意思しか宿っていないのか?」
「まぁそうも考えられますが、俺は強化などの単純な魔法が使えます。これはつまり、俺のオドも強い意思をもっているからと考えられます。強いて言うなら、俺のオドは強い意思を持った迷わない子供である、とそういうことになります」
そろそろ核心に触れる。
「ではそもそもの目的ですが、それは契約のパスの異常を治すためでした。最初、俺は中からの干渉を考えましたがそれは無理でした」
「パスには魔力量の制限を掛けたからのぉ」
「では、外からの干渉はどうでしょう?」
「それこそ無理じゃろ、外からじゃと拒絶反応が起きて干渉すらできんぞ」
「あ~残念。確かに普通ならできません、普通のオドならね」
そう、つまりそういうこと。
大人同士では警戒心を抱いて拒絶する。では大人と子供であったなら……?
「主のオドならできるというのか?」
「事実、マナを取り込んで拒絶反応が起きる人はいません。つまり、マナと同じ性質を持つ俺のオドなら、他人が取り込んでも拒絶反応は起きないのではないか、と俺は考えました」
「ほほう。成程のぅ」
「外からのパスへの干渉。なんとかディズの拒絶反応も起きず、俺はパスの澱みを取り払うことができたのでした~。終わり」
「それでパスが正常に戻ったのじゃな」
俺がやったのは大体こんなところだ。
……まぁ、欲を言えばパスの魔力制限を取っ払いたかったんだがな。それはできなかった。
ディズの人化への道はまだまだ険しいようで。
とりあえず異常は治ったようなので焦ることはないが、どうも素直に喜べなかった。
******
ってなことが、ちょっと前にあった。
それで実験の意味も含めて今日初めて実戦で使ってみたのだが、中々使える能力であることがわかった。
試合の前にも色々と試しはしたのだけれど、意外と応用の効きそうな感じ。
確認と試行も兼ねて、俺の能力についての手記を記録したいと思う。
ああ、ついでに今度暇な時には日記でも書いておくのもいいかもしれない。
――1.俺の魔力は拒絶反応をコントロールできる。
これは調べていく内にわかったことだが、拒絶反応は俺の意思で決められるのだ。
何も意識しない状態では、相手の魔力に対して自動で拒絶反応を起こすが、それは俺の意思で解除することができる。
つまり相手の魔力に強制的介入を行い、制御を奪えるということだ。
制御を奪えると言っても今は魔力の流れを変えるくらいだが、それで魔法を霧散させることができる。
慣れればもっといろんなことも出来るようになるだろう。
しかしそれには対象に触れていないといけない。正確に言えば俺の魔力が対象に接触する必要があるということ。
素手で炎や雷に触れるのは危ない気がするが、これは俺の魔力を通した道具……士さんなどで代行することで楽に行えるだろう。
――2.俺の魔力はマナとの相性が悪い(?)らしい。
俺の魔力を体外に放つと、霧散してしまう。物体には通るので空気に触れるのがダメなようだ。
これは俺の魔力がマナに近い性質をもっているためと考えられるが、理由は良くわからない。(相性が良過ぎるとか?)
体内にマナをとりこみ強化魔法を使うことはできるのだが、これももしかしたら強引な力技で行っているだけかもしれない。
――3.俺は魔力を視認することができる。
俺は魔力を色で識別することができる。
魔力が赤や、青、紫といった具合に視えている訳だ。
たとえ魔力を偽装していたとしても、俺の目を誤魔化すことはできない。
因みに、俺自身の魔力と大気中に漂うマナだけは視認できない。
透明なだけでよくよく視れば揺らぎ程度は確認できるのだが、実際は空気と同じような感じだ。
――4.契約について。
これは俺の能力とは関係ないが、大事なことなので書いておく。
現在、俺はディズ・リング・ベルターシュなる精霊と契約している。
契約内容は俺からディズへの魔力供給。
契約の経路は一方通行で、濾過付き|(これはいらないかも?)、あと流れる魔力量も制限がかかっている。
それから、ディズ本来の姿は絶世の美少女(美女?)であるが、燃費が悪いとのことで猫の形をとっている。
俺としては人型になって欲しいので、目下、方法を模索中。
その要因として、経路の魔力量制限が大きな壁となっている。
契約はやり直しのきかないものなので、契約はどちらかが死ぬまで切れない。
再契約も無理っぽい。どうやら今のある情報だけでは、難しいようだ。
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――取り敢えず、今はここまでにしよう。
ふぅっと一息ついてから、俺はペンを脇に置く。
一応、この手記は日本語で書いた。
内容は俺個人のことだし、プライバシー対策だ。あんまり意味ないけど。
それに日本語の文章も書いておきたかった。この世界に来てからベルバ語ばかり使っていたからな。
今は夜中。
宿部屋に置かれている机に向かい、鈍く輝く赤色の月光を頼りに俺は手記を認めていた。
ディズはとっくの昔に夢の世界へと旅立っている。睡眠も魔力の節約の役割があるようだ。
周りは物音一つしていない。静かな暗景は思いの外心地よさを感じさせた。
パタッと手帳のような本を折りたたむ。
ぐぐ~っと伸びをして、固くなった筋肉を解してやる。
俺は夜空に光る赤い月を眺めながら、懐かしい白い月を重ねて故郷を想う。
はたして、帰る方法は見つかるだろうか……?
この異世界へと来ることができたのだから、地球に戻る方法もあるとは思うのだが……。
若干、楽観的過ぎるかもしれない。
然しそうはいっても、やはり手掛かりはないわけで。
……もし、俺が召喚されていなかったら。
俺がいたはずの地球での生活を考えてみる。
………………………………。
少しだけ、胸の奥が熱くなった。
なんだか考え過ぎると深みに嵌ってしまいそうな気がして、俺は思考を切り替える。
そう、明日といえば大会の決勝戦だ。
あと、モンさんも決勝へと勝ち上がった。
モンさんの相手は、あのベック・ノーマンとかいう男のようで。
……実は一番勝敗が気になっている試合だったりする。
因みに俺の相手はAランクの優勝候補らしい。
まぁ、その気になれば勝つのは容易い……と思う。
まだ誰にも試していない奥の手があった。
たぶん、うまくいけば相手が誰であっても勝てるだろう。
反則技だ。
だから、それは使わないことにする。
相手の魔法を無効化するのも似たようなものだが、それは無効化しなければ俺が死んでしまうからな。
実際に今までもそれだけで十分に戦えていたので、問題はないはずだ。
そういえばオスカーとの試合の後、ディズに『主……鬼畜じゃな』とかなんとか云われたが……。
言っておくが、俺は戦うのはそんなに好きなわけじゃない。どっちかというと嫌いな方だ。
あれは相手が弱かったので遊んでいただけ。断じて戦いではなかった、というのが俺の言い分。
否、遊びでも鬼畜になるのか……まぁ、その辺は置いとこう。
さて、夜も更けてきたのでそろそろ寝るとしようか。
明日の朝一で試合が始まる。
俺がその時間に起きれるかは少し心配だ。
まあ、いざとなればディズかモンさんが起こしてくれるだろう。
他力本願な思いを胸に、ディズを起こさないようにベッドに入った俺は静かに安眠に着いた。
とりあえず、100話は越えたい……と、思ってる。