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遥かな場所で  作者: 生野紫須多
第一章 旅立ち編
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012話 去らば、バーミュラー

「……去らば、バーミュラー。また逢う日まで」

「何をしておる、早う行くぞ」


感動の旅立ちを台無しにされる。この町には色々と思い出があると云うのに。


明朝、朝早くから町を出る銀髪コンビ。

目的など無い。各地を旅して情報を集める……というと聞こえはいいが、要するに行き当たりばったりである。

旅人のように流離さすらい街を転々として地道に情報を探すのだ。いや、旅を存分に楽しめると云えばそうなんだが。


なんだか長旅になりそうである。とは云っても当然、歩いていく訳ではない。


「それじゃあ護衛の方、宜しくお願いしますね」

「ああ」


そう云って前を向いた商人は馬の手綱を引いていく。そう、これは護衛任務。

俺達は荷台の上で待機中だ。まぁこれから通る道は魔物のエンカウント率も少ないらしいから、俺達は殆どおまけだけどね。


さて、俺達がこれから向かう街(印象的に町というより街な気がする)の名はリドリア。

バーミュラーよりも大きい街のようで、人通りも多く商売も盛んとのことだ。

ここで情報が手に入ればいいが……期待だけはしないでおこうか。もう楽しめればいいや。


予定通りに進めば二日後に到着するらしい。

今日一日ひたすらに馬車に揺られて、夜は野宿。俺は見張りだが。

う~ん、今まで忙しい毎日だったからなぁ。それまではのんびり過ごせそうである。



――そして数時間が過ぎた頃。


「……………………」


風が凪いでいる。


景色は緩やかに過ぎ去り、変わり映えのない色とりどりの緑色が俺の視界を絶えず浸食している。

正直、何もすることがない。魔物も全然出てこないし(不謹慎だけど)、誰ともすれ違わないぞ。刺激が少なすぎる。


「………………暇だ」


暇とは、これ如何に。


「……良いではないか。ゆっくり旅の疲れを癒せる時じゃぞ?」

「いや、そうなんだけど……」


そうは云っても暇なものは暇である。

最初の頃は確かにそれも良いかな……とか思ってたけど、一応これは護衛の任務な訳で。

寝ることもできないし、旅の疲れっていってもあんまり疲れてないよ。それにお喋りは本分じゃない。

俺はそんなにコミュニケーション力高くないのだ……かといって魔物よ出てこい、なんて云えないしな……。


今まで忙しかった分の反動か、暇を持て余し始めている。明日まで、俺の精神は無事に持つだろうか。


一方、こういうことはディズは慣れてるっぽい。

さすが四百年の時を生きてるだけはある。と云うか、精霊って歳取るんだろうか?

四百歳とか云ってたけど実際はどうなっているのか……精霊になって四百年ってことなのかな……?

訊いてみたいが歳の事は前に誤魔化しちゃったからなぁ。ああ、せっかく会話のネタが見つかったのに……。


「お前は暇じゃないのか?」

「暇……と云うのも大切な時間なのじゃ。心を休め、英気を養う……そのための自由な時間故。自然の一端と化し、花を愛で、緑を吸い、空のように自由に流離さすらう。主のようにただ悶々としているのは人が人で在るが故の証なのかもしれぬが、それでは見えるものも見えまいて」


な、なに、何故そんな含蓄のある言葉を……!


「さ、さすがは神様、云うことが違うな」

「時が動いておるのではない、主が動いておるのじゃぞ」


ご、後光が見える……いや、普通に感心した。見直したぞ、やっぱりディズは偉かったんだな。

やはり長く生きている人は仰ることに説得力がある。うんうん。早速、俺も見習おうではないか。


自由に気儘に、花を眺め、緑を眺め、空に浮かぶ雲のように自由に視線を動かす。


うむうむ、プックリと丸々太った鳥が飛んでいる。実に美味しそうではないか。

ああ、チキンソテー食いてぇ……おやっ、あの石ころはすごく平べったいな。

是非あれで水切りやってみたいなぁ。強化した今の俺なら本当に水を切れるかもしれない。


とまぁ、そんな事を考えながら俺は妄想に明け暮れて暇な時を過ごしていった。





それでも人は怠惰な時間が長く続けば、それだけ思考も滞ってくる……要するに下らないことばかり考えるようになるらしい。


俺はディズに感化されて自由な時間を過ごしていた。それは今も変わらない。

しかし、無作為に泳いでいた俺の視線は今、ある一点に引きつけられている。

それは俺の勝手な主観ではあるが、でもこれはかなり重要なことだと思うんだ。


現在ディズは荷台の上から呑気に景色を眺めている。(時折鼻歌も聴こえてくる)

何が面白いのかは知らないが、それはもう、後ろから俺が凝視していることにも気付かずに熱心に。

そして俺の視線の先には……ななな、なんとっ! ディズのお尻(しかも生)が!! ――ダダーーン(効果音)!!!


…………何故だろう? 今、唐突に謝りたくなってきた……一応謝っておく。ゴメンなさい。


――――俺は不思議に思う。


ディズは神様だ。今は猫の姿をしているがこれは仮の姿。

本当の姿はあの銀髪の美少女だと云うことを俺は見て知っている。


――――だが何故だ?


……何故彼女は美少女の姿では服を着ていたはずなのに、猫の姿になるとこうも自然に裸体になっているのか。

何故、いつも裸のままで平然としていられる……? 何故、いつも裸のままでそのように自然に振る舞える……?


前提として、気付いていない……なんてことは有り得ない。

ならば猫の姿だから気にならないのか? 否、皆一度考えてみてくれ、自分が猫になっている姿を……。


――――果たして貴方は平気だろうか?


何も身に着けず人前に立つという難行。裸体に突き刺さる人々の視線。自らの急所を無防備に相手に晒すという恥辱。

まさに拷問ともいえるこれらの難関を貴方は耐え凌ぐことが出来るだろうか……否、少なくとも俺には出来ない。特に最後は。


――――然し! 然しである!


現に彼女は今、何の躊躇いもなくお尻のピーを俺に披露している!


これはなんという羞恥プレイ……もとい彼女は一体何を考えている?

それとも、この行いは凡人の俺には想像もつかない程の崇高な理由が秘められているのだろうか……?


成程、そう考えるならこの奇行の全てに説明が付く。つまり、そうしなければならない理由がある、ということだ。

これ程の恥行を軽快なまでに実行している様は――そう、まさに彼女の神としての使命を彷彿とさせるのではないか?


――――神とは斯くも尊い存在なのか。


ならば俺は心から彼女を称賛しよう。もはやそれは、人の手には有り余る所業なのだから。


――――そして、さらに。


そこには如何なる理由が隠されているのか?


俺の知的好奇心はさらなる答えを求めて、パンドラの箱に手を掛ける。


ああ、ダメだ。その場所に人が踏み込んではいけない。そこは神々の住まう禁断の地。

頭ではダメだと分かっているのに、心は勝手に動こうとしていた。ダメだっ! やめろっ! 


(善なる俺)「くっ、踏みとどまれっ、お前は紳士お前は紳士……」

(悪なる俺)「紳士として神秘を探求するのも立派な務めなのです」

(善なる俺)「何っ!? 何故ここに貴方が……っ!?」

(悪なる俺)「ふ、既におまえは包囲されている。無駄な抵抗は死を早めるぞ?」


勝敗は難なく悪魔に軍配が上がった。


(悪なる俺)「さぁ、今のうちにお逝きなさい」


そして悪魔にそそのかされた俺は、意を決してその一歩を踏み出す……否、踏み出してしまった。(ええいっ、ままよっ!)


「なぁ、ディズ――――」





「はっ!? 俺は……一体……?」


あれ? 何時の間に寝てしまったんだろう……。

っと、ヤベっ。護衛の最中だったっけ? 俺は急いで身を起こ――。


「――っ!!! 痛っ!! っつぅ~~~~!!!」


――せなかった。身体に起こる異変、全身に走る激痛に俺は悲鳴を上げる。余りの痛みに起き上がれずに床へと倒れ込んだ。

くっ、なんだこれ? めっちゃ痛いぞ……!? 何故かは知らんが身体中が痛くて身動きが取れない。俺はどうしてしまったんだ!?


これは、筋肉痛……? 


否、それだけじゃない。確かに中の方も痛いが、良く見てみると身体中が痣だらけだ。一体何があったんだろう……?

俺は痛む首筋を我慢して周りを見渡す。空が赤い、何時の間にやら外はもう夕暮れ時らしい。俺はどれだけ寝てしまったんだ。

さらに横を見やるとディズが荷台の上で丸まって座っていた。丁度いい、ディズなら何か知っているかもしれない。


「ディズさんディズさん、俺が寝ている間に何があったか知ってますか? なんか、身体中が痛くて立てないんですけど……」

「……………………」


然しディズは何の反応も示さない……あれ? 聴こえなかったのかな?


「お~い、聞いてますか? 聞こえてますよね? ディズさんディズさん!」

「…………フンッ」


へっ? な、何だこの反応は。なにやら怒っていらっしゃる……?

どうしたんだディズさん。護衛中にも関わらず俺が寝てしまったから怒っているのか。否、それなら起こしてくれても……。

ところで俺がディズに喋ろうとすると口調が変化するのは何故? 身体も痛いし……謎だ。本当に何があったんだろう。


「商人さ~ん! すいません。魔物とか出なかったですか? 俺が寝てる間に何があったか分かります?」


ディズさんは何やら機嫌が悪いようなので、頭上にいる依頼主に声をかけた。護衛失格発言だが、この際それは置いておく。


「ひっ、な、何も知りませんよ私! はいっ、本当に何もなかったです!! はいっ、すいません、はい!!」

「?? ……あ~、そうですか。いや、俺もいつの間にか寝てしまって……すいません」


何故こんなにも怯えているのだろう。なんか必死に謝ってきたし……こんな人だったっけ……? 

然し参ったな……今の俺じゃあ魔物とか出てきても全然対応できないぞ。ディズがいるから大丈夫だとは思うんだが。

う~~~~ん。やっぱし、何で怒っているのか聞くべきだろうか? でも、答えてくれなさそうだよな。


……原因は俺……なのかな? 取り敢えず謝っとく……?


「ディズさん、何があったかは存じませんが、貴方が怒っていらっしゃるのは俺が粗相をしてしまったからなのでしょうか……いや、すいません! 謝ります、ごめんなさい!」

「………………」

「お、俺が悪いんですねっ、すみません! もう二度としませんから許して貰えませんか! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」


必死に首だけ動かしながら謝り続ける俺。


そして数分後、そんな俺の心が通じたのか漸くディズが口を開いてくれた。


「……主」

「は、はいっ、なんでしょうっ!」


俺の命運はディズの一手に託されていた。


「……主ももう充分に反省しておる故、今回は特別に許してやろう」

「ありがとうございますっ!!! 本当にすみませんでしたっ!!!」

「但し……!」

「た、ただし……?」


振り返ったディズのキラリと光る眼光が俺を射抜いた。


「…………次はないと思うが良い」


――ヒュゥゥゥゥゥゥーー。


冷気が舞う。絶対零度のその瞳は俺の小さなガラスのハートをことごとく凍てつかせる。……ゆ、許してくれたんですよね?


俺が一体何をしたのか……なんてことは聞くだけ野暮なのは分かった。

ディズがこれだけ怒っていたんだから、俺はそれだけのことをしたんだろう。

俺には全然身に覚えはないのだが……。というか俺はなんで寝てしまったんだっ!?


兎に角、今後は気を付けて行動することを肝に銘じる。

ディズの言動にも細心の注意を払い、地雷を踏まないようにしなくてはならない。


因みに、この後俺が動けるようになったのは次の日の朝日を迎えた頃だった。

さらにその間ディズはずっと動かずに床で丸まっていた……体調でも悪かったんだろうか?


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