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第七十九話 ありがとう

もぐもぐ。ゴックン。


 アダマスはコミカルにパスタを咀嚼し、飲み込む。

 複雑に絡み合った『美味しい』が喉を経過した後はシャルへ顔を向けた。


 しかし、顔を向けたと思わせてレオナに一瞬だけ視線を向け直しウインクす。

 そして今度こそ完全に妹へ視線を向けた。レオナはポカンと開口が止まらない。


(なんかの周りへの合図か?それとも遊ばれてる?)


 深く考えてしまうが結局、答えは見つからず。意味もなく遊ばれているだけなのだから、答えなんて初めから無いので当然といえば当然だ。

 さてここからが本題と、アダマスはシャルへ話題を振った。


「ところでさ、なーんか前食べたパスタと味が違うよねぇ」

「ああ。それはこの店の特徴じゃな。

メリアン女史は客のコンディションを観ることに長けておってな、自分が思った事を注文と一緒に店主へ伝える事で、客にとって最も食べ易い味に調節しておるんじゃ」


 言ってシャルは、手首で軽くフォークを動かした。その先端には今まさに食べようとしていたマスクリーム。

 彼女は鼻息ひとつ吹いた後にソレをアダマスに差し出して食べさせた。楽しそうに。

 彼は口をモゴモゴと動かしながら納得の頷きである。


「確かにレオナより少し塩気が薄いね。ハーブの分量も違うかな。

でも、食べ易いのであって『美味しい』と感じる味付けには調節しないんだ?」

「まあの。美味しいと感じる要素は結局のところその時の気持ち次第じゃから、せめて最後まで食べ切れるようにとメリアン女史は言っておったの」

「へぇ、なるほどなぁ。メリアンさんがコミュニケーションをよく取ってくるのはそういった意味もあるんだねえ」


 そして相槌と同時の事だった。

 彼女へカニのトマトソースのパスタを食べさせると、ご満悦の表情を浮かべる。

 どうやら、アダマス用に味付けされたものでも彼女にとって納得出来るものだったらしい。

 もしくは別の意味でご満悦だったか。どちらにせよシャルが嬉しそうなので彼にとっては些細なことである。


 その様子を物欲しそうに見ているのが最も端の席に座るマーガレットとエミリーの二人で、彼女達も同じように食べさせられた。

 二人とも美味しそうな顔をして差し出す側は九割満足だ。

 それを完全な満足へ変えるため、肩の力を抜いてフォークの切っ先を残り一割へ向けた。


「レオナも食べる?」

「むっ!」


 周りを見渡せばアダマスの差し出したパスタを食べてホクホク顔な連中で幸せそうな顔という顔。

 自身の口周りの表情筋がクシャリと動くのを感じた。

 もはや乗り遅れるべきではない。顎を引いて、照れた顔で彼女は言う。


「……ふんっ、食べるよ。食べてやるから感謝するんだな」

「はい、どうぞ」


 年不相応に父性の滲む微笑みがレオナの口へパスタを運ぶ。すると彼女の口いっぱいに広がる白ワインの甘味がどこか深く感じられた。

 だからといって意地っ張りは周りと同様にホッコリした表情を見せる訳では無い。

 が、心中にひとつ芽生えた感情がある。

 奇しくもそれは同時期にアダマスの中へ芽生えた感情と同じものだった。


『ありがとう』


 何故か解った、想いが通じ合う瞬間は素晴らしい。

 皆に合わせてくれてありがとう。置いていかないでくれてありがとう。

 厚い唇が無意識に動いて、気付けば声を発していた。


「賭けは私の負けだよ。それで良い」



 トマトソースを使い黙々と。

 皆でワタリガニを分け合って食べていると突然にエミリーが口を開く。


「結局、レオナったら賭けに負けちゃったね」

「はっ。うっせぇな。私は諦めの良い女なんだよ」

「ええ〜、ホントでゴザルか〜?うっそだぁ~」


 何の冗談だとケラケラ笑って頰を突く。

 レオナは眉間に皺を寄せて、アダマスに語りかけた。


「んで、私に何を命令させる気なんだ」

「特になんもないね」

「……は?」


 少しばかり期待していたレオナは目を点にした。

 その表情を待っていましたとばかりに頷き微笑みながらも彼は続ける。


「いつでも命令を出せる立場に居るって事自体が、優越感と被虐心を煽るひとつのプレイなんだ。

実際に命令するかどうかは関係ないんだなぁ」

「はぁっ!?なんじゃそりゃ」


 カニの脚を咥えて間接をプラプラ揺らして遊びながらレオナを愛でた。

 手の平でナデナデと。耳のクマさんはユラユラと。


「まあまあまあまあ。

取り敢えずアレだ。たまには外食も良いでしょ。

物凄い美味しいって訳じゃないけど、色々な遊びになって食事に違った視点が見つかって、とても楽しい」


 そしてニッと何時ものように。しかし誤魔化すように笑う訳だが、煙に巻かれた気持ちのレオナはポツリと呟いた。


「……喰いモンで遊ぶんじゃねーぞ?」

「こいつは一本取られた。じゃあコレ、あーげる」


 咥えていたカニの脚が、レオナの口に突っ込まれ、そして直後にバリバリと噛み砕かれた。

 なにが楽しいのか周りの皆はそれで爆笑。

 周りの皆も何が楽しいかはよく分かっていないが、雰囲気が楽しいらしい。

これにて今章終了

次回は久々にハンナさん回(予定)

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