第七十四話 童貞を殺すセーター
レオナはタートルネックの襟元を意味もなく伸ばしたりして様子を見る。
「それで、これだけ着せて終わりって事で良いのかい?」
襟元裏地の値札に書かれた値段を見て、かなりギョッとする一面もあったが、良い服とはそういうものなのだと直ぐに持ち直した。
その直後、自身の背中を見て再びギョッとする。
「ってオイ。
背中丸出しってか、下手すると尻丸出しじゃねーかこれ。服の意味ないんじゃねぇの!?ていうか、ブランド服とはいえ只の布切れにこんな値段っておかしいだろ」
「ああ、それは最近流行りの『童貞を殺すセーター』だね。『童貞を殺すネック』とも言うよ」
「巷ではこんな服が流行っているのか、ふーん。
そうかそうか……って、いやいや、流石にそれは無いんじゃねぇの!?騙しているんじゃないのか」
「いやいやホントだよ。一部の人達にだけど。
とは言え、外出する時は他の服との組み合わせがキモの下着的な服だしねぇ。だから、はいコレ」
そう言ってアダマスが後ろから羽織らせたのは、真紅に染められた毛皮のコートである。肌触りは気持ちいい。
こうする事で後ろのスリットが隠れて、頭のアクセサリーとの色合いも安定するのだ。
「やっぱレオナは赤が似合う」
モミアゲをピョンピョンと跳ねさせて、彼は小さく笑った。
釣られてレオナもクスリと笑い、まあ良いやと今度はコートの質感を確かめる。
よく触れてみれば、魔物の毛皮から作り出した頑丈なコートである事が分かり、戦闘服程ではないがある程度の戦闘にも耐えうると分かる。
似たようなコートは沢山あるのにそこら辺は『好み』を把握してくれているのだなぁ。
そこに思い至った彼女の顔はほんのりと赤く、照れ臭い様子で肩を竦めた。
合わせてジャラジャラと金色のイヤリングが鳴る。
◆
「あ、そういえば新しいメイド服を買うように、ハンナさんから頼まれているんだった」
ふと何か忘れた事は無いかと考えていたアダマスは突然思い出し、マーガレットに向き直った。
彼女は突然の事に目を見開いて正面を見る。
肩の力が抜けない。もし彼女に尻尾があったら、ピンと上を向いていただろう。
「ふぁっ!?マジでっか」
「うん。マジマジ。今の服だとちょっとファミレスっぽいっていうか、少し子供っぽいからね。
そろそろ新しいのを買おうって話があったのさ。まあ、マーガレットが選んでも良いよ」
「へ、へえ。でも突然言われても、私としてはどんな服を選んで良いものかな~っと」
既に出来ている場の雰囲気を盛り上げるのは得意だが、自分が主役になるのは滅法苦手な彼女はかなり慌てる。
そういう反応を見越して、アダマスはキョロキョロ、ワザとらしくシャルやらレオナやら準々に周りを見ると、ワザとらしく口を開いた。
「ふぅむ、じゃあはじめは一緒に選ぼうか。
折角みんな暖色系の服だし、マーガレットもソレにしてみようよ」
「う、うん」
つい流されるままにマーガレットは兄へ着いて行く。
行く先では腕を組む姉。場所はこの世界では富裕層向けに昔から好まれ、服屋にはほぼ必ず常備されている『メイド服コーナー』である。
「ふふん、来たか。と、いうわけで今日、妾の買ったのとお揃いの小豆色を探し出しておいたぞ。単に赤だと、どうしても子供っぽくなってしまうしの(赤ずきん的な意味で)」
ハンガーにかけられた衣装をシャルから渡される。
胸の辺りがくり抜かれたワンピースだ。
予め下着としてブラウスを着て、潜るように上着としてワンピースを着る事でコントラストを効かせる構造になっている。
そういえば前の衣装を選んだのもこの姉だったか。
今までのピンクストライプと比べておとなしめな色の印象を感じた。デザインは大胆な気もするが。
「どうじゃ!格好いいじゃろ」
「うん、良いと思う。後は、コレも買おうかな」
近くに置いてあったなめし革製のコルセットを手に取る。
大きくブラウスを出す構造なので『ベルト』として何かを使わねばいかないと思ったのだ。それに小豆色にも相性が良い。
ヒラヒラと一式を持って試着室に入ろうとする。その時だ、アダマスに呼び止められたのは。
「あ、ちょっと待ってよ」
「どうしたん?お兄ちゃん」
歩を止めて、キュッと振り返った。
パタパタと歩み寄るアダマスが見えて、彼にポンと手の甲を軽く叩かれる。
まるで手を繋ぐ様に。
「いつもボクが着替えさせられてばかりだし、今日はボクが着替えさせるよ」
「え、良いの?やったぜ」
「おお」と周りが沸き上がる声に包まれて、二人はいそいそと更衣室に入っていった。
そして薄暗いその中にて。
マーガレットの格好は白いブラウスのみを着てショーツのみの、生足を露にしたもの。
そこへアダマスは跪いて、ワンピースの胸元の穴を潜らせようと、両手で文字通り胸襟を開く。
それ故、着る側も片足を丁寧に上げた。白い肌の太腿がよく見える。
「それにしてもホント、どんな風の吹き回しかな。正直な気持ちを言うなら結構嬉しいっちゃ嬉しいけどね。こうして私だけを見てくれる時って中々ないし」
「んー、なんとなく、かなぁ。でも、敢えて言うなら……」
両足を潜らせたところでワンピースを持ち上げて、襟を肩に引っ掛けた。
落ちないようマーガレットは押さえつつ口を開くと、アダマスは後ろに回ってコルセットを締め出す。
「敢えて言うなら?」
「これからも、よろしくねって事かな」
ギュッと締め付ければ立派なメイドの完成である。
マーガレットは鏡に映った自分を確認すると、爪先でターンしてスカートを少し持ち上げて深々と礼をした。
「はい。こちらこそよろしくお願いします、『ご主人様』」
「あはは、ちょっと礼をするには場所が狭いかな」
「うへへ、それはごめんあそばせ。『お兄ちゃん』」




