第七十五話 お兄様、お昼は何処で食べるかの
着替えも終わってひと段落した。
ぐう。
誰のものかは定かではない腹の音が、オシャレ通りの石畳を叩く。
ポケットに手を突っ込んで懐中時計を取り出せば、そろそろ昼食の時間帯を指し示す。
口をアダマスが開くよりも早く、急いだようにシャルが開く。
開きついでに抱き着くが、自分へのサービスなだけでこれといった意味はない。
「お兄様、お昼は何処で食べるかの」
「うーん、こういうのはシャルの方が慣れてるんだけどね……そうだな。
メリアンさんのパスタ屋さんにでも行く?」
「まあ、妾は構わんけど。みんなもソコで良いかや」
彼女はバッと周りを見渡した。
マーガレットは普通に頷くが、レオナは袖同士を重ねながら、いまいちパッとしない様子の表情だ。納得していないというよりもモヤモヤしているのである。
エミリーはそんな彼女の肩に後ろから顎を乗せるや、甘い声で囁いた。
実に百合々々しい。
「おや、悩んでどうしたんだいレオナったら」
「ああ。不満ではないんだけどな。
飯なら行かなくても、帰り際に冒険者ギルドの食堂やエミリーの家でも良いんじゃないかって思ってな。安いだろ?
いや、まあ、行きたくないってワケじゃないんだがよ」
「なるほどね。レオナはそう考えるわけだ」
エミリーはニマニマとして頬同士を擦り合わせた。
問いかけられつつ、子供よりも純粋なオーラを滲ませて唇を尖らせた。
一拍置いて頷いて、そして子供のようにどこ行く訳でもなく広げた片手をヒラヒラと回して言い放つ。
「そりゃ量が多いって訳でもねぇ。物凄い高級店ってわけでもねぇ。
メシなんざ腹に入っちまえばみんな同じなら、安くて多い方が良いに決まっているじゃねぇか」
「「おっ、そうかい」」
二つの声が合わさった。
エミリーがアダマスへ向き、互いにニマリと笑って言ったのだ。
レオナは眉間に皺を寄せてアダマスへ顔を向けてみるが、彼は何も言わずに笑うのみ。
「っち、何を考えているんだか」
「いやぁ。奢りがいがあるって感じていただけさ」
その表情は純粋無垢なもので、当てられた彼女は毒気を抜かれてプウと頬を膨らませる。
取り敢えず、ひとつの拳骨を作ると軽くアダマスの頭をグリグリと捻じ込むように動かして一言落とす。
「しょーもなかったら、こんなもんじゃ済まねぇぞ」
「そりゃ大変だ。具体的にはどうなるんだい」
「コレを両手でやる」
彼女は広い袖を翻すとコメカミを圧迫する、いわゆるウメボシの動作をした。
アダマスはヘッドホンを押さえるように痛そうな動作をして彼女を見上げると、歯を見せた笑いで踊るかのように回り出す。
実際ダンスに応用される技術なので間違ってはいない。
「アハハ。それは痛そうだね。
このままではボクにデメリットしかないから、ひとつ賭けをしようじゃないか」
「ああん、賭けだ?どんな賭けだよ」
「そうだねぇ。う~ん、そうだねぇ」
コメカミを押さえたまま膝を曲げない片足を上げ、くるくると回る。
回る最中で手を放すとフィギュアスケートのように手脚を広げ、石畳に踵を付ける事で停止。
大きく仰け反る事で小さな身体を更に低くした彼は、レオナを下から上へジックリと見ると人差し指を突き出した。
「一週間くらい、ボクのものになってもらおう。
口にも出せないあんなコトとかこんなコトとか、ボクの命令一つで『はい喜んで』とウッホウッホ楽しむ量産型ヒロインみたいにならなくてはいけないのだ」
「はぁっ!?」
「ふふふ、しかもボクの読心術でNG判定な感情の動きが出たらやり直しなのさ。それともなにかな、自信が無いのかな」
「うっわ、性格悪過ぎだろこの13歳!」
アダマスの両手が開かれて、上へ向けられる。
たいして苦虫を噛み潰した顔のレオナ。
「そんなの昔から知っていた事じゃないか。具体的には9年くらい昔から」
「そうだけどよぉ」
「まあ、せっかくだしレオナが勝てばボクを好きにして良いよ」
「……ったく。調子のいい。
上等だ、やってやんよ。案内しな」
それでも肌同士が鳴る軽い音を出して彼の手を取り大きな態度でエスコートするように言った。
しかし令嬢でも相手をするかのようにアダマスは頭を下げて導いていく。
そんな二人の背中を二人横並びに付いていくシャルとマーガレットは二人でヒソヒソと話し込んでいた。
「ぶっちゃけレオナって態度はあんなんだけど性癖が責められたり命令されたりするの好きなタイプだから賭けになってなくね?お姉ちゃん」
「確かに集団でヤる時、はじめの方は強気だけど段々弱気になっていく印象はあるの、マーガレット。
たまに自分からトンデモな事を勢いでヤりだして自爆する時もあるが」
二人は聞こえないようにしていたつもり。しかしその会話はアダマスに聞こえていた。
彼は半分だけ後ろを向くと口を挟む。
「ん、失礼するよ。まあ、なんでも力づくで手に入れるより、少しはスリルがあった方が楽しいじゃないか」
「そうかの?」
「そんなもんだよ。ねっ、レ〜オナッ」
甘い声で隣のレオナに囁くが、彼女は何も言わずに苦虫を噛み潰した顔になるばかり。
その奥歯は鋼をも砕く力で食い縛られるが、ヒビのひとつも入らない。




