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第七十一話 隣の芝は青く見える

 エミリーは両手を腰に当てる。

 少し顎を上に持ち上げ、得意げな顔で語ってみせた。


「どうして此処に?

フッフッフ、アクセサリーに使われる人工宝石を納品していたら偶然見つけただけさ」


 その肩には、盗聴器と発信機の役割を同時に果たす『ペンシルくん』が居たりするが、みなまで言うまいと周りの皆は触れずに、話を続ける。


「うん。それでエミリー、何か考えがあるのかな?」

「おーう、あるとも。なんせあの自動販売機を作ったのは私だしね。

愛しのアダマスくんの為だ。一肌脱いじゃうよ」


 どこか演劇がかった口調で、額に指を当てて愉しげに顔を反らせると、陽光に反射して片眼鏡が光った。

 しかしと、アダマスは小さく手を挙げて問いかける。


「でもエミリー、これってボクの為ってよりは、レオナの為だけどその辺いいの?」

「フフフ、八年モノの幼馴染で大親友の為だ。マッ裸にでも脱いでしまうとも」


 更に大袈裟な調子で、今度は腰を反らせる。

 その結果、大きな乳房が揺れるが、揺れている事に対して無意識なのがとても煽情的であると感じさせる。

 「お風呂場で脱いで詰め寄られた時はエッチくないのに不思議だなぁ」と、アダマスは感じた。

 そんな彼の後ろで、今度はレオナが手を挙げる。


「風邪ひくだろうし脱がんでも良いけど、それはそれとしてシャルとマーガレットの為でもあるんだが大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫。

私ってばか〜な〜りぃ〜、子供大好きだから。

穴から内臓だって見せちゃうとも」


 更に反らせる。

 バランスを取る為に少し内股になって、プルプルと震えているのが印象的だった。

 これをハイヒールでやっているのだから、元々身体を動かすようなタイプではないのに無駄に体力があるのは、一種のミステリーである。

 そしてレオナの近くでシャルが小さく手を挙げる。


「見せんで良いが、ぶっちゃけその姿勢キツくないかや?」

「ぶっちゃけキツいね」

「ムリせんでも良いぞい」

「わーい、シャルちゃんってばやさしー」


 そう言ったエミリーは、上半身だけをユックリ持ち上げて一気に前屈みになり、元の体制に戻った。

 少し乱れた襟元を正して、シャルの頰をプニプニと撫で回しながら彼女へ問うた。


「優しいついでに、シャルちゃん。

なんか飲みたいものとかある?」

「優しいとは照れるのぅ。ちなみに、どんなのがあるのかや」

「アッハッハ、実は出来たばかりだから品揃えがあまり無い!」


 胸を張ってピースして、笑って誤魔化す。

 そうして彼女は張った胸の谷間から丸められた紙片を取り出した。

 広げると丁寧に『お品書き』と書かれたそこには、成る程大した量の品数は揃えられてなかった。


「ええと、紅茶にコーヒーにアップルティーに……なんじゃ炭酸はないのかの」

「うん。使ってる容器が竹筒だから密封が効かなくてこんなのしかなくてねぇ。

こないだ石炭から合成したプラスチックみたいなのとか、もしくは金属缶なんかを使えば楽なんだろうけど、ゴミ問題があるから今のところボツ案になっててねぇ」


 ペンシルくんを手に取って、お品書きの空白欄へスラスラと描かれた竹筒は、竹を鉈で切っただけのコップに見えた。蓋なんか付いていない。

 というかコイツ絵も上手いんだなと感心しつつ話を続けた。


「ふむふむ、機械化も不便な点が多いんじゃのぅ。おやっ、これは『甘酒』?

なんじゃ酒なんて売っておるのかや」

「ああ、これは『お酒』なんて名前が付いているけど、材料に酒粕や米麹を使ってるだけでアルコール濃度は1%にも満たないよ。

すごく甘い飲み物でね、折角だし飲んでみるかい?」


 シャルは半口を開けて、少し上を見る。

 すると近くから思考をトレースするかのようにミニ木魚を鳴らす音がする。

 マーガレットがタンバリンの他にも持ち歩いている楽器のひとつだった。彼女は口でも演奏音を奏でる。


「ポク・ポク・ポク……チーン」

「……よし、飲んでみるのじゃ!」


 シャルは大きく手を広げてキョロキョロと辺りを見た。すると周りも「まあ良いんじゃないか」という表情。

 単なる甘味飲料と言ったのに、何気に一番興味津々な様を見せるのがレオナなのは、原材料が酒粕だと言ったからだろうか。

 ニマニマとした顔を照らせ、エミリーはクルリと回り、上品に日傘を差しながら自動販売機に向かった。



 自動販売機横に腰掛ける冒険者の目の前で立ち止まったエミリーはひとまず挨拶をする。

 日傘を畳み、スカートを片手で軽く摘み上げる簡略化した挨拶。それでも冒険者の常識では随分と格式張ったものだった。


「やあ。確か君は護衛専門冒険者のゴンザレスくんだったね。いつもお世話になっているよ。

精が出るじゃないか」


 挨拶された途端に、先程までパイプ椅子に座っていた冒険者こと『ゴンザレス』は立ち上がる。

 彼は脇を締めると背筋を立てた礼をした。貴族出身のエミリーの基準からすれば少し粗があるが、頑張りは感じられるし、咎めるつもりも毛頭ない。

 微笑ましさが心中に湧き上がるのみである。


「はっ!これはエミリー技術顧問殿。この通り、仕事に励ませて頂いております!」

「アッハッハ。真面目だなぁ、座って良いよ」


 勢いよく座るゴンザレス。

 そんなやり取りを遠くで見つめるレオナは一言。


「アイツ、ギルドでの私と対応違すぎなんだけど」

「まあ、隣の芝は青く見えるってヤツだね」


 アダマスが続けた。

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