第五十七話 木級冒険者、アーサーの冒険
【拝啓、それなりに田舎な準男爵領のお父上お母上。お元気ですか?
あなた方の息子は、今は元気です。少なくとも『今』は。
僕は、この辺りでの最大戦力に取り囲まれ、マスコミ付きで取り調べを受けており、もしかしたら明日の朝刊に大きく載るかも知れません。
追伸・家宝の剣勝手に持ち出してごめんなさい。
BY.アーサー】
アーサーはギルド長室のソファーに座らせられてレオナと向き合っていた。
中央には背の低いガラスのテーブル。そして広げられるのはこの辺りの地図だ。
地図の周りには紅茶やらタケノコを模したクッキー菓子やら、キノコを模したチョコ菓子やらの様々な菓子が置かれる。
そしてレオナは、コアラが描かれた菓子を豪快に鷲掴みにしてボリボリと食べていた。
「どうした、もっとリラックスして良いんだぞ?お菓子だって沢山用意したんだし」
「い、いえ……いいよ」
「ふーん、そうか。まあいい、話を進めよう」
彼女は地図を指差す。
彼女の隣にマスコットのようにチョコンと座るアダマスは話を聞いてか聞かずか、黙々と菓子を食べていた。
なんで記者や金級冒険者よりもそっちが優先されるのかと問えば「かわいいだろう?」が彼女の言。
「えーと、話をまとめっとだ。先ずお前は昨日、木級のウサギ狩りの依頼を請け負っていた訳だな。
地図で言えばこの辺で」
「はい。ウサギ狩りは子供の頃からウチの準男爵領ではスポーツで行なっていたので」
しどろもどろなアーサーに対してコクンと頷くと、レオナは地図をツツツとゆっくり、そして真っ直ぐに進めていく。
これは事情聴取で求められた、昨日のアーサーの経路だ。
そしてグンと途中で一気に指を別の道へ逸らした。彼は正規のルートから一気に外れたのである。
「で、ウサギを追いかけていたらココで経路を外れて迷宮へ続く領域に偶然入ってしまった訳だ。
入った理由は、正規のルートと見た目が似ている事だったか。
だよな、オズワルド」
「うむ。ワシは若い頃からずっとココで採取専門の冒険者をして金級になったから地形や植生には詳しい方じゃが、此処はそんな感じじゃの。
おまけに方位磁針も効きづらいし、森番も置かれていない。樹海のようなもんじゃ」
お菓子を黙々とアダマスは食べるが、そういった現場の声を聞いて本来の目的とは別に此処に来て良かったと感じた。
この仕事が終わったら直ぐにでも検討してみようと内心思いつつ、話は続く。
レオナはもう一枚の地図を出す。それは迷宮の地図だった。
本来なら木級冒険者には見せてはいけないものだが、そこは特例として領主補佐のシャルに通話機で許可を取っておいてある。
今頃彼女はヒィヒィ言いながら目を回してお仕事をエミリー達とやっている頃だろう。
さて、地図に記されているのは『崖地型』の迷宮であり、沢山の崖に巨大な蜘蛛や山羊の魔物などの危険生物が生息している。
また、様々な種類の毒草が生えることでも知られる。
しかし此処でしか採れないニンジンやセロリ、ハーブや薬草などの珍しい植物が確かに存在するのだ。
他にも、古代文明が生み出したと言われる謎のアイテムである『オーパーツ』が稀に採掘される事があり、規制の緩い昔は冒険者にとって『美味しい』狩猟場として知られていた。
「で、やっとウサギを狩れたと思ったら、なんか知らない道に出ている事に気付いて……あの、取り敢えず倉庫に置いておいたドラゴンに追いかけられたと」
「う、うん」
「ふむ。確かにヤギや大ミミズを食べる為にドラゴンがこの辺を通る事は結構あるからの。
まあ、この辺は崖が谷状になっていて岩があるから、ドラゴンとしても低空飛行のし過ぎは危険な事が幸いしたか」
そして一気に指を崖の中へ突っ込んだ。
地図が正しいのなら、壁の中に居る状態である。
読心したアダマスはそれに合わせ、黒を基調としたシックな色合いの付け爪を付けた片手を地図に乗せ、アーサーの進行ルートを追いかける。
「で、追いかけられて、逃げていたらこの辺に洞穴を見つけたから逃げ込んだと。
それを追ったドラゴンも入ろうとして〜……崖に頭をぶつけた」
「ごっちんこ」
アダマスは人差し指が崖にぶつかり、跳ね返る動作をする。
更に片手に持っていたチョコレート菓子を、手の甲にコツンと当ててみせた。
壁にぶつかる効果音も丁寧に口に出す。
「そしたらドラゴンがぶつかった衝撃で、崖の上の方に埋まってた巨大オーパーツが出てきて、それがドラゴンの頭へ落ちてぶつかり、頭蓋骨陥没でドラゴンは事故死と……。それであんなヒキガエルみたいな顔をしてた訳か」
「ボロン。どぴゅーん……ごっちんちん!」
「お嬢様、はしたないですよ」
アダマスの暴走をハンナがたしなめた。
が、言われても伏目で呟く。
「良いじゃない、ちんちんでも」
ぷうと頰を膨らませるアダマスを見て、レオナは言う。
「でも、こういうタイプの娘がこういう言葉を純粋に連呼するのはそれでそれでそそるものがあるんじゃね?」
「しかし今は仕事中です」
「私が許すぞ。ギルド長の私がここのルールだからな」
「いやその理屈はおかしい」
「好みの問題だろ。なあ、アーサー。お前はどう思う?」
「なんで僕にこんな話題を振るの?」と、キノコとタケノコの菓子越しにアーサーは思う。
取り敢えず、話題を逸らそうと脳に血を巡らせた。
「ええと……、ハンナ記者も言っている通り今は仕事中だし仕事の話に戻ろうよ」
「ん、仕方ねーな。しかしよく帰ってこれたな」
「帰りはヒモで目印を付けながらだったし」
「おー、上出来。山の知識のない初心者は案外出来なかったりするからな。
さて……しかしこれなら、お前の罪はかなり軽くなるな。
『故意に迷宮に入って密猟行為に及んだ』訳でなくて『偶然迷宮へ迷い込んで【偶々発見した】死体を拾っただけだからな」
その言葉に多少は明るくなるアーサーの顔。
だが、次の言葉で絶望感に苛まれた。
「じゃ、今から迷宮に行くぞ。検分に必要な人材は揃ってるし」




