第98話・ダンジョンも考えなくちゃいけない
ズゾゾゾゾとラムちゃんが麺を啜る音がこだまする。
「うむ、これが食事と言う行為か!!」
一人納得するラムちゃん。
まあ、食事ではあるんだが何か違うような気がする…。
「美味いかどうかは別にして、気に入ってくれて何よりだ」
「うむ、美味いと言う感覚はまだ理解出来ていない。でも、化学的な数値としてなら理解している」
「人間の感覚を理解するってのは経験が大事だからな。焦らず経験を積んでいってくれ。出来る限りの協力はするから」
「ありがとう。焦らず頑張る」
そう言って、ラムちゃんは再び麺を啜りはじめた。
昼食を終え、俺はラムちゃんと部屋の要塞化の案を話し合った。
「やっぱり一部屋だと心もとないんだよなぁ」
「オルトロスだけだと、ダメかな?」
「今のところは大丈夫だと思うが、ラムちゃんが成長できるようになった時には少々不安になるな」
俺はダンジョンの階層が増えた時に、ギルドはもう一度オルトロスの討伐をするはずと考えている。
仮にその時、心無い冒険者がコアを発見でもしたらラムちゃんもこのヤドラムの街も一巻の終わりだ。
そのリスクを考えるならば、せめてもう一部屋は欲しい。
「前室を迎撃用の魔導具で埋め尽くしたら、そこそこは安全確保できるしね」
「でも、今は無理。成長できるほどのマナは無い」
「それはわかってるよ。だから今はこの部屋の隠匿と迎撃用魔導具の開発だけを考えれば良い。成長できるようになってから、すぐに行動に移せるようにね」
まあ、焦る必要は無い。成長できるほどにマナを蓄えるのには時間が掛かるんだから、じっくりやっていけば良い。
こうして、俺とラムちゃんは今後のダンジョン成長計画を練っていった。
「まあ、こんなもんかな…」
夕方近くなって、俺は一旦手を休め部屋を見回してみた。
第一の入り口、円形闘技場の石製の椅子には俺の魔力の波動を感知する鍵を設置した。
第二の入り口の扉はダンジョンムカデの甲羅で補強した上に魔力認証と指紋認証の複合型の鍵を設置。
そして、最後に部屋を厚板で二つに仕切り、手前の部屋をリビングっぽくして奥の部屋はダンジョンコアと工房って感じにした。
「なんか、隙間だらけ」
それがラムちゃんの感想だ。
だって仕方ないでしょ。部屋を仕切った厚板は元コンテナハウスなんだしさ。
今の状態と言えば、天井の部分も両方の壁の部分も塞ぎ切れてなくて、大きな隙間が空いている。良く言えばパーテーションを切っている、悪く言えば板を立て掛けているだけって事だ。
「今回のところはこれで勘弁な。この次回は材料持って来るからさ」
「うん。期待して待ってる」
そして、俺とラムちゃんはこのリビングで年越しを迎えた。
「年越しそばじゃないけど、一応は麵類ってことで……」
「『そば』って麵類も食べたかった…」
と、ラムちゃんはガッカリしてた。
「こっちの世界じゃ『そば』も見た事なかったな~。あっても良さそうなもんだけど…。農業とかどんな感じになってるのかな?」
「それはワタシにもわからない。わかる情報は獲物が持ってるモノだけ」
ここで言う獲物ってのは、ダンジョンでの犠牲者の事だな…。
この幼女はこう見えて『人喰いダンジョン』なんだよなぁ。
「そりゃそうか。冒険者や狩人が詳しい農業知識を持ってるわけないか…」
「そういうこと。でも最近は牧畜の知識が少なからず入ってきた」
「ああ、ノーベルくんの実家は畜産業だったな」
「うむ、あの子の会話や作業から牧畜を勉強してる。あれはワタシの栄養確保の役に立つ知識」
ここで俺はクララ様の言葉を思い出した『このダンジョンで長期にスライムの飼育を続けていった場合、このダンジョンがスライムの飼育に適した内部環境を構成する事もあり得るのではないしょうか?』そう言っていた。
正にクララ様の言う通りの状況だ。このままではラムちゃんがスライム牧畜型のダンジョンになってしまう。それはこちらとしてはあまり良い事ではない。
「効率的な栄養確保になるとは思うけど、こちらの素材確保の事も考えて欲しいんだけど」
「それは構わないけど、多少の犠牲者は出るよ」
そうなのだ、ダンジョンで魔獣を狩る仕事は命がけの仕事だ。
犠牲者は必ず出る。だが、素材が出ないダンジョンなど人間たちにとって無用の長物でしかない。最悪の場合、ラムちゃんの排除という事になり兼ねない。
「多少の犠牲は仕方ないよ。何せ俺達はある意味ダンジョンに寄生している様なモノだ、それにダンジョンにとっては俺達人間は獲物の一種でしかないと俺は思ってるしね」
「そうね。こうして意思疎通が出来ているとしてもワタシとアナタ達は所詮狩る者と狩られる者。アナタ達が利益を得るにはワタシを出し抜くしかない」
そういう事だ。これは自然の法則なんだから、仲良しこよしでみんなハッピーなんてありはしないのだ。
冷たいようだが、食物連鎖の法則では人間も獲物でしかないのだ。
それにこれは人間とダンジョンのビジネスでもあるのだ。
ダンジョンは人間側に素材を提供し、人間はダンジョンに栄養価の高い獲物を提供するビジネス。
ただ、こちらが提供する獲物に人間が含まれているに過ぎない。
人身御供を無くす為には、こちらが人間以上の獲物を提供できるようになれば良いだけの事だ。
このビジネスモデルでは、ダンジョンとの付き合い方は今までと変化はない。
冒険者がドジを踏まない限り、犠牲者は出ないって事だ。
「これは契約?」
ラムちゃんが聞いてくる。
「ん?そんな大仰なモノじゃないぞ?強制力も無いし、ただラムちゃんもヤリ過ぎるとギルドに討伐対象とされる可能性があるって事だよ」
「ワタシも生き残る為に考えないといけない?」
「その通り、人間をどう上手く利用するか?が生き残るコツだな」
「わかった。上手く利用できるようにガンバってみる」
「まあ、お互いに長生きできるようにガンバリましょう」
こうして俺とラムちゃんは新年を迎えた。




