未完成の研究、URLの先
数ある作品の中から『元女性教授の異世界開発経済学』を開いていただき、本当にありがとうございます!
作者の「つむ教授」と申します。
本作は、人生のすべてを研究に捧げてきた38歳の女性教授が、ひょんなことから異世界に転生し、最強の能力を手に入れてしまうお話です。
本人は美味しいものを食べてのんびり快適な領主生活(引きこもり)を送りたいだけなのに、世界がそれを許してくれません……!
知的な領地経営と、不本意な巻き込まれコメディの融合を、ぜひお楽しみください。
それでは、第1話、始まります!
「一ノ瀬教授、本当に明日のフライト、これで出発できそうですか……?」
研究室の重い空気の中、ゼミ生が心配そうに私を覗き込んできた。
「ええ、問題ないわ。この最終データをグラフに組み込めば、すべて完了よ」
私はキーボードを叩く手を止めずに、掠れた声で返事をする。
一ノ瀬 あさひ(いちのせ あさひ)、38歳。
E大学で教鞭を執り、専門は『開発経済学』。
周囲からは若き天才、果てはノーベル経済学賞の候補とまで囁かれている女性だ。
今回のワシントンでの国際学会発表は、私の人生のすべてを懸けた一大イベントだった。
私が提唱する新理論が証明されれば、本当にノーベル賞の切符が手に入るかもしれない。
明日の出発を前に、研究室にこもって論文の最終調整をする私の脳は、カチカチと音を立てて悲鳴を上げていた。
ピコン。
深夜の静寂に、パソコンのメール受信音が鳴り響いた。
「ん……? 迷惑メールかしら」
画面の隅に表示されたポップアップ。
差出人は空白。だが、その件名が私の目をわずかに引いた。
『【終わらないゲーム】無限術士として、とある異世界へ招待いたします』
「無限術士……? 新作のネットゲームの案内か何かかしら」
極限まで疲労した私の脳は、正常な思考力を失っていた。
いつもなら即座にゴミ箱へ捨てる怪しいメール。
しかし、普段の冷静さを欠いていた私は、まるで何かに操られるようにそのメールを開き、本文に記載されていた謎のURLをクリックしてしまったのだ。
その瞬間。
バチバチッ!!!
パソコンの画面が猛烈な光を放ち、研究室全体が真っ白な閃光に包まれた。
「な、よ、これ――!?」
身体が内側からバラバラに分解されていくような、凄まじい浮遊感。
遠のいていく意識の中で、私は自分の人生のすべてを懸けたパソコンの画面を必死に見つめた。
(しまっ――何年も積み重ねてきた研究が、まだ途中なのに……! 明日の発表資料も、まだ未完成なのに――!!)
そんな絶望的な後悔の念を最後に、私の意識は完全に暗転した。
◇
「――ぁ、おぎゃあ! おぎゃあ!」
次に意識が覚醒したとき、私は耳をツンと突くような、高い泣き声を聞いた。
いや、違う。泣いているのは、私自身だ。
視界はひどくぼやけ、自分の意志で手足が1ミリも動かせない。
温かい布に包まれ、誰かに抱きかかえられている感覚だけがある。
「見てあなた! とっても元気な女の子よ!」
「ああ、なんて愛らしいんだ。お前の血を引いて、きっと強い魔法の使い手になるぞ」
上から聞こえてくるのは、見知らぬ男女の、だが酷く優しい声。
言葉の意味はなぜか直感的に理解できた。
(ここは……どこ? 私は、どうなって……)
状況を理解しようと必死に頭を働かせるが、赤ん坊の小さな脳はすぐにキャパシティを超え、私は深い眠りへと落ちていった。
後に知ることになる。
私が転生したこの世界で、私は『アルカ』という新しい名前で生きていくことになるのを、そのときの私はまだ知る由もなかった。
第1話をお読みいただき、ありがとうございました!
明日の大舞台を前に、未完成の論文を残して異世界へ旅立ってしまったあさひ。前世の知識(開発経済学)を持ったまま、可愛い赤ん坊『アルカ』としての第2の人生がスタートしました。
次回、第2話『門外の青竜と、返還されし三分の一』。2歳になったアルカの元に、あのAランク魔獣『ブルードラゴン』が急襲!
元Aランク魔術剣士のパパと、元Bランク僧侶のママによる、長年の鍛錬に裏打ちされた夫婦の冒険者としての連携がランバートの門の外で炸裂します!
平民ルートハーバー家が、いかにして男爵位をもぎ取るのか――。
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つむ教授でした。次回もお楽しみに!




