11 君は愛のチェリー
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こうして作戦は終わった。
ユダたちの持っていた四つの〈聖体ルーシーの欠片〉は奪われた。裏切り者たちは口を封じられ、情報も得られない。こちらに怪我人も出た。生徒から死人が出なかったのは不幸中の幸いといえただろう。でも僕はまた猫を失った。
敵勢力に侵入されたこと。しかもたった一人に好き放題されたという事実は組織として重く受け止められたそうだ。
報告会が行われ、敵の能力の分析が行われた。
技術部は対応で大忙しだ。
学長はどういう体をしているのか、包帯を巻いたまま飛び回っている。裏切り者の存在。さらにそれがルーシーの信者だったと言うことで、教会内でも混乱が生じているらしい。
〈始末人〉の行方は不明。彼の言う『父さん』の正体も同様だ。
成果があったとすれば学長の撃ちこんだ弾丸だ。このまま無限に回転し続け力を奪い続けるそうだ。
「しれっとしてやがったが、実際しばらくは乗りこんで来れねえだろ。そのうちこっちの防衛技術もアプデされるだろうしな。次は同じようにはいかねえさ。無敵に見えたがすでにいくつかの弱点も見つけてる」
学長はそう言って、僕らを安心させようとした。そして僕に対しては、申し訳なさそうにこうも言った。
「何か分からんが、あいつァお前の猫さんを気に入ってるようだ。そういう意味でもしばらく大丈夫なんじゃねえかな――怒るなよ。猫は無事って話だよ」
猫に免じて、だ。腹の立つ話だが、信じるしかなさそうだ。
一日だけ入院したが、まんのう町も、よしふみも無事だった。
僕の方も大した怪我はない。
戦いの後で気づいたことだが、僕の右の瞳が琥珀色に変わっている。どうやら僕の体はバロックと一体化してしまったらしい。医学的にどういう状態なのかは検査の結果待ちとなっている。
もう一つの変化としては、僕が夢に見る猫の数が増えたことくらいだ。
寮にはまだ七匹の使っていた餌入れや、いずれはめてやるはずだった首輪がそのまま残っている。寂しいし悔しくて仕方がないが、ときどき自分の中に猫の存在を感じる。夢の中で僕を慰めてくれたりする。
あとは、これは完全な余談だが、その後週刊連載中の「SETO」で主人公が変身する展開が掲載されていて、まんのう町がギャーギャー騒いだ。
よしふみのおやじさんからラーメンのスープと麺が送られてきて寮内が地獄のような臭いになった。
そんなふうに日常は少しずつ修復されていくらしい。
そして葬儀の話。
支部の敷地内で、御輿達の葬儀が行われた。四人とも身寄りがなかった。
一番霊場達は怒り、泣いて出席を拒んだ。
ロッカさんの説得で不承不承ながら参列したが、式のあいだずっと彼女から離れなかった。
ロッカさんの表情は穏やかに見えた。
葬儀の後、彼女が僕に話しかけてきた。
「ごめんね」
「何が」
「一番最初のこと。君にバロックを使わせて危険な世界に巻きこんじゃった……でも、私はどうしても私の友達を助けたかったんだ」
「いいよ。おかげで僕は猫を取り返しに行けるから」
「うん。ありがとう」
ロッカさんは僕の制服の襟を正してくれた。それからこうも言った。
「君を不安定にさせてしまうから言わなかった言葉があるんだ。でも今の君なら大丈夫そう」
きっと大丈夫です僕はたぶん。みたいなまぬけな返事を僕はしたと思う。
「言いたいのはね、君の猫は君を待ってる、っていうこと。猫はどこでも生きていけるよ。猫は愛されるように創られているから。でもね、それでも猫は君の愛のなかで生きたいんだ。だって猫の愛は君の中にあるんだから。君ところへ帰って来たいはずだよ」
そう言った。
僕はバカなので、その言葉にどれだけの意味がこめられていたのか、その時は分からなかった。
じゃあロッカさんの愛はどこにあるんだろう、と思っただけだった。それはバロックがいう〈愛〉と同じ愛? 違うとしてロッカさんはその愛を信じているんだろうか?
一番霊場達が呼びに来た。
「はあい」
ロッカさんが大きく手を振った。
僕らは僕らの寮へ帰って行く。
◎
その夜だったか、いつだったか。
僕は久しぶりに猫の出ない夢を見た。
夢の中で、僕は駅の前に立っている。
そこで僕は、ここが行ったこともないシコクの駅だと分かる。この駅ビルがクレメントプラザと呼ばれていて、その中にコインロッカーがあることも。
次に僕は待ち合わせしていたことに気づく。ずっと待ってたんだ。
他ならぬロッカさんと、ここで会うはずだった。
僕は慌てた。
理由は分からない。ただ、この場所に本当にロッカさんが来る、その事実に怯えたのだ。どうしよう?
まさにその時、背後からロッカさんの声がかかった。
振りかえるまでの一瞬、僕は生まれて初めて本気で神さまに祈った。
――そこで目が覚めた。
ベッドで身を起こした時、もう夢のディテールは失われていた。
自分が何を祈ったのか。そして、振り返ったときロッカさんがどんな顔をしていたのか、思い出せなかった。
この夢がどんな意味を持っていたのかいないのか、それすら僕には分らない。
僕が子供だからだろうか?
それともバロック使いだからだろうか?
バロックを失うときになれば、それを知ることができるのだろうか。そんな気もした。
思うに、いつかみんなの目的が叶って、シコクも猫も元に戻って、大人になった僕らがまた集まったとき。
誰もがべろべろに酔っ払って、眠りこむ寸前、そんな頃合いになれば、僕らはお互い打ち明け話ができるかもしれない。
例えば、自分のもう一つの心について。
バロックとは別の、もう一つの本心について。自分の人生について怒ったり、泣いたり、誰かのせいにしたりして叫ぶ、もう一つの祈りの話。
その話を、ロッカさんはどんな顔で打ち明けるだろうか。
そして全てをぶちまけたあと、どんな顔で睡るのだろうか。
今の僕には分からない。
そもそも本心なんてないのかもしれない。
だって、僕は今の自分をそれほど悲しいとは思わない。
僕らは歪んでいて、自分の世界に生きていて、でも惑星が引き合うみたいに、ちょっとだけ関係し合う。彼女はそれを愛だと言う。
今の僕にも、その愛についてだけは同意できる。
だから僕らはまだ、コインロッカーの夢を見てもバロックと笑い合えるんだ。




