第17話 ギャルはえっち(確信)
風呂上がりのちゃみ子は、まるでそれが自然の摂理であるかのように、僕に髪を乾かすよう要求してきた。
いや要求というか、なにも言わずソファに座って僕を見つめてきた。
無言の圧である。
まあいいけど。やるけど。
ドライヤーもまた質が良く、適宜熱さや風量を切り替えながらブローしていく。
「んあぁ……んん」
なんか鳴き声を発している。
「どうした?」
「んふ……気持ちいぃ」
「そりゃよかった」
確かに、人に髪を洗ってもらったり、人に髪を乾かしてもらう時って、なんであんなに気持ちいいんだろうな。
「一番しあわせ」
「なにが?」
「さうに髪乾かしてもらってる時が」
「……そうか」
いいけどさ。嬉しいけどさ。
それもなんか、プロポーズみたいだぞ。
そこまで言われるとモチベーションも上がるもので、ふわっふわに仕上げてやろうと、ちゃみ子の左右に移動しながら真剣に取り組んでいく。
その横顔を見て、ふと気付いたことがある。
「そういえばさ、ちゃみ子」
「んあ?」
「お前って普通に、すっぴん見せるよな」
風呂上がりのちゃみ子は、完全なるすっぴん。
化粧水や乳液を塗っているのでほんのりテカテカしている。
普段のちゃみ子は、割としっかりメイクしている。
メイクの種類までは分からないが、いわゆるギャルっぽいテイストだと思う。
なのですっぴんになると、結構印象が変わる。
素朴で透明感のある可愛さが浮き彫りになる。
どちらも可愛いのは可愛いけれど。
「すっぴんって、見せちゃダメなの?」
「いや、そんな決まりはないけど……普通は見せないんじゃないか? ギャルは特に」
すごく偏見のある意見だが、ギャルってなんかそんなイメージじゃん。
「てかちゃみ子、お前ってギャルなの?」
なんか変な質問をしてしまったが、素直な疑問である。
僕のイメージするギャル像とちゃみ子の間には、一部乖離がある。
メイクや制服の着方など、見た目だけなら確かにギャルっぽい。
だが性格はというと、無気力で面倒くさがりでズボラ。あまりギャルじゃない。
ギャルってもっとこう、エネルギッシュなものじゃないかな。
脱力ゆとりギャルと以前称したが、よく考えると脱力ゆとりギャルって何?
と、僕の中で揺らぐギャル像がその質問に込められているわけだが、対するちゃみ子は即座に答える。
「ギャうだよ」
ギャルとのこと。
子音は剥がれたが、即答するということはこだわりがあるのだろう。
「ギャう好き。かわいいから。夢だった」
「ギャルになるのが夢だったのか?」
「うん」
「どういうギャルになりたいんだ?」
「アニメとかの」
「……なるほどな」
まさかのギャル憧れだった。
ギャルって自覚も意識もなく、気づけばなっているものだと思っていたので新鮮だ。そんなパターンのギャルもいるのか。
「だからメイクも、がんばってる」
「いつも自分でやってるのか?」
「うん」
それは意外だった。
このスーパーゆとり人間が、毎朝ちゃんと自分でメイクをしているとは。
てっきりそれもみれいさんにやってもらっているのかと思っていた。
そういえば『髪を自由にさせてほしい』という契約を持ちかけた際に、ちゃみ子は少し考えてこう言った。
『かわいくしてくれるなら、いいよ』
そこには「ギャルっぽく」という前提が隠れていたのだろう。
勉強も運動もやる気なく、移動教室さえも面倒くさがる究極のゆとり人間ではあるが、唯一『ギャルみたいに可愛くありたい』という意識はあるようだ。
ギャルになりたいなんて褒め称えるような願望ではないが、人生に何一つ求めていない人間だと思っていたので、その事実はなんだか妙に安心する。
やはり、脱力ゆとりギャルとの肩書きは、ちゃみ子にピッタリであった。
ならば叶えてやりたいとも思わせられる。
「なら尚更、髪はしっかりケアしないとダメだぞ」
「さうがやってくれるからいいよ」
「まあな。でもちゃんと毎日洗わないと意味ないんだ」
「さう、毎日洗って」
「無茶言うな」
「全身洗ってもいいよ」
「それが報酬みたいに言うな」
「んふ」
んふじゃねえよ。
自分の身体をなんだと思っているのか。
「あんまり男に、おっぱい触らせるとか、全身洗わせるとか言うな」
「だってギャルって、えっちでしょ」
「…………ん?」
「ギャルになりたいから」
あまりに突飛な理論に、一瞬意識が飛びかけた。
確かに、アニメなどに出てくるギャルは、性に奔放なイメージがある。
あるいは過度に露出していたり悪戯にボディタッチしたりさせたり。
それを意識して、真似しているのか?
「……ちゃみ子、あのな?」
「ん?」
「ギャルだからって、みんなえっちじゃないんだぞ?」
「んあ?」
ダメだ、よくわかっていない。
今度、えっちじゃないギャルが出てくるアニメを探して、教育ビデオとしてちゃみ子に視聴させよう。
えっちなギャルは、ウチのちゃみ子の教育によろしくない。