第18話 怒りのちゃみ子
とある金曜日の休み時間のこと。
僕は次の授業の予習でもしようかと、教科書を広げる。
しかし、あまり集中できず。自然とため息が口をついた。
「どったの葉山くん。珍しくお疲れ?」
ため息が聞こえたらしく、前の席の江口が声をかけてきた。
「よく見たら、顔もなんか疲れてる気がするね」
「あー、そう見えるか」
「お、心当たりのある返答だね」
江口の指摘通り、今週はちょっと大変だった。
バイト先の、夕方シフトのパートの女性が流行病にかかってしまったらしく、1週間は出勤できなくなった。
その穴埋めとして僕は、予定になかった昨日と一昨日の夕方、シフトに入った。
昨日に関しては早朝と夕方のダブルシフトである。
無論その他の学校や家のタスクも、すべて通常通りにこなしつつだ。
我ながら、よく働いた1週間であった。
「うひゃー、そりゃ大変だったね」
「ああ、流石にくたびれたよ」
「言ってくれたら朝のあれこれ、代わってあげたのに」
「まあこれも、僕のタスクだから」
イレギュラーな状況だからとタスクを怠るのは甘えである。
それでも普段通りのリズムを崩さないのが僕にとって理想的な形なのだ。
と言いつつ、実はひとつ疎かにしてしまったタスクがある。
ちゃみ子の家でのタスクだ。
夕方に発生するそれは、バイトが差し込まれれば上書きせざるを得ないからだ。
なのでここ3日間は、ちゃみ子の家に行っていない。
3日間も放置してしまったのだから、部屋がより散らかっていることだろう。
雑草とか生えていたりして。
どうぶつの森かよ。
「ん? ちゃみ子ちゃん?」
ふと、おそらくトイレ帰りなのだろうちゃみ子が、席につかず僕の後方で立ち止まっていることに気づいた。
何やら僕をぼーっと見ている。
「どうした。何かしてほしいことでもあるのか?」
「んな」
ちゃみ子はどこか淡白に反応すると、何事もないように席につき、滑らかな所作で机に突っ伏していく。
何か言いたげな様子に見えたが、勘違いだろうか。
「…………」
「ん?」
ちゃみ子はまたもこちらをチラリと見たのち、すぐに目を瞑った。
何の視線だったのだろう。
気にならないでもないが、わざわざ聞くほどのことでもないだろう。
***
「さうが私のお世話を疎かにしてる」
聞くほどのことだった。
昼休み、中庭のベンチに座るやいなや、ちゃみ子はこう言い放った。
見れば若干、口がへの字の曲がっている。
「えっと、家での世話のことか?」
「ことだ」
よく分からないけど、どうやらここ3日間のことをまあまあ怒っているようだ。
無表情がベースだから気づきにくいが、不満は表していたらしい。
「言っただろ。バイトでヘルプに入ったから……」
「私のお世話にヘルプはいない」
「なら人員を追加しろ」
「さうじゃなきゃやだ」
わがままか。
「というか、たった3日だろ」
「3日も放っておいて、死んじゃったらどうするの」
「ハムスターかお前は」
無気力で何にも執着しないやつだと思っていたので、これは意外な反応だ。
正直ここまで必要とされると、悪い気はしない。
「さう、カレー作るって言ったのに。楽しみにしてたのに」
「カレーが食いたかっただけかい」
そういや最後にちゃみ子の家に行った日、次来る時はカレーを作ると言った気がする。
その後でシフト調整が入ったため、期せずして約束を反故にしてしまったのだ。
「さう、今日は?」
「今日は買い物と、妹のスイミングの迎えがある。悪いけどちゃみ子の家に行ってカレーを作る余裕はないな」
「むううう……」
ちゃみ子はくるみパンを齧りながら、ジトっとした目で僕を放さない。
どんだけカレー食いたいんだよ。
「……分かった。それじゃ明日、作りに行くよ」
「あした」
「そう。明日。土曜日」
桃は明日、午後から友達と遊びに行くと言っていた。
家のタスクは昼過ぎまでに終わらせて、勉強はちゃみ子宅での隙間時間でやればいい。ついでにちゃみ子の勉強も見てやれるし。
何より、ここで一気に部屋の掃除を進めることができる。
三日間の遅れを取り戻せる。
別に納期に追われてるわけじゃないけど、多少の罪悪感は解消できる。
「あ、みれいさんと予定とかあるか?」
「ない。みれぃ、あした仕事」
土曜日もバイトとは、働き者だなみれいさん。
まあ僕も日曜日にシフト入ってるけど。
「いいよ、さうきて」
「それじゃ明日、二時とかに行くからな」
「うん。はじめて」
「なにが?」
「休みの日に、さうがくるの」
「……ああ」
そういえばそうか。平日週3〜4日ペースで通っているので、ピンとこなかった。
休日に女子の家に遊びに行くという大イベントの初体験も、ちゃみ子によって奪われてしまうようだ。
どうなっているのか僕の青春は。
まあ、今更か。




