お友達
短めです
それから数日したころ、思いがけない方がお見舞いに来てくださいました。
「キャシー様」
「カトレア嬢。体調はいかが?」
「はい。おかげさまでずいぶんと元気になりました」
「よかったわ」
「申し訳ございません。こんなところまで足を運んでくださり、ありがとうございます」
美しい黒髪を揺らし、いつもと変わらない笑顔でいらしたキャシー様でしたが、どこかお疲れの様子でもありました。
「まさかこんなことになるなんて思いもしなかったわ」
二人きりとなった部屋で、キャシー様は溜息まじりに首を振りました。
「キャシー様」
困った顔をした私を見たキャシー様。ふっと笑って私の頭をなで始めました。
「え? あの? キャシー様?」
「……よく頑張ったわね。つらかったでしょ?」
「……キャシー様」
そんなふうに優しくされると涙がこぼれてしまうのです。
「でもよかったわ。あんなくそ野郎なんかと結婚することにならなくて」
くそ野郎……。
「ああ、少し汚い言葉だったわね。気にしないで」
気になりますわ。
「もう私たちには関係のないことよ。これからは、リチャード殿下とマーガレット嬢が頑張ってくださるでしょう」
「……はい」
「だから、あなたはすべてを忘れて、これからは自分の幸せだけを考えるといいわ」
「……はい」
「私もこれからは自分の夢を追いかけるつもりだから」
キャシー様の夢とは、もしかして。
「騎士になられるのですか?」
「ええ。もちろん今すぐにはなれないけど、これから騎士を目指すつもりよ」
キャシー様は幼いころから剣の腕を磨いてこられましたが、リチャード殿下の婚約者候補になったことで、鍛錬をやめなくてはならなくなったそうです。
「筋肉質な女性は嫌われるんですって。失礼してしまうわよね」
侯爵に、剣や靴、ズボンなど騎士にかかわるすべてを取りあげられてしまったキャシー様は、それでも騎士になることをあきらめることができず、隠れて鍛錬を続け、王太子妃教育を適当に受けることにしたのです。
「先生方には申し訳なかったけど、私は夢をあきらめたくなかったのよ。父は私を絶対に婚約者にしようとしていたから、辞退はできなかったし」
「そうだったのですね」
「それに、リチャード殿下はカトレア嬢のことが好きなのだと思っていたから」
「え?」
私は驚いて思わず大きな声を出してしまいました。それに対して、少しばつの悪そうな顔をされたキャシー様。
「ごめんなさい。私の勘違いだったのよね」
「……いえ」
「でも、本当に私はそう思っていたの。それにあなたはとても優秀だったから」
「いえ……私は……劣等生でした」
キャシー様はご存じないのですね。私はお二人の足元にも及ばなかったのです。でもそれを口にすることもできずに、私は黙りこんでしまいました。
「……もう、この話はおしまいにしましょう」
「……はい」
重くなってしまった雰囲気を変えるためでしょうか。キャシー様が手を胸の前で叩いて、笑顔を私に向けてくださいました。
「そうそう。私、先生方からお手紙を預かっていたの」
「お手紙ですか?」
「ええ。カトレア嬢が体調を崩してから、登城することもなかったから、先生方から頼まれたの」
そう言ってキャシー様は手にしていたバッグからいくつかの封筒を出し、私にくださいました。封筒には私が教わっていた先生方のお名前。
「皆さま、あなたのことをとても心配していたわ」
「わざわざありがとうございます」
私は頭を下げ、封筒を抱きしめました。中途半端に逃げだしてしまった私に手紙をくださるなんて。
「もしかして、手紙を届けるためにわざわざお越しくださったのですか?」
「ふふふ、それは口実。ただ……あなたのことが心配だったのよ」
「キャシー様……ありがとうございます」
私のことを、こんなに気にかけていてくださっていたなんて知りませんでした。それどころか、私はキャシー様に嫉妬さえしていたというのに。
「私たちはお互いにライバルという立場にいたのだから仕方がないわ。でも、これからはそんなこと気にする必要もないし」
「はい、そうですね」
「ね、私たちいいお友達になれると思わない?」
「お、お友達ですか?」
「ええ。いやかしら?」
「いえ、いやではありません。ぜひ、お友達になってください!」
「ふふ、うれしいわ」
まさかの申し出に、私は天にも昇る気持ちです。淑女の鑑と言われるキャシー様とお友達になれるなんて、こんなにうれしいことはありません。名誉と言ってもいいと思います。それくらい、キャシー様は誰もが憧れる存在ですから。
それからしばらく二人でお話をして、キャシー様は帰っていかれました。
私は夢のような時間を過ごし、元気もわけてもらったような気がしました。
読んでくださりありがとうございます。