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ルークスとのデート

 私の毎日はこれまでと違い、穏やかでゆっくりと時間が流れています。


 兄は毎朝私の部屋にやってきて、他愛ない話をしていきます。父は、毎日仕事から早く帰ってきて、私と夕食を一緒に取るようにしてくれます。

 ルークスは、おいしいお菓子や、かわいらしい花束を持って、頻繁に遊びに来てくれました。

 そうやって過ごすうちに、私の体調もずいぶんと良くなり、屋敷の外を散歩するまでに回復しました。


「ねぇ、ルークス」

「なんだ?」


 屋敷の図書室で本を読みながら、私はふと気になることを聞きました。


「あなた、学院はどうしたの?」

「……」

「ルークス?」


 夏の長期休暇を終え、新学期が始まって数日はたっていると思うのですが。


「早期卒業をしたんだ」

「え?」


 私は思いがけないことに驚いてルークスを見あげました。


「早期卒業?」

「ああ。一年早く卒業できるように、二年前から通常より枠を増やして授業を受けていたんだ」

「そう、だったの……」


 私はまったくそんなこと知りませんでした。


「後継者教育を受けるためだ」

「後継者教育……」


 確かに後継者教育を受けるために、早々に単位を取って早期卒業をする人はいます。ですが、ルークスはとても優秀で、すでに後継者教育を終えていると聞いた気がしたのですが。


「早期卒業までしているのに、私とこんな所にいてもいいの?」


 後継者教育を受けるために努力をしたのに、こんなふうに時間を使ってしまっては本末転倒です。


「ちゃんと帰ってから勉強をしているよ」

「ふふふ、わかっているわ」


 少し慌てた様子のルークスを見て、思わず笑ってしまいました。私の顔がよほど疑っているように見えたのかもしれません。


「……レアを守るには力が必要だからな」

「え……?」


 ルークスが小さくつぶやいた言葉は聞きとれませんでしたが、きっと彼には彼の考えがあるのでしょう。


「なぁ、レア。明日は少し街を歩いてみないか?」

「街を?」

「ああ。さっき使用人たちが話をしているのを聞いたんだけど、明日は市場が開かれる日なんだってな」

「朝市のことね。週に一回開かれる市場よ」

「そこに行ってみないか?」

「朝市に?」

「ああ。でも、体調がまだ完全に回復していないから、無理はよくないか」

「いいえ、行きたいわ」


 市場なんて、幼いころに家族で行って以来です。


「よし、決まりだ」

「楽しみだわ」


 なんだかわくわくします。


「ふふふ。ルークスは私を楽しませる天才ね」

「なんだ、そりゃ」


 これまで、長く王宮通いをしていたこともあって、暇な時間に何をしたらいいのかわからなくなってしまうのですが、こうしてルークスがいろいろなことを考えてくれるので、毎日が本当に楽しいです。


 翌日は、ルークスが早朝に迎えに来て、二人でゆっくりと市場を回りました。


「とってもにぎやかだわ」


 活気があって、あちこちから楽しそうな声が聞こえます。

 私たちも、蜂蜜屋で細いスティック状になった蜂蜜を買って、蜂蜜を舐めながら歩いたり、果物屋の店主がおすすめする真っ赤なリンゴを飴でコーティングしたリンゴ飴を買ったりして、とても楽しく過ごすことができました。


 ずいぶんと歩いて疲れた足を休めるために座ったベンチ。

 私たちの手にはレモネードと、揚げたてのドーナツ。私のドーナツには砂糖がたっぷり振りかけられていて、ルークスのドーナツは甘さ控えめのシンプルなもの。


「まぁ。このレモネードにはミントが入っているのね」

「口の中がさっぱりするな」

「ドーナツもとてもおいしいわ」

「そうだな」


 外出をしてのんびりと自分の時間を楽しんだのは、いつぶりでしょうか。十歳のときにリチャード殿下の婚約者候補に決まってからはいつも必死で、両親がそんなに頑張らなくてもいい、と言ってくれていたのに、遊びに行く時間を惜しんで勉強をしていましたから。そんな状況で、唯一気が抜ける時間が、ルークスが遊びに来てくれたときでした。


「ルークス」

「ん?」

「いつも、ありがとう」

「なんだよ、急に」

「ふふ、言いたくなったの。……それと」


 私は、肩からかけていたバッグの中から、ラッピングをした袋を取りだしました。


「これは?」

「あ、あのね。これは、感謝の印」

「なんの?」

「何って。いつもこうして私のために時間を作ってくれて、今日も連れだしてくれたから、そのお礼よ」


 そう言うとルークスは頬を緩めてくしゃりと笑いました。


「ありがとう。開けてもいい?」

「ええ」


 ルークスが嬉しそうに袋を開けて中をのぞき込みました。


「ブックカバー?」

「ええ」


 ルークスが袋から取り出したのは生成りのリンネルに、寒色の花を並べたデザインのブックカバー。

 私がちらっとルークスを見ると手にしたブックカバーをじっと見つめています。


 ……失敗してしまったようです。男性が使うには少しかわいらしすぎました。


「ご、ごめんなさい。ルークスには必要なかったわね」

「そんなことはない! とってもうれしい。これからは毎日本を読む! ……まさか、レアが俺のためにこんな素敵なものを作ってくれるなんて思わなくて」


 そう言って笑うルークスは本当にうれしそうで、私はほっとしました。


「そんなことを言わないで。私、ルークスのおかげで……」

「……うれしいよ。レアが少しでも元気になってくれれば、俺はそれだけでうれしい」

「心配をかけてごめんなさい」


 ルークスは友達である私を見すてずにずっと支えてくれました。私がどんなに愚痴を言ってもずっと聞いていてくれて、ジメジメと泣きつづける私の手をずっと握っていてくれました。ほかの人だったらずっと前に嫌になって私から離れていったかもしれません。でも、ルークスはずっと私に寄りそっていてくれたのです。


「私、今でも泣きたくなるときがあるんだけど、あなたの顔を思いだすとすごく気持ちが軽くなるの。思いっきり泣いて寝てしまおうって」

「そうか」

「だからルークスには感謝しているのよ」

「それなら、俺はうれしいよ」


 ルークスは優しい笑顔を見せ、それから黙りこくってしまいました。


「ルークス?」

「……実は、これからはあまり会いに来られないんだ」

「え?」

「後継者教育の一環で領地や外国に視察に行かなくてはならなくて」

「そう。寂しくなるわね」

「時間が取れれば会いに来るつもりだけど、たぶん難しいと思う」

「無理しないで」

「……無理してでも会いたいんだけどな」

「……ルークス。あなたは本当に友達思いね」

「……友達思いなんかじゃない」

「え?」


 ルークスの言葉を聞きかえす私に、ルークスは「俺以上にレアのことを考えている奴なんかいないからな」と笑っていました。

 それから私たちは、再び市場を見てまわり屋敷に帰ったのです。


「今日はありがとう。とても楽しかったわ」

「俺もとても楽しかったよ」

「これからしばらくは会えないのね?」

「ああ。……でも、手紙を書くよ」

「私も書くわ」

「本当かい? それなら、手紙はフェイザー公爵邸に送ってくれ」

「フェイザー公爵邸?」

「ああ」

「ルークスはフェイザー公爵家で後継者教育を受けるの?」

「うん。フェイザー公爵が俺の伯父だってことは知っているだろ?」

「ええ」

「その関係でお世話になるんだ」


 ルークスが実家である伯爵家での後継者教育をすでに終えていることは知っていましたが、公爵家でも教育を受けるなんてすごいです。とはいえ、なぜ公爵家で教育を受ける必要があるのでしょうか。

 思わずルークスを凝視してしまった私を見て、ルークスが楽しそうに笑っています。


「今はまだ言えないけど、いつか教えるよ」

「か、顔に出ていた?」

「疑問符がたくさん浮かんでいるような顔をしていたよ」

「まぁ、私ったら」


 淑女としてあるまじきことですね。反省しなくてはなりません。


「待っていてくれ。必ずレアのところに帰ってくる。だから、誰からの申し入れも受けるなよ」

「え? 何? どういう――」

「じゃ、俺は帰るよ」


 ルークスは私の質問に答えることもなく、さっさと馬車に乗りこみました。


「待って、ルークス。どういう意味?」

「待っていてくれ」

「だから、それはどういう意味?」


 私がそう聞いても、ルークスは笑っているだけで馬車は走りだしてしまいました。


「何よ。……教えてくれてもいいのに」


 まったくルークスの言いたいことがわからないまま、私は去っていく馬車を見おくりました。




読んでくださりありがとうございます。

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