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王家とオークウッド家

 父は大きく溜息をつき、首を振りました。父も私と同じように感じているのでしょう。


「なぜカトレアが喜んでいると思っていらっしゃるのでしょうか?」

「なに?」

「カトレアは喜んでいるのではなくて、とんでもなく酷い話に呆然としていただけですよ」

「な、なんだと」


 私がどんな顔をしていたのかわかりませんが、私を見た殿下は目を見ひらき、顔を青くされています。


「殿下。父の言っている言葉はそのまま私の言葉です。私は側妃になるつもりはありませんし、レーゼン伯爵子息との婚約を心から望んでいます」

「うそだ! 無理することはない。正妃にしてあげることができないのはつらいが、側妃だからといって蔑ろにすることは絶対にない。いや、君を一番大切にする。だから正直になってくれ」


 この上なく正直にお伝えしているのですが、殿下は認める気がないのですね。


「一番大切にしてくださるのでしたら、なぜ最初から私を選んでくださらなかったのでしょうか? なぜ、結婚もされていないのに私を側妃に迎える、などという話になるのでしょうか? 私はすでに蔑ろにされていると思いますが」


 殿下に対する恋心は消え、ルークスに対する信頼と新たな恋心がすでに大きく育っているというのに、思いもよらない不快な言葉を聞いて、幼少期の美しかった思い出さえもきらめきを失っていきました。


「そんなことはない。本当は最初からレアを正妃に迎えるつもりだったんだ。それなのに、あのとき……」


 殿下は、私の顔を見ることもできないのか、下を向いてしまいました。あんなことをしていて、どうして選ぶつもりはなかったなんて言えるのでしょう? それでは、マーガレット様に対してあまりに不誠実です。


「殿下」


 私がそう呼ぶと、リチャード殿下は渋い顔をしてこちらを向かれました。


「私はあくまでも婚約者候補です。選ばれないことも当然理解しています。ですが、選ばれなかったから側妃になる、というお話は聞いておりません。もちろん側妃になるつもりもありませんし、レーゼン伯爵子息との結婚を心待ちにしています。ですので、このお話はここでおしまいにしてください」

「カトレア!」

「殿下にお聞きしますが、カトレアを側妃にというのは陛下が了承された話なのでしょうか?」


 横から口をはさんだ父の言葉に、一気にリチャード殿下の顔色が悪くなっていきました。


「父からは、まだご理解をいただけてはいないが、きっとわかってくださるはずだ」


 殿下のお言葉を聞いて、父は大きな溜息。私も同じくらいの溜息をつきたかったのですが、そこは我慢です。


「陛下は賢明な判断をなさいましたな」

「なんだと?」


 殿下は、陛下が私を側妃に迎える話を進めてくだされば、父が拒否することはできないと思っていらっしゃるのでしょう。


「いずれ知らされることなのでしょうが、よろしい。お教えいたします」

「何をだ?」

「我がオークウッド伯爵家と王家は互助関係にあります。簡単に言えば、我が家の事業に融通を利かせる代わりに、王家の財政援助をする。と、まぁそういうことです」

「……は?」


 オークウッド家は数代前に商人から貴族となったいわば新興貴族で、商売をしてお金を得ることを下品と言っていやがる伝統貴族とは違い、貴族となってからもオークウッド家は積極的に商売をしています。


 父が経営しているのは家具や衣類、宝石や食料、生活雑貨などを扱うお店が五店舗。貴族好みの高級品や、庶民の生活に寄り添った低価格のものまで、店によって取りあつかう商品はさまざま。


 しかし、商売をしてお金を稼ぐことを良しとしない貴族にとって、庶民を相手にして商売をしているオークウッド家は、下品な人種、さすがは成り上がりの見せかけ貴族、と顔をしかめてしまうような存在。

 そのため、ほかの貴族、特に伝統貴族と言われている方たちの中には、あからさまにオークウッド家を蔑むように見る方がいることも確か。


 そんな我が家が、王家と互助関係にあると言われても理解などできないでしょう。


 ですが、オークウッド家は店だけでなく、貿易業にも携わっているのです。


「……しかしそれは、オークウッド家の事業ではなく、貴殿の母君の実家の事業だろ?」

「おお、よくご存じですな」


 父は、驚いたように顔をほころばせましたが、殿下にはばかにされているように感じたかもしれません。殿下の顔が少しひきつっているように見えます。


「確かに殿下のおっしゃるとおり、私の母方の実家の事業でしたが、一人娘の母がオークウッド家に嫁いできた際に、母の実家の事業をオークウッド家が行うことになったのです。看板はそのままですので、そうと知らない人は多いでしょうが。当時は祖父も健在でしたから」


 リチャード殿下も初めて聞く話らしく、目を大きく見ひらき、何かを言わんと口を開きかけましたが、それより先に父が「互助関係というのは、貿易業のことです」と、それを制しました。


 外国から品物を輸入する場合、税関に書類を提出して輸入許可をもらうのですが、たくさんの書類が提出されるため、通関審査が通るのにとても時間がかかります。


 特に、初めて仕入れる輸入品は、税率が判断できない場合、王都にある統括税関におうかがいを立て、早ければ三か月、遅ければ半年くらいでそれについての返答が来て、そこから通関書類を作成し、検品をして各地の税関に書類を提出することになるので、輸入をするのにかなりの時間を要するのです。食料品はその限りではありませんが。


 しかし、それ以外はほぼそのような過程をへて、やっと輸入の許可が出るのが通常のため、時間はかかって当たり前という考え方が一般的。


 それに、外国から仕入れたものが、統括税関の許可を得ていないものだとわかれば、品物の回収、罰金、貿易許可の取り消しなど、重い罰を受けますから、時間がかかるのはいたしかたなしといったところなのです。


 ですが、オークウッド家の輸入品は、統括税関から派遣された税関員が直接見て書類を作成してくれるので、迅速に輸入の許可を得ることができます。


 さらに、他領にはないものがいち早く市場に出まわるため、珍しいものが手に入る、と遠くから仕入れに来る人たちもいます。おかげで、領内は活気に溢れているのです。


 なぜ、統括税関から特別に税関員を派遣してもらえるのかというと、実は統括税関は国王陛下の管轄。そのため融通を利かせてもらう見返りとして、王家の財政を援助しているのです。


「それから、とんと姿を見せない長男のカザフですが、奴は母の実家に養子に出しましてね、今は仕事で、一年のほとんどを海と外国で過ごしています。我が家の人間は商売気質でして、金儲けは専売特許と言ってもいいほど、金の匂いに敏感なんですよ。おかげでカザフは売れるものばかり仕入れてくる。本当に優秀な息子ですよ」

「……」


 リチャード殿下は信じられないというお顔をして、じっと父を見つめていらっしゃいます。

 実は我が家は鉱山も持っておりますが、これ以上は殿下には情報過多のようです。


「……オークウッド伯爵家はさして裕福とは言えない、力もない貴族だと思っていたが……?」


 殿下はなかなか辛辣なことをおっしゃいますね。


 

読んでくださりありがとうございます。

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